第186話 仲間たちとともに
更新が1時間遅れてすいませんでした。
185話を少し改稿し、最後1,000文字ほど付け加えました。
出来ればそちらを先読んで頂けると幸いです。
また、章立てを変更し、新章は今話からにします。
そして、少し暖かく短い冬が終わって、春の訪れが聞こえてきた。
それは、六〇七年を迎えたことを意味しており、そしてユートや西方軍が出征する日が近づいてきたことを意味していた。
「ユート、絶対に無事に還ってきて欲しいのです」
アナがユートの腕をつかむようにしてそう言う。
第三次南方戦争についての情報はユートは軍務省から西方軍を通じて得ているし、またアナはそれに加えて聖ピーター伯爵や姉であるアリス女王のコネクションからも情報を得ているようだった。
一言で言えば、ノーザンブリア王国軍は苦戦していた。
南部の東側、旧タウンシェンド侯爵領を攻めていたのはシーランド侯爵を司令官とする北方軍であったが、秋に大雨が降り、泥濘の中のたうちまわるような戦いが続いているようだった。
数の上ではローランド王国軍の支援を受けた旧タウンシェンド侯爵領軍の方が優勢であり、苦戦の要因はまさにそこにあった。
北方軍もウェルズリー伯爵の指揮下で大森林との戦闘を重ね、王位継承戦争でも激戦をくぐり抜けた精鋭部隊だったが、数の暴力にはなかなか勝てない上、機動力を削ぐ大雨で不利となっていたのだ。
それでも崩壊しないのは、シーランド侯爵の統率力と戦術眼あってのことだったが、それもいつ限界となるかわからない。
一方で西側、ウェルズリー伯爵のノーザンブリア王国総軍が受け持っているあたりは、南方城塞線を攻めあぐんでいた。
もともと、ノーザンブリア王国軍が南方の盾として築いた城塞線は堅固だった。
その上、ユートたちの活躍でローランド王国軍を破った後、ローランド王国軍は策源地とすべくしっかりと改修が施したらしく、ノーザンブリア王国総軍はこれを突破できないでいるらしい。
そうなると、野営で攻城戦を続けるノーザンブリア王国軍と、ちゃんと隊舎があるローランド王国軍では疲労から何から違ってきていて、厳しい戦いとなっていた。
そんな中、ユート率いる西方軍にあれやこれやの東部諸貴族の貴族領軍を加えて増援を行い、戦局を打開しようというのが軍務省の目論見だった。
「つまり、ユートは危険な場に身を投じなければならないのです」
もう少女から大人へとなろうとしているアナがそう悲しげに言った。
「アナ、ジークリンデ、絶対死なないからな」
「大丈夫よ! あたしが守るわ」
なぜか勇ましげにエリアがそんなことを言っていたが、アナの顔は相変わらず泣きそうなままだ。
「旦那様、戦場に身を投じなければならないのはわかりますが、ご自愛下さい」
同じく残るジークリンデは、そう言うだけだったが、気丈に振る舞っているのがよくわかった。
ジークリンデは年齢的にはユートよりもだいぶ上であり、獣人と純エルフであるが故に、既に悲しい別れをたくさん経験しているのかもしれない。
だからこそ、気丈に振る舞うことだけは出来るのだろう。
「大丈夫。絶対生きて還ってくるし、勝って還ってくる」
ユートの言葉を、それでもアナやジークリンデは少しだけ疑わしそうに見ていた。
そんなやりとりもありながら、二月にレビデムを発した西方軍は王都までの行程を特に問題なく進んだ。
西方軍に加わる予定の東部貴族たちは既に王都に集結しているらしく、西方軍が到着し次第、南部に進軍する予定だった。
「おい、ユート卿。糧秣が足りんぞ。輜重段列の見積が間違ってるんじゃないのか?」
司令部天幕の中で東部貴族までが加わった後の糧秣の計算をしていた男がユートにそう詰め寄った。
その男は元軍務卿にして先代のクリフォード侯爵ジャスティンだ。
「まったく、なんで俺が軍の糧秣計算をしなきゃならんのだ」
「すいません。アーノルドさんがいないし、エリアだけじゃ副官が足りなくて……」
そう、ユートは今回の出征に当たり、冒険者として活躍していた先代クリフォード侯爵をその幕下に加えていた。
アーノルドは王都支部の支部長という立場であり、行軍中の西方軍には加わっていない。
エリア一人で司令部の業務を切り回すなど出来るわけもなく、セオドア・リーヴィスやイアン・ブラックモアといった大隊長連中にそれをやらせようとしても、大隊指揮の問題もあるので、先代クリフォード侯爵を冒険者として加えることにしたのだ。
「まあいいが……それにしても数年前までの軍務卿が一地方軍の副官とはなぁ……」
先代クリフォード侯爵はそう言いながらも手際よく糧秣や行軍の計算を進めていくあたり、さすがは元々切れ者の軍務官僚であり、軍人だった。
「王都についてからもよろしくお願いしますよ。アーノルドさんの下って形になりますけど……」
「アーノルドの下ならば構わん。あいつならばそう無茶はさせんだろう。間違っても俺を総軍に派遣するなよ。ウェルズリー伯爵の下になんぞつけられたら大変だ」
そう念押しするあたり、ウェルズリー伯爵はよっぽど人使いが荒いのだろう。
まあ噂に聞くところによると、戦術眼戦略眼は抜群であり、よい副官をつければ大丈夫、という評価が王立士官学校の頃からあったようであるし、恐らく部下は胃が痛む毎日となるのだろう。
少しだけノーザンブリア王国総軍の副官を務めるカニンガムのことが心配になったが、ユートはそれ以上は何も考えないことにする。
はっきりいえば、無茶振りされるという意味ではユートも大差がないからだ。
王都に着いた時には、既に東部貴族領軍は揃っていた。
それだけではなく、異彩を放つ集団が存在していた。
アリス女王臨席の下、観閲式でそれを見ることになったユートは驚きを隠せなかった。
その部隊の名は、ノーザンブリア近衛軍装甲騎兵中隊――王国最高の戦力と言われる部隊だった。
「エーデルシュタイン伯爵ユート、あなたに我が剣を授ける。しかと心得よ」
観閲式でアリス女王は近衛装甲騎兵中隊について、それだけ言った。
“我が剣”とはノーザンブリア王国においては近衛装甲騎兵中隊のことを意味する言葉であり、神銀の装甲を持つこの騎兵をいかに国王が信頼してきたかがわかる。
その“剣”をユートに託す、というのはこの戦いにかけるアリス女王の思いがよくわかった。
それだけではなかった。
アリス女王の言葉は続く。
「みなの者、聞け。はるか北方の地より盟約に従い、戦士たちが駆けつけてくれた」
そう言ってアリス女王は紹介したのは、大柄な男だった。
その存在に驚いたのは、ユートよりもレオナだった。
そう、その男は大森林妖虎族の族長、獅子心王の異名を持つアルトゥル・レオンハルト――つまりはレオナの父だった。
「父ちゃん!? なんでこんなとこにいるニャ!?」
アリス女王の演説の最中であるというのに、レオナが驚きの余りそんな不作法をして、慌てて口を塞いでいた。
幸い、レオナはノーザンブリア王国の貴族ではないので、それ以上誰も何も言わなかったが。
そして、観閲式が終わったらすぐに駆け寄ってアルトゥルを問い詰めていた。
「何、ノーザンブリア王国が攻められていると聞いてな。大森林の精鋭を率いて援軍に来たわけよ」
豪快に笑い飛ばすアルトゥル。
そして、ゲルハルトの姿を見つけると、すぐに駆け寄って挨拶を交わす。
「雷神ゲルハルト殿、久しいな。ご健康そうで何よりだ。お父上から餓狼族の兵も預かってきている」
「獅子心王アルトゥル殿、久しぶりやね。こちらこそ父が出征できずすまんことやわ」
ユートが聞いた話によると、ゲルハルトの父は長く病床に臥せっているという。
まだ政務は出来るらしいが、もう戦うことは出来ず、今回の援軍派遣に当たってアルトゥルに兵を託したらしい。
「ところでこれはイリヤ神祇官の?」
「もちろんだ。イリヤ神祇官が此度の戦いで王国に援軍を出そうと言われたのだ」
王位継承戦争の時に臣とでやり合った時のことを思い出して、やはりか、とユートは苦笑いせざるをえない。
今、ノーザンブリア王国はそれなり以上に危機的である。
その状況で援軍を出せばノーザンブリア王国に十二分に恩が売れると考えているのはさすがイリヤ神祇官と言うしかなかった。
「これで餓狼族と妖虎族はそれぞれ二千近い軍勢となったな」
「まあ、これだけおったら大暴れできるわ」
ゲルハルトはそう言うとにっかりと笑った。
普段はさっぱりとした好青年なのだが、こと戦場においてはこれほど凶暴な男もいない。
その牙は常にユートを阻む敵を打ち砕いてくれていた、かけがえのない盟友だ。
「エーデルシュタイン伯爵閣下、お久しぶりです」
そう言ってユートの下に挨拶に訪れる者もいる。
「ハルさん!?」
「我が主君サマセット伯爵よりサマセット伯爵領軍の指揮官を拝命致しました。以後、エーデルシュタイン伯爵閣下の指揮下に入ります」
そう、かつて王位継承戦争においてはサマセット伯爵領軍派遣大隊を率いたピーター・ハル大隊長もまたサマセット伯爵領軍を率いて駆けつけてくれた。
東部貴族の義務として、サマセット伯爵もサマセット伯爵領軍を出すことになったのだが、その指揮官には自ら立候補したらしい。
「エーデルシュタイン伯爵閣下、我々もいわゆる猟兵戦術について、ちゃんと勉強はしております。もちろん西方軍に比べれば拙いものとは思いますが、ご期待下さい」
ピーター・ハルはそう自信ありげに言った。
それだけではなかった。
「ユート、私もいるよ」
今度やってきたのはワンダ・ウォルターズ――やはり王位継承戦争を戦い抜いた法兵小隊長だ。
「ウォルターズさん、お久しぶりです」
「王立魔導研究所臨編法兵小隊――野戦法兵に比べりゃ弱いけど、それでも法兵は法兵だ。頼りにしときな」
そう言われて、ユートはウォルターズの後ろに控える兵たちを見る。
みな、青白い顔をしていて年齢も高め、どう見ても軍人の集団ではない。
そこら辺の商会の手代の方がよっぽど不敵な面構えをしているだろう。
恐らくウォルターズは王立魔導研究所の戦えそうな法兵を全て引き連れてきたのだろう。
彼らの本務は魔道具の研究や魔術の研究ではあるが、大半は王立士官学校法兵教育課程の出身者なのだから、いちおう戦闘任務もこなすことは出来る。
もちろん、平時には研究者を兵として率いていくなど、もったいない上にそもそも研究者のプライドを考えてもなかなか出すものではないが、近衛装甲騎兵すら出そうというアリス女王を見て、王立魔導研究所と言えども何もしないわけにはいかなかった。
それにどうせ戦うならば、魔導研究に関して素人の指揮官よりは、王立魔導研究所の名誉研究員であるユートの方がいいと考えるのも当然だ。
「戦闘経験者いるんですか?」
「私を筆頭に、それなりの数はいるよ。若くないから、ちょいと野戦は厳しいけどね」
ユートのぶしつけな質問にそう笑って見せた。
頼もしい仲間たちが加わって、ユートは少しだけ笑った。
「どうしたのよ、ユート?」
「いやな、なんかこれだけ集まってくれれば負けることはないな、と思ってな」
もちろんそれには何の根拠もなかった。
「あんた、バッカじゃないの? 誰がいようが、誰がいなかろうが、私は負ける気なんかしてないわ。あんたは勝って、帰ってくるのよ。そして、ギルドをもっともっと発展させないと」
エリアがユートの言葉にそう返事をする。
その声色は別にユートを責めているわけでなかった。
むしろ、ユートと同じく、よくわからない高揚感と、絶対的な信頼感に満ちあふれていた。
「ユート様、全軍揃いました。エーデルシュタイン伯爵領軍五千、西方軍四千、それに東部貴族領軍六千の総勢一万五千となります」
そう言いながらアーノルドが現われた。
既に冒険者ギルドの王都支部はアンドレスに任せて、軍に加わっている。
先代クリフォード侯爵、エリアもいる中で、首席副官という立場であり、世が世ならば参謀長とでも言われるような立場を確立していた。
「エーデルシュタイン伯爵閣下」
そう言いながら最後に現われたのは、聖ピーター伯爵だった。
「あれから、アンドレスと話をする機会もありました。エーデルシュタイン伯爵閣下のお陰です」
「いえ、私は何もしていませんよ」
ユートの言葉に、聖ピーター伯爵は柔和な笑顔を見せる。
「アンドレスと私のラインで、講和するべき時がくれば、必ず講和を陛下に上奏いたしましょう。それがこの老いぼれの最後の仕事です」
「よろしくお願いします」
「我々は戒律により戦えませんが、エーデルシュタイン伯爵閣下のご活躍をお祈りいたします。神のご加護がありますように」
聖ピーター伯爵の祈りを受けて、ユートは振り返った。
そこには多くの仲間たちがいる。
「さあ、行くぞ。目標、南方首府シルボー!」
ユートの号令に、地を轟かせるような兵たちの声が上がった。




