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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第169話 ゲルハルトの発想転換

 ユートはそれからも忙しくかけずり回っていた。

 既にギルドの訓練所を作ることと、引退する冒険者の生活支援となる保険制度のことは方向性は出ており、主に西方軍の再建についてだった。


「やっぱり難しいな」

「ですな。近接戦闘を出来る法兵、というのはまずいないですし、それ以外も隊伍を整えずに戦うという運用は軽歩兵ですら訓練したことのないものですから」

「あと、山の中とか森の中で戦う訓練も、よね。これ、どうしたらいいのかしら」


 軍務省からの帰り道の馬車の中で二人の副官――アーノルドとエリアが頭を抱える。

 確かに下士官や兵を教育すれば出来るようになるのかもしれないが、一体何年かかるのか、と思うのだ。


「エリアは自分が一人前の冒険者と思えるようになるまでどのくらいかかった?」

「あたしは五年くらいかしら。それでも父さんに教えてもらった剣の下地があった上にアドリアンっていう先生がいての話よ」

「まあ剣の下地は軽歩兵ならあるとして、そこから先が問題だなぁ……」

「アーノルドさん、軍は隊伍を組んだ戦闘以外はやらないの?」

「やりませんな。隊伍を組まねば指揮官の命令が行き届きにくくなります。ですから、軍は隊伍を組むことに重きを置くのです」

「つまり、軍の常識からしたら、自分たちである程度判断出来る冒険者――猟兵戦術は異端ということですか?」

「そういうことです。山岳戦闘でも出来るのはそこの要素が一番大きいわけでしょうな」


 アーノルドの言葉を聞いてユートはうーん、と唸る。


「この問題だけはどうにもならないなぁ……」


 西方軍はこのまま普通の軍として再建するしかないか、と諦めに近い言葉を吐いた。



 そうした問題はある中、保険制度は冒険者ギルドの実務担当とも言うべきセリルとレオナの二人の手で設計されつつあった。


「ユート君、二通りのアイディアがあるけど、どっちで進めるか聞いてもらえる?」


 ユートが軍務省から帰って来るなり、執務室にセリルとレオナが現われてそう聞いてきた。

 もちろん進捗が気になっているのでユートもすぐに頷く。


「一つは冒険者がそれぞれ受け取った報酬の一部を保険料って形で集めて積み立てておく方法ね。例えば百万ディールの報酬があれば、ギルドへ納めるのが五万ディール、それとは別に五万ディールを積み立てておいて、冒険者を引退する時に積立金を渡す、という形になるわ」

「もう一つは?」

「もう一つはそうして集めた保険料を困っている冒険者に渡す方法ね。例えば冒険者が百人いて、うち五人が怪我で引退を余儀なくされたら、その五人に九十五人から五百万ディール――一人五万ディールちょっとを集めて渡す、って形になるわ」


 ふむ、とユートは考える。

 二つの違いは積立方式と賦課方式、とでも言えばいいのだろうか。


「長所としては前者は冒険者の反発が少ないことニャ。要するに強制的に貯金させているだけなら冒険者も嫌とは言いづらいニャ。後者は困った冒険者全てを助けられることニャ」

「短所は、前者は稼ぐ前に大怪我をした冒険者は積立金が少ないから救済されないし、後者はもし大勢に支払わないといけなくなれば現役冒険者の負担が大きくなるってことか……」

「そういうことね。例えば今回は二百人の冒険者が引退しそうだけど、向こう何十年か彼らの分を徴収することになるわ。そして、例えば来年また同じような戦争になって二百人が引退することになったら……」

「――払う額は倍増する、ってことですか……色んな意味で考えたくない話ですね」


 ユートはかぶりを振って、そんな未来は考えたくないと笑う。


「そしたら積み立てていく方が安全ですかね?」

「そうね。その方がギルド側の手間も少ないわ」

「確かに」


 もし、賦課方式をとるなら毎年必要な額をその年に引退する冒険者の数まで予測して計算して、その年の冒険者全体の報酬総額を予測して割り当てないといけなくなる。

 その計算の手間が大きい上、率が上がれば冒険者たちの不満も大きくなるからマイナス面がかなり大きいのではないかとユートも思う。


「というわけで積み立てていく方法でいいかしら?」

「ええ、一応アドリアンさんやエリア、ゲルハルトにも聞きますけど、それでいきましょう」

「あとは積立金方式では救済できない冒険者ニャ。あちきとしてはそんな奴は自業自得でいいと思うニャ」

「危険を予測して受けるのも冒険者の仕事のうち、ね」


 レオナとセリルの言うこともユートはよくわかる。

 少しもやもやはしていたが、ともかくそれでいいと頷いた。



 だが、夜に開かれた、臨時の冒険者ギルド幹部会議は意外と紛糾した。


「これまでの分がないのはどうするんだ?」


 保険制度について説明を受けたアドリアンがのっけからそう質問したのだ。


「今は全員積立金ゼロだろ? まあ弔慰金とやらは出るだろうけどよ……今回の戦争で引退になった奴らはその保険制度の枠外になりそうだが、それはどうするんだ?」

「……確かにそれはそうね」


 制度として保険制度は優れているかも知れないが、


「それだったら俺は集めた保険料を困っている冒険者に渡す方がいいと思うぜ。それなら今回の冒険者たちも救済される」

「でも、それをやったら戦争が続いたら冒険者が払う保険料がもの凄い額になりませんか?」

「……まあ、なるだろうな。ただ、それなら今回の冒険者たちは特別扱いでどこかから金を出してやらんといかんと思うぞ」

「……それはそうですね」


 ユートもその点は頷くしかない。


「弔慰金の増額は頼めないかしら?」

「無理と思うのです。王位継承戦争から今回の第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)で王国の国庫も結構追い込まれたところまできているのです」

「そんなに危ないの?」

「今日明日破綻するという話ではないのですが、弔慰金を増額するならエーデルシュタイン伯爵領軍だけではなく、全ての貴族領軍の弔慰金を増額しなければならないのです。そんなことになれば……」

「――第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)に勝っても、出た死傷者で国がなくなりかねないわね」

「そういうことなのです」

「エーデルシュタイン伯爵家の家産から出すのは?」

「冒険者が予想以上に増えているから今回の功労金を計算にいれなくてもまあ多少出すことは出来るけど……」


 ただ、それをやるとエーデルシュタイン伯爵家の家産が減りすぎて怖い、とセリルの顔には書いてある。


「……冒険者ギルドで義捐金募るくらいしか思いつきませんね」


 ユートの言葉に全員が沈黙する。

 誰も答えはないのだ。

 いや、正確には賦課方式にすることでどうにかなるという答えはあるのだが、それによるマイナスを考えるとおいそれとそれがいいとは言えないのだ。


「いっそのこと、一時的な協力金として来年だけ取り立ててみたら?」


 エリアが折衷案を出す。

 来年に限って賦課方式をとろうというのだろう。


「それに、働くところを提供したり……」

「二百人のうち生活出来ない者を出来るだけ減らして、その上であとは弔慰金と功労金と一時金頼み、か……」


 ユートは諦めたようにそう呟いた。



 一方で訓練施設の方はゲルハルトとアドリアンが中心になりながら上手くまとめてくれていた。


「もう教官に適任そうな奴は何人かリストアップしておいたぞ」


 さすがはベテラン冒険者だけあって、槍、剣、弓が上手く、更に教官として人格的にも問題のない人物をアドリアンは選抜しているようだった。


「場所なんだが、デイ=ルイス副総督に頼んでエレルのすぐ近くの里山を一つ使わせてもらえるようにならんか?」

「交渉はしてみますよ。総督は僕なんで、どうにかなると思います」

「まああんまやったら利益誘導やと貴族から叩かれそうやから気をつけるんやで」

「ああ、わかってる。アナが冒険者の練習したがってるし、そこら辺を名目にしようと思ってるから」

「ああ、それやったらジークリンデ様の名前も使うたらええやん。ジークリンデ様の名前まで使ったら貴族も文句言えへんやろ」


 ゲルハルトはそう笑う。


「ああ、ジークリンデに頼んでみる。それで場所の確保は大丈夫だろう?」

「大丈夫やな」

「あと、マーガレットさんにも頼んでみるつもりだけど構わねぇよな?」

「マーガレットさんに?」

「マーガレットさんに冒険者としての心構えを説いてもらう。あの人は俺やベテラン連中がひよっこの頃から知ってるからな」

「わかりました。そこら辺はエレルに戻ってからマーガレットさんと交渉、ということで」

「文句は言わねぇと思うぞ」


 そんな感じで進められていた。

 訓練施設で学ぶことは座学による冒険者の心得に、剣、槍、弓といった武器の使い方、獲物ごとに分けられた狩り方に解体の仕方、対人戦のやり方と多岐にわたる。

 対象者は新人冒険者というよりも傭人(ゴーファー)であり、要するに傭人(ゴーファー)から上にいけない冒険者に狩人(ハンター)護衛(ガード)になる技術を教え、さらに訓練施設で仲間を見つけてもらえれば上々、という訓練施設になる予定だった。


「こいつはよ、俺の二十年間の冒険者人生詰め込んであるからよ」


 そうアドリアンが自身を持って言いきるカリキュラムだけにユートも文句のつけようがなかった。


「任せます」

「訓練施設の名前は何にするんだ?」

「冒険者ギルド訓練所でいいんじゃないですか?」

「もうちょっとカッコいい名前を考えてくれよ」


 そんな冗談を言い合っていたが、最終的にはユートがアドリアンの納得する名前をつけるということになった。


「こんな調子で西方軍の再建も出来ればいいんだけどなぁ……」


 スムーズに進むギルド訓練施設の話を聞きながら、ユートはそう愚痴る。


「ああ、猟兵部隊にしろとかいう無理難題か?」

「そうなんですよ。どうやって軽歩兵を冒険者にしろって言うのか……」

「うーん、ギルドの訓練施設に放り込みゃいいんじゃないか?」


 アドリアンの言葉にユートはどうかな、と思う。


「やっぱり常識というか、そういう部分で違うところがありますからね。それに軍の教育を一度忘れろって言われて忘れられるものでもないでしょう?」

「まあ、そうだわな。新兵をこっちに突っ込んでもらったらいいんじゃねぇのか?」

「いえ、それでもいいんですけど、冒険者のノウハウ全部取られますよ?」

「ああ、そいつはよくないな。いや、でもそれでも除隊後に冒険者になるなら構わんのか?」


 アドリアンがどっちが得かと頭の中で算盤をはじいているらしい。


「いや、駄目だな。ギルドの訓練所で素人をいきなり鍛え上げるのは難しすぎる。ある程度、傭人(ゴーファー)なんかをやって冒険者の基礎を知っている奴を早く狩人(ハンター)護衛(ガード)にするなら出来るがな」

「まあ、そうですよね」


 軍務省で軍務部のセッションズ部長に聞いたところによると、新兵訓練だって基礎教育だけで三ヶ月、更にそこから部隊で延長教育を三ヶ月はやるらしい。

 つまり新兵を一人前の兵士にするだけで半年かかるが、そんな悠長なことをギルドの訓練施設でやるわけにはいかない。


「なあ、ユート(兄弟)、新兵を鍛えるんやなくて、発想の転換したらどうや?」


 不意にゲルハルトがいいことを思いついた、という顔でユートに言う。


「いや、今思いついてんけど、餓狼族(俺ら)妖虎族(山猫)どもは別に冒険者やってたわけやないし、訓練受けたわけでもないやん? それで冒険者や猟兵として務まるのはそれまでの死の山なりの経験があってのことやろ?」

「そうだろうな」

「それやったら人間にも猟師みたいなんおらんの? 魔物向けは冒険者やろけど、畜肉やって出てくるわけやん? それ全部育てとるわけやないんやろ?」


 ゲルハルトの言葉にユートは首を傾げる。


「確かに鶏なんかは育ててるって聞いたことないな」

「例えば弓で鳥を射ってる猟師がおるんやったら、そいつに軍に入ってもらったら猟兵に教育するのはそこまで手間かからへんやろ。新兵を一から鍛えるより、そういうのを引っ張ってくる方が楽やと思うで」

「確かにそうだけど、今猟師で食べていける人が軍に入ってくれるか?」


 ノーザンブリア王国では徴兵制は採用しておらず志願兵ばかりであり、基本的には農家の次男坊三男坊など家で食べていけない者が兵士に志願している。

 だからユートには猟師として食べていく方法がある者が軍に入るとはなかなか思えなかったのだ。


「それなら大丈夫じゃねぇか? 高級な魔物肉を狩れる方法を教えてやれるんだしな」


 アドリアンがにやりと笑う。

 猟師の狩る畜肉に比べて冒険者の狩る魔物肉は――ポロロッカで値下がりしたとはいえ――高級であり、猟師からすればそれを狩る方法を身に付けられることはプラスになるというのだ。


「冒険者ギルドは猟師に教えることで将来の冒険者を確保できる、猟師は将来冒険者になる道が広がる……」

「まあ、そう簡単な話やないけどマイナスだけではないと思うで。一度試して見る価値はあるやろ」


 ゲルハルトはそうにやりと笑った。


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