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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第190話 ラピア城の戦い・後編

 ゲルハルト、先代クリフォード侯爵、そしてアルトゥルを先頭にして、ユートのエーデルシュタイン伯爵領軍がラピアの城門に殺到する。

 きらきらと白色信号弾(照明弾)がきらめき、そのきらめきの中で城壁の上に敵兵が集まり始めているのが見えた。


「突っ込めや!」


 ゲルハルトの叫び声に応じて、餓狼族たちが棒高跳びの要領で狼筅(ろうせん)を使い、宙を舞う。

 失敗する者もいたが、ほとんどの餓狼族からすれば五メートルに足りない城壁など無いに等しい高さらしく、次々と城壁の壁上へと飛び込んでいった。


 一方でアルトゥル率いる妖虎族と、先代クリフォード侯爵率いる冒険者たちはそんな“非常識”なことはしなかった。

 レオナが開門しているであろう城門に殺到する。


「うぉらぁ!」


 野太い声とともに、アルトゥルが大木槌を振り回しているのが見える。

 その姿は獅子心王(ライオン・ハート)の異名に違わぬものであり、振り回す大木槌が鉄製の門扉に激突してすさまじい衝撃音を奏でる。

 だが、アルトゥルやユートが思い描いていたように門扉が吹き飛ぶのではなく、大きく揺れながら、観音開きに開いていった。


「父ちゃん、せっかく閂を外しておいたのに、壊そうとして木槌でぶん殴るとか意味がわからないニャ」


 上の方からレオナの声とともに、城内に潜入していたレオナ本人が降ってきた。


「せっかく無傷で城門確保出来るのに、蝶番が壊れたらどうする気ニャ……」

「ははは、すまんすまん。エーデルシュタイン伯爵閣下もおることだし、わしの豪勇振りを見せねばと思ってつい、な」

「つい、じゃないニャ……」

「それで、レオナ。中はどうなっている?」

「残念だけど、内壁の城門までは抑えられなかったニャ。水濠が邪魔で流石に入りきれなかったニャ」


 ユートは頷く。


「それはしょうがないな。水が苦手じゃどうしようもない。それで、市街戦は防げそうか?」

「それは大丈夫ニャ。内壁の城門へたどり着く道以外の大通りの辻にはあちきの下の連中を立たせているニャ。ギルドの戦旗借りてるから、敗走してるときにそれを見れば、わざわざ突破しようと思わずに上手く逃げてくれるはずニャ」

「ということは、その警戒線を強化した方がいいか?」

「お願いするニャ。出来れば国軍の方がいいかもしれないニャ」


 ラピアは王室直轄領であり、レオナたち獣人や貴族領軍が歩哨に立つよりも国軍が歩哨に立った方が住民の受けはいいだろうし、何よりしばらく旧タウンシェンド侯爵領軍に占領されていたラピアの住民の人心が安定するだろう。


「近衛を連れてきた方がよかったかな?」


 ノーザンブリア王国では平民でも貴族への立身出世の道を切り開いたエドワード王の王国改革以来、王室の人気は高い。

 近衛装甲騎兵のみならず、近衛軍というのは王家の兵と言われていることから、彼らが歩哨に立てば住民は歓呼で迎えるのは想像がついた。

 そして、その歓呼の声は内壁に籠る旧タウンシェンド侯爵両軍に対する圧力になることは間違いないし、ゆえにユートは近衛装甲騎兵をアーネスト前宮内卿に任せてきたことを少し悔やんでいた。


「いないものを思ってもしょうがないニャ。それより内壁の城門前まで早く進軍して、逃げ遅れた敵兵を捕虜にしていくニャ」


 既に壁上の戦いも城門があっさり開けられたことで決着がついていた。

 城門が破られた以上、壁上で戦うことには何の意味も無い。

 そして、そこここでゲルハルトが逃げ遅れた敵兵を捕虜にしていた。


「ユート、捕虜と負傷者は後送するで?」

「ああ、頼む」

「エーデルシュタイン伯爵閣下、その役割は私どもが引き受けましょう」


 振り返ると従騎士ピーター・ハルがいた。

 サマセット伯爵領軍のトップであり、サマセット伯爵家の重臣として他家の貴族領軍も含めて東部貴族領軍を統率している。


「あ、ちょうどいいところに。ではハルさん、お願いします。ゲルハルトはアルトゥルさんと一緒に内壁城門前に!」

「任しとき!」

「軍司令官閣下、警戒線はレオナ(レディ・レオンハルト)より、私どもが引き継ぐという形でよろしいでしょうか?」


 西方軍諸大隊の先任大隊長であるセオドア・リーヴィス大隊長もやってきてユートの忙しい時間は続く。



 それでも夜明けまでにユートは概ね問題なく市街地をその統制下に置くことに成功した。

 住人たちもまた王女であるアナの婿とユートがラピアを救い出してくれたと知ると歓喜の声を挙げた。

 すぐにユートは戒厳令を敷いたのだが、そもそも前タウンシェンド侯爵が叛乱を起こして占領されて以来ずっとラピアでは戒厳令が敷かれていたらしく、住民は全く気にしなかった。


 また、それと並行して敵の数の把握に努めたが、旧タウンシェンド侯爵領軍に糧秣を売っていた商会の支配人たちがいたことから、戦前でおおよそ三千名と簡単にわかった。

 捕虜と戦死者を考えると内壁に立てこもっている敵兵は多く見積もっても一千名少々、といったところだろう。


「ユート、どないするんや? 基本的に倉庫は市街地にあったから食糧あんまりないやろうし、兵糧攻めか?」


 内壁内は狭く、土地が高いこともあって、大規模な商会でも基本的に市街地の水濠の近く倉庫などは置いていたらしい。

 その為、ユートたちが急襲したことで恐らく内壁の内側には十分な糧秣がないことが創造されていた。


「いや、それでも時間がかかる。ラピアに攻めかかったことがわかったら、後方にいる旧タウンシェンド侯爵領軍やらが出てくる可能性がある」


 負傷者と捕虜の収容を終えた東部貴族領軍六千名を城外において警戒には当たらせているが、もし本格的に旧タウンシェンド侯爵領軍が来襲すればラピアの城攻めを中止してこれに当たらないといけない可能性が高かった。

 そうなると、少なくとも一、二週間はかかりそうな兵糧攻めはあまり得策とはいえない。


「ほな、強攻やな」

「それもあるけど……」


 確かに強攻でも落とせないことはないだろうが、内壁内にも一般人はいる。

 そこで市街戦になれば、関係の無い一般人にも損害が出る可能性は高いし、それはユートにとってはあまり好ましいことではない。

 前タウンシェンド侯爵に与する南部貴族の貴族領ならばそこまで配慮しなかったかもしれないが、王室直轄領の臣民たちがいかに王室を敬愛しているか見せつけられた後では、その臣民の犠牲覚悟の作戦はユートに心情的には採りにくかった。

 それにラピアを落とせば終わりならばともかく、旧タウンシェンド侯爵領を制圧した上で、更にウェルズリー伯爵が戦う主戦線へと転進しなければならない、という先を考えればここで兵を消耗したくもなかった。


「なんか策があるんか?」

「一つだけ、ないとは言えない。失敗したら旧タウンシェンド侯爵領軍の動き次第で兵糧攻めか強攻か考えよう」


 ユートはそう言うと、すぐに王立魔導研究所抽出の臨編法兵のワンダ・ウォルターズ小隊長、そして西方軍直属法兵中隊のフィル・アッシュベリー中隊長を呼ぶ。

 アッシュベリー中隊長は最近になってようやく再建成った西方軍直属法兵中隊に赴任してきた中隊長であり、ウォルターズ小隊長とは王立士官学校の同期、金髪をたなびかせるその外見は貴族のようだが、平民から魔法の才能だけで成り上がった男らしい。

 嫌みの無い快活な性格とその容姿から兵たちからは貴公子とあだ名されつつ、信頼されており、ユートもまた信頼する指揮官の一人だった。


火爆(ファイア・ボム)、かい? そりゃこっちは正規法兵だから全員使えるよ」

「もちろん、我が中隊も全員使えます。火爆(ファイア・ボム)で一気に内壁を破壊しますか?」

「いや、それだと間違いなく壁内の建物に引火するし、臣民の犠牲が大きくなりすぎる」


 ユートの言葉にウォルターズ小隊長もアッシュベリー中隊長も複雑そうな顔をする。

 先代クリフォード侯爵と同じく、王立士官学校を卒業した者にとって一般人の犠牲を厭わず市街戦や魔法攻撃を行うのは当然のことらしい。


「それでは……」

「空中で火爆(ファイア・ボム)を爆発させられないか? 輪番制で一晩中、相手を寝させないくらいに」


 ユートの言葉にウォルターズ小隊長とアッシュベリー中隊長は顔を見合わせた。


アッシュベリー中隊長(フィル)、そっちの魔力的にはどうだい?」

「うむ……我が中隊は増強中隊とはいえ、魔力的には一般的な法兵だ。ウォルターズ小隊長(ワンダ)のところはどうだ?」

「同じくだよ。うちが八人、そっちが三十二人で四十人。夕方から朝までとなると、一時間あたり四人だろ? まず無理だね」


 アッシュベリー中隊長とウォルターズ小隊長がもう一度顔を見合わせたあと、ウォルターズ小隊長が口を開いた。


「ねえ、ユート卿。目的はなんなんだい?」

「寝させないことです。夜、いつ火爆(ファイア・ボム)が降ってくるかわからない中、そうそう眠れる兵もいないでしょう」

「なるほどね。それは理解出来る。ちょっと魔法や法兵の使い方としては邪道だと思うけどね」

「もっと遅くなってから、ならどうですか?」

「散発的に、なら可能じゃないかね」


 散発的、か――それはどうなのだろう、とユートが考えたところで、不意に誰かが肩を叩いた。


「おい、ユート卿。何を悩んでいるんだ。冒険者からも火爆(ファイア・ボム)を使える者を募ればよいだろう?」


 先代クリフォード侯爵だった。

 その提案を聞いて、ウォルターズ小隊長もアッシュベリー中隊長も少し嫌な顔をする。

 その顔を見て、ウェルズリー伯爵が言っていたように中途半端に魔法を使えるだけで魔法使い面をしている冒険者は法兵のプライドを刺激するものなのだ、とすぐにわかった。


 とはいえ、ウォルターズ小隊長もアッシュベリー中隊長も南部貴族の雄クリフォード侯爵家の先代当主に真っ向から逆らうほど愚かではない。

 今でも軍務省内には先代クリフォード侯爵の息のかかった連中はそれなり以上に残っているのだから、彼と真っ向から対立することは今後の出世の妨げになることは間違いない。

 もちろん大貴族との対立が戦術的な理由ならば、大貴族を恐れずに言うべきことを言った、と評されるし、軍務省を挙げて守ってもらえるだろうが、今回みたいな政治的な理由であるならば、現場で対立することはマイナスでしかない。


「今必要なのは真っ当な法兵ではない。火爆(ファイア・ボム)を一晩中撃ち込めるだけの魔力だ。貴様ら法兵のちんけなプライドに配慮している余裕はない」


 何か反論の言葉を探そうとしている二人に、先代クリフォード侯爵が機先を制して正論で叩きつぶす。

 先代クリフォード侯爵に真っ向から反論するわけにもいかず、そもそも反論のタイミングすら失った二人はそのまま黙って頷くしかなかった。



「でも先代クリフォード侯爵(ジャスト)さん、よかったんですか?」

「何がだ?」

「いえ、あそこまで言い切ってしまって……前にウェルズリー伯爵が言っていたんですが、省内政治的には法兵閥を真っ向から敵に回すのは愚策かと」

「ふん、構わん。あいつらと対立したところで軍内の法兵閥にクリフォード侯爵家をどうこうするほどの力はない。まあ俺が軍務省に残っていればいろいろと面倒だっただろうが、そうでないならば大したことはない」


 そこで先代クリフォード侯爵は少し笑う。


「それに、貴様の兵も臣民も傷つけまいとする戦術は理に適っている。その為に火爆(ファイア・ボム)が必要なのもよくわかった。だが、貴様が法兵にああ言えば、今後貴様が省内でやっていくのにマイナスだろう」

「まあ、そうなんですが……」

「ならば、これでよいのだ。せいぜい俺に感謝しろ」


 先代クリフォード侯爵はそう言うと、顔を引き締めた。


「あと一息でラピアが落ちる。ここからが勝負だぞ」


 そう言ってきびすを返す先代クリフォード侯爵の背中に、ユートは内心でありがとう、と言うしかなかった。




 そして、ユート肝煎りの火爆(ファイア・ボム)が中空目がけて放たれたのは、その日の二一〇〇、つまり午後九時だった。

 最初はラピアの住人たちも轟音に驚いていたが、それを放っているのが国軍法兵隊であると知って安堵のため息が漏れた。

 もちろんうるさいのはうるさいから中々寝付けないし、彼らには目的もさっぱりわからなかったが、逆にこの音が響いている間は国軍がしっかりと備えているということだ、と言い聞かせて無理矢理布団に潜り込んでいった。


 一方で内壁を盾に立てこもる旧タウンシェンド侯爵領軍にとっては、それは精神的に追い詰められる爆発音だった。

 一応十分な高さで爆発しているとはいえ火の粉が舞って火事が起きないように見張らねばならないし、何よりも攻城側の指揮官が少し決断をすれば内壁の遥か上空で爆発しているその火爆(ファイア・ボム)は内壁内に降り注ぐことになる。

 いや、それどころか放っている()()()()のちょっとしたミスで内壁内に降ってくるかもしれない。

 そう考えればおちおち眠ることも出来なかった。


 もし、旧タウンシェンド侯爵領軍に法兵がいれば反撃できたかもしれない。

 しかし、それは主に外壁に配置されており、初日の攻防戦でそのほとんどが失われていた。


 夜が明ければ火爆(ファイア・ボム)は止み、ほっとした旧タウンシェンド侯爵領軍に止めを刺すように餓狼族や妖虎族が前に出て、鬨の声を挙げる。

 そのまま夜を迎えればまた火爆(ファイア・ボム)であり、旧タウンシェンド侯爵領軍は全く緊張感を緩めることが出来なかった。

 そうしたユートたち第三軍のやり口に、旧タウンシェンド侯爵領軍には対抗手段がなく、緊張感を緩めることが出来ない状態が続くことは確実に精神を苛んでいった。




 ――――ラピアの旧タウンシェンド侯爵領軍が降伏したのは、それから三日後、四月二十六日だった。


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