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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第019話 初めてのリーダー、初めての護衛

「さて、この馬車五台を護衛することになるのだが、ユート君はどう人を配置するべきと考える?」


 ユートは幌馬車五台を目の前にして、ルーカスの指導を受けていた。


 なぜこんなことになったのかと言えば、昨夜、自己紹介が終わった後、やおらにレオナが余計なことを言い出したからだ。


 曰く。

「あちきらにはリーダーが要るニャ」


 自分がリーダーになる気満々のこの一言にエリアが反対し、また一騒動、となったのだ。

 最後は結局、ルーカスの判断でユートがリーダー、ということになって収まったのだが、そのせいでユートは慣れないリーダー業についてルーカスから学ぶ羽目になっている。


「ルーカスさんとレオナ、僕とセリルさん、アドリアンさんとエリアに分けて、先頭、真ん中、最後尾の馬車に配置、ですか?」

「……まあ合格点だな。魔法を使えない四人は四台に分乗させる方が御者は安心するから護衛(ガード)では好まれる。ただ、戦力を固めておいて魔物が近づいた時には積極的に倒していくのも間違いではない」


 ルーカスはさすがひとかどの護衛(ガード)と言うこともあって、その見識は豊かだった。

 だが、ユートからすればただでさえ慣れないリーダーなのに、その一つ一つを見識豊かなルーカスに評価されているような気がして余計にプレッシャーだった。


「じゃあ次は俺がいなくなった後のことだ。どう組む?」

「レオナ、僕、セリルさん、エリア、アドリアンさんの順で分乗、ですかね?」

「それはどうだろう? ユート君とレオナじゃ、二人とも盾がないから大型の魔物の襲撃を受けたら防御が出来ないからな」

「でもレオナとアドリアンさんやエリアを組ませたら……」

「喧嘩する、と言いたいのか? それをどうにかするのもリーダーの仕事だよ」


 そう言われて、ユートは黙りこくった。


「なんで俺がこんなことを一々言ってると思う?」


 ユートは首を横に振った。


「何かが起きた時、その場その場で取れる選択肢なんか山のようにあるんだ。だから事前に色んな事態想定しておかないとすぐに何が正しいのかわからなくなってしまう」

「既になっています……」

「まあ、そうだろうな。でもそれを見せてはいけない。君は護衛(ガード)のリーダーだ。護衛(ガード)のリーダーの判断は、緊急事態では隊商のリーダーの判断より優先されることになっている。いざという時に君が動揺を見せたら隊商全体が動揺してリーダーを信用できなくなってしまうぞ」


 ルーカスの言葉にユートは再び黙りこくった。


「……わかりましたよ。いざという時に迷わないように、しっかり頭の中で考えておきますよ」

「ああ、頼むよ。君を選んだのは、戦い方が近戦も遠戦も両方出来る、ということもそうだけど、あの五人の中で一番腹をくくって冷静な判断が出来ると思ったからだ」

「そうですかね?」

「ああ、そうだと思うよ。自信を持って判断すればいいんだ。ここまでの君の判断は大きく外しちゃいない」


 そう言われて、ユートは少し気楽になった。




 五台の馬車が動き始めたのは、それから一時間後だった。


 ユートは中央の馬車でセリルと同乗している。

 この馬車はパストーレ商会からユートたちに貸し出された馬車で、ユートたちの他は誰も乗っておらず、アドリアンの武器が多少積み込まれているだけだ。

 この馬車に勝手に交易品を積み込んで交易をしてもいいらしいが、今回は時間がないので何も積み込んでいない。


「ねえ、ユートくん、少し楽にしたら?」


 御者台であたりを警戒しているユートに、セリルがそう声を掛けた。

 御者はユートのことを気に掛けていない。

 邪魔と思っていたとしても、護衛(ガード)のリーダーにそれを言う勇気もないだろう。


「いや、何となく落ち着かなくて」

「大丈夫よ。先頭はルーカスさんなんでしょう?」

「まあそうなんですけどね」


 こんな会話を何回も繰り返している。




 幸いなことに一日目は魔物の襲撃を受けることもなかった。


「まあここら辺は魔の森もだいぶ開拓されているからな」


 野営地にルーカスはそう言いながらユートたちの馬車へやってきた。

 レビデムの近くもかつては魔の森だったらしいが、先人たちの必死の開拓でどうにか田畑を作れるくらいには人の活動範囲は広がったらしい。

 とはいえ、まだ魔の森が完全になくなったのではなく、川に近い低地など人が生活しやすいところを選んで虫食い状に開拓した為、あちらこちらに細分化された魔の森は残っているとユートは聞いていた。


「でも油断は禁物ですよね」


 そう言いながらユートは野営地にすぐ近くにある、村の石垣を一瞥する。

 半年前に魔兎(ダーク・ラビット)退治に訪れたセラ村のものよりも一段低く、またあちこちに雑草が生えるなど手入れされていないように見えた。

 とはいえ、交通の邪魔になる石垣があるということは魔物の脅威に怯えている、ということでもあるのだ、と判断した。


「そうだな。敵は魔物だけとは限らんからな」

「……盗賊も、ということですか?」

「ああ、人を斬る覚悟をしておけ、ということだ」


 ルーカスの言葉にユートは息を飲んだ。


「まあレビデムの近くで隊商を襲う頭の悪い盗賊はおらんと思うがな」

「ですよね……」


 ユートは少し安心したが、結局は時間の問題だとまた重たい気分になった。

 人を斬ることがあるのは護衛(ガード)をやった時から承知しているが、それでも出来ればやりたくない、というのには違いはない。


「おう、ルーカス。ちょっと聞きたいんだが、テントは何処に張るんだ?」

「テントは張らないで馬車で野営するんだ。その方が手間が省けるし、御者連中も俺たちもこそ泥の心配をしないで済む」


 ルーカスにそう言われて、馬車の中に毛布を敷く。


「こういう時は幌馬車って便利よね! あたしたちも一台欲しいわ」


 エリアはそう言いながら毛布を敷いた上にどっかと座り込んだ。


「そのうち買えたらいいんだけどな」

「幌馬車っていくらくらいするのかしら?」

「馬車そのものは二百万ディールくらいからあるが、馬が高い上に飼い葉代がかかるぞ? それに誰も御者が出来ん、じゃ話にならんだろ」


 アドリアンが笑いながら先走りそうなエリアに釘を刺した。


 そんな中、レオナだけが所在なげに御者台に腰掛けていた。

 そこにいた御者は野営の間、隊商の馬車に移っている。


「どうしたんだ?」

「なんでもないニャ」


 ユートが心配して話しかけてもにべもない返事。


「そうか。ところで夜の警備の順番を決めたいんだがいいか?」

「わかったニャ」


 ユートの言葉を聞いて、残りの四人も御者台に集まってきた。


「人数も多いし、長旅だから三交代にしようと思う」


 そう言いながら、ユートは頭の中でどういう配置にするべきか考える。


「組み合わせは、ルーカスさんとレオナ、俺とエリア、アドリアンとセリルで組む。順番もこの順で、でどうだろう?」

「いいんじゃないか?」

「文句はないニャ」

「あたしも構わないわ」


 いつも言い争っている三人が一番の賛意を表し、そのまま結局も出なかったので、そのまま決まった。




 幸いなことに、その夜は何も起きなかった。

 翌日の朝、隊商は馬車を村の中に入れて馬車市を立てていたが、これにユートたちが関わることはない。

 市は早朝から開かれ、昼前には切り上げて次の宿場となる村へと進む。

 徒歩よりはやや速い馬車の旅なので、それでちょうど一日で次の村にたどり着くことが出来るのだ。


 そして、翌日も、そのまた翌日も何も起きなかった。

 しかし、四日目の移動中、ユートの耳に鐘を連打する音が聞こえた。


「敵!?」


 セリルが慌てて立ち上がる。

 御者はすぐに馬車を停めた。


(慌てちゃいけない!)


 ルーカスの教えを思い出しながら、ユートは冷静であるように努める。


「セリルさんはエリアにはこっちに来るように、アドリアンにはそのまま最後尾に待機するように伝えて下さい。伝え終わったらこの馬車で待機お願いします」


 ユートはそう言うと、自分も馬車から飛び降りた。

 そのまま二番目の馬車に駆け寄ると、レオナも馬車から降りている。


「どうするニャ!?」

「レオナはルーカスさんの掩護に! 俺もエリアと合流してそっちに向かう!」


 ユートの指示にレオナは頷くやすぐに駆け出した。


「ユート、どうなってるの!?」


 振り返るとエリアが既に来ていた。

 中央の馬車まで来たがユートがいなかったので二番目の馬車まで来たらしい。


「わからんから行くぞ!」


 そう言って二人とも駆け出す。



「嘘でしょ!? 魔鹿(ダーク・ディア)じゃない!」


 先頭の馬車まで駆けつけた時、エリアがそう叫んだ。

 確かにかつて大苦戦させられた魔鹿(ダーク・ディア)が二頭、馬車から少し離れたあたりで代わる代わるルーカスを襲っていた。

 戦闘の馬車を守っていたルーカスは流石歴戦、片手剣と大盾で二頭の攻撃を受け流し、時に斬りつけて威嚇しつつ被害が馬車に及ばないように巧みに戦っている。

 一方でレオナは馬車の傍らで鎧通しを構えて警戒している。


「レオナ!」

「まだいるかもしれないニャ! 他に襲われたり抜けてきたのはあちきが倒すニャ! だから二人はルーカスさんの掩護をしてほしいニャ!」


 確かに防御を無視したレオナのスタイルは乱戦には不向きだ。

 それならばもし前線が突破された時に、突破した魔鹿(ダーク・ディア)を倒す役割の方が合っている。


「よし、わかった!」


 そう言うや否や、ユートはルーカスに駆け寄る。


「ルーカスさん! 一頭は引き受けます!」

「頼む!」


 ユートとエリアが一頭を受け持ち、もう一頭をルーカスが受け持つ格好になる。


「ユート、目を狙って!」


 魔鹿(ダーク・ディア)に限らず、魔物の弱点といっても基本的には普通の生物と変わらない。

 首が落ちれば死ぬし、心臓を貫けば死ぬ。

 だが、厄介なのは魔物は妙に堅いのだ。

 首筋を狙っても毛皮で逸らされるし、心臓を突こうとしてもやはり毛皮に防がれてなかなか貫けないのだ。

 必然的に、狙うのは目や口といった、毛皮に覆われていない弱いところとなる。

 ユートは日本刀様の片刃であるので、切っ先で鋭く突くことも出来る。

 そして、前回は魔法担当だったユートと違い、前回の戦いで最後は一人で魔鹿(ダーク・ディア)に立ち向かったエリアのアドバイスは適切だった。


 エリアの掩護を受けながらユートは目を狙うが、さすがに魔鹿(ダーク・ディア)もそうやすやすと目を突かせはしない。

 そればかりか、度々角でユートの剣を弾き返し、危うく剣を取り落としそうになることすらあった。


「どくニャ!」


 不意に後ろからレオナの声が掛かった。

 ユートが思わず一歩下がると、入れ替わって魔鹿(ダーク・ディア)に突きを入れる。

 流石に突きを専門とする鎧通しだけに、ユートの片手半剣よりも鋭く、綺麗に魔鹿(ダーク・ディア)の左目に突きが入った。


「どんなもんニャ!」


 レオナは雄叫びを上げる。


「まだよ! ユート、右側から狙って!」


 向かって右側はレオナに突かれて恐らく視力を失った左目の分の死角を突け、というのだ。

 ユートは言われた通り、そちらに回り込んで首筋を狙っていく。

 一度、二度、と斬撃を入れたが、弾き返される。


「らぁっ!」


 三度目の正直、とばかりに斬りつけた一撃が綺麗に首筋に入り、血が噴き出した。

 頸動脈を断ったらしいその一撃で、魔鹿(ダーク・ディア)はどう、と倒れ込んだ。


 その後はルーカスと戦っていた魔鹿(ダーク・ディア)を狩るだけだった。

 四人がかりとなったら逆に味方同士が邪魔になりかねないので、エリアは馬車の傍で警戒し、ルーカスが攻撃を引きつけている間にユートとレオナが斬撃を入れていく。

 最後はほぼ同時にユートが頸動脈を断ち、レオナが延髄に剣を突き立てた。


「案外苦戦したわね」


 終わってからエリアがそんな感想を言う。

 魔鹿(ダーク・ディア)も決して弱い魔物ではないが、群れているからこそ怖い魔物であり、一頭ならば数人がかりで戦えば逃げられることはあってもまず負けることはない。


「まあこんなものだろう。馬車をやられたら魔鹿(ダーク・ディア)を倒しても負けなのだから、積極的に戦いに出るわけにはいかないからな」


 最初からエリア、レオナ、ユートの三人で掛かっていれば魔鹿(ダーク・ディア)のうち一頭を倒すことは簡単だっただろう。

 しかし、それを許さなかったのが護衛(ガード)、ということだ、とルーカスが総括した。




 その後もエレルまでの旅路で、何度も魔物に襲われることがあった。

 しかし、大規模な襲撃はなく、徐々に護衛(ガード)の六人の連携も成熟していったこともあって損害なくエレルまでたどり着くことが出来た。


「お疲れ様でした」


 隊商のリーダーはエレルの門に着くと、ユートたちの馬車までやってきてそう言った。


「次は一週間後、エレルからレビデムに向かう便の護衛をお願いします」

「わかりました。えっと、この馬車はどうすればいいんですか?」


 エリアの家に馬車を置けるような場所はないし、馬の世話も困る。


「貸し馬車はエレル支店の裏にある馬車庫に置いておきます。何か積み荷を積みたい場合も、そこにいらっしゃって頂ければ積めるように話は通しておきますよ」


 そう言うと、もう一度お疲れ様でした、と言って去って行った。


「おうおう、本当に護衛(ガード)様になりやがって」


 入れ替わりに門衛であり、警備隊の隊長であるヘルマンがやってきた。


「お陰様でね。従騎士エイムズ卿」


 エリアが混ぜっ返しながらそう笑う。

 釣られてヘルマンも大笑いした。


「おめでとう。そしてお帰り」


 そう言ってヘルマンに迎え入れられて、ようやくユートたちは帰ってきたのだ、と実感した。


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