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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第183話 聖ピーター伯爵のギルド視察

 翌日は予定通り、聖ピーター伯爵の冒険者ギルド訪問だった。

 ギルドの副総裁格であるアドリアンは冒険者ギルドで待っているので、昼過ぎになって出かけようとする聖ピーター伯爵の他、冒険者ギルドの総裁であるユートが一人で供をすることになった。

 エリアも供をすると思っていたのだが、エリアも礼儀作法には疎いし、ジークリンデやアナは聖ピーター伯爵がやんわりと断ったので二人でおもむくことになったのだ。



「ほう、意外といい場所にあるのですな」


 冒険者ギルドがエーデルシュタイン伯爵家屋敷から馬車ですぐのところにあったことに聖ピーター伯爵はちょっと驚いていた。


「ええ、エーデルシュタイン伯爵家屋敷から近い方が便利ですし、ちょうど土地を提供して下さる方もいましたので」

「なるほどなるほど。エーデルシュタイン伯爵閣下は信用されているのですな」

「頼りないからみんなで支えないと、と思われているのでしょう」


 ユートの謙遜に聖ピーター伯爵はおかしそうに笑う。


 そんなことを言い合いながら三人は馬車を降りる。

 ユートが観音開きの扉を押し開けて、聖ピーター伯爵を招き入れた。


「ここが冒険者ギルド――恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドです」



 出迎えてくれたのはもはやベテランの受付嬢といってもいいキャシーだった。

 彼女はベッキーとともに、冒険者ギルド設立以来、受付をしており、今ではすっかりギルドの有名人だった。

 あちこちの冒険者から交際の申し込みが絶えないらしいが、それを全て断っているとユートはセリルから聞かされていた。

 キャシーもベッキーもいい歳のはずなのだが、そんなことで大丈夫かと思いつつ、冒険者ギルドの仕事が楽しいならばしょうがないだろうとも思っている。


 冒険者ギルドの建物の中は最初こそ喧騒に満ちていたが、エーデルシュタイン伯爵閣下であるユートと、そして紅の枢機卿の服を着た老人が入ってきたことで、一瞬で静まりかえった。

 ユート一人をとっても、ジミーやレイフといったベテランたち、あるいはアルバやニールといった顔役連中ならばともかく、一般の冒険者からすれば身分の面でも冒険者としての功績の面でも雲の上の人だ。

 まして、誰もが知っている枢機卿の紅の服は、ノーザンブリア教会の重鎮であることを意味しており、やはり雲上人であった。

 失礼があれば、物理的に首が飛びかねない、と思って少し遠巻きにしつつ、それでもこの珍しい取り合わせに何が起きるのか、と野次馬根性を出して見守る者が大半だった。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、何やら注目を浴びておるようですな」

「当たり前でしょう。首席枢機卿座下が来られて、そうならない方がおかしいですよ」

「ふむ……」


 ユートの言葉を受けて、聖ピーター伯爵は少し思案すると、遠巻きにする冒険者の方に一歩踏み出した。


「あなたたちの中で神を信じる者はいますか?」


 柔らかくそう呼びかける。

 冒険者たちは戸惑いながら、頷いたり小さな声で返事をしている。


「エーデルシュタイン伯爵閣下から、あなたたちは日々、西方直轄領民の為に命を賭けて戦われていると聞いております。そのような、神の子たちに、神のご加護がありますように」


 聖ピーター伯爵はそう言うと、その場で跪いて一心不乱に祈り始める。

 それを見て冒険者たちも慌てて跪いて祈り始め、ユートも一番遅れながら跪いて祈る。

 そんな聖ピーター伯爵を中心とする集団を、石神教徒である餓狼族と妖虎族たちが遠巻きに見守っていた。


「彼らは……」

「妖虎族と餓狼族です。彼らは石神の教えを受けているものです」


 ちょっとまずいところを見られたかな、と思いながら、それでもユートはしょうがない、と諦める。

 恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドが獣人も受け入れていることはアリス女王のお墨付きがあるのだから、聖ピーター伯爵であったとしても強くは言えないだろう。

 もちろん宗論なりに発展する可能性はあるが、その時は何を信じるかは自由だ、と言うつもりだった。


「なるほど」


 聖ピーター伯爵はそう頷く。

 聖ピーター伯爵が何か言いたげにユートには見えたし、同時に何か言うべきか、と思ったところで受付から出てきたアドリアンが声を掛けた。


「座下、エーデルシュタイン伯爵家家臣、従騎士アドリアンであります」

「ああ、あなたがギルドのまとめ役ですか」

「非才の身ながら我が主が信頼して下さり、そのような立場に上らせていただいております」

「いえいえ、あなたの武勇伝は王都でも有名ですよ。エーデルシュタイン伯爵閣下が行われた軍状報告においてもあなたと先代クリフォード侯爵閣下は謳われておりましたし」


 聖ピーター伯爵の言葉にアドリアンは気恥ずかしげに頭を掻いた。


「なんともお恥ずかしい話で」


 アドリアンはそう言いながら、ギルドのあれやこれやを説明していく。

 事前にフェアファックスに教えてもらった敬語はほぼ完璧であり、どうにかボロを出さずに、ギルドの仕組みやあり方、そして冒険者の活動内容などについて聖ピーター伯爵に説明していった。


「先立ってエーデルシュタイン伯爵閣下にお聞きしておりましたが、殺生せずとも冒険者というものは出来るのですね」

「その通りであります。傭人(ゴーファー)と言えども、必要とあれば殺生をする心構えは必要でもありますが、冒険者とは殺戮者ではありません。必要な時に、必要な殺生をすることはあっても、無為に殺すような乱暴者ではあってはならない、と考える次第であります。」

「よき心がけです」


 聖ピーター伯爵がそう言ったところで、キャシーがアドリアンに耳打ちをした。


「座下、湯茶の準備が整いました」

「そうですか。ではご馳走になりましょう」


 聖ピーター伯爵は鷹揚に頷くと、応接室の方へと歩みを進めた。




「エーデルシュタイン伯爵閣下、先ほどのことです」


 応接室のソファーに座ると、聖ピーター伯爵はそう切り出した。

 “先ほどのこと”とは恐らく石神教徒である餓狼族と妖虎族のことだろう。

 昨日からの聖ピーター伯爵を見ていると宗教迫害をするような過激な人物には思えなかったので、安心はしていたが、それでも単なる伯爵とは言えないほどの力を持つこの枢機卿を敵に回したくはない。


「今、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドには石神教徒と、ノーザンブリア教会の信者たちがいるようですね」

「ええ、北方では石神信仰が盛んであり、餓狼族や妖虎族は石神を信じる者が多数いますね――ああ、ゲルハルトやレオナ、それにジークリンデもそうです」

「何か問題は起きていませんか?」

「問題、とは?」


 ユートは慎重に話を進める。


「宗教、というものはとかく自分が信じているものが一番良い、と思いがちなものです。そのような我を捨て寛容となることも修業のはずなのですが、それを見失う者は多い。そして、それを見失った者同士で争いになれば、禍根が残る」


 聖ピーター伯爵が心配しているのは異教徒がいることではなく、異教徒がいることにより争いが起きることのようだった。


「枢機卿として、私は何よりもノーザンブリア教会の教えこそが正しいと信じております。だからこそ、石神を信ずる者にも寛容の心を持って接したい。これは私の信仰の上でもそうですし、この国難の折、大森林と王国の関係が悪化することはよろしくもない」


 聖ピーター伯爵の心配に、ユートはうーん、と唸った。

 正直、ユートはそこまで深くは考えていなかった。

 ユート自身、ノーザンブリア教会の教えにも詳しくないし、そもそも降誕祭を祝い、除夜の鐘を衝いて、初詣に行く国の出身者だ。

 そこまで宗教が対立をもたらすとは知識としては知っていても、我がことのように深く考えていたわけではなかった。


「……無責任のそしりは免れませんが、自分にはわかりません。ただ、餓狼族と妖虎族はともに傭兵団(マーセナリーズ)として、集団で動いていますし、行動を共にするのはエーデルシュタイン伯爵家と関係の深い冒険者たちが、或いは西方軍ですので、そこまで対立はしていないかと」


 そういうのが精一杯だった。


「なるほど。エーデルシュタイン伯爵閣下は正直な方でいらっしゃるようだ」


 イヤミなのか、と思うが、聖ピーター伯爵の顔には、毒気を抜かれるような、相変わらずの柔らかな笑みしかない。


「老婆心ながら申し上げましたが、今後とも気をつけられますよう」

「もちろんです。ご忠告、感謝いたします」


 その言葉には何のてらいも無い。

 実際、聖ピーター伯爵の指摘や忠告には感謝しているし、何よりもそんな宗教対立などごめんだという気持ちがユートには強いからだ。


「(ユート、あんまり気にすんな。冒険者ってのもんは、祈って助けてくれるなら悪魔にでも祈る奴らだぜ)」


 アドリアンがユートの耳元でささやく。

 ユートが思いもよらない指摘を受けて少し落ち込んでいると思ったのだろうか。


「(大丈夫です。ありがとうございます)」


 そんなやりとりを小声でかわす主従を聖ピーター伯爵はやはり柔和な笑顔で見守っていた。




 結局、聖ピーター伯爵のギルド訪問はそうした本当の意味での視察に終わりそうだった。

 ユートは異教徒が、と警戒していた自分を少し恥ずかしく思いながら、ともかく無事に終わりそうなことにほっとしていた。


「そういえばエーデルシュタイン伯爵閣下は第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)についてどのようにお考えでしょうか?」

「といいますと?」

「これは枢機卿ではなく、高位聖職者として爵位を頂いている立場からの疑問なのですが、現在の第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)はどのように決着をつけられるおつもりなのか、と思いまして……」


 聖ピーター伯爵が言うのは第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)の終わらせ方、ということだろう。


「もちろん最終的にはアリス女王陛下の決断(大御心)によるべきことでしょうが、臣下としてどのような時に第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)を終わらせると上奏するべきとお考えでしょうか」

「……そうですね。まず一つは叛将前タウンシェンド侯爵(トリスタン)をどうするか、でしょうか。陛下は間違いなく前タウンシェンド侯爵(トリスタン)がそのままでの講和は考えておられないでしょう」


 前タウンシェンド侯爵(トリスタン)を許すことは、即ちアリス女王の王権に傷がついたまま、ということだ。

 それこそ差し違えてでも前タウンシェンド侯爵(トリスタン)だけは討伐しなければならない、と考えるのはノーザンブリア王国の貴族ならば当然と言えた。


「それはその通りでしょう。では南方植民地は?」

「こちらは南部貴族たちの意見次第ですが……ただクリフォード侯爵家が軍権を失った今、寄騎衆たちは恐らく意見を纏められないでしょうし、なんとしても取り戻すべし、という方向にはならないと思います」


 なるほど、と再び聖ピーター伯爵が頷いた。


「ところで、なぜこんなことを聞かれるのでしょうか?」

「……陛下もまた、私の娘のようなものです――いえ、比喩ではなく、教会においては洗礼式を行った者が代父となる、という慣例がございますので、事実、教会では私の姫なのです。代父として、国をまとめられる時期を見計らって上奏するのがこの爺の役目です」

「つまり、軍がどこで納得するかを知りたかった、ということですか?」

「その通りですな」


 つまり、聖ピーター伯爵はアリス女王の――場合によってはゴードン王子やアナも含めた王子王女たちの――守り役のような立場だったのだろう。

 だからこそ、こうした難しい判断をするときには自分が調整して上奏しようと考えているのだろう。

 また、枢機卿という立場は貴族のしがらみが少ない立場でもあるので調整しやすいのもあるのだろうが、ご苦労なことだ、とユートは思った。


「私は余りウェルズリー伯爵とは伝手がありませんでして。姫様の縁がございましたので、軍の重鎮であるエーデルシュタイン伯爵閣下にお考えをお聞かせ願おうか、と思って参りました」

「多分ウェルズリー伯爵も同じ考えでしょう。南方植民地はともかく、前タウンシェンド侯爵(トリスタン)だけは絶対に討伐しなければ、と考えておられると思います」

「ありがとうございます」

「いえ、ご苦労様です」


 ユートの言葉に、聖ピーター伯爵は笑った。


「この歳ですから、そろそろ隠居したいという気持ちは日に日に強くなりますな。信仰だけに生きられればどれだけよいかと何度も思います」


 昨日もそんなことを言っていた、とユートは思い出す。


「あとは後継者を育てるのが私の最後の務めです。残念ながらこれと思う者がおらず困っておるのですが……」

「お弟子さんとかはいないんですか?」

「弟子はおりますが、まだまだ信仰に揺らぎがある者ばかりなのですよ」


 そう言いながら、聖ピーター伯爵は遠い目をした。


「少し、西方でも探してみようかと思っております」


 西方の教会と言っても枢機卿を担えるような高位聖職者がいるのはレビデム大聖堂くらいしかないのだが、どこを探すつもりなのか、と少し疑問に思ったところで、聖ピーター伯爵が立ち上がった。


「長話が過ぎましたな。そろそろ、日暮れも近いようです。エーデルシュタイン伯爵閣下、今日はなかなか為になる話をありがとうございました」

「いえいえ、何のおもてなしも出来ませんで」


 そう言いながらユートも立ち上がり、応接室を出て冒険者ギルドのホールを歩く。

 ちょうど冒険者が一日の仕事を終えて帰ってきているせいでホールはごった返していたが、エーデルシュタイン伯爵と枢機卿が通ると知ってあわてて冒険者たちは道を開ける。

 人波が真っ二つに割れる中を、紅の煌びやかな服装である聖ピーター伯爵が進む姿はまるでモーセのようだ、とやくたいもないことを考えていた時、不意に聖ピーター伯爵の大声が聞こえた。


「お、お前は!」


 その声は、今までの柔らかな、聖職者らしい声ではなかった。

 そして、指差す先にはユートもよく知る一人の人物がいた。


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