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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第二章 ポロロッカ編
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第017話 新しい仕事

 翌朝、ユートにとっては意外なことに、エリアは二日酔いになることもなく目を覚ましていた。


「……なによ? なにか言いたそうじゃない!?」


 思わず素振りを止めてエリアのことをまじまじと見つめたユートに、エリアは不機嫌そうにそんな言葉を吐く。


「あたしだって毎日毎日酔っ払ってるわけじゃないのよ!」

「いや、だってな……」

「何よ? 今日酔ってないのがその証拠でしょ?」

「まあそうなんだが……」


 歯切れの悪いユートにますますまなじりをつり上げるエリア。

 ユートは慌てて話題を変えた。


「で、今日は何するんだ?」

「今日はプラナスさんところに行って、その後、何軒か料理屋回って注文聞きに行くわ」


 この半年でエリアとユートにも依頼してくれる店が何軒か出来ている。

 半分くらいはアドリアンたちの紹介だったが、残り半分はそうした店からの紹介だった。

 そうやって得意先が増えた時、営業とは人脈ということなんだよな、とユートは痛感させられている。


「わかった。プラナスさんのところは約束してあるのか?」

「してないからまず最初に行って、時間がある時、教えてもらうわ。それでその間に料理屋を回るってのでどう?」

「プラナスさんところの依頼と料理屋の依頼をかぶらせないように気をつけないとな」

「今日の明日はないわね。だから一日で狩りに行ける範囲なら受ける、そうじゃないなら保留して今日中に受けるか受けないか連絡するってことでどうかしら?」

「それでいいと思う。じゃあ朝飯食ったらパストーレ商会な」

「さっき母さんがご飯できたって言ってたわよ。それで呼びに来たんだから」

「先に言えよ!」


 ユートがそう叫ぶと、エリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。




 朝食を取り終えた後、エリアとユートはパストーレ商会へと向かった。


「おう、エリアにユート。ちょっと待っててくれ」


 執務室へ通された二人が見たのは、深刻な顔をしながら書類に目を通しているプラナスだった。

 到底、冒険者ギルドを作るのに知恵を貸して下さいと言い出せる雰囲気ではない。

 二人は客の応接用に置かれているらしいソファに座って待つ。



 深刻な顔をしたプラナスは時折、なんだと、むう、などと苦しげな独り言を交えながら書類を読み進めていく。

 ユートの認識では、まだ半年ちょっとの付き合いとはいえこのプラナスという男はどんな時でも明るい男だったはずだった。

 それなのにこの悩みように、思わずエリアと顔を見合わせた。


「ふぅ……待たせたな」


 プラナスは書類を読み終えると、エリアたちの方にやってきた。


「ちょっと問題が生じてな……」

「なんか手伝えることあるなら手伝いますよ?」

「……そうだな。ちょっと相談したいことがあるんだが、今時間あるか?」

「問題ないわ。ユート、それでいいわよね?」

「ええ、プラナスさんの相談って気になります。でも他の仕事はいいんですか?」

「他の仕事より優先せんといかんことなのだ」


 そう言うと、プラナスは一つ大きなため息をついた。


「一昨日、エレルから魔の森の方に行商している隊商が魔物に襲われて全滅した」

「……残念ね」


 エリアはそう言うと、少し目を閉じた。

 隊商が襲われて全滅した、ということはプラナスの部下にあたる商人も、そして冒険者も全て死んだことを意味する。

 いくら死が身近にある冒険者とはいえ、そんなこともあるさと笑い飛ばせるほど、エリアの心は死んではいなかった。


「ああ。残念だ。まあ魔の森の周縁だと魔物に襲われることはそう珍しいことはない。全滅は想定外だが、深淵から強い魔物が迷い出てきたならばあり得ないことではない」

「そうですね……実際エレルの近くでも魔狼(ダーク・ウルフ)が出たりしていましたし」


 ユートが相づちを打った。

 あの後、冒険者をやってみるようになってわかったのだが、魔狼(ダーク・ウルフ)は本来ならば魔の森の深淵にいる魔物であり、エレルの近くに出るような魔物ではない。

 とはいえ、獲物を追っているうちに偶然迷い出ることはあり、そうすると備えをしていない冒険者や村は大きな損害を受けることも珍しいとはいえ、年に一回くらいはあることだ。


「ただ、魔の森に近いところの村々への行商を止めるわけにはいかん。これは儲けたいからではなく、あの辺りの村はうちの隊商が止まったら死活問題だからな。これから護衛(ガード)の再編をしなきゃならん」


 そこでプラナスは短く言葉を切った。


「そこで相談だ。今回の一件で即戦力になる護衛(ガード)を集めんといかんのだが、ユートとエリアはうちの護衛(ガード)になる気はないか?」

「……あたしに声を掛けるんだ」

「……すまんな」

「ううん、気にはしていない。でも考えさせて」

「ああ、わかった。ただ明日には返事てくれんか? 護衛(ガード)の再編は今日中に案を作って明日の会議で諮ることになるからな」

「わかったわ」


 エリアはそれだけ言うと、難しい顔をしてプラナスの執務室を辞した。




「受けないのか?」


 パストーレ商会から出たところでユートはそう声を掛けた。


「……考えたいの」

「何を?」

「……後で話す」


 短くそれだけ言うと、エリアは黙って歩き始めた。


「おい、どっち行くんだよ?」

「家に帰る」


 エリアはそれだけ言うと、黙って家路についた。




 家に帰ってからもエリアはそのままふさぎ込んでいた。

 ユートは気になったが、だからと言って掛けるべき言葉も思いつかない。

 マリアはそんな娘の様子を見ながら、いつも通りの態度を貫いていた。


 夜になって、ユートが部屋にいると、エリアがふらりとやってきた。


「ユート、ちょっと夜風に当たらない?」

「……ああ」


 何か言いたげなエリアの様子に、ユートはすぐに頷いた。


 表に出ると、エリアは黙って歩き始めた。

 ユートもそれに黙って従う。


「ねえ、ユート」


 五分も黙って歩いた頃、ようやくエリアが口を開く。


「父さんが死んだの、パストーレ商会の護衛(ガード)やっててなのよ」

「ああ、知ってる」

「編成したのはプラナスさん、そして護衛(ガード)の対象はエリックさん」


 エリックとはエリック・パストーレ――パストーレ商会のオーナーであり、代表だ。


「父さんが死んだ時も臨時編成だったの。それで人が足りなくて、信頼関係も足りなくて、最後は父さんが盾になって逃がすしかなかったって……」

「…………」

「この話をプラナスさんに聞いた時、そんな父さんをあたしもなぞっちゃうのか、って思った……」

「そうか……」


 ユートは少し思案する。


「エリアがそう思うなら、別に護衛(ガード)をやらなくていいと思う。今の狩人(ハンター)でも十分資金は集まってるしな」

「ユートはいいの? 護衛(ガード)の方が安定してるし……」


 護衛(ガード)、特に商会専属の護衛(ガード)は腕利きを集めるので危険度はさほど高くない割に安定して高給がもらえると言うこともあり、大方の冒険者にとって目標の一つとなっている。

 勿論ユートにはギルドを創設するという目標があるが、それが失敗した時に護衛(ガード)なのか狩人(ハンター)なのかは随分と実入りが違ってくる話だ。


「最初から失敗のことを考えて保険かけてもしょうがないだろ」

「……そういえばあんたはそういう奴だったわね」


 エリアは苦笑した。


「ただ、エリアの葛藤はそれだけじゃないんだろ?」

「よくわかるわね。プラナスさんが困ってるのにそんな理由で断っていいのか、とも思うわ」

「なら今回だけ受けたらどうだ? 臨時編成だって、アドリアンさんたちを誘えばだいぶマシになるだろう」

「……そうね。義理は果たせるし、人も足りなくない」


 エリアは最後は自分に言い聞かせるようにして、つぶやいた。


「じゃあ今からアドリアンたち誘って、その後ドルバックさんところに行くわよ!」

「なんでドルバックさんところなんだ!?」

「しばらく護衛(ガード)の仕事やるから狩人(ハンター)の仕事出来ないって言わないと! その分多く狩ってきてくれって言われるかもしれないし!」


 エリアはそれだけ言うとさっきまで沈んでいた顔はどこへやら、笑って走り始めた。




 まずはアドリアンたちを探したのだが、セリルの家にもアドリアンの家にもおらず、見つからなかった。


「時間もそろそろ遅くなってきたし、先にドルバックさんところに行きましょう!」


 エリアはそう言うと、ドルバックの店に向かう。

 店のに入ると、見慣れた顔が見えた。


「アドリアン、ここにいたの!?」

「ああ、店じまいの後に何か狩人(ハンター)の仕事無いか聞こうと思ってな」


 エリアが昼間に行こうとしていた御用聞きを、アドリアンもしていたらしい。

 セリルの顔が見えないが手分けして御用聞きをしているのだろうか、とユートは考える。

 ようやくこの世界に慣れたとはいえ、未だに御用聞きはエリアが中心となっていた。


「で、なんで賄い食べてるのよ?」

「いや、ドルバックさんの新作の試食に付き合ってるだけだぞ?」

「余計羨ましいわ!」


 エリアがそう言った時、ドルバックがやってくる。


「エリアにユートか。お前たちも試食していくか?」

「ホント!? 是非試食させて!」


 エリアはそう言いながら勢い込んで席に着く。


「実は新しいレシピを手に入れてな」


 料理を持ってきたドルバックさんはそんなことを話し始める。


「それで、色々と試行錯誤しているんだが……」


 そこまで言った時、エリアは既に出てきたものを頬張っていた。

 沈黙。


「何よこれ! 辛い!!!」


 エリアはそう言いながら手近にあったアドリアンのエールを一気飲みした。


「ちょっと、エール頂戴!!!」


 大騒ぎをしながら、手近にあったエールの樽からレドールで酌んで飲んでいく。

 その様子をアドリアンは大笑いしながら見ている。

 三杯も飲んだところでようやく一息ついたらしい。


「ふむ、失敗か……辛かったのだな?」


 そんなエリアの様子を見ていたドルバックが冷静にそう訊ねる。


「当たり前よ! ていうかドルバックさんどうしたの? 舌がおかしくなったとか?」

「おい、エリア!」


 珍しく暴言に近いような言葉がエリアの口から飛び出したのに、ユートが慌てて止めに入る。


「手に入れた新しいレシピなんだが、実は古代帝国時代のレシピを写したものでな。作り方に材料に全部古代帝国時代の言葉で書かれているんで手探りに実験している最中だから不味いのもしょうがない」

「味見はしていないの?」

「……もう舌が馬鹿になってしまっててな」


 ドルバックは本当とも嘘ともつかない台詞を吐く。


「で、この不味いのを量産してるってわけ!?」


 エリアがそこまで言った時、不意に厨房の方からがちゃん、という音が聞こえた。

 見るとそこにはエプロンを着けたセリルがいる。


「……もしかして、これ作ったの、セリーちゃん?」


 気まずそうにエリアが口を開く。


「美味しくなかったのね……」


 落ち込んだ様子でセリルが口を開く。


「……そんなことないわよ! ただドルバックさんが作ったにしては……」

「いいのよ……」


 エリアの慰めの言葉を途中で遮る。


「アドリアン! なんで言ってくれなかったのよ!?」

「え、俺!?」

「そうよ! エリーちゃんがあそこまで言うような料理出してたとか、恥ずかしいじゃない!」

「いや、これまでのはそこまでひどくはなかったんだよ!」

「ひどくはなかったってやっぱり不味いってことでしょ!?」

「違えよ! 古代帝国時代のレシピで、しかも適当に当てはめてるっていうから多少不味くてもしょうがないと思ってたんだよ!」


 二人の怒鳴り声が響き渡り、にらみ合う。


「うぉっほん!」


 ドルバックがわざとらしく咳払いをした。


「まあそこら辺にしておけ。そもそも頼んだのはわしだ」

「……はい」


 セリルは不満げに同意し、アドリアンは何も言わなかったが助かった、という表情をしている。


「というかなんでそんな怪しげなレシピに手を出したのよ?」

「最近、魔物肉が安くなっていてな。高級料理にだけ使われるはずだったのが、小さな店でも出すようになってきたのでな。古代帝国時代のレシピを復元出来たら新しい売りになると思ったのだ」

「昨日のマーガレットさんところと一緒ね……」


 結局のところ、それなりに高級だったはずの魔物肉が安くなっていることが諸悪の根源、ということらしい。

 家畜肉を出すマーガレットのところは同じ価格帯の店が魔物肉を出すようになって困り、魔物肉の高級料理を出していたドルバックのところは家畜肉を使っていた料理屋が魔物肉を出すようになって困っている。


「まあわかったわ。でもさすがに何の手がかりもないのにレシピを再現しようってのは無茶じゃないかしら?」


 ユートはこの半年で知ったのだが、古代帝国時代と今使われている言語は完全に違うものになっている。

 今年が王国暦六百年らしいので、六百年以上も経って言葉も変わったらしい。


「簡単だと思ったのだがな……」

「ちょっと見せてみなさいよ!」

「エリアに読めるわけがなかろう」

「あたしは無理だけど、ユートはどうなのかな、と思っただけよ!」


 不意に話を振られたユートが驚いた顔をする。


「俺か?」

「だってユート、古代帝国時代の金貨持ってたじゃない。ニホンが古代帝国の末裔なら、もしかしたら読めるかもしれないでしょ?」


 そういえばそんなことを言っていたな、とユートは記憶を掘り起こす。


「……わからないけど、見るだけなら見てみるぞ」


 そう言うと、ドルバックが持ってきたレシピを見る。

 どうやら相当な年代物らしく、あちこちに虫食いの穴があいたボロボロのレシピだ。

 ユートはそこに書いてある文字を見た。

 アルファベットや日本語は当然として、象形文字ともアラビア語とも違う、独特の文字だ。

 読めない、とそう口に出しかけた時、不意にそれらが“何故か”理解出来た。


「えっと……ノウァ……コク……トゥーラ…………新しい……料理」


 ユートがたどたどしくも読み始めたのを見て、ドルバックが目を丸くする。


「……読めるのか!?」

「なんとか……ソースの……製法……」

「読み上げなくていい! こっちに来て写してくれ!」


 ドルバックはそう言うと隣のテーブルに紙と羽根ペンを乱暴に置く。

 ユートはその席に移ると翻訳しながら書き写し始めた。


 なんで自分は翻訳できるのか、という疑問も浮かんだ。

 だが、おおよその検討はついていた。

 恐らく世界神がこの世界に転生させる際、読み書きできる言語の中に古代帝国の言葉を入れていたのだろう、と考えていた。


 それよりもこの能力って明かして大丈夫だったのか、と疑問が浮かんだが、嬉しそうなドルバックの顔を見て何も言えなくなった。

 その横で、さすがユート、と満面の笑みを浮かべながら、ドルバックにただにしてもらったエールをエリアがあおっていた。


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