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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第173話 思わぬ来客

 ユートたちがレビデムに着いたのは、十二月十日のことだった。


「ユート卿、お久しぶりです」


 ちょっと疲れた表情で出迎えてくれたのは西方副総督格となっているデイ=ルイスだった。

 西方軍と一緒に多くの官吏たちが動員されていたせいなのか、それともユートたちに先んじて西方軍が帰着しているため、その事務を行うためなのかまではわからない。


「ただ今戻りました」

「西方軍も随分と犠牲を出したようですが、エーデルシュタイン伯爵領軍も……」


 そう言いながら、ユートとともに王都から戻ってきたエーデルシュタイン伯爵領軍を見る。

 かつて二千四百人いたその数は、三分の二くらいまで打ち減らされているのは、文官のデイ=ルイスにもわかった。


「ええ、多くを死なせてしまいました」


 ユートは悔いるようにそう言った。


「文弱の徒である私がいうのも何ですが、お気を落とされませんよう。護国の魁として散るのは王国臣民として当然のことです」

「ありがとうございます」


 ユートは晴れぬ顔のまま、デイ=ルイスと共にレビデムの総督府庁舎へと入っていった。



「それで、再建についてはどうなっておりますか? 一応私が留守を預かっているということになっていましたので、志願兵の勧誘は始めており、セオドア・リーヴィス大隊長の指揮下で一般教練を行っている最中なのですが……」

「ええ、それなんですが、ウェルズリー伯爵から出来れば西方軍は猟兵戦術に特化させてくれと言われまして、余り一般教練を行った兵はいらないかもしれません」

「はあ……正直私は軍のことはわかりませんのでお任せします。兵はこれ以上は集めなくてもよい、ということでよろしいですか?」

「ええ、それでお願いします」


 いくら留守を預かっているとはいえ、デイ=ルイスは王立大学出であり、軍のことは素人も同然だ。

 だから猟兵戦術についても名前以上の、何が必要かということについてはわかっていなかったし、わかっていない以上深く関わらない方がいいと判断したらしかった。


「それと、ギルドなのですが、陛下から恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの名を頂戴しましたので、これからこの名でやっていくことになります」

「聞き及んでおります。おめでとうございます」


 どうやらデイ=ルイスにも恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドの名を得た、という情報は入っていたようだった。

 あのパーティーはユートたちが王都を起つ十日前のことであり、しかもあの場にいた者の大多数はデイ=ルイスとは縁の浅い高位貴族であることを考えると、遥か西方にいながらしっかり情報を得ているデイ=ルイスはさすが俊英といえた。


「それで、その恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドのことで相談したいのですが……」

「私でよければ、何でも」


 デイ=ルイスは逡巡せずそう答える。

 恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドはあくまでエーデルシュタイン伯爵家のことであり、西方総督府の仕事とは何の関係もない。

 だからデイ=ルイスは断ってもいいのだが、そこはユートの力で副総督になれたという恩があるから即答したらしい。


「実は今回の戦争で、冒険者のかなりの人数が引退を余儀なくされたんですが、それに対しての生活支援をしたいと思っています」


 ユートの言葉を聞いて、デイ=ルイスは頷く。


「ただ、エーデルシュタイン伯爵家の全財産をなげうっても、彼らを生涯面倒見ることは出来ません。そこでギルドの方で保険制度を作ろう、と考えています」

「保険制度、ですか?」


 デイ=ルイスは怪訝そうな顔をする。

 打てば響くこの俊英には珍しい表情だ。


「ええ、全員が依頼の報酬額に応じてお金を出し合い、それで引退を余儀なくされた者を養おう、という制度を導入しようか、と」

「なるほど。それは、それは大変よろしいことかと思います。前も申し上げたことがありますが、職のない者は、王国から見れば治安を乱しかねない、と捉える面もありますし……」

「そこで、色々と検討したんですが、デイ=ルイスさんの意見も聞きたくて……」


 ユートはそう言いながら、これまでの議論の経緯――積立方式と賦課方式の話や、運用によって必要な年金を稼ぐことなどを説明する。

 デイ=ルイスはいちいちユートの言うことに頷いていたが、最後に難しい表情を作った。


「一番よいのは積立方式ですが、ユート卿の仰りたいこともわかります」


 ユートの話を全て聞き終えたデイ=ルイスはそう答えた。

 ユートもその見解に何ら反論するところはない。


「そう考えると、将来的には積立方式に移行することを前提にするのも一つかと思いますが、ただこの二つを両立させるのは中々に困難でしょう。そうなると、やはりユート卿の仰る方法が一番よいのではないでしょうか」

「やはり、そうですか」

「ええ。私も他の方法は思いつきません。強いて言うならば、もう少し統計的なものを用いた方がいいのではないか、と思うところですが……」

「どういうことですか?」

「せめて平均的な冒険者の勤続年数や、引退時に次の仕事に就けない確率などをしっかり計算して、保険料を設定されるのがよろしいかと思います」


 つまり、ユートがどんぶり勘定でやろうとしていたのが咎められた格好だ。

 確かにデイ=ルイスの言っていることはその通りなのだが、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドはまだ開設されてそこまで年数が経っていないのでそこまで詳細な統計資料を用意出来るわけがない。

 いや、そもそもユートにしろセリルにしろ本質は冒険者であり、数字を出すことは出来てもその分析を専門的に出来るわけでもない。


「もしよろしければ、総督府の住民登録のあたりのあたってみましょうか? 冒険者は西方の住民だけではありませんし、そこまで正確なものとなるかわかりませんが……」


 確かに西方総督府には住民の登録簿があるので、それを当たればある程度正確な資料にはなり得るだろう。

 ユートは一にも二にもなくデイ=ルイスの提案に飛びつく。


「お願いします!」

「お安い御用です。そちらの方は追って……そうですね、年明けくらいまでお待ち下さい。それと、もう一つ、運用についてなのですが、これも私の知己に一人面白い男がいますので、そちらをご紹介しましょうか?」

「どういう人なんですか?」

「私の王立大学時代の同級生で、今も王立大学で経済についての研究をしているはずです。計数に明るく、このような仕事にはうってつけかと思います」


 ふむ、とユートは考える。

 官吏の養成をその存在意義にしている王立大学にあって、官吏よりも次代を育成する教官に向くと判断された者、並外れた頭脳を持ち研究を通じて将来王国に利益をもたらすであろうと判断された者のみが王立大学に残って研究をすることが出来る。

 王立大学の研究員ならば素人のユートたちには得難い人材であり、さらにデイ=ルイスの紹介ならば信頼できる人物なのだろう。

 それに王立大学で教育を受けている以上、官僚としての素養もあるのだから、将来ユートが領地を得た時にも助かるだろう。


「お願いします」

「わかりました。こちらも今から連絡しておきますが、恐らく春先以降にご紹介出来ると思います」


 デイ=ルイスの言葉にユートも頷く。


「ともかく、お帰りなさい。ユート卿が無事でよかったです」


 デイ=ルイスは最後にそう笑った。




 ユートは数日間、レビデムに滞在した後、エレルに戻ってきた。


「やっとエレルね」


 エリアがエレルの市門を見上げて、そう呟くように言う。

 出征してから八ヶ月強、その間に多くの戦いと、そしてローランド王国が戦端を開くという一大事があった。

 そして、今、エレルに戻ってきたエリアの胸中にあるのは、無事に戻って来れたという安堵か、それともこの市門を出て、戻って来れなかった者たちへの悔恨か――


 ユートもまた、同じような思いを持ちながら、市門をくぐる。


「ユート卿、おかえりなさい」


 出迎えてくれたのは、ヘルマン・エイムズだった。

 今回の出征で、ユートたちが過酷な戦いの中でも食糧などの物資の心配だけはせずに戦えたのは、間違いなく補給廠長として後方支援を切り回してくれたこのヘルマン・エイムズのお陰だった。


「エイムズさん、お久しぶりです。ようやく戻って来れました」

「お疲れ様です。既に西方軍は休養を終えて、訓練を再開しております」

「デイ=ルイスさんから聞いています。リーヴィス大隊長たちも駐屯所ですか?」

「ええ、駐屯所で訓練をしているはずです。ああ、でも今日はもう終わったかも知れません」

「わかりました。では明日以降、訓練の方も見させてもらいます」


 ユートはそう言うと、一路我が家へと向かおうとした時、不意に走り寄る人影があった。


「あれ、レイフさん?」

「おう、ユート……総裁。ちょいと困ったことがあってよ。すぐギルドへ来てくれ」

「どうしたんだ、レイフ?」

「ああ、アドリアン。ちょっと困ったことでな……いや、困ったことじゃないんだが、俺の判断じゃどうにもならんことなんだ」


 どうやらユートが戻ってくると聞きつけて走ってきたらしい。

 ユートは先に屋敷へ戻ろうと思っていたのだが、さすがに何か緊急事態でも起きたのならそちらを優先しないとならない。

 要領は得なかったが、ともかくギルドへと向かうことにした。



「おう、ユート……エーデルシュタイン伯爵。久しぶりだな」


 ギルドの応接室には見知った人物がいた。

 王位継承戦争では敵方として戦い、そして第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)では味方として戦った男――先代クリフォード侯爵ジャスティンだ。


「……クリフォード侯爵、何してるんですか?」


 ユートの口からは、当然この言葉しか出てこなかった。

 アリス女王の裁定により、蟄居の処分を無視して第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)に参戦した罰で嫡子のロドニーに半強制的にクリフォード侯爵位を譲ったはずだった。

 その先代クリフォード侯爵がここにいるのか、というのは当然の疑問だ。


「クリフォード侯爵領にいても私がいたらロドニーがやりづらいと思ってな。それならばどうせなのだから冒険者として一旗揚げようと思ってここに来させてもらった」


 先代クリフォード侯爵の言葉にユートは唖然とした。


「え、クリフォード侯爵が冒険者ですか?」

「もうクリフォード侯爵ではない。一応前官待遇で侯爵同等の待遇は受けられるが、クリフォード侯爵はロドニーだ。ジャストと呼んでくれ」

「いや、そこではなくて、冒険者をされるんですか?」

「ああ、そうだ。ちょうど家宝の火炎剣も使っていなかったので、ちょうどいいと思ってな。これでも王立士官学校以来、剣で誰にも負けたことはないぞ。魔物と戦ったことはないが、護衛(ガード)としてなら戦えると自負している」


 なるほど、ギルドの留守を預かっていたジミーやレイフが困るわけだ、とユートは得心がいった。


「(どうします?)」


 ユートは後ろのアドリアンに小声で聞いた。

 戦えるかどうかはともかくとして、アリス女王に睨まれている先代クリフォード侯爵を受け容れることや、何よりも軍務卿まで務めた高位貴族を受け容れることによる冒険者の反応が読めなかったのだ。


「(いいんじゃねぇか?)」


 アドリアンの答えは意外なものだった。


「(俺もそうだけどよ、冒険者で第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)に出た奴らは、みんなクリフォード侯爵のことは悪く思っていねぇよ。あの撤退戦で先頭切って戦ってたしな)」


 貴族嫌いのアドリアンの言葉にユートは意外な思いがした。

 とはいえ、冒険者の反応は大丈夫ならば、あとはアリス女王がどう思うか、だけだ。


先代クリフォード侯爵(ジャスティン卿)、あなたは姉様の蟄居の命に逆らって出陣しました。クリフォード侯爵(ジャスティン卿)のことが心配であったというのはわかりますが、それによって事実上の褫奪を受けたわけです。そのことについてはどう考えているのですか?」


 ユートが言葉を発する前にアナがそう訊ねていた。


「はっ、殿下。あの場において、ともかく私がやらねばという使命感が先に立ち、陛下の命を軽んじたことは一生の不覚――此度の軽い処分に留めて下さった陛下の恩に少しでも応えるべく、微力を尽くす所存であります」

「それで、冒険者ギルドなのですか?」

「はい。クリフォード侯爵家で何か為せば我が息子の為にもならず、また陛下の処分をまた軽んじているように映るでしょう。ゆえにクリフォード侯爵家を出て、それで王国の為に尽くせることはないか、と考えた時、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドが上がった次第であります」


 じっとアナは先代クリフォード侯爵の瞳を見た。


「ユート、先代クリフォード侯爵(ジャスティン卿)は嘘はいっていないと私は思うのです」

「陛下に、文句言われそうだけどなぁ……」

「姉様はそんなことをいちいち咎め立てはしないと思うのです。大多数の貴族家ならば姉様の内心を勝手に斟酌して先代クリフォード侯爵(ジャスティン卿)の助力を断ると思いますが……ただ、今回先代クリフォード侯爵(ジャスティン卿)は姉様の命に逆らったとはいえ、国のことを思って軍を率いたことも事実。それならばわたしがいるエーデルシュタイン伯爵家が助ける方がいいか、と思うのです」

「つまり、陛下は自分の命が破られた以上、処分せざるを得なかったけど、先代クリフォード侯爵の才能を惜しんで、妹の嫁ぎ先で活躍の場を与えた、ということか?」

「そうなのです。それならば今後、必要以上の現場が萎縮することもなくなるのです」


 アナの言葉にユートは頷いた。


「わかりました。じゃあ先代クリフォード侯爵、これからは冒険者としてよろしくお願いします」

「微力ながらも力を尽くす。それと、エーデルシュタイン伯爵家傘下の恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドに加盟するわけですから、先代クリフォード侯爵はやめてほしいのだ」

「わかりました。では、先代クリフォード侯爵(ジャスト)さん、でいいですか?」

「ああ、よろしく頼む」


 そう言うと、先代クリフォード侯爵は右手を差し出し、ユートと固く握手を交わした。


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