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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第七章 ギルド発展編
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第168話 アドリアンのひらめき

「上手く行かないものね」


 帰ってきたユートの話を聞いたセリルはそう嘆いていた。

 エーデルシュタイン伯爵家が抱えている三つの問題――第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)で死傷し減った冒険者の穴埋め、第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)で負傷して引退を余儀なくされた冒険者の生活再建、西方軍の再建のうち、どうにかなりそうなのは減った冒険者の穴埋めだけであり、引退者の生活再建、西方軍の再建は難題に突き当たっていた。


「ユート君、こうなったらエリアちゃんの案でいくしかないんじゃないかしら」

「でも、あれをやるとせっかく良好な関係を築けているパストーレ商会ともめそうですよ?」

「それでも、引退する冒険者の生活をどうにかすると考えたら他にはないわ。そこら辺を上手く陛下に伝えれば……」


 セリルの言葉を聞いて、アナが眉を曇らせる。


「姉様に言うのは簡単なのですが、姉様がそれを承知するとは思えないのです」

「やっぱり、そうかしら……」

「エーデルシュタイン伯爵家の商売がいくら慈善事業とはいえ、王家が後押しするようなことをすれば商会たちが王家に対していい感情を持たないでしょう。ただでさえエーデルシュタイン伯爵家はわたしの降嫁で優遇されている、と思われがちなので、これ以上何かすることは姉様も好まないと思うのです」


 アナの理路整然とした説明に、確かにその通りだ、と全員が頷いた。


「餓狼族はまあ自分らでやるからええとしても数百人やろ?」

「アドリアンの大隊の負傷者はおおよそ二百人ね」

「最低でも三百人はきっついわなぁ……妖虎族(山猫)どもはどないするんや?」

「あちきらも自分たちでどうにかするニャ」


 レオナもそう言ってくれるので、とりあえず助けるのは冒険者の二百人だけに限定されている。


「生活費が年間で一人百万ディールくらいだから、単純に二億ディールでしょ……これ、ちょっと商売したら稼げるって額じゃないわよね?」

「商会ならそこそこのところだとそのくらいは稼ぐんだけどね」


 セリルはそう言いながらもため息をつく。


「ただ、その規模の商会でもエーデルシュタイン伯爵家が後ろ盾になっているなら、他の商会からしたら警戒の対象になるわね。どうしたらいいか……難しいわ」


 八方ふさがり感が出てきたところで、ジークリンデがお茶を淹れてきた。


「メリッサ茶です……」


 メリッサ茶の爽やかな香りが、解決の糸口が見つからぬまま疲れた心を少しだけいやしてくれる。


「やはりエーデルシュタイン伯爵家が領地を持つしかないと思うのです」


 黙りこくった中、アナが意を決したようにそう言った。


「王位継承戦争と違って今回の第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)は対外戦争なのです。そこで活躍したユートに加増したとしても、流石に貴族院は嫌とは言わないのです」

「大丈夫なのか?」

「例えばユートと同じような立場で出征している者にはウェルズリー伯爵やシーランド侯爵、フェラーズ伯爵がいるのです。ユートの功績に加増を拒否するならば、彼らが功績を立てても加増を拒否しなければつじつまが合わなくなるのです」

「ああ、軍のお偉いさん方を敵に回したがる貴族はそういないってわけね」


 アナの言葉にエリアが頷いた。


「なあ、アナ。だけど問題はエーデルシュタイン伯爵家に内政が出来るような奴が一人もいないってことだよな?」

「……それはそうなのですが」

「ジークリンデの実家からきてもらうとか?」


 ジークリンデの実家、つまり純エルフ(ハイエルフ)のエーデルシュタイン氏族はイリヤ神祇官を筆頭とした、北方大森林を事実上統治している氏族だ。

 当然、内政に長けた者もいるだろう。


「さすがにノーザンブリア王国の貴族領の内政に純エルフ(ハイエルフ)が関わるのはいささか問題なのです」

「てことは、王国官僚から引き抜くしかないわね。デイ=ルイスさんあたり?」

「そうなるのです」

「いや、デイ=ルイスさんは第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)が終わったら西方総督に親補される予定だから、こっちにはこないし、来たら来たで今度は西方軍にギルド周りの問題が起きそうなんだが……」


 結局のところ、ポッと出のエーデルシュタイン伯爵家がいきなり貴族領を統治する、というのは相当困難、ということなのだろう。

 問題は振り出しに戻って、またため息が場を支配した。



「結局は、年間二億ディールもどうやって稼ぐか、ってことよね」

「厳密には二億ディールもいらないとは思うけどな……引退する二百人の全員が一切働けないわけじゃないし……」

「そういえば軍は廃兵院しかないの?」


 エリアがそう言いながらアーノルドの方を見る。


「いえ、廃兵院はあくまで判任官以下の者――つまり下士官と兵に限られます」

「士官はどうするのよ?」

「士官のうち、正騎士や爵位のある貴族はその収入があるから困りません。従騎士はその限りではありませんが、傷痍軍人として陛下から年金が下賜されることになっております」

「あーそういえばそうだったわね」

「ちなみに、昔は王立士官学校の生徒たちにはそうした年金は下賜されなかったのですが、シーランド侯爵(ブルーノ)たちが色々手を回して、今は年金が下賜されるようになっております」


 それは例の王立士官学校執行委員会横領事件のことなのだが、ユートたちはそうとは知らず、さすがシーランド侯爵たちだと頷き合う。


「こっちにも下賜しろってのは絶対無理だしなぁ……」

「一般冒険者を士官扱いしろってことだしね。絶対無理と思うわ」


 ユートとエリアがまたため息――その時、自分は肉体労働が専門といわんばかりにずっと黙っていたアドリアンが口を開いた。


「なあ、じゃあみんなで金出し合って年金作りゃいいんじゃないか?」


 アドリアンの言葉に、みな腑に落ちない顔をしてアドリアンの方を見る。


「みんなで誰のことよ? あたしたちってこと?」

「いや、俺らだけで二億ディールとか無理に決まってるだろ。そうじゃなくて冒険者連中の報酬から一定額を天引きしておけばいいじゃねぇか。ちょうど俺らがギルドの上納金収めさせてるみたいによ」


 アドリアンの言葉にユートは頷いた。

 お互いに金を出し合っておいて、困った人に配分する。

 それが日本で言うところの保険になるのか、年金になるのかまではわからなかったが、少なくとも実例がある以上、上手くやれば実現は可能であると思ったのだ。


「誰でも依頼の最中に死んだり大怪我したりする可能性はある以上、みんなそこまで金を出すのに反対はしないと思うぞ」

「そうかしら? 冒険者は宵越しの銭を持たないタイプ多そうだけど……」

「それは否定しねぇけどな。でも万が一のことを考えられるのが冒険者だろ」

「確かにそれはそうかも」


 エリアも納得したように頷く。

 もちろん宵越しの銭を持たないタイプ、金銭の管理が出来ずに稼いだ分だけ使ってしまう冒険者は多いのだが、天引きならばそれにタイする問題はない。


「うん、悪くはないかも。今のエーデルシュタイン伯爵家の収入を考えたら一から二パーセントくらいでどうにかなりそうだし、それなら冒険者も嫌とはいわないんじゃないかな?」


 セリルが手元の書類に目を落として計算していたが、すぐに計算を終えてそう結論付けた。


「よし、じゃあその保険制度についてセリルさんはもうちょっと制度を詰めてもらえますか?」

「わかったわ。それでこれ、保険って名前にするのね」

「ええ、そうです。保険制度は……出来るだけ早くやりたいんで至急でお願いします」


 ユートの言葉にセリルは快諾する。

 ここにいる全員が冒険者はみな仲間と思っているし、その仲間が廃兵院に送られるのは絶対に避けたいという気持ちは一緒だ。


「これであとは西方軍の再建だけね」

「あの、パーティーの問題もありますわ……」


 小声でジークリンデがエリアの言葉を訂正する。


「え? パーティーって何かあるの? ユートが乾杯の音頭を取るとか?」

「いえ、今日アリス女王陛下とお話ししてきたのですが、パーティーの席上でエーデルシュタイン伯爵家の功績に対する褒美を発表したいとのご意向なんです……」


 いきなり出てきた話にユートは頭を悩ませる。


「えっと、とりあえず領地をもらうってのはなしだよな?」

「……さっきの話だともらってもどうしようもなさそうだしね。将来に備えてもらっておくのはなしとはいわないけど」

「将来に備えてって?」

「もし冒険者ギルドがいらなくなったら、エーデルシュタイン伯爵家は何もない伯爵家になっちゃうでしょ。そうならないように、収入を一つの所に頼らない方がいいかと思っただけよ」


 エリアの返事にユートは悩む。

 確かにエリアの言うこともわからないではない。

 今のエーデルシュタイン伯爵家は冒険者ギルドの収入以外はない状態であり、もし何かの間違いで冒険者ギルドが十分な利益を上げられなくなったら、あっという間に困窮してしまうだろう。

 日本では派遣会社があったわけだし、事実上冒険者ギルドはそちらに近い以上、そう簡単に冒険者ギルドの需要がなくなるとは思えなかったが、アリス女王が退位や崩御したあとの後継者が冒険者ギルドをエーデルシュタイン伯爵家だけの特権としなくなるようなことは考えられる。

 エリアの話を聞いて、自分のためというよりは子孫のためにどこかにエーデルシュタイン伯爵領の下賜を申し出るべきか、とユートが悩んだが、すぐにアナがそれを否定した。


「あ、それなら大丈夫なのです。わたしは今のところ王位継承権を持ちますが、エーデルシュタイン伯爵家の正室という立場がある以上、今後の王位継承権の争いを避けるために恐らくわたしの子の代で臣籍降下するでしょう。そうなれば一代に限っては公爵、子孫は侯爵に封ぜられるのが慣例なので大丈夫なのです」

「つまり、アナが下賜された領地がそのままエーデルシュタイン伯爵家の領地になるってこと?」

「厳密にいえばエーデルシュタイン侯爵家とエーデルシュタイン伯爵家が出来るのですが、実態としてはそういうことなのです」


 アナの説明にユートは頷く。


「つまり、未来の心配はしなくていいってことか?」

「その通りなのです」


 アナの言葉にユートは安心したように笑う。


「それなら別に今回は領地を下賜してもらわなくても大丈夫だな」

「ええ、そうなのです。とはいえ、褒美が難しいのですが……」


 ノーザンブリア王国においてはこうした場合、基本的には領地を知行することが多いため、他のものを褒美にするとなると貴族の体面や過去の先例など様々なことを考慮せざるを得なくなり、なかなか難しい話となる。


「単純にお金じゃダメなの?」

「今、王国は戦争中だからな。下手に金を出すわけにもいかないんじゃないか?」


 意外なことにアドリアンがすぐにそう言った。


「アドリアン殿の言う通り、戦争中に金銭を下賜するのはいささか問題ですな。ただでさえ今回の第三次南方戦争(ザ・ファニー・ウォー)は王国の財政に大きな影響を与えておりますし」

「貴族としても余り金銭で解決するというのは上品とは言えない、と思われかねません。とはいえ、エーデルシュタイン伯爵家に領地を下賜しなくてもよいならばその方がいい、と思う貴族が多そうには思うのですが……」

「というかユート、下手したら旧タウンシェンド侯爵領を与えられるとちゃうか?」


 黙っていたゲルハルトが不意に口を開いた。


「……ありうるわね」

「褒美というより嫌がらせの類だけどな」

「さすがに姉様はそんなことはしないと思っているのです……」


 三者三様の反応だったが、ないとは言い切れない、という空気になる。


「じゃあ他にどんなものがいいの?」

「国宝の剣や甲冑などはどうでしょうか? 武勲を立てた者に過去の王が使った武具を下賜するのは先例に叶います」

「それ、もちろん売っちゃいけないのよね?」

「はい、それはさすがに不敬と批判されるのです」


 金にならない武具はいかに名品であってもエーデルシュタイン伯爵家には不要だ、とみなが思った。

 だいたい冒険者のユートに甲冑は不要であるし、ずっと使っている片手半剣は妙に頑丈で敵との戦いでも一度も不安を感じたことがない。


「結局、褒美は思いつかないってことだな」


 ユートがそうまとめたが、少なくとも今日の話し合いが始まる前よりはみなの顔は明るかった。

 それは保険制度が出来れば引退する冒険者の生活保障という点ではどうにかなりそうだったからだ。

 褒美など最悪何ももらわないか、戦後になって金銭をもらう約束でもいいわけで、そこまで喫緊の課題ではない、という判断だった。


 そう言う意味ではここに集まっている者は――アナやジークリンデも含めて――どこまでも冒険者だった。


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