表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
198/247

第192話 丘陵地帯攻略戦・前編

遅くなって申し訳ありません。

 旧第三軍――今はエーデルシュタイン兵団とも言うべき兵団は、ゲルハルトのエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊を先頭に一万三千の兵が進んでいった。

 サマセット伯爵領軍二千名が抜けたとはいえ、この王国南東部においては最大の戦力であり、その行軍する姿はまさに威風堂々といったものだった。


 そうしたエーデルシュタイン兵団とまず相対することになったのはギールグッド正騎士領だった。

 ここに関しては、レオナとリーガン大隊長の偵察ではおおよそ百人程度の兵が詰めている程度、防御施設も大したものではないと報告を受けていたが、近づいてみてもやはりその通りだった。


「その割には戦う気満々ね」


 エリアがギールグッド正騎士領の領都――といっても山あいのただの街だが――を見ながら言う。

 確かにエリアの言う通り、ギールグッド正騎士領軍は寡兵にもかかわらず、空濠と柵の簡素な防御施設に張り付いて戦いの用意をしているように見える。


「主君がいるから何が何でも守らないと、と思ってるのかしら?」

「この人数しか警備兵がいないってことは主力は留守なんだろう」

「じゃあなぜよ?」


 エリアの疑問にユートも答えは持ち合わせていない。


「ギールグッド正騎士領――というよりも正騎士領は名門ばかりですからな」


 ユートとエリアの疑問にアーノルドがそう答えてくれていた。


「そもそも我が国では百年前の王国改革以前から、正騎士は騎士団に所属する者であり、領地を持っておりませんでした。ただ、建国当時に正騎士でありながら、知行を受けたわずかな家だけが正騎士領を持っているのです」

「つまり、建国以来の名家ってこと?」

「ええ、そうなります。王国改革に伴って騎士団がなくなり、正騎士が単なる身分呼称になってしまった時、ほとんどの正騎士は男爵への陞爵され男爵領に転封されたのですが、ギールグッド家は建国以来の領地を愛し、陞爵を断った数少ない家です」


 男爵への陞爵を断ったという意味で時には準男爵と呼ばれることもあるらしい。

 ギールグッド家は騎士であることに誇りを持つ名門貴族であり、家臣たちもギールグッド家に対して忠誠心の高い累代の家臣が多いのだろう。


「でも、百人でこの大軍に刃向かおうってのはさすがに無理よね?」

「ええ、ゲルハルト殿でしたら、一撃で粉砕するでしょう」


 一騎当千の士であるゲルハルトの猛攻は並みの城塞でも押しとどめることが出来ないのだ。

 まして野戦陣地に毛が生えた程度の、山あいの街の防御施設でどうこうなるわけがなかった。


 ユートが攻撃命令を出す前に、矢が飛んできたので、ゲルハルトはすぐにこれに応じて突撃する。

 そして、空濠を飛び越え、柵を乗り越えるとあっという間に敵陣で混淆してしまったのがユートたちからもよく見えた。


「……相変わらずおかしい身体能力よね」


 エリアがぼそりと呟いた。


「ああ、あれだけは真似出来ん」


 ユートはすぐに残りの部隊を動かして、ゲルハルトが破ったところから侵入させる。

 百名ほどのギールグッド正騎士領軍のうち、七十名ばかりがゲルハルトに討たれ、残りも負傷者ばかりとなったところでようやくギールグッド家の屋敷から、降伏の白旗が振られた。


「全く無意味な抵抗しやがってからに」


 この戦いでゲルハルトの部下にも多少の死傷者が出たらしく、ようやく振られた白旗にゲルハルトは毒づいていた。



「ノーザンブリア王国軍第三軍司令官エーデルシュタイン伯爵ユートです」


 後続のリーヴィス大隊長の軽歩兵が屋敷に入り、武装解除を確認した後、ここの責任者である正騎士ギールグッドの妻ダイアナと面会していた。

 年はユートとさほどかわらない年齢で、気の強そうな女だ。


「ところで、ギールグッド卿はいずこに?」

「言うと思ってですか?」


 取り付く島もないとはこのことだろう。


「しかし、ギールグッド卿がいなければ降伏したと判断出来ません。あなたは確かにギールグッド卿の正室ではありますが、軍に対する権限はないのでしょう」


 このあたりは難しいところだ。

 叛乱貴族の準拠法が王国貴族法なのか、それとも別の法――例えば前タウンシェンド侯爵が発布したかもしれない法――なのか、というのが不明瞭なのだ。

 もし王国貴族法ならば、当主不在の場合にはその後継者が貴族領軍の指揮権を持つことになるが、今回の場合誰が指揮権を持つのかが曖昧なのだ。


「当家は当家のしきたりがあります。私がここの責任者です。その証拠に、私の命令で全員が武器を捨てたでしょう」


 そう言われると、ユートとしては何も言うことはない。


「わかりました。ではあなたを叛乱軍の指揮官の一人として捕縛致します」


 ユートの言葉に、ダイアナは目を白黒させていたが、自分が叛乱軍を指揮した、と言った以上、放置は出来ない。

 目で合図をすると、アーノルドがすぐに司令部付の憲兵隊を動かしてダイアナを縛り上げた。


「ユート様、とりあえずシルボーまでの後送を行えばよいですか?」

「ああ」


 近い将来、ラピアにも監獄が作られるだろうが、現時点ではまだ奪還したばかりであるし、メルバーン城もあくまでメルバーン子爵領であるので、監獄は南方首府シルボーまで行かないとないのだ。

 もちろんラピアから先はシーランド侯爵がどうにかしてくれるが、護送だけでもとんだ手間だ。


「やはり、私は……」

「ノーザンブリア王国貴族法において、叛乱貴族の刑はただ一つです」


 木で鼻を括った対応、というもののお手本のような態度でアーノルドが答える。

 そう、ノーザンブリア王国貴族法において、叛乱貴族の法定刑はたった一つ、死刑しかない。

 取り立てて大物貴族というわけでもない彼女をシルボーで待つのは処刑台、ということになるのだろう。

 もちろんダイアナにもそれはわかっていたらしく、がくりと頭を垂れると、そのまま両脇を抱えられるようにして出ていった。


「ねえ、アーノルドさん。あたし、貴族法はよくわからないんだけど、指揮していなかったらあの人は死刑を免れたの?」

「叛乱を止めようとしていたり、降伏のために叛乱貴族を説得していたら可能性はあったでしょうな」


 いわゆる情状酌量という奴だ。

 そうした貴族まで一律に処刑してしまっては鎮圧に影響が出る、ということもあるのだろう。


「ふーん。まあいいわ」

「次はストレイチー男爵領か」


 ユートは地図を思い出しながら次の目標を考えた。




 そのストレイチー男爵領に攻め込んだのは、それから三日後のことだった。

 本来ならば一日半の距離なのだが、ギールグッド騎士爵領を軍政下に置くために東部貴族領軍の一部を残留させたり、必要な布告を行ったりするのに時間が取られてしまったのだ。


 ストレイチー男爵領に入ったユートたちだったが、どこからがストレイチー男爵領なのかまではよくわからない。

 山間部の貴族領は境目が山の稜線となっていることが多いが、境目には何もないことが多いからだ。

 これが平野部の貴族領ならば川が境目になっていることが多いので、その川の両岸には水利を生かして麦畑が広がっていることも多く、そして畑があるということは同時に人がいるということだ。

 そうしたものがないので、地図上でようやく別の貴族領、とわかる程度である。


「でも奇襲にだけは警戒しないとね」


 エリアはそう言ったが、レオナの捜索大隊から一部が先行している以上、奇襲される危険性も著しく低い。

 戦闘さえ待っていなければ国内――元々国内であったのだが――を行軍しているに等しいものだった。


「ユート、二キロ先の狭隘部で敵軍が待ち構えているらしいニャ」


 レオナが伝令でも戻ってきたのか、そう伝える。

 すぐに指揮官を集め、床几だけを出し手の会議となった。


「レオナ、その敵兵は伏兵か?」

「違うニャ。簡単な柵を設けているみたいニャ」

「人数は?」

「二百かそこいららしいニャ」


 つまり、ストレイチー男爵領軍はその狭隘部に兵を集め、ほぼ全力で挑もうというのだろう。


「指揮官は?」

「わからないニャ」

「人数で言えば、ストレイチー男爵がいる可能性は低いですな」

「ユート卿、ストレイチー男爵は先代がそれなりに有能な軍人だったはずだ。まだ健在だから、あいつが指揮を執っているだろう」


 そうした情報は先代クリフォード侯爵が補足してくれる。


「確かに一万からの大軍をどこかで引き受けようとなれば、山あいの狭いところに陣取るのが一番いいですからね」

「とはいえ、万の大軍相手だととっとと逃げる方が賢いがな。二百やそこいらでやれることは時間稼ぎだろう」


 先代クリフォード侯爵の言うのもまたその通りと思う。

 例え多少地形的に有利な場所に陣取ったところで、万を超える大軍に総掛かりされれば半日と持たないのは目に見えている。

 まともな防御施設もない領都で抗戦したギールグッド正騎士領軍よりはましだろうが、有能な軍人がやることではない。


「時間稼ぎをしたいのかもしれませんよ?」

「つまり、援軍か?」

「ええ、それならば二百で打って出たのも理解出来ます」


 確かにな、と先代クリフォード侯爵も頷く。


「時間稼ぎされたらまずいのよね? それならレオナたちに迂回してもらえば?」

「この南東の支街道は一本道だ」


 否定的な先代クリフォード侯爵に、レオナがにやりと笑う。


「死の山よりはマシニャ。あちきと一個大隊が迂回するから、ユートたちは正面攻撃を頼むニャ。どうせ後ろにはまともな守備もないはずだニャ」

「レオナ、気をつけろよ。もし援軍が駆けつけたら挟み撃ちにされる可能性がある」


 レオナも素直に頷く。


「大丈夫ニャ。援軍が来てもどうせ機動力のある騎兵だけニャ。それなら山に逃げれば大丈夫と思うニャ」

「アーノルドさん、先代クリフォード侯爵(ジャスト)さん、どうなんですかね?」

「ローランド騎兵は練度がかなり高かったように思います。山岳は確かに騎兵にとって鬼門ですが、やすやすと逃げ切れると思わない方がよいかもしれません」

「私も同じ意見だ。ただ、南部貴族の騎兵に関しては、山がちな南東部より、南西部の方が強い。だから、ローランド騎兵が出てこない限りは心配しなくていいだろう」


 二人の騎兵の専門家たちの意見を聞いて、レオナが再び頷いた。


「わかったニャ」


 そう言いながらレオナは山に消えていった。



 だが、そのレオナの苦労はほぼ無駄なものとなった。

 ユートたち主力がストレイチー男爵領軍と対峙した後、挨拶がわりにゲルハルトが土弾(アース・バレット)を撃ち込んだところ、あっという間に動揺したのだ。

 それを見たゲルハルトがレオナを待つまでもない、とばかりに突撃して柵を打ち倒すと、そのまま相手は引き上げていってしまった。


「……あちきは何のために苦労して山に登ったニャ……」


 レオナは危うくゲルハルトたちと同士討ちしそうになった挙げ句、苦労が無に帰したことを嘆いていたが、ともかくあっさりと破れたことは大きかった。


「とはいえ、あの撤退は戦術的だったな」

「ああ、もう一戦やる気かもしれんで」


 ユートとゲルハルトは先代ストレイチー男爵の組織的な撤退ぶりに、少しばかり警戒をしていた。

 もしかしたら今頃ストレイチー男爵領の領都には旧タウンシェンド侯爵領軍なりの援軍が入っているのかもしれない。

 それならば先代ストレイチー男爵がここで無駄に粘って玉砕する必要性もなく、時間稼ぎの必要もなくなったと判断して引き上げてもおかしくなかった。


「ユート卿、ここからは我々が前衛となりますぜ」


 リーガン大隊長がそう意見具申してきた。

 短時間ならば騎兵は獣人よりも速い速度で動くことが出来る。

 先ほど撤退したストレイチー男爵領軍を追撃しながら、様子を確認するにはうってつけの部隊だ。


「それに、このままじゃエーデルシュタイン伯爵領軍に全部持ってかれて、西方軍の面子が立ちませんしな」


 ユートが頷くのを見て、リーガン大隊長はすぐに部下を連れて先行していった。

 騎兵らしい、せっかちな行動振りに笑いながら、ユートたちも行軍を再開した。



 結果から言えば、もう一波乱はなかった。

 ストレイチー男爵領軍及びストレイチー男爵家の家臣団は領都から忽然と姿を消しており、名主以下の領民だけが取り残されていたからだ。


「はあ、昨日よりお歴々の方々はお屋敷を出られて南西へ向かわれました」


 捕まえた名主は、ユートたちの大軍に怯えながら、そんなことを伝えてくれた。


「つまり、逃げたのか」

「そういうことやな」


 ストレイチー男爵領家は全てを捨てて旧タウンシェンド侯爵領なりに逃げ込んだ、と解釈するべきだろう。

 あの先代ストレイチー男爵の時間稼ぎは、旧タウンシェンド侯爵領軍の援軍到着のための時間稼ぎではなく、屋敷の女子供が逃げる時間を稼ぐための時間稼ぎだったのだ。


 そして、リーガン大隊長たちはそのストレイチー男爵家一行を追撃しようとして、重大な情報を入手してきた。


 次なる目標であるはずのファモイ男爵領に、旧タウンシェンド侯爵領軍集結中、という情報だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ