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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第165話 軍状報告

 ユートたちが王都シャルヘンに戻ったのは九月の末のことだった。


 アーネスト前宮内卿との打ち合わせ、そして引き継ぎをした上で王都に引き上げたらこのくらいの時期になってしまったのだ。


 ちなみにアーネスト前宮内卿は近衛部隊と東部の貴族領軍、それに中央軍や北方軍の留守部隊から抽出した部隊をあわせて第四軍の司令官となっている。

 南部貴族の貴族領軍は余りに損害が多くなっていたため、これもまた各貴族領へ戻して再編、ユート指揮下の中央軍の二個大隊もまた一度衛戍区へ戻しての再編となり、事実上第三軍と第四軍が入れ替わった形となった。


「ようやく、王都ね」


 エリアが疲れたように言う。

 ただ旅をするのとは違い、軍司令官、軍司令部副官という立場上、馬上になくてはならず、そしてそれは疲労を蓄積させる原因となっていた。

 ユートにしてもエリアにしても生まれもっての貴族ではなく、軍人としての専門教育を受けているわけでもないから馬での行軍など慣れていないからだ。

 冒険者の頃ならば馬車で旅をすればよかったのだが、軍司令官――しかもノーザンブリア王国でも最も有名な軍司令官――となってなお馬車で旅をすれば貴族からは軍司令官としてあるまじきと陰口を叩かれ、兵たちからは司令官と副官は馬車の中で何をよろしくやっているんだ、と話の種にされてしまうのが見えていた。


「ユート様は少し乗馬の練習をされた方が……」


 生まれもっての貴族ではないが、馬商人の子であり、更に騎兵として軍に奉職しているアーノルドにとって、馬による行軍というのは全く苦にならないものであり、四苦八苦しているユートに対する教育の必要性を見出したようだった。


 そんなこんながありながら、ユートは王都のエーデルシュタイン伯爵家屋敷へと、軍は王都郊外の演習場へと移動する。

 演習場で宿営地を構築するのだから彼らはご苦労様と思うのだが、リーガン大隊長やブラックモア大隊長に聞いた限りでは、行軍と違って一箇所に留まるならば宿営地の設営やらがいらないので意外と楽らしい。



「ユート!!」


 屋敷に入るなり、ユートに飛びついてきた小さな人影があった。


「アナ!?」


 ユートは驚きを隠せない。

 本来ならばエレルにいたはずなのに、なぜここにいるのだろう。


「エリアが帰着の日時を教えてくれたのです。なのでシャルヘンまで来たのです」


 アナの言葉にユートは驚きを隠せずエリアの方を見る。


「ああ、帰還予定ちゃんと届いたのね。デイ=ルイスさんに伝言頼んどいた甲斐があったわ。ここまで来るとは予想外だったけど」

「エリア?」

「ん? どうかしたの? エレルの受け容れ準備もあるからデイ=ルイスさんに連絡しなきゃいけなかったし、ついでにアナとジークリンデにも連絡しといてもらったのよ」


 事も無げにエリアにそう言われ、確かにその通りと思う。


「そうか、それで迎えに来てくれたのか。ジークリンデは?」

「ジークリンデはユートにご飯を作ってるのです。北方では王族でもご飯を作るのが当たり前らしく、今日はユートにご飯を作るって言って聞かなかったのです」


 まさか純エルフ(ハイエルフ)だけに虫料理とか出てこないよな、とちらりと思ったが、それをひっくるめてもユートの顔は笑顔だった。


「よし、今日は宴会だな。ところでこっちに来るのは大丈夫だったのか?」

「セリルが腕利きの護衛(ガード)と一緒に来てくれたのです」

「ん? てことはセリルさんも来てるのか?」

「もちろんなのです。アドリアンと会える機会をふいにしては可哀想です」

「ユート君、感動の再会は終わったかしら?」


 そう言ったところで様子を窺っていたらしいセリルが現れる。


「あ、セリルさん、お疲れ様です」

「疲れてるのはユート君たちでしょう。すぐに入ってゆっくりしなさい」


 そう言ったところで負傷者用の馬車で運ばれてきたアドリアンがのっそり登場する。


「あ、アドリアン! お帰りなさい!」

「アドリアン、今日はジークリンデの作ってくれた料理で無礼講よ!」


 誰も無礼講なんて言った覚えはないのだが、と思いながらもユートはなんとなく愉快な気持ちになって笑っていた。




「じゃあ、無事の生還に乾杯!」


 なぜかエリアが乾杯の音頭を取っていたが、いつものことと誰も何も言わない。

 そもそも家臣筋のアーノルドは何も言わないし、ユートたちのパーティ内ではエリアが音頭を取るのはいつものことだからだ。


「無事じゃないけどな」


 アドリアンがにやりと笑い、エリアが、あ、しまった、という顔をするのを楽しもうしていたが、すぐにセリルの声がかかる。


「アドリアン、どうしたの?」

「あ――ああ。言ってなかったか……ちょっとへま打って怪我しちまってな」

「どこを?」

「膝だ」

「そう……今立ってるのは痛くないの? 薬師さんはなんて?」


 アドリアンのことを真剣に心配するセリルに、アドリアンの方がしまった、という顔をしていたが、既にみんな知っていることなので正直に答える。


「……もう、冒険者は無理だとよ」


 一瞬の沈黙――


「そう……」

「まあ、しょうがねぇわな。冒険者やってたらいつどこでこんな怪我するかわからねぇ」


 アドリアンの言葉にセリルは何も言わず、黙っていたが、やおらに口を開いた。


「ねえ、ユート君」

「は、はい」


 セリルの横顔にはつーっと涙が一筋こぼれているのがわかった。

 アドリアンを怪我させたことにセリルは怒っているのか、と思うが、それは自分の責任だ、怒られるならばしょうがない、と次の言葉を待つ。


「アドリアンはこの先もエーデルシュタイン伯爵家の家臣でいられるの?」

「え、ええ」

「何言ってるの!? セリーちゃん!?」


 ユートとほぼ同時にエリアが怒鳴るようにしてセリルに詰め寄る。


「だって……冒険者なんか引退した後、悲惨なことが多いじゃないの!?」

「どういうことよ?」

「そりゃ引退するまでちゃんと稼げた冒険者はいいわ。でもそうじゃない大半の冒険者や、怪我で突然引退しないといけなくなった冒険者は、それこそ稼ぎも仕事もなくて、悲惨じゃないの」


 セリルの言葉にエリアもユートも黙り込む。


「まあ、そりゃ否定できないわな……」


 この中で一番のベテラン冒険者であるアドリアンがぼそりと呟いた声が、妙に響いた。


「……なんと申しますか」


 沈黙を打ち破るようにアーノルドが口を開いた。


「そのようなことは今後、ギルドとして考えていかなければならない課題としまして、今日は無事に生還したことを祝福しませんかな?」

「……そうよ! 飲みましょう!」


 アーノルドの言葉にエリアが反応する。


「まあ、せやな」

「セリルもそこまで思い詰めるニャ」


 その言葉にゲルハルトとレオナも乗っかって、うやむやになる形での宴会となった。



「なるほど、それは困ったことですね」


 程よくユートが酔ったところで素面のアナが真剣な顔をしていた。


「どうした、アナ」

「いえ、ユートが軍状報告をすると聞いたのですが……」

「ああ、クリフォード侯爵の擁護しなきゃいかんらしいな」

「ええ、それを今アーノルドから聞いたのです……ただ、姉様の性分を考えても、今後の政治を考えても……」

「厳しいってことか?」

「わたしはそう思うのです」


 アナの言葉にユートも困った顔となる。


「とはいえ、なぁ……」

「ええ、ユートが言いたいこともわかるのです。挽回できない失点を作ってしまった者が、敵に走る危険性も」

「アナ、どうにかならないか?」

「……姉様に一度話をしてみましょう」


 アナの言葉にユートは頷いた。




 アナの言う、話してみようという機会は早くも翌日訪れた。

 アナがユートも帰ってきたのでお茶でもどうかと誘うとアリス女王もすぐに承諾したのだ。


「ユート、ご苦労でしたね」

「いえ」

「軍状報告をさせるべきだ、という話があちこちから出てますよ?」


 そういうとアリス女王はおかしそうに笑う。

 別にユートが望んでいるわけでもないのに、あちこちの貴族が気を利かせたつもりでユートに名誉ある軍状報告をさせるべきだという進言をしていることをおかしく思っているのだろう。


「ええ、そのことなんですが――」

「クリフォード侯爵のことですね」


 不意に声が冷たくなった。

 アリス女王もまた凡百の女王ではない。

 むしろ聡明すぎるくらい聡明な女王であり、それゆえに今日ユートがアナを介して開いたお茶会で話す内容も想像がついていたのだろう。


「ユート、残念ながらクリフォード侯爵をそのまま、というわけにはいきません」

「わかっています」


 彼自身が王国の為によかれと思ってやったことについてユートは疑いを持っていない。

 しかし、それでもアリス女王の謹慎という処分を無視して軍を率いた罪がなくなるわけではないし、その分の処分は必要だろう。


「ユート、何か言いたいことがあるのでしょう。軍状報告というような形式的な場ではなく、こうした場で」


 こうした場、つまり非公式に何か言いたいだろうというのだろう。


「ええ、クリフォード侯爵の処分です。確かにクリフォード侯爵のやったことは法に触れることではあります。しかし、あの局面でクリフォード侯爵が兵を率いていなければ、ますます結果は悪くなったはずでしょう」

「ユート、そんなことはわかっています。その上で、それでも謹慎を命じられておきながら、無断で兵を率いた罪を問うているのです。もし、これが単に謹慎しない、というものならば、私は除封まで考えなかったでしょう。しかし、兵を率いるというのは謀叛と思われてもしょうがないこと。だからこそ、厳罰を科す必要があると考えているのです」


 アリス女王はもどかしそうに言う。


「――陛下!」

「ここではただのアリスです」

「では、義姉上。確かに兵を率いたのはクリフォード侯爵の怠慢、失策であり、王命を無視するものであることは否定しません」


 ユートはそこで言葉を切る。


「しかし、それでもクリフォード侯爵の国を思う気持ちだけは酌まなければならないのではないでしょうか。今回、クリフォード侯爵が処分されるならば、今後僕たちは、除封、減封されるような失態を演じた者たちは、いつ裏切るかびくびくしながら戦わなければなりません」

「……ユート、軍司令官であるあなたがそれを重要と思う気持ちはわかります。しかし、同時に王権をないがしろにすることを黙認していては、今後の裁きが成り立つと思いますか?」


 アリス女王の一言に、ユートは言葉に詰まった。


「とはいえ、ユートの言いたいこともわかりました。その上で、この後は私が考えることでしょう」


 アリス女王がそう言ったところで、アナがメリッサ茶を出した。


「姉様、今日はメリッサ茶なのです」

「アナスタシアはいつもそれですね」

「ええ、母様のお茶なのです」


 そう言いながら、出した茶をアリス女王もまた美味しそうに飲み干した。




 翌日、ユートは軍状報告をなすことになった。


 王城の大広間、正面に玉座があり、アリス女王が座る。

 その脇には、ハントリー伯爵が立ち、そして七卿のうち手空きの者が並ぶ。


 大広間には赤い絨毯が敷いてあって、その上をユートは歩む。

 両側には武官と文官が居並んでいるが、戦時下という情勢がら、武官の数は少なく、文官の顔にもどこか疲労の色が見える。

 その疲労した顔に、命のやりとりをする戦場に出ていなくとも、文官もまた戦場に立っているのだとユートは悟った。

 、ウェルズリー伯爵やアーネスト前宮内卿が言っていたような、ただ私利私欲にのみ生き、高貴なるが故の義務ノブレス・オブリージュを忘れた貴族などというものはやはり少数派と信じられた。



 軍状報告が始まった。

 内容はアーノルドが古来からの形式に則って書いたものを、アナが添削したもの。

 正直、ユートの言葉は一言も入っていないが、それでもユートの言いたいことを余さず伝えてくれている文だ。


 ただひたすらに読み上げていくだけだが、ユートの一言一句を聞き漏らすまい、と左右に並ぶ文武官たちは真剣に聞いている。

 アリス女王もまた瞑目してじっとユートの言葉に耳を傾けている。


「我が捜索大隊、真に窮地に追いやられ、全滅を待つのみとなったその時、現われたるは跳ね馬に盾の戦旗――」


 ユートは少しでも感動を与えるように、クリフォード侯爵の活躍を読み上げていく。

 レオナに聞いた限り、それは嘘でも何でもない、ありのままのクリフォード侯爵の活躍だ。


「――そして、ピエール王太子は蛮征を諦め、ついに退く。ここに我らの、血と汗によって勝利を勝ち得たのである」


 ユートが最後まで読み切ると、平伏する。

 それとほぼ同時にアリス女王が目を開け、一瞬だけユートと目があった。

 その目は笑っているような気がした。


「――エーデルシュタイン伯爵ユート、ご苦労でした。幾多の戦陣にありて、常に勝利を掴んだその戦い振り、まさにノーザンブリアの英雄たると言えましょう。そして、このユートのような将軍を生んだ、故エドワード王の英断に感謝しましょう」


 アリス女王の言葉の意味をユートは噛みしめる。

 エドワード王の英断とは、恐らく王国改革のこと――つまり、この言葉は“オールドリッチ組織”の一件があったとしても、能力があれば平民からでも登用するという制度は変えない、ということの表明に他ならない。

 ユートは別に王立士官学校を出ているわけではないので、体良く名分にされた感はあるが、それでも貴族だけが占めるよりはいいことだ、と深くは考えない。


「また、クリフォード侯爵ジャスティンの曲事、除封に値すると七卿の評決が出ております」


 アリス女王はそこで傍らに控えるハントリー伯爵を一瞥し、ハントリー伯爵も頷く。


「しかし、エーデルシュタイン伯爵ユートの軍状報告を聞き、罪一等を減じることにしましょう。総軍司令官ウェルズリー伯爵レイモンドを筆頭に数多くの将軍からも嘆願書が出ている以上、無碍には出来ません」


 それを聞いて、一部の文武官からは不満そうな雰囲気が出たのが平伏するユートにもわかった。


「しかし、何もなくともいきません。クリフォード侯爵家の南部における軍権は召し上げ、クリフォード侯爵ジャスティン自身は隠居とします」


 除封はなし、しかし、クリフォード侯爵家が持っていた特権とも言うべき、南部貴族の寄親としての立場は召し上げクリフォード侯爵自身は隠居、という処分だった。


 その言葉を聞いたユートは、ほっとして息を吐いた。

 これで、今回の戦いはともかく終わったと感じた。


これで第六章 ザ・ファニー・ウォーは終了になります。

来週の月曜日からは平日更新で第七章が始まります。


ちょうど切りのいいところですので、ここまでの感想など頂けると嬉しいです。

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