第167話 猟兵の育て方
「うーん、困ったわね」
きっかり一週間後、セリルが持ってきた訓練所のたたき台をもとにユートたちは悩んでいた。
「必要な教官はせいぜい六人、か……」
「魔法を入れればもう少し増えるけど、魔法使いは多少怪我してもねぇ……」
近接戦闘をそこまでやらない魔法使いは多少怪我をしていたり、年を取っても十分冒険者を続けることが出来る。
例えば今のアドリアンが魔法を使えれば恐らく冒険者を引退しなくても済んだだろう。
その為、訓練所の教官として魔法使いを置くことはなかなか難しく、むしろ引退した冒険者を置くくらいしか思いつかなかった。
そして、問題はその教官の人数だった。
槍、弓、剣というよく使われる武器に、それぞれ二人ずつの教官を置くとして六人――それ以外の珍しい武器は全てアドリアンの対応になるので、合計七人にしかならない。
今回、アドリアンと同じように冒険者をやめざるを得なくなる者の数を考えたら焼け石に水といったところだ。
「まあどっちにしても重傷を負った冒険者のことを考えたら、これだけじゃダメでしょ?」
気を取り直してエリアが言うが、ユートの顔は晴れない。
「ユート、そんな顔しないの。全員を助けることは出来ないのはわかってるでしょ」
「わかってるけどな……それでもどうにかしたいとは思う」
「相変わらずよね、あんたは」
エリアはそう笑う。
「とりあえず今やることは弔慰金しっかりぶんどってくることね」
目先の弔慰金を取ってくることで少しでも引退する冒険者、そして死んだ冒険者の家族は楽になるとエリアは強調する。
「そういえばどのくらい出そうなんだ?」
「最低ラインがポロロッカの時の弔慰金と考えてるんですがね……」
「軍の基準だっけか?」
「そうですな。ただし、今回の場合戦時加算がされます」
アドリアンの疑問をアーノルドが引き取る。
「戦時加算?」
「ええ、平時の訓練などで死傷するより、戦時の方がより国に貢献した、ということで加算されるのです」
「それは嬉しいんだけどよ、なんか、納得いかねぇな」
アドリアンは首を捻る。
「訓練はもちろん、盗賊の討伐にしても圧倒的に王国軍が優位――つまり死ぬ可能性が余り高くない状況で起きますが、戦争は格段に死ぬ可能性が上がりますからね」
「死を恐れるな、死ねばいつもより多くの金をやるぞ、ってわけか」
「まあ有り体に言えば……」
苦笑交じりのアーノルドにアドリアンも複雑そうな顔をして頷く。
「じゃあ今回はもっとマシな額になるのね」
「なりますが、それでも戦死者はともかく、戦傷者はそこまで……まあ怪我の程度にもよるのですが……」
「ふーん、まあいいわ。それに報奨金も貰えるのよね?」
「ええ、貴族領軍が出た場合には、それなりの報奨金がエーデルシュタイン伯爵家に入ることになります。まあこのあたりは軍務省で詳細な基準をお聞きになられた方がいいでしょう」
「わかりました」
ユートが頷いたのを見て、アーノルドも頷く。
とはいえ、アーノルドもユートもその弔慰金なりで引退する冒険者が問題なくやっていけるとは思っていない。
「ねえ、ユート。どこかで仕事を作るのは?」
「どういうことだ?」
「エーデルシュタイン伯爵家が交易なりをしちゃえばいいじゃない。護衛は無理でも、馬の口取りくらいなら出来る人多いでしょ。アドリアンとか」
「まあ俺くらいの怪我なら出来るな。ただ、俺より怪我が重い奴なんかざらにいるぞ」
火治癒が発展しているせいか、医学はそこまで進歩していない。
その為、魔法が使えない極限状況下や、一度化膿してしまえばなかなか治癒しづらく、手足にそんな傷を負うと敗血症を防ぐために切り落として火治癒、というような治療を行うことも多い。
「別にエーデルシュタイン伯爵家は儲けなくていいのよ。利益を全部、負傷者の生活費に充てちゃっていいんだし」
「エリア、それは不味いニャ」
黙って聞いていたレオナが口を挟んだ。
「あちきらが交易なりを始めたら商会と喧嘩になるニャ。パストーレ商会でも黙ってはいれないと思うニャ」
「……まあ、それはそうなんだけど」
「エリアらしくないニャ」
「だってあたしにはこのくらいしか思いつかないんだもん」
エリアは拗ねたようにぷい、と横を向く。
「エリーちゃん、そんなに焦らなくていいわ」
セリルがそう言葉を挟んだが、エリアの機嫌は悪いままだった。
そんな会話がありながら、ユートは軍務省に通うことになった。
話し合うことは山のようにある――西方軍の再建にまつわるあれこれから、弔慰金に予算措置の話まで――から、一刻も早く話し合う必要があったのだが、残念ながら軍務省側の都合がつかずの遅くなったのだ。
軍務省といっても、軍務卿であるウェルズリー伯爵はいないので、残っているのは基本的には事務方だけであり、トップは軍務部長であるリック・セッションズとのことだった。
「アーノルドさん、セッションズ部長ってどんな人なんですか?」
ユートは軍務省に行く馬車の中でアーノルドにそう訊ねた。
「私の一学年下で、王立士官学校時代から知っていますが、おおよそ軍人とは思えない男です」
「ウェルズリー伯爵みたいな人ですかね?」
「ああ、ウェルズリー伯爵もそうですが、ウェルズリー伯爵よりもさらに軍人らしくないですな。王立士官学校卒業後は短期間部隊に配属された後、軍務省軍務部配属になった叩き上げです」
「だとするとイメージはマンスフィールド内国課長みたいなイメージですか?」
「経歴的にはマンスフィールド課長に似ております。基本的に事務に関してはベテランであり、任せておいても問題はないと思います」
そう言いながら軍務省に着くと、すぐにそのセッションズ部長による出迎えを受けることになる。
「エーデルシュタイン伯爵閣下、ようこそおいで下さいました」
そう言って会釈の敬礼をするセッションズ部長は小柄だった。
ユートもそう大きい方ではないが、そのユートより十五センチくらい低く、百六十センチくらいだ。
比較的体格に恵まれている者が多い軍人の中ではびっくりするくらいの小兵と言ってもいいだろうと思う。
線が細く丸眼鏡をかけており、もしユートが軍務省内でセッションズ部長と会っても、軍人とは気付かずに出入りの商人かなにかと思ってしまうのではないかと思うほどだった。
「軍務部長を拝命しております、リック・セッションズと申します。この度はご足労頂き誠にありがとうございます」
軍務部長は軍務省の部長職であり、立場としては軍司令官に次ぐ。
とはいえ、部長の序列で言えば序列一位の作戦部長などと違い、かなり末席に近いこと、そして何よりもユートは元平民とはいえエーデルシュタイン伯爵であり、彼はただの従騎士という差もあって自分の方から出向かなかったことを詫びているのだろう。
「いえいえ、それには及びませんよ。戦時下ですし、忙殺されておると聞いております」
「お心遣い感謝致します。今日は西方軍関連の事務、ということを聞いておりますが……」
「ええ、西方軍再建をウェルズリー伯爵から命じられておりまして」
「わかりました。ではこちらへ。アーノルドさんもどうぞ」
そう言って会議室へと案内される。
「まず、再建に必要な人員だがな」
「エーデルシュタイン伯爵閣下、アーノルドさん、何が必要ですか?」
「その前に、なんですが、セッションズ部長は猟兵戦術とはご存知ですか?」
「ええ、これでも軍人の端くれですから情報としては聞いております」
「ウェルズリー伯爵から西方軍再建にあたっては猟兵戦術に特化した兵団に出来ないか、と言われているのですが、それに見合うような人員が欲しいのです」
それを聞いた途端、セッションズ部長の丸眼鏡が光ったような気がした。
「なるほど、どのような人員が必要ですか? 士官は人事部の管轄ですが、兵に関しては軍務部の管轄ですので、私の方で都合出来ます」
「出来れば、なのですが、魔法の使える兵っていませんよね?」
「……魔法はちょっと……個人的に魔法を使える兵がいるかもしれませんが、法兵ではありませんし、軍の方でも把握していません……」
まあそうだろうな、とユートも思う。
法兵を管轄する法兵本部が強い状況で、軍務部が魔法を使える下士官や兵をリストアップしていれば、法兵本部との喧嘩になりかねない。
「魔法を使えることが猟兵戦術には必須なのですか?」
「ええ、魔法だけが要素ではありませんが、魔法も使えるにこしたことはないな、と」
「なるほど……」
セッションズ部長はそう言うと、天井を見上げるようにして何かを考え始める。
「……他にも必要な技能はあるのですよね?」
しばし考えた後、セッションズ部長はそう聞いてきた。
「ええ、そりゃ色々と必要ですが……」
「ふむ、そうなるとやはり専門的に育成するしかありませんな。資質がある者はいるのかもしれませんが、我々ではなんとも言い難いです」
「そうですか……」
やはり軍務省でどうこう出来る、というわけではないか、と諦めの気持ちになる。
「軍務省の方で育成については考えさせて頂きます」
「セッションズ部長、王立士官学校にも手を出せるのか?」
「あちらも教育課程はうちの管轄です」
セッションズ部長はそう頷いた。
「とはいえ、第五の課程を作るわけにもいきませんが……」
「第五の課程?」
ユートがそう訊ねたことでセッションズ部長は妙な顔をする。
「ああ、ユート様は王立士官学校を卒業してないのだ」
アーノルドはセッションズ部長にそう断った後、ユートに説明をし始める。
「王立士官学校には四つの課程があります。一つは一般教育課程――これは私やセッションズ部長が卒業した、一般士官になる課程ですな。この他に法兵養成のための法兵教育課程、技官や研究者養成のための専門教育課程、そして下士官から士官になる者のための選抜教育課程があります」
「第五の課程に出来ない、というのは猟兵はその課程として作るわけにはいかない、ということです」
それを聞いてユートは不思議そうな顔をしてしまう。
「じゃあ騎兵や歩兵というのはどこで教育されるんですか?」
「法兵と騎兵、あるいは海兵や航海科といった兵科選択は王立士官学校卒業時に行います。そして、その兵科に合った部隊に配属され、部隊で各兵科専門の訓練を行うのです」
それを聞いてユートは頷く。
「それなら卒業生を引っ張ってきて、西方軍で育ててもいいわけですよね?」
「ええ、それはもちろん問題ありません」
「しかし、難しいかと」
セッションズ部長は頷いたが、アーノルドは難しい顔をしている。
「部隊における延長教育は、基本的には先輩の士官と古参下士官を中心に行うものです。猟兵部隊はそうした士官や古参下士官どころか、兵すらいない状態で教育も何もあったことではない、ということになるかと」
「ゲルハルトやレオナに頼むのは?」
「不可能とは言いませんが、彼らとて王立士官学校で教育を受けたわけではありません。ですので、かなり難しいかと……」
「つまりは、まずは兵から育てて、古参下士官を育成して、その上で新米士官を受け容れるしかない、ということですね?」
「そうなると思います」
なんと気の遠くなるような話だ、とユートが渋い顔になる。
ウェルズリー伯爵に聞いたところによると、古参下士官を育てるのには最短でも十年かかるという。
そして、そうした古参下士官がいれば、兵が多少新兵であっても戦えるのが軍であるし、同時に数だけ集めても兵を引き締める下士官がいなければ戦えないらしい。
「十年、ですね」
「……そのくらいかかりますな」
ユートとアーノルドがそう言い合っていたが、セッションズ部長は仕事モードの顔でユートの方を見る。
「ともかく、猟兵部隊を編成する上で重要になりそうですので、現在の西方軍の人員は維持させて頂きます。それと定数までの補充は行った方がよろしいですか?」
「……そうですね」
ある意味空気を読んでいないが、セッションズ部長からすれば自分は見たこともない猟兵の育成方法などわかりもしないから仕事を優先したのだろう。
「それと、かつて西方軍に所属していて、ゴードン僭王の乱やポロロッカを戦った兵を出来るだけ西方軍に呼び戻すように手配しておきます」
「ありがとうございます」
冒険者とは比べるべくもないが、いきなりやってきた新兵よりはマシだろうと思い、そのセッションズ部長の心遣いに頭を下げる。
「それとエーデルシュタイン伯爵領軍の弔慰金や報奨金につきましては、ウェルズリー伯爵閣下からの戦闘詳報が作戦部を通った時点で支給致します」
結局、猟兵についての育成法はなかなかいい方法を見いだせないまま、ユートたちはセッションズ部長に礼を言って軍務省を退出していくことになった。




