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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第178話 動き出す改革

 フェアファックスの保険制度については、具体性を持って動き始めていた。


 まず、アドリアンたちを通じて、保険制度の周知徹底を図るとともに、冒険者には強制的に適用することを告知していった。

 この点については特に混乱は無かった。

 というのも、アドリアンを筆頭にギルドの幹部陣はユートが保険制度の導入を決めると同時に、そういう制度を設けるということを内々に冒険者たちに伝えていたからだ。

 この内々の告知に、ジミー、レイフといったベテラン冒険者が諸手を挙げて賛成したこともあり、また、冒険者たちも危険度が高い商売だけに、いざという時に助けてもらえる保険制度について特に反対する理由もなかったからだ。


 これと並行して西方直轄領民たちからも保険制度に加入しないかという勧誘を行っていた。

 こちらはフェアファックスの案で重い後遺症については対象外の純粋な生命保険として制度設計されていた。

 実はこの生命保険については最初からどの程度の需要があるか、ユートはやや懐疑的だったが、三月一日に募集された生命保険には多くの領民が申し込んできた。


「意外に多いわね」


 エリアはその人数に驚いていたし、ユートもまたそれは同じだった。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、このくらいは予想通りです」


 フェアファックスはそう事も無げに言い切ったし、確かにフェアファックスの予想ではこの程度の人数が加入することは想定済みだったが、なぜこれだけ押しかけてきたのかはユートにはわからなかった。


「簡単なことです。一つは恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの名声――恩賜の信用と、ポロロッカでエレルを救ったエーデルシュタイン伯爵ユートの名声によるものです。もう一つは、相次ぐ戦争で王国臣民の不安が増している、ということです」

「そういえば……」


 確かにここ数年、ポロロッカ、王位継承戦争、そして第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)と戦争続きであり、平民たちからすればこの先どうなるのかと不安に思っているのは当然といえた。


「なんかつけ込んでるみたいで悪いわね」

「奥方様、それは逆です。我々が安心を提供しているのです」


 フェアファックスはそう真面目くさった顔で言っていたが、内心はどうなのかはわからない。


「問題は、詐欺ニャ」


 たまたまそこにいたレオナがそう呟くように言った。


「詐欺?」

レオナ(レディ・レオンハルト)の仰るとおりでございます。今回の保険制度を生命保険に局限したのもその為です」

「ああ、例えば重傷とかで保険金が下りるようにしていたら嘘ついてもらう人が出るかもしれないってことね」

「そういうことです。冒険者ならばギルドの方で把握できるでしょうが、平民たち全ての死因を把握するなど不可能に近い。ですので、今回は総督府で把握できる死亡という事実のみとしています」


 確かに死亡ならば解釈の余地もなく、生きているか死んでいるか、であり、査定も何もあったものじゃない。


「総督府にも嘘ついたら?」

デイ=ルイス(ルイス)の奴が激怒して縛り首にするでしょうな」


 まあ確かに明確に法に触れる行為である上、デイ=ルイスからしてもエーデルシュタイン伯爵家に詐欺を仕掛けた者がいるなど、放置すれば自分の評価に大きな影響を与えるから法務長官のランドン・バイアットとともに草の根を分けても捕まえるだろう。


「そして、縛り首になって保険金もらえるって寸法だニャ」

「ああ、さすがに刑死した場合と牢死した場合は保険金は下りません。バイアット(ランドン)からそれをやると子に金を残すために犯罪に走る貧民が出かねないと危惧されましたので。同じ理由で自殺も保険金は下りません」


 レオナの悪趣味なジョークに、フェアファックスは真面目にそう返した。


「あ、そういえばそういう危惧もあるのね。そういえば誰かに殺された場合には?」

「誰かに殺された場合は相手が保険金の受け取り相手でない限り、下りますね。通り魔殺人に遭っても保険金が下りないのは酷ですから」


 フェアファックスは持っている王立大学の人脈と自身の頭脳を十全に使って相当真剣に生命保険制度を設計してくれたらしかった。


「じゃあ大きな問題はないのね」

「ほとんど。いえ、正確には一つありますが……」


 そう言いながら、物憂げな表情を作ってデイ=ルイスがユートを見る。


「新規事業への投資なのですが、余り投資できそうな案件がありません。まあ想定内と言えば想定内なのですが、あまりいい傾向ではありませんね」


 確かにいきなり新規事業を探そうとしてもなかなかないだろう。


「引退する冒険者で、何か商売やる人いたらそっちにお金出してみるとか?」

「それはやめておいた方がいいわ」


 エリアの提案をセリルが言下に否定する。


「どうして?」

「ほとんどの冒険者は引退するってなって、そこから商売を考えるのよ。つまり、ほとんどの冒険者にとっては素人の商売――私たちがお金を出しても、それに対してちゃんと見返りがあるかわからないわ」

「確かに冒険者の商売はリスクが高いですな――まあそのリスクを織り込めれば別に大きな問題というわけでもないのですが」

「うーん、それでも危険と思うわ。もし、冒険者の商売に投資するつもりなら、引退してから急に商売を始める冒険者よりも護衛(ガード)やってて、まだ働き盛りなのに引退する冒険者が狙い目ね」


 セリルの言葉にフェアファックスは不思議そうな顔をする。


「セリル殿、働き盛りで冒険者を引退する方が狙い目、とはどういうことなのですか?」

「このあたりはまだまだフェアファックスさんに勝てるわね。護衛(ガード)は商隊の護衛をしながら、自分たちも交易してもいいのよ。その交易の中で、確実に儲けられると判断して冒険者を引退して商人になる冒険者がそれなりにいるの」

「なるほど。それは私の知らない知識です。面白い」


 セリルが少しだけ得意げにフェアファックスに説明すると、フェアファックスはすぐに頷く。

 ユートも護衛(ガード)をしていた頃、確かに交易品を持ち歩いていた記憶はあったが、それでもそれ一本でやっていくために冒険者を引退する者がいるとは意外だった。


「そういう冒険者は資金の余裕がなくとも冒険者ギルドから資金提供を受けて独立すればよい、と。なるほど。面白い制度になりそうだ」


 半ば独り言のようにそういうフェアファックスを横目で見ながら、レオナが少しばかり心配そうな顔になる。


「それ、投資としてはいい投資になると思うニャ。でもアドリアンが怒りそうニャ」

「どうしてよ?」

「……エリア、今アドリアンは何をやっているか知っているかニャ?」

「えっと、ギルドの訓練施設の設置?」

「そうニャ。第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)で減った冒険者をどうにかするために冒険者を増やそうとしているのに、護衛(ガード)を減らすような制度を作ったらアドリアンが怒るのが目に見えているニャ」


 確かにレオナの言うとおり、アドリアンからすればせっかく増やそうとしているのに何を減らそうとしているんだ、という話であるのは間違いない。


「でも、遅かれ早かれその冒険者は辞めるわけだし、それなら先にギルドの方からお金を出しておくのもありと思うけどな」

「そこら辺は一度アドリアンを通した方がいいニャ。いきなり決定事項で持っていくよりも先に相談して置いた方が余計な波風は立たないニャ」


 レオナの言葉にユートも否やはない。

 アドリアンのことは全面的に信頼しているし、恐らくユートの言うことにそこまで反対はしないとは思っているが、それでもちゃんと話をしておくべきだろう。


「わかった。アドリアンさんには言っておく」

「あ、ユート君、私の方からも言っておくわ」


 セリルの言葉にユートは頷いた。




 そのアドリアンの訓練施設だが、訓練施設そのものはパストーレ商会のエレル支店支配人であるプラナスの紹介でやってきた、大勢の大工たちによって建設されつつあった。

 場所は当初は冒険者ギルドの建物の隣に建てようとしていたのだが、さすがに市壁の内側となると土地も高価であり、そこまで予算が潤沢ではないということもあって市壁の外に建てることになっていた。

 市壁の外ならばアリス女王からアナに贈られたという体をとっている訓練用の里山があり、その里山の近くならば地代もかからないので安くあげることが出来る、というのも大きな要素だった。


 工事は二月上旬から始まっていたが、三月になってほぼそれは完成しつつあった。


「ユート、セリルから聞いたが、また冒険者を減らす画策をしてんだろ?」


 三月十五日になって訓練施設はほぼ完成したと聞いたユートが視察にやってくると、アドリアンはにやにや笑いながらそう突っついてきた。


「……ええ、そうなりそうです」

「まあいいけどよ、どうせ交易で食っていこうって冒険者はそうそういないしな。それにギルドが金を出しているなら、商売失敗したら冒険者に戻ってくるだろうし、成功して自分一人で手が回らなくなりゃ護衛(ガード)を頼んでくれそうだしな」


 フェアファックスは引退して商売を始める冒険者を単なる金銭の投資先と見ていたが、アドリアンの見方は少し違っていた。

 引退して商売を始める冒険者を極めて円満に――資金に困っているならば資金を貸し付けるくらいに円満に引退してもらえれば将来ギルドに利益をもたらすだろうという考えだ。

 結果として仕事が増えるならば引退を後押しすることにもそこまで否定できはない、というのがアドリアンの本音らしい。


「そういう側面もありますね」

「ああ、それと教官を勝手に雇っといたぞ。六人な」


 アドリアンが突然話を変える。

 もちろんそこら辺はアドリアンに一任しているのでユートがどうこういうことではなく、すぐに頷いて同意する。


「それとな……勝手だが、引退しなきゃならん冒険者に次の仕事を紹介もしている。弔慰金五百万ディールを元手に商売なりを始めりゃ、冒険者を引退しても食っていける奴もそれなりにいるだろうしな」


 最近アドリアンが妙に忙しそうにしていたのは、それだったらしい。


「……いえ、それはむしろ有り難いです」


 再就職支援はユートも考えていたが、アドリアンが先回してやっていてくれたことに礼を言う。

 本当ならばユートが音頭をとって然るべきだったのに、他の忙しさにかまけてなおざりにしていたことを素直に恥じていた。


「お前が気にするこっちゃねぇよ。だいたいこれは顔の広い俺だから出来るんだ。お前じゃエーデルシュタイン伯爵家の威光で押し込めるかもしれねえけど、それじゃ結局、働く引退冒険者が大変になるだけだしな」


 そう笑い飛ばすアドリアンにユートはもう一度、内心で感謝していた。


「まあ訓練施設は一度動かしてみて問題になりそうなとこを潰していって、で四月頭くらいから動けそうだな」


 机上では上手く動くことになっているとしても実際に動かしてみないとわからないことは多い。

 そうした問題点の洗い出しを半月でやろうというのだろう。


「ところでよ。お前に訓練施設について何かいい名前をつけてくれって言っていたよな? あれどうなった?」


 そういえばそんなことを約束していた、とユートは頭の奥底から記憶を引っ張り出す。


「えっと、冒険者ギルド訓練所じゃ駄目なんですか?」

「そんなありきたりの名前じゃつまんねぇだろうが」

「……考えておきます」

「あと十日ばかしで頼むぜ。四月一日から正式に動かすつもりだからよ、看板の発注考えたら遅くとも二十五日くらいには決めて欲しいんだわ」


 ユートはある意味ものすごい難題を押しつけられた、と頭を抱えながらも頷くしかなかった。


「……まあ、それでもなんだかんだで上手く回っていますよね」


 ユートは話題を変えようとそんな言葉を口の端に乗せた。

 話の枕、というやつだが、実際、保険制度はフェアファックスのお陰で上手く回っていたし、訓練施設もあとは実際に運用して問題点を洗い出す段階にまで持って来れている。


「まあな。アーノルドのおっさんとゲルハルトは苦労してるみたいだがな」


 西方軍の再建を行っているゲルハルトとアーノルドは、最近あまりエーデルシュタイン伯爵家屋敷に帰ってきていない。

 いよいよ基礎教練から猟兵としての戦い方の訓練に移っているようだったが、残念ながらあまり芳しくないのだ。

 いくら元猟師が多いとはいえ、いきなり魔物相手に戦ったり、その技術を元にして敵兵と戦えと言われても上手くいくわけがない。


「あっちはしばらく時間がかかりそうだし、ちょっとお前も見てやれよ」

「そうですね」


 南方で戦うウェルズリー伯爵のことを考えても、西方軍の再建は急務だ。

 ゲルハルトとアーノルドは信頼していたが、一度ユート自身――あるいはエリアやアドリアンたちも連れて――どんな状況なのか見た方がいいと思っていた。

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