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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
188/247

第182話 聖ピーター伯爵との晩餐

本日二話目の更新です。

一話目を読まれていない方はそちらの方を先にお読み下さい。

 王国暦六〇六年十月二十日、エーデルシュタイン伯爵家屋敷は、ただならぬ緊張感に包まれていた。

 ノーザンブリア教会のトップであるシャルヘン大聖堂大司教であり、首席枢機卿でもある聖ピーター伯爵がやってくることになっているからだ。


 ユートは何をしていいかわからなかったのを、王女として礼法に詳しいアナと、式典を進行させることもその知識に含まれていたフェアファックスの二人が中心となって準備が進められていた。


「それにしてもたかが枢機卿の一人が来るのに、こんな大歓迎の用意をするのね」


 エリアはそう言いながら、自分もこのためにあつらえた黄色いドレスに袖を通す。

 首席枢機卿たる聖ピーター伯爵を迎えての晩餐は夫人を伴った正餐であり、夫人のかわりにアナ、エリア、ジークリンデといった婚約者たちが同席することになっている。

 また、ゲルハルトやレオナも参加するが、アドリアンは陪臣ということで参加できない、ということだった。


「エリア、頼むから飲み過ぎるなよ!」

「大丈夫よ! あたしがお酒で失敗したことなんかある?」

「……無数に見てるんだが」

「それはあんたの気のせい。大丈夫よ、絶対失敗できない時には失敗しないわ」

「エリアには蒲萄ジュースを注ぐように申しつけておくのです」


 小声でアナがユートにそう言ったが、エリアは耳敏く聞きつける。


「アナ! 聞こえるわよ。大丈夫よ、大丈夫」

「というか、教会の人相手に葡萄酒を出して大丈夫なのか?」


 僧侶といえば精進潔斎を誓っている、というような印象が強いユートは、首席枢機卿に葡萄酒や肉類を振る舞っていいのか、と思ったが、アナはすぐに首を横に振った。


「別にほどよくお酒を召し上がることは教義には反さないのです。大酒したり、日常的な生活にマイナスになるようなことは、欲望に負けた、ということで教義に反しますが……」

「じゃあエリアは破門だな」

「ちょっと、あたしはいつも適量しか飲んでないわよ!」


 ユートの言葉にエリアが反発するが、ジークリンデもアナも生温かく見守るだけだった。



 一方でがちがちに緊張していたのがアドリアンだった。

 アーノルドの書状ではアドリアン宛てのものもあり、どうやらアドリアンの礼儀作法について相当厳しいことが書かれていたらしい。

 アーノルドの書状が着いたその日から、アドリアンは冒険者ギルドの職務もそっちのけで礼儀作法について必死に勉強し始めていた。

 普段の言葉使いも、ユート様、エリア様と言うようになって、エリアはさんざん気持ち悪い気持ち悪いとからかっていたが、それでもアドリアンの努力は認めているようだった。


 一応、応対は万事世慣れたフェアファックスがやることになっていたが、エーデルシュタイン伯爵家中の序列でいえばアドリアンの方が上であり、さすがに全く応対しないというわけにはいかない。

 警備を担当しているということで出来るだけ会わない予定ではあるが、それでも最初の挨拶やギルドの視察についてはアドリアンがやるしかないので、着慣れないモーニングコートにコールパンツという格好で警備についていた。


「アドリアン、そんな緊張せんでええんやで」


 暇だったらしいゲルハルトが、屋敷の門のところで警備の打ち合わせをしているアドリアンのところに話しかけに行っていた。


「緊張なんかしてませんよ、ゲルハルト(ルドルフ卿)

「今は別に普通にしゃべってええんやで」

「お、おう。すまんな」

「でも、さっきのは貴族の言葉を否定したらあかんで。お気遣い頂いてありがとうございます、で誤魔化すんが正解や」


 粗野に見えてゲルハルトもまた餓狼族の族長の子――王国で言うところの生まれながらの貴族であり、そうした礼儀作法は叩き込まれているようだった。


「……正直、難しくてよ」

「まあ言うたらアドリアンが十分と思う三倍くらいへりくだったらええねん。オレやユートはともかく、聖ピーター伯爵にはそのくらいでちょうどええ」

「難しいこと言うんじゃねぇよ……」

「まあ基本的にはフェアファックスのおっさんがどないかしよるやろ。ああ見えて元王国官吏だけあってそこら辺はきっちりしとるで」


 ゲルハルトの言葉に渋々頷く。


「はー、エールが欲しいぜ」

「アホか。酒臭い息で出迎えるとか一発アウトや」


 アドリアンの言葉に苦笑いしながら、ゲルハルトはぽん、とアドリアンの肩を一つ叩いて屋敷へと戻っていった。




 聖ピーター伯爵の訪問は昼をそれなりに過ぎた頃合いだった。

 エレル近郊で乗り換えてきたのか、無蓋馬車(ロードスター)に乗り、柔和な笑みをエレルの住民たちに振りまいての登場だった。

 エレルの住民たちもノーザンブリア教会の首席枢機卿が魔の森と接する辺境のエレルに来た、とあって市門からエーデルシュタイン伯爵家屋敷までの間で人垣をなしており、それをデイ=ルイスの頼みで出した、ヘルマン・エイムズ大隊長率いる西方警備第六大隊が必死になって警備しているようだった。


「首席枢機卿座下におかれましては、ご健勝そうでなによりです」


 エーデルシュタイン伯爵家屋敷に到着した聖ピーター伯爵をユートが出迎える。

 同じ伯爵位を持つ貴族としてへりくだりすぎないよう、しかし、ノーザンブリア王国の国教であるノーザンブリア教会の首席枢機卿であるので相応の敬意を払っての応対となる。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、お久しぶりです。再び会えた、神のお導きに感謝致します」


 そう言うと、聖ピーター伯爵は軽く祈るポーズをしたので、ユートたちもそれに倣う。



「少し早くなりましたが、ご迷惑ではなかったでしょうか?」

「いえいえ、むしろ昼時で、エレルの臣民たちも座下のご尊顔を拝見出来て幸せだったでしょう」

「そう言って頂けると幸いです」


 聖ピーター伯爵とユートの会話はそんな感じに続いていく。


「聖ピーター伯爵、少し早いので屋敷のバルコニーでお茶などは如何ですか?」


 晩餐には少し早いので、軽くティータイムにしようというのと、肩肘張った会話よりも、身分差を忘れて本音を語り合えるようにしようということだろう。

 聖ピーター伯爵も否やはなかったらしくあなに誘われるままに、聖ピーター伯爵、ユート、そして三人の婚約者たちはバルコニーに広げられたテーブルに着いた。


「そういえばピーターはなぜこちらに来られたのですか?」


 ティータイム、ということで少し言葉の砕けたアナが、聖ピーター伯爵にそう問いかける。


「姫様、西方直轄領民の中にはポロロッカによって、家を失い、家族を失った者が大勢いたと聞いております。そうした者に寄り添い、光を与えるのは我らノーザンブリア教会の役目の一つであれば」


 もちろん、これは建前とユートにもすぐにわかった。

 ポロロッカが起きたのはもう五年も前の話だ。

 当時は落ち込んでいた西方直轄領民たちも、もうほとんどは立ち直っているだろうに今さら首席枢機卿が来るような話ではない。


「そうなのですか。お役目ご苦労です」


 眉につばを付けているアナをユートは幻視した。


「そのほかにも、いささか気になっていることがございましてな」

「ギルド、ですか?」

「ええ、そうなのですよ。まあその件は明日にでも恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドを視察させていただいた時にでもお話しさせて頂きます」


 そう言いながら、しばらくはとりとめも無い話――たとえば幼い頃のアナの思い出話や、故ニコラシカ王妃の話などに花を咲かせた。

 ユートもこの聖ピーター伯爵が隠している目的とは何か、とは気になっていたが、話しているうちにアナが言うようにそこまで悪い人物ではない、ということはわかってきていた。



 そうしているうちに晩餐の時間となった。


「これは豪勢ですな。今をときめくエーデルシュタイン伯爵家のことだけはある」


 聖ピーター伯爵は運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、お世辞なのか本音なのかわからない褒め言葉を口にする。


「そういえばエーデルシュタイン伯爵閣下は間もなく出征されるとか」

「ええ、年明け、二月までには出征致します」

「また、多くが死にますな」


 聖ピーター伯爵はそれだけ言うと、遠い目をした。

 そう、人が死ぬ。

 ユートにもそれはわかっている。


「ええ、また大勢を()()ことになるでしょう」

「国の為、やむを得ぬこととはいえ、閣下のご心中をお察し致します」


 聖ピーター伯爵はそれだけ言うと、じっと祈りを始めた。


「そういえば閣下、先立っての戦いの前にローランド王国の密偵が王国に広く潜入していたと聞き及びましたが……」

「ええ、座下の仰るとおりでございます」


 恐らく軍務省経由で聖ピーター伯爵に話がいっているのだろう。

 隠してもしょうが無いことなので、ユートは素直に頷いた。


「なんでも教会にもそのような不逞の輩が潜入していたとか。これはノーザンブリア教会始まって以来の失態――陛下にどのようにお詫びしてよいかわからぬことにございます」


 そういえばオールドリッチ組織は教会や慈善団体を隠れ蓑にして、王国の貧民のうちからローランド王国のシンパを作り、王立大学や王立士官学校に送り込んでいた。

 そうした隠れ蓑に使われたことを聖ピーター伯爵は悔やんでいるのだろう、というのはよくわかった。


「その件については軍務省情報部のマンスフィールド内国課長が色々と存じていると思いますが、マンスフィールド内国課長や情報部ですら防ぎきれなかったものですので……」

「そうなのです。聖ピーター伯爵が気にされることではありませんよ」

「そうなのですが、やはり私としては何らかの形で責任を取らなければ気が済まないものです」


 聖ピーター伯爵は意外と強く責任を感じているようだった。

 防諜の責任者の一人であるマンスフィールド内国課長など、入られたことは悔やんでいたが、それでもしょうがないし、発見できてよかったと割り切っているようだったが、そこら辺はリアリストの軍人と、己の内面と向き合う僧侶の違いなのかも知れなかった。


「まあ第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)がこれだけ激しい事態となっているのに、国内を乱すつもりはありませんが……そうですな。第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)が終わった頃合いで、私も良い年齢となりますし、どこかの辺境の修道院で信仰の日々を送るのも良いでしょう」


 首席枢機卿は単なる僧侶ではない。

 もちろん大司教でもあるのだが、それよりも政治と信仰の両面をこなす必要があり、敬虔な僧侶ほど、信仰に生きられていないのが嫌になるという。

 聖ピーター伯爵もそうなのだろう。


「今の話は自分の胸の内にだけしまっておきます」


 聖ピーター伯爵が隠居を考えている、ということになれば、ノーザンブリア教会で次期首席枢機卿を狙う者たちが蠢動するかも知れず、そうなればローランド王国につけ込まれる可能性もある。

 だからこそユートもそれを公表しようとは思わなかったし、聖ピーター伯爵は恐らくそういいながらアナのルートからアリス女王にだけは伝わると判断して漏らしたのだろう。


「ええ、お願い致します」


 そう言いながら、聖ピーター伯爵はごくり、と葡萄酒を飲んだ。


「明日はいよいよ恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの視察ですな」


 不意に話を変えてくる聖ピーター伯爵に、ユートは少しだけ警戒して身を固くする。


「ええ、といっても実際に魔物を狩っているような場には行けませんが……」

「私のような、殺生を出来ぬ者が行くような場所でないのは重々承知しております」


 そういうと聖ピーター伯爵はもう一度、ワインを飲み干す。


「あ、でも殺生できなくても傭人(ゴーファー)とかの現場なら見れますよ」


 エリアが名案、と言わんばかりに頷く。

 ユートは何を言っているんだ、とエリアの方に目配せするが、意外なことに聖ピーター伯爵は頷いていた。


「ほう、殺生せずとも冒険者というのは務まるものなのですか」

「そうね……そうですね。傭人(ゴーファー)と言って、書状を運んだりちょっとした用事をこなすような冒険者もいるんです」


 エリアが怪しげな敬語で説明するのを聖ピーター伯爵は柔和な笑顔を浮かべたまま聞いていた。


「なるほどなるほど。それならば殺生の出来ぬ僧侶でも出来ますな」


 聖ピーター伯爵はそう言うと、今までにない笑みを浮かべた。

 その満面の笑みに、何があったのだろう、とユートは不思議に思ったが、ともかくとして明日は単なる冒険者ギルドの視察だけではなく、傭人(ゴーファー)の仕事はどのようなものかについても説明することになりそうだな、と嘆息する。

 恐らく明日、実際に説明するのはアドリアンだが、アドリアンは急に仕事が増えて大丈夫か、と心配になり、最後はどうしようもない、とワインと一緒にその心配を無理矢理呑み込んだ。


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