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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第171話 保険制度の行方

 恩賜ノーザンブリア冒険者ギルド――



 それがエーデルシュタイン伯爵家のギルドの新しい名前となった。

 アリス女王がああ言った以上、それを断ることはユートには出来なかったし、また断るつもりもなかった。


「勝手なことをして申し訳ないのです。でも、これが一番と思ったのです」


 パーティーが終わるなり、アナはそう謝っていたが、ユートも別にアナを責めるつもりはなかった。



 帰りの馬車で聞いたところによると、アナが近くの里山を一つ、アナとジークリンデの練習用という名目でギルドの訓練所にして欲しい、と言ったところ、それならば近い将来、領地を下賜することを前提に、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドと名乗ればいい、とアリス女王から提案があったらしかった。


「流石に里山一つを下賜して恩賜ギルドを名乗らせるとなると王家はどれだけ吝嗇なのだ、と平民たちに笑われますから」


 そうした事情もあっての領地を下賜する約束――これは今のエーデルシュタイン伯爵家に統治能力がないことを見越した猶予でもあるらしい――とともに、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドという看板兼約束手形を渡した、ということらしい。


「そういえば勅許と恩賜は何が違うんだ?」

「大きな差はありませんが、信頼度が全然違うのです。今上陛下が財産を下賜してその発展を祈られた組織は、当たり前ですが次代以後も尊重するのがしきたりなのです――単なる許可に過ぎない勅許とは比べものにならない信頼があるのです」

「まああたしは恩賜ってのを知らないからなんとも言えないわ」

「例えば恩賜医事公会というものがあります。これは典医や軍の法兵、それに各地に散る在野の治療を行う魔法使いたちが加入している団体で、どのような症状にはどのような魔法や魔法のイメージが有効であったかを集計している団体です。この集計は恩賜医事公会に加入している全ての魔法使いに公開されており、それによって治癒系の魔法の使()()()が発展しているのです」

「つまり、恩賜って付く団体は、みんなの為になると思って陛下が財産を出された団体ってことか」

「そうなのです。そして祖王が王国臣民の平安を祈って財産を下賜された団体を解散させるというのはあってはならないことなのです」


 アナの言葉を聞いて、ユートも頷いた。


「まあ、冒険者ギルドの箔付けになった、ということだろ?」

「……不敬な言い方になりますが、アドリアンの言う通りです」


 アナが苦笑とともにそう答えた。




 翌日からはまた忙しい日々だった。

 西方軍はもうセオドア・リーヴィス大隊長の指揮の下、レビデムに戻しており、猟兵大隊もアーノルドや負傷者以外エレルに戻しているとはいえ、まだゲルハルトとレオナのエーデルシュタイン伯爵領軍二個大隊が残っており、それらを戻すための補給などの事務的な手続きが多かったのだ。

 これに加えて補充に関する折衝もまだ続いており、特に士官を確保するための人事部との折衝には時間を取られていた。


 また、夜は夜でギルドの幹部会議だった。



「ユート君、試算が終わったわ」


 セリルが幹部会議で疲れたような顔をしていた。


「まず弔慰金が戦死や四肢の切断などの重傷で一人五百万ディールの弔慰金が下りるわ。これで当座は凌げるけど……」

「豪毅ですね……うちだけで十億ディールですよ?」

「国庫からすればはした金なんだろ」


 アドリアンはそう毒づくがそれでも当面は保険制度について頭を悩ませずに済んだのが大きかった。


「で、問題なんだけど、数年後――仮に一年間に百万ディールを前提するなら五年後からエーデルシュタイン伯爵家かギルドから年金を支給するとして、なんだけど……」

「一年に二億ディールですよね?」

「ええ、今のギルドの収入はだいたい二十億ディールくらいだから、単純計算で〇・五パーセントの保険料でいいけど……」

「それはあくまで今回の引退者の為の一時金ってことですよね」

「ええ、そうなるわね。それとは別に積立しなきゃいけないけど、これは後で話すわ」


 ユートは少しばかりほっとしていた。

 〇・五パーセント程度ならば冒険者を納得させることも出来るだろうと思ったのだ。


「まあ問題はその二十億ディールが戦争で嵩増しされていることニャ」


 レオナが問題点をそう指摘する。

 今回、エーデルシュタイン伯爵領軍として出征している三個大隊のうち、ゲルハルトとレオナの大隊は元々、傭兵団(マーセナリーズ)としてエーデルシュタイン伯爵家と一括契約している、という形になっている。

 彼らはエーデルシュタイン伯爵家が見つけてきた――つまりユートが王国から依頼された――任務をこなすことになっており、基本的にはかつてのサマセット伯爵領軍派遣大隊と同じく、西方軍に常時派遣されていることになっている。

 こちらはユートが西方軍を率いている限りは西方軍からエーデルシュタイン伯爵家、恩賜ノーザンブリア冒険者ギルドを介して雇われているという形になりそうなので、特に問題はない。


 問題はアドリアンの猟兵大隊の冒険者たちだ。

 エーデルシュタイン伯爵家と個別に契約しており、今回の戦争のために臨時的に雇われている形となっている。

 つまり、彼らは戦争が終われば解散してまた冒険者として狩人(ハンター)護衛(ガード)をやるのだが、そうなった時、今のような稼ぎを期待出来るのか、あるいは今、狩人(ハンター)護衛(ガード)をやっている冒険者と競合しないのか、ということが問題なのだ。


「五年後なら戦争は終わってるわよね」

「戦争が終わってなかったら王国が破産しているのです」


 アナの身も蓋もない言葉にエリアは黙る。


「それまでに仕事を拡大することね」

「エレル戻ったらあたしも営業行くわ」


 長くソロで冒険者をやっていたことや、父親が有名な撃剣師範だったこともあってエリアは顔が広い。

 その為、アドリアンと並んで営業が上手いので仕事を増やすつもりだった。


「なあ、一つ聞いていいか?」


 それまで黙っていたアドリアンが声を上げた。


「まずユートに聞きたいんだが、今後も冒険者を戦争に連れて行くんだよな?」

「ええ、申し訳ないですけど、当分は冒険者に来てもらわないと駄目かと思っています」

「だよな。じゃあ今後も死傷者が出る可能性があるが、それはどうするんだ? 多分積立金は不十分だぞ」

「……まあ文句言われる可能性あるから、その時も一時金かしら」

「そこまで死傷者が増えるとは思えんが、俺はそう何度も一時金の負担が増えたら不満だな」

「どんどん増えていくのが、ってこと?」

「そうだ。戦争に行った奴だけが優遇されるのも不満だろうけどな」


 アドリアンの言葉に全員が眉間にしわを寄せて考える。


「やっぱりそれを考えたら、積み立てるんじゃなくて賦課していく方がいいのかしら?」

「それそれで際限なく金額が増えていく可能性もあるわよ」


 セリルの言葉にエリアが反論して、結局は、堂々巡り――


「このままやとらちあかへんやろ。ちょっと一度頭冷やしてみんなで考えた方がええんとちゃうか?」


 最後はゲルハルトがそう言って一度はお開きとなった。



 とはいえ、そうそういいアイディが出るわけもない。


「問題は、どっちに転んでも不満に持つ人が出るんだよなぁ……」


 積立方式にすれば、今回の戦争での死傷者たちは間違いなく救済されない。

 それは、この制度は今回の戦争での死傷者救済と考えていたユートにとっては本末転倒であるように思う。

 一方で賦課方式にすれば、確かに今回の戦争の死傷者も救済されるが、戦争で大勢死傷者が出る度に支払う保険料が跳ね上がり、ひいては冒険者になろうとする者が減りかねない。

 そして、中間を取って積立方式にしながら、今回の戦争の死傷者だけを別枠で救済すれば、次に出た戦争の死傷者はどうするか、という問題が生じる。


「ユート、また悩んでるの?」

「当たり前だろ。エリアは?」

「あたしも色々考えたけどね。あたしの頭じゃ無理よ、これ。別に自分がバカとは思ってないけど、こういうのはあたしは苦手」


 エリアはそう言いきって、セリルとレオナに丸投げすると言わんばかりの顔をしている。

 確かに直情径行型のエリアが、こうした話は苦手なのは付き合いの長いユートにはよくわかっている。

 同じタイプのアドリアンもまた苦手だろうし、調整型のセリルや、あるいは将来族長になるための教育を受けてきたレオナ、ゲルハルトのあたりが中心になるのは致し方ない。


「まあそれはいいんだけど、エリアは何が一番大事と思う?」

「そりゃみんなが納得することでしょ。でもあたしにはみんなが納得する方法なんかわからないし、だから何も言えないのよ。一番公平なのは積立金だけど、それだと今回引退する連中は助けられないから何のために保険制度を作ったのかわからなくなるわ」

「公平って意味では賦課方式でも一緒じゃないか?」

「それは稼げない奴も稼げる奴も同じ額なんだから、稼げる奴が損してるでしょ。だからあたしの中では積立方式の方がいいと思うの」


 エリアはそう切って捨てる。


「それはそうか……でも冒険者は相身互いって考え方もあるんじゃないか?」

「まあそこは否定しないし、そこまで賦課方式がおかしいって言う気も無いわ。ただ、引退する冒険者が増える度に額が増えていくところは問題と思うけど……」


 エリアの言葉を聞いてユートは再び深く考える。


「そうだよな……毎年額が変わらなけりゃ賦課方式でもいいんだよな」

「そういうことね」


 ユートは一つアイディアを思いついたが、それは果たして実現可能なのか、と考える。




 ――ユートの考えがまとまったのは三日後のことだった。


「セリルさん、ちょっと聞きたいんですが、このアイディアはどうですかね?」

「どうしたの?」

「賦課方式にするけど、額は一定にするんです」

「最初から多めに取る気かニャ?」


 打てば響くとはこのことか、レオナがすぐに答えを持ってくる。


「多めにとって、それを分配して、ついでに懐にいれれば……儲かるニャ!」

「なんで懐に入れるのが前提なんだよ!」

「冗談ニャ。つまりユートは最初から多めにとっておいてエーデルシュタイン伯爵家が儲かるくらいにしておけば大丈夫って言いたいかニャ?」

「でも、それってバレたら冒険者の反発大きすぎるわよ」

「いえ、そうじゃなくて……集めたお金はエーデルシュタイン伯爵家の家産とは別に運用するんですよ」


 ユートの言葉にすぐにレオナが反応した。


「金貸しをやるかニャ? ノーザンブリアには金貸しはないのかニャ?」

「あるけど、基本的に小規模よ。というか、何億ディールも集めて貸し付けたり出来るの?」


 基本的にノーザンブリア王国で大金を借りる人というのは少数派だ。

 当たり前だが、庶民はそこまで大金を借りることなど出来ない――返せるあてがないからだ。

 大金を動かすとなれば商会だが、多くの商会は大小はともかくどこかの貴族と結びついており、御用商人として活動しているので、資金が足りなければ貴族から前金を受け取ってどうにかしてしまう。

 それ以外の、パストーレ商会みたいにどこかの貴族と結びついていない商会は、どこかの官庁――最近はエーデルシュタイン伯爵家との関係を深めているとはいえ、パストーレ商会ならばもともとは西方総督府――と結びつく例が多く、こちらも同じことだ。

 そして、残った行商人やらに対しては余りにも返ってこないリスクが高すぎて貸す者などいない。


 そんな状況で何億ディールも運用出来るのか、と言うのだ。


「いえ、別にお金を貸さなくてもいいんじゃないかと」

「金を貸さないでどうやってやっていくかニャ?」

「例えば魔道具を開発しようとしている人がいますよね。例えば――魔導コンロを開発した。でも売り出すのにお金がない。そうなったらどうします?」

「貸すんじゃないの?」

「それもいいですけど、例えばそれで一億ディール貸して利息で五パーセント取ったとしても一年で五百万ディールの稼ぎですよね?」

「そうね」

「それよりも、返さなくていいからそのかわりに売上の半分、となったらどうします?」

「借りる人は……どうなのかしら。まあ受ける人もそれなりにいると思うわ」


 ユートが思いついたこと――それは資金を投資していこうというものだった。

 だが、セリルはいまいちぴんときていないようだ。


「つまり、アイディアを実現させるのに金を出すってことかニャ?」

「そういうことだな。まあアイディアが実際金になるか調べないといけないだろうけど……」

「五年あれば、いくつか当てれば……って完全に山師の考え方じゃニャいか!」


 レオナの言葉にユートは笑う。


「もちろんそうだけどな。でも大事なことは冒険者が公平に思いながら、先行きの不安もないことじゃないかと思うんだ」

「まあ、それは大事だけど……」

「それに、新しい商売のアイディアをお金に出来る仕組みがあれば世の中も便利になるでしょ?」

「でも、危険じゃないかしら……」

「全額を充てなけりゃ大丈夫と思っています。当面はエーデルシュタイン伯爵家の家産から出してもいいですし」


 ユートはそう笑う。


「みんな簡単にエーデルシュタイン伯爵家の家産家産って言うけど、それはみんなの為のお金じゃないのよ。ユート君のお金なのよ?」


 セリルはそう言いながらも、しょうがない、と言いたげな顔だった。


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