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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第185話 聖ピーター伯爵とアンドレス

土曜の予定が今日になってしまってすいませんでした。

遅れた分は今週中に2回更新するか、今週土曜日にも更新します。

 アンドレスが見つかった、という知らせを受けて冒険者ギルドに赴いたユートの前にいたのは、黒い髭もじゃの男だった。

 どこかで見たことがある――などという話ではない。

 ユートもよく知る冒険者ギルドの準幹部格、ニールだった。


「ニールさん?」

「アンドレス!」


 ユートが問いかけるのと、聖ピーター伯爵が怒鳴るように迫るのはほぼ同時だった。


「聖ピーター伯爵座下、私はニールと申します」


 仮面をつけたかのような表情のない顔で、ニールはそう聖ピーター伯爵に答えた。


「嘘をつけ。お前はアンドレスだ!」


 いつになく激しい口調で聖ピーター伯爵がニールに迫る。


「………………」

「………………」


 二人が睨み合い、穏やかな聖ピーター伯爵がニールの胸ぐらをつかんだまま、誰も間に入れそうになさそうな沈黙が続いた。


「あんたら、ギルドのど真ん中で怒鳴り合っているんじゃないよ!」


 見るに見かねたか、厨房からマーガレットが出てきて睨み合う二人の間に割って入る。

 なんということはない平民の老婆ではあるが、長年冒険者の面倒を見てきたマーガレットである。

 もし、聖ピーター伯爵がマーガレットに何かするようならば、と幾人もの冒険者が剣の柄に手を掛け、いざという時には動けるように体勢を整える。

 剣呑な空気が流れたことが聖ピーター伯爵にもわかったのだろう。

 ニールの胸ぐらをつかんでいた手を緩める。


「アンドレス」

「………………」


 ニールは答えない。

 まだ、自分はアンドレスとは別人と言い張るつもりなのだろうか。


「お前は本当はアンドレスだろう」

「…………だから何なのですか?」


 ようやく言葉を絞り出すようにニールがそう言った。


「少し、話がしたい」

「ニールさん、ちょっとだけでいいですから」


 ユートの言葉に、ニールは観念したように頷いた。



 冒険者ギルドの応接室に案内すると、ユートと聖ピーター伯爵が上座に、ニールが下座に腰掛ける。


「アンドレスだな?」

「そうかもしれませんが、忘れた過去です」


 ニールはあくまで素っ気なかった。


「なぜ、教会を出た?」

「もはや忘れたことです。今の私は恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの一傭人(ゴーファー)に過ぎません」

「私は、お前と一緒に行った修業を忘れておらん。お前は、あの修業をしていたことすら、もうどうでもいいことになってしまったのか?」


 ニールは首を横に振った。


「聖ピーター伯爵座下、下々の者が、日々どのような暮らしをされているかご存知ですか? 例えば今をときめくエーデルシュタイン伯爵家の重臣アドリアン殿はどのような生い立ちがご存知ですか?」


 禅問答のように、疑問に疑問で返す。


「……知らぬ」

「なぜ知られぬ? 下々の者がどのような暮らしをしておるか、ということはノーザンブリア教会首席枢機卿座下には関係が無い、と仰るのですか?」

「つまり、それが答えか?」

「そうです。ゼス様が天に召されてより、私は数多くの教会で助祭を務めました」

「知っておる。そこで、そなたの言う下々の者の暮らしを見た、というのか?」

「ええ、このエレルの教会で助祭を務めたこともありましたね。かと思えば南部旧タウンシェンド侯爵領に赴任したこともあります。懐かしい思い出であり、そして、そこで見たものは私の聖職者としての原点となっていました」


 それだけ言うと、ニールがユートの方を見た。


「数年前、エーデルシュタイン伯爵閣下――ああ、当時は正騎士でしたが――を暗殺しようとした冒険者がいたのを覚えておられますか?」

「フラビオですか?」

「ええ、そうです。彼もまた助祭時代に知っていた男――教会の孤児院を脱走してすりの類になっていた男です」


 ユートとしては返事に困った。

 フラビオと言えば先代タウンシェンド侯爵の手先として、冒険者ギルドに侵入するわ、ユートに手傷を負わせるわさんざんな目に遭わせてくれた男であり、どう反応していいのかわからなかったのだ。


「ええ、エーデルシュタイン伯爵閣下、そこまでお気になさらなくとも構いません。彼がなしたことはれっきとした犯罪であり、ランドン・バイアット法務長官の裁きは正しいものです。ただ、彼がなぜこすっからい小悪党に身を落とさねばならなかったのでしょうか」

「つまりは、ノーザンブリア教会が悪い、というのか?」

「出来もしないことならば、私は教会に見切りをつけなかったでしょう。しかし、内実は、教会の聖職者の大半は教会内でいかに出世するかの方が大事であり、そしてその為の手段として自分を慈悲深く見せる偽善をなしているだけではないでしょうか」


 聖ピーター伯爵はニール――いや、アンドレスの言葉を聞いて、うむむと唸った。


「もちろんゼス様がそのようなことをされていたとは思いません。私はゼス様の弟子でよかったと思っています。しかし、ゼス様のような聖職者はほんの一握りであり、大半の聖職者は現実を見ず、ただ聖職者としての義務感――出世するために必要なものとして動いているだけではないでしょうか」

「私もその一人、というわけか」

「残念ながら私が教会を離れてから、ピーター殿の事績は存じ上げません。ただ、今になって私を後継者に、と言うならば、それはピーター殿もまた、自分の派閥大事にしか見えないとは思いますが」

「アンドレス、それは違う」


 聖ピーター伯爵はアンドレスの痛罵に近い言葉に、そう冷静に反応した。


「確かに私は、お前を後継者として枢機卿に押し上げようと思っている。しかし、それは派閥が大事というわけではないのだ。派閥が大事ならば、教会を去って十年を超えるお前を呼び戻す必要などない」


 聖ピーター伯爵の言葉を、今度はアンドレスはじっと静かに聞いている。


「教会は確かに信仰を見失った聖職者も多くなっておる――嘆かわしいことにな。そうした教会の現状を見れば、しっかりと信仰を持った者がせめて枢機卿にはいてほしい、と思うのはそうおかしいことか? お前が言う、ろくでもない聖職者の考えか?」

「……それが私、なのですか?」

「ああ。既に私の兄弟子は全て天に召され、弟弟子たちもほんんどは既に一線を退いている。その中で、次のノーザンブリア教会を担えるのはお前しかいない、と思っているだけのことだ」

「……ピーター殿、お言葉はありがたく思います」


 アンドレスは短くそれだけ言うと、目を瞑った。


「しかし、私の修業の場は教会ではなく、市井にあると思っております。冒険者ギルドが出来たことで、多くの貧しい者たちが救われるようになった。フラビオにしても、もし南部に冒険者ギルドがあれば、盗みなど働く必要もなかったでしょう」

「だから、教会に戻れぬというのか?」

「私は教会は捨てても信仰を捨てたわけではありません。ただ、私の信仰心は、人を救うことにだけ向けられております。ですから、私の修業の場は市井なのです」


 アンドレスのきっぱりとした物言いに、聖ピーター伯爵はそれ以上の言葉を続けられなかった。




「エーデルシュタイン伯爵閣下、どうしようもないのでしょうな……」


 エーデルシュタイン伯爵家屋敷に戻ってきた聖ピーター伯爵は弱々しくそうこぼした。

 恐らく聖ピーター伯爵は何が何でもアンドレスを教会に呼び戻して枢機卿に据えたかったのだろう。

 しかし、アンドレスの考えを聞いた以上、それを強要など出来やしないと悟ったのだろう。


「なぜ、首席枢機卿座下はニール……アンドレスさんに拘るんですか? お弟子さんの中に、今は頼りなくても立場が人を作る、ということもあると思うのですが……」

「そうですな……一つはアンドレスは堅固な信仰心を持っております。もちろん弟子にもそうしたものを持つと私は信じておるのですが、それでもニールにはかないませんでしょう。言い方は悪いですが、弟子たちはみなノーザンブリア教会で教義を探求し続けている、温室育ちの枢機卿の弟子なのです」

「それはアンドレスさんも同じでは?」

「アンドレスは確かに枢機卿の弟子ではありますが、多くの教会を望んで巡り、助祭として鍛え上げられてきたのです。そういう意味では私は弟子の育て方を間違えたのでしょう」


 聖ピーター伯爵は力なく笑った。



「おい、ユート。これ以上は関わってられねぇぞ」


 聖ピーター伯爵が客室に引っ込んだあと、アドリアンがユートのところにやってきてそう言い切った。


「ギルドの立場とすりゃニール――アンドレスを擁護する側だしよ、それにそもそも聖ピーター伯爵は教会の偉いさんとして言ってるってよりも、ありゃ個人の話だろ」


 確かにアドリアンの言う通り、アンドレス絡みのことは首席枢機卿として言っているわけではなく、あくまで聖ピーター伯爵個人としての話だろう。

 これ以上はお節介だし、何よりも冒険者の側に立つべき冒険者ギルドがやることではない、というアドリアンの意見もよくわかった。


「そうですけど……」

「あんた、まだ関わりたいんでしょ」

「というか、聖ピーター伯爵が気にしてるのはなぁ……」


 別に聖ピーター伯爵を助ける義理などないのだが、ほとんどの兄弟弟子がいなくなっている中でほぼ唯一の弟弟子を教会に戻したいという気持ちはわからないではない。


「別に聖ピーター伯爵は何が何でも後継者、ってわけじゃないんじゃないの?」


 エリアがそんなことを言った。


「どういうことだ?」

「あたしは又聞きが半分くらいだから聖ピーター伯爵の気持ちを勝手に推量してるだけだけどね、聖ピーター伯爵って偉いわけでしょ?」

「ああ、偉いな」

「それで、自分の周りには学究肌の連中しかいないし、まして弟子と師匠の関係だと弟子たちが聖ピーター伯爵に何か言うこともないと思うわ。弟子じゃなければ、やっぱり首席枢機卿でしょ」

「まあそうだな」

「だから、自分に歯に衣を着せずに意見を言ってくれるアンドレスのような存在が欲しいんじゃないの?」


 つまり、聖ピーター伯爵が心底求めているのは後継者ではなく相談役、ということか。

 ユートはそれが正しいのかはまではわからなかったが、ことエリアは人の気持ちを推し量ることにかけてはユートよりも随分と上と思っている。


「聖ピーター伯爵がこっちにくるか、アンドレスさんが王都に行くかすれば万事解決ってことか?」

「万事とは思えないけど、教会のことを考えても、冒険者ギルドのことを考えても、聖ピーター伯爵とコネクションがあって損はしないし、アンドレスを王都に送ってもいいんじゃないかしら?」


 王都に送る、とエリアが言うのは恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの王都支部のことだろう。

 暫定的にアーノルドが支部長ということになっているが、アーノルドは生粋の冒険者というわけでもないし、あくまで貴族や大手商会相手に対応できるという理由で支部長を務めているに過ぎない。


「あたしは案外瓢箪から駒、とも思ってるのよね。王都で一番多いのは傭人(ゴーファー)の依頼でしょう? それなら長く傭人(ゴーファー)をやっていたアンドレス向きだと思うし、元聖職者なら貴族や商会に対してもアーノルドさんみたいに対応できそうに思うわ」

「つまり、教会とのコネクションを考えても、冒険者ギルドの組織を考えても王都支部の副支部長にするのがいい、と」

「そういうこと」


 エリアの言葉にユートはじっと考える。


「みんなはどう思う?」

「俺はいいとは思わねぇな。今、王都支部の副支部長にってアンドレスに言ったら、聖ピーター伯爵が裏から糸引いてると誤解しかねねぇだろ?」

「あちきはどっちでもいいニャ。ただ、王都支部をアーノルド一人にしておくわけにはいかないニャ」


 アドリアンやセリル、レオナの言葉を聞いて、もう一度考える。


「一度、アンドレスさんに話してみるのが一番かな?」

「それもええんとちゃうか。アンドレスは頑固者やけど、話がわからん奴やないし、ユートから話してみたらええんとちゃうか?」


 ゲルハルトはあくまでユートを肯定してくれた。


「アドリアンさんは?」

「……気乗りはしねぇ。冒険者ギルドの人事を、冒険者ギルド内の必要性だけで決められていない時点で、俺は好きじゃねぇな。でもよ、お前がそうするって言うならお前には従うぞ」


 アドリアンの中途半端な答えにユートは苦笑いしながら頷いた。


「わかりました。そしたら一度アンドレスさんに僕から話してみます」

「それは構わねぇと思う。副支部長の件は置いといても、一度話しておく必要はありそうだしな」


 アドリアンもそう頷いて、アンドレスに対する話は一応終わりを迎えた。




「アンドレスさん」


 翌日、ユートはアンドレスを呼び出していた。

 もちろん聖ピーター伯爵はいない。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、なにでございましょうか?」

「昨日のこととは全く関係なしに、アンドレスさんにお願いしたいことがあります。アンドレスさん、王都支部の副支部長になってもらえませんか?」


 ユートの言葉に、アンドレスはユートの目をしっかりと見る。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、それは聖ピーター伯爵座下より言われてのことですか?」

「いえ、違います」


 ユートの言葉に、アンドレスは頷く。


「わかりました。話をお聞きしましょう」

「全く関係が無い、と言えば嘘になりますが、聖ピーター伯爵座下とは関係なしに、冒険者ギルドとして、王都支部に冒険者の経験のある副支部長を置きたいのは前から考えていました。ただ、」

「それで、私というわけですか?」

「ええ、そうです。それに聖ピーター伯爵座下は常に王都にいらっしゃいます。これはエリアが言っていたのですが、聖ピーター伯爵座下には何よりも相談できる友人が必要なのではないか、と」


 ユートの言葉をじっと聞いていたアンドレスは二、三度目を瞬いた。


「相談できる友人、ですか……」

「ええ、これは自分の推測も入っているのですが、聖ピーター伯爵座下は孤独なのではないか、と。まあ余計なお節介ですね」

「本当にお節介ですな。しかし、私とて聖ピーター伯爵座下――いえ、ピーター殿との関係を懐かしく思う気持ちがないわけではありません」


 そこで再びアンドレスは考え込む。


「それに冒険者ギルドとしては、いつまでもアーノルドさん一人に任せておくわけにはいきません。アーノルドさんは貴族や商会への対応は出来るでしょうが、残念ながら冒険者としては全く経験がありません。王都では比較的傭人(ゴーファー)の依頼が多いようですし、アンドレスさんの専門を考えても王都支部の副支部長に就いていただけるとギルドとしては有り難いです」

「……わかりました。聖ピーター伯爵座下との関係はともかく、今王都に私が必要なのはわかりました」


 アンドレスが頷いたのを見て、ユートは安堵した。


 これで聖ピーター伯爵とアンドレスの関係がどうなるかはわからない。

 しかし、少なくともユートに出来ることはしたと思えるし、エーデルシュタイン伯爵家として聖ピーター伯爵に対しての義理も果たしたし、冒険者ギルドにとっても最良の結果になったのでは、と思えたからだ。


2016.03.01 19:20 改稿

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