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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第八章 最終決戦編
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第189話 ラピア城の戦い・前編

 第三軍がラピアの街の近郊に到着したのは四月二十日のことだった。

 補給廠と輜重段列を率いる西方警備第四大隊のヘルマン・エイムズ大隊長を残し、エーデルシュタイン伯爵領軍五千名と西方軍三千名、それに東部貴族領軍六千名の一万四千名が従っていた。

 また、準備には手間取っているらしいが、シーランド侯爵の率いる旧第二軍一万名も追っ付け到着する予定である。


「そんなに堅そうには見えないんだけどなぁ……」


 アーノルドも頷く。


「ですな。城壁もそう高くはなく、濠もない。これならば一気呵成に攻め立てれば落ちそうに見えます」

「でも……」

「そうだ。このラピアは三重城壁だ」


 後ろから先代クリフォード侯爵が笑いかける。


「ちゃんと勉強しているようだな」

「そりゃ部下を殺したくはありませんから。でも三重城壁という知識はあるんですが、どういうものなのかよくわからないんですよね」

「まあ知識として知っていても、見たことがないものがわからないのは当然だ。このラピアは元々、ラピア川の中州にあった。ラピア川はちょうどあそこを流れている川だな」


 先代クリフォード侯爵の指差す方を見ると、ラピアの城壁に設けられた、水門のようなところから川が流れ出ているのが見える。

 恐らく城内に川が取り込まれているのだろう。


「ラピアが勅命により建設された当時はもっと小さな街だったのだが、あのラピア川の流れが南東部、特に南東部丘陵地帯の流通路となったことで発展し、同時に城域が足りなくなってな。外に一重、二重と城壁を巡らせて城域を拡大したのだ」

「……それはなんとも無計画な話ですね」

「まあそういうな。一度城壁を取り壊すよりは安上がりであったわけだしな」


 ユートの感想に先代クリフォード侯爵が苦笑いをしながら返事をする。


「そして、今では城壁が中州の外側まで拡大し、三重城壁となったわけだ。もっとも一番内側の、最初の城壁は旧壁と呼ばれるくらい余り役に立たなくなっているから、実質的には内壁と外壁の二重城壁だが」


「外壁と内壁の間ってどうなってるんですか?」

「そこがまさに市街地だな。そして、内壁と旧壁の間が商会やらがあり、旧壁内が役所になっている。ちなみに、ラピア川は内壁の周囲を水濠として取り巻いているぞ」


 流石は南部貴族、先代クリフォード侯爵はこのラピアの構造をしっかりと把握していた。

 その口調だと、ユートのように紙の上の知識ではなく、恐らく実際に来たことがあるのだろうと想像された。


「ユート、まさか市街戦をやるつもりじゃないわよね?」


 エリアが声を掛ける。


「ん? エリア嬢、市街戦をそこまで拒否する理由は?」

「簡単よ。内壁と外壁の間が市街地なら、ラピアの住民たちが困るし、死傷者がたくさん出るでしょう?」

「まあそれはそうだが……戦争であればやむを得ないことだぞ。無辜の市民の犠牲を恐れていては兵が死ぬことになる。市街戦を厭うのは婦人の情だ」

「何が婦人の情よ。甘いわね、先代クリフォード侯爵(ジャスト)さん。そりゃ栄えある王国軍の兵隊さんなら気にしないかも知れないけど、あたしたちの主力は平民中の平民、冒険者よ。市街戦なんかやったらあたしたちが突き上げ食らうわ。まああたしも突き上げる側に回るけど」


 エリアの言葉に先代クリフォード侯爵はふむ、と考え込む。


「まあきれいごとを抜きにしても、市街戦になると戦後この街の復興が大変になりますしね。ただでさえ王国財政が苦しい中で、余計な復興予算をかけるというのも、余りいいことではないでしょう」


 既に軍事費だけで財務卿(宰相)ハントリー伯爵の顔は真っ青、内務卿サマセット伯爵や外務卿ハミルトン子爵といった王国の重鎮たちも頭を悩ませているところだ。

 さらに大都市であるラピアが灰燼に帰したと聞けば、心労のあまりハントリー伯爵の髪の毛は全部真っ白になってしまうかもしれない。


「司令官がそう言うならば仕方あるまい。とはいえ、こうした輪郭式城塞を落とすためには、市街戦は厭わず、というのが鉄則なのだが…」

「水路から侵入するのはどうかしら? ラピア川の流れは城内に取り込まれているのよね?」

「厳重な警戒とともにな」

「でも、ゲルハルトやレオナたちなら破れるかも……」


 エリアがそこまで言った時、後ろから声がかかった。


「おいおい、司令部にやってきたらえらく物騒なこと言っとるやんけ」

「あちきらをなんだと思ってるニャ!?」


 ゲルハルトとレオナだった。

 なぜかアルトゥルはいないが、あの豪放磊落なレオナの父が来ると、場の空気を全部持って行かれそうだったのでユートは少しほっとしていた。


「あら、ゲルハルトにレオナ、遅かったわね」

「遅れたせいで危うく泳ぎながら侵入させられるとこだったニャ」

「さすがに無理?」

「北方は寒いからあんまり泳ぐことがないニャ。あちきは冒険者やってたから泳げるけど、泳げない奴もいるニャ」

「うちもせやなぁ。というか、俺も泳ぐんは苦手や」


 レオナとゲルハルトの言葉を聞いて、エリアはうーんと考える。


「水路があるんだから、って船は無理よね?」

「航海科出身者はいないのに、誰が船を運用するのだ?」

「エリア、よく聞くニャ。エリアは頭を使うより身体を動かす方が得意な子ニャ。慣れないことはするもんじゃないニャ」

「なによ! 別にあたしだって好きで頭使ってるわけじゃないのよ。市街戦をやってほしくないだけよ」


 レオナの駄々っ子に言い聞かせるような言葉にエリアは憤慨する。


「ぱっと思いつくのは夜襲を仕掛けて、どさくさに紛れて城門を確保する、ってあたりかな?」

「あの城壁なら乗り越えられるとは思うニャ」


 レオナたちの身軽さならば、さほど高くはない外壁はあっさり乗り越えて、城門を確保するだろう。

 そうした戦闘は敏捷さをとりえとするレオナたち妖虎族の真骨頂だ。


「それで妖虎族(山猫)どもが城門確保したら俺らが突っ込む感じなんか?」

「そうだけど、出来れば夜闇に紛れて内壁までいけない? そこまでいければ、どうにかなるわ」

「そんなの中に入ってみなきゃわからないニャ。やれるならやるけど、部下の命が優先ニャ」


 ああだこうだと言い合う三人を先代クリフォード侯爵とアーノルドは温かい目で見ていた。



「若い者も育ってきているな」


 話し合いが終わってから、アーノルドと二人、茶を飲んでいた先代クリフォード侯爵がそう呟く。


「そうだな。まああそこにいる半分が大森林の出身者で全員王立士官学校出身ではない、というのが玉に瑕だが……」

「なに、王立士官学校の生徒隊長だったカニンガム伯爵のお孫さん――カニンガム副官あたりもウェルズリー伯爵(レイ)の下でしっかりと勉強しているようだしな。俺も貴様も退役しても、王国軍の未来はちゃんとあるのだろう」


 作戦は結局、エリア、ゲルハルト、レオナの三人を中心にした話し合いで決められていた。

 レオナ率いる妖虎族が夜間、気付かれないように城壁を登り、城門を確保する。

 可能ならば、内壁の城門も確保し、不可能であるならば外壁だけで妥協した上で、突入を合図する青色信号弾を打ち上げる。

 信号弾を打ち上げると同時にゲルハルト率いる餓狼族大隊と、先代クリフォード侯爵率いる猟兵大隊が突入し、市街戦にならないように内壁の城門の前を確保して退路を断ち、外壁を守る敵兵に降伏を促す。

 ――そんな作戦だった。


「心配していたのか?」

「当たり前だ」


 アーノルドと先代クリフォード侯爵の忍び笑いが響く。


「エリア嬢は無辜の臣民たちに被害を出したくないと言っていたが、その気持ちもわからんではない。しかし、それ以上に、未来ある若者が死ぬことだけは避けたいのだ」

先代クリフォード侯爵(ジャスト)、貴様の言いたいことは私も十分承知している。その為に、我々老骨が先頭を切って戦わねばならん」


 アーノルドの強い言葉に、先代クリフォード侯爵も頷いていた。




「そういえばユート、新しい戦旗はどうするの?」


 闇夜に紛れながら、エリアはそんなことを言った。

 既にレオナたちは城壁へと取りついているらしいが、幸いなことに闇夜であるのでユートのところからは見えない。


「戦旗か……今掲げるのは微妙だし、ラピア落とした時に掲げるのはどうかな?」


 一般的に貴族というのは紋章を持っている。

 例えばウェルズリー伯爵ならば青薔薇に雷光であるし、先代クリフォード侯爵ならば跳ね馬に盾だ。

 そして、それら紋章を貴族領軍を率いる時は必ず掲げるし、国軍を率いる時であっても司令部の所在地には必ず掲げる。

 しかし、当然ながらユートはそんな紋章を持っていなかったことから、これまではアナの紋章を拝借して、青色のハート型の盾の中に金色で十字の紋章から王家を表す金十字を省いたものとしていた。

 とはいえ、フェアファックスが加わり、エーデルシュタイン伯爵家家臣も増えてきたことから、借り物の紋章ではいかがなものかという話になって、今回から司令部用にのみ太陽の戦旗を作っていたのだ。


「本当ならエーデルシュタイン伯爵領軍全てで同じ戦旗ならよかったんだけどな」

「まあゲルハルトとレオナのところはそれぞれの戦旗だからね。猟兵大隊は別にあんたの戦旗でも構わないけど」


 構わないのに戦旗がない理由は簡単――間に合わなかったのだ。

 ユートが太陽信仰があると去年の正月にみんなが知ってから、太陽をエーデルシュタイン伯爵家と恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの紋章にしよう、という話はあったものの、様々な折衝の末に認められたのは今年の年明けすぐのことであり、全軍に行き渡るだけの戦旗を用意する時間が足りなかった。

 そこで暫定的に|青色のハート型の盾の紋章《アナの紋章》を猟兵大隊の戦旗とした上で、第三軍司令部の所在地を表す戦旗だけは太陽の紋章としていたのだ。


 そんな、新しい戦旗のお披露目の話をしていると、暗闇にゲルハルトが苦笑いしているのがわかった。


「おいおい、ユート。随分余裕やな」

「やることないし、レオナたちがどうにかしてくれるまで待たないとな」

「全く、指揮官が駄弁っているなど緊張感が足りん」


 そう声を掛けてきたのは先代クリフォード侯爵だ。


「いえ、緊張感はりますよ。ただ張り詰めているだけじゃもたないなぁ、と思ってるだけで」

「いっぱしの司令官だな」


 イヤミなのか、それとも素直に感心しているのかわからない先代クリフォード侯爵の言葉に、ユートは反応に困りながら、曖昧な笑いを返す。


「そういやユート、オレらはあんまし夜目利かんから、お前らが先頭いってや」


 妖虎族は十二分に夜目が利くのだが、餓狼族はそうでもない、というのは事前に聞かされていた。


「ああ、それなら大丈夫だ。白色信号弾を撃ち続けるように信号班に伝えてある」

「あーそれやったら確かに明るなって見えるわな」


 要するに白色の花火のような白色信号弾を照明弾がわりに使おうというのだ。

 向こうもこちらを把握出来るようになるだろうが、一番隠れていなければならないレオナたちは行動を起こした後だろうし、ある程度接近してからならば、むしろ同士討ちを防ぐ効果の方が大きいとユートは踏んでいた。

 問題は信号弾が異常に高価なことだが、人命にはかえられない。


「兵たちは死ににくくなるし、信号弾を大量消費しても人が助かればトータルで財務省も喜ぶでしょ。それに信号弾の出所であるエーデルシュタイン伯爵家も儲って万々歳じゃない」


 エリアがそんな打算的な言葉を吐いていた。


「あとは、レオナ待ちやな」


 そういいながらゲルハルトはラピア城の方を見据えた。

 ユートもまた見据える。

 既に城門までは二百メートルそこそこの距離にまで迫っているし、今日は月が出ていないから暗いだけで空には星が見えるくらい雲がないので、視界不良で信号弾を見落とすことはないだろう。


 春先の夜風が、少し冷たい。

 だが、そんな冷たさもわからなくなるくらい、ユートは集中して信号弾が上がるのを今か今かと待ち構えていた。


「…………」


 エリアもいつの間にか黙っていて、ユートの傍で、ユートの鎧下(ギャンベゾン)の袖をつかんでいるのがわかる。

 その手は少しだけ震えていたが、それが武者震いなのか、それとも恐怖によるものなのかはユートにはわからなかった。



 何分待っただろうか。

 既にラピア城は寝静まっているようにユートには見えた。

 そして、その静寂を打ち破るように、小さな爆発音が響く――


「きた!?」


 エリアがユートの鎧下(ギャンベゾン)の袖口を離し、剣の柄に掛けたらしい。


 ふた呼吸ほど置いて、青色の大輪の華が、ラピア城の上に咲き誇る。


「青色信号弾!」


 そう言うと、ユートは愛用の片手半剣を抜き放った。


「目標! 敵城門! 躍進距離二百! 優越を確信し、敵を圧倒せよ! 突撃に移れーっ!」

「駈け足ーっ! 前にっ!」


 ユートの号令に合わせて、先代クリフォード侯爵が叫ぶのが聞こえた。


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