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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第162話 ウェルズリー伯爵の頼み

「ユート、ウェルズリー伯爵が呼んでるわよ」


 エリアがやってきてそう言った。

 既にクリフォード城に入城して数日が経過しており、城内の雰囲気からは籠城戦の時の切迫した空気が消えて、少しずつ日常が戻ってきているような気配はあった。

 今もウェルズリー伯爵率いる本隊も含めた、第三軍の全軍、それに南方城塞諸隊に南方植民地勢もクリフォード城に駐留している。


 最初、ユートはいくら大貴族とはいえ一侯爵の居城に過ぎないクリフォード城に、よくこれだけの軍を収容できるものだと思ったが、アーノルドに聞いて疑問は氷解している。

 もしローランド王国と戦争になった時、最前線は南方城塞線となり、その後方にあるクリフォード城とタウンシェンド城が防衛戦の司令部として、そして南方首府シルボーが後方兵站基地となる、というのが王国軍の防衛戦略であり、その為にクリフォード城は二個軍を収容できる構造になっていたのだ。


「ウェルズリー伯爵が?」

「今後のことって言ってたわ」


 エリアの言葉にユートは頷いてウェルズリー伯爵の司令部へと向かう。

 二個軍が収容できる構造になっているので、ウェルズリー伯爵とユートがそれぞれ軍司令部用の建物を一つずつ接収して使用しているのだが、そのせいでウェルズリー伯爵の司令部まではかなり遠い。

 これは万が一、破壊工作などが起きても一気に軍司令官二人が戦死しないように、という配慮らしかったので文句を言うわけにはいかなかった。



「あ、エーデルシュタイン伯爵閣下、徒歩で来られたのですか?」


 ウェルズリー伯爵の司令部に着くと、カニンガム副官がちょうど出てきたところで、歩いてきたユートに驚いていた。


「伯爵閣下ならば馬を使われてもよろしいと思うのですが……」


 カニンガム副官もまた伯爵家の嫡子であるので、そういうものが当然と思っているのだろう。

 馬に乗る、というのを忘れていたのに気付いてどう言い訳しようかと悩んだところ、カニンガム副官ははたと何かに気付いたように頷く。


「そういえば、猟兵部隊は馬を使わないのでしたね。なので指揮官のエーデルシュタイン伯爵閣下もまた常に馬を使われない、と。常在戦場とはまさにこのこと。さすが英雄と言われるだけのことはあります」


 何か勝手に誤解して感心しているのか、それともユートがうっかりいつも通り歩いてきてしまったのをフォローしてくれているのかはわからなかったが、ちょっとばかりの後ろめたい気持ちを抱えながら曖昧な笑いを浮かべてウェルズリー伯爵の下へ案内してもらう。


「ああ、ユート君。お疲れ様です。そろそろ疲れは抜けましたか?」

「まあ、抜けましたね」

「若いとは素晴らしい。私などユート君より戦陣にあった期間は短かったのに全く疲れが抜けなくて困っていますよ」


 確かにウェルズリー伯爵の顔は青白く、まだ生気があるとは言えない顔だった。

 もっともウェルズリー伯爵はずっとシルボーにいたとはいえ、一年以上も総軍司令官として軍の指揮をとり続けているのだから、肉体的な疲労とは別に精神的な疲労が溜まっていてもおかしくはないし、一概に年齢のせいとはいえないのかもしれない。


「ところで第三軍の損害はどの程度でしたか?」

「中央軍から派遣の二個大隊も含めて合計で三千弱、といったところです」

「やはり、そのくらいまでのぼっていますか……」


 ウェルズリー伯爵は想像はしていたらしいが、それでも甚大な被害といってよかった。


「一応、軍の操典では三分の一が戦闘不可能となった部隊は後退させることになっています」


 ウェルズリー伯爵はそう感情のこもっていない声でそう言った。

 第三軍の定数は王国軍が五個大隊にエーデルシュタイン伯爵領軍が三個大隊の七千四百人なので、その比率を超えて消耗していることになる。


「これは三分の一の将兵が死傷した時点で指揮系統に多大な損害が出ており、その時点で後退させなければ指揮系統が崩壊し、組織的な後退すら出来なくなると危ぶまれるからです。また、高級士官は指揮下の部隊が三分の一の損害が出た時点で別命を待たず後退に移っても軍令違反とはされません」


 ウェルズリー伯爵はそう言葉を続けながら、ユートの方を見る。


「ただ、今第三軍に抜けられると非常に困ります。もうすぐ近衛兵と各軍抽出の軍、それに東部貴族がやってくるので、それまで待ってもらえませんか?」

「えっと、第三軍は後退するんですか?」

「ええ。というよりも、第三軍を今のまま戦場に投入してもあちこちで小隊長や分隊長がいないんですから、被害が大きくなるだけですよ」


 久々にウェルズリー伯爵による教室が開かれて、ユートは頭を掻く。


「なので、近衛兵その他が到着し次第、第三軍は各補充担任区――旧西方軍ならば西方に戻って再編して下さい。中央軍各隊の方については私からフェラーズ伯爵(ウィル)に言っておきます」

「わかりました」


 まだ来て二ヶ月弱なのだが、その間に何度も激戦を展開しただけに、ようやく戻れるという感覚は強かった。


「それと、ここからは半分くらい私の個人的なお願いなのですが……」


 ウェルズリー伯爵はそういうと辺りを窺うような表情を見せる。


「どうしましたか?」

「一つ目なのですが、第三軍を猟兵戦術に特化した野戦軍に再編出来ませんか?」

「え?」

「今回の戦いでエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊に追従した軽歩兵大隊が戦闘や再編についていけないことが多かったと聞きました。せっかく第三軍、あるいはエーデルシュタイン兵団として編成していたにもかかわらず、肝心の戦いでバラバラに戦うのでは意味がありません」


 そういえば最初の旧タウンシェンド侯爵領軍との戦いから、ゲルハルトやレオナのエーデルシュタイン伯爵領軍とリーガン大隊長らの王国軍は別に戦っていたような気がする。


「そこでユート君の指導下で実験的に第三軍を猟兵戦術でのみ運用する野戦軍として欲しいのです。もちろん予算は国庫から出しましょう」


 ユートは少し考える。

 確かに今回の戦いで一番の精強さを示したのはゲルハルトの突撃大隊を中心とするエーデルシュタイン伯爵領軍であることは衆目の一致するところだろう。

 だからこそ、そのゲルハルトたちを活かすための軍を編成する、というのは理解出来る。

 ただ、一つ気になることがあるとするならばアドリアンが数年前に西方軍に対魔物戦術を教えた時に言っていた言葉だろうか。

 あの時、アドリアンはノーザンブリア王国軍が冒険者の領域に介入することをもの凄く警戒していたし、仕事を取られかねないと考えていたと思う。

 恐らくそれは冒険者の大半の思いだろうし、猟兵戦術と魔物との戦い方が密接に関連している以上、教えていいものか、と悩む。


「何か、ありそうですね」


 ユートの悩んでいる表情を見て、ウェルズリー伯爵がそう斟酌してくれる。


「ええ、まあ……」

「冒険者ギルドを纏めるのが難しい、ということですか?」

「それに近いですけど……ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」

「それは構いません。というか、実験部隊にするにしろ、今のような部隊編成にするにしろ君が西方で様子を見ながらやってくれればいいことです。ユート君が持っている知識を全部王国軍に差し出せ、など言えません。それは貴族の自治に反します」

「わかりました」


 ウェルズリー伯爵の言葉にユートはほっとする。


「まあ、ユート君が冒険者ギルドに王国軍の兵が加入するのではないかという危惧を抱いているならば、それはないと思いますけどね」


 ユートの内心を言い当てらるような言葉を吐いて、ウェルズリー伯爵は悪戯っぽい笑みを浮かべ、ユートは苦笑するしかなかった。


「では、シルボーの補給廠には近々西方に戻る旨の連絡をしておきます」

「ええ、よろしくお願いします。それともう一つあるのですが……こちらは完全に私の私的なお話です」

「私的な話? なんですか?」


 ウェルズリー伯爵の私的な話、などユートは想像もつかない。


「いえ、前も話したことなのですが、クリフォード侯爵(ジャスト)のことですよ」


 ああ、そういえば、とユートも思い出す。

 アリス女王に謹慎を命じられていたにもかかわらず、クリフォード侯爵領軍を率いて南方城塞諸隊に加わった件で今後どうなるか、という話が出ていたはずだ。

 クリフォード侯爵家の除封もあり得るという話なので、ユートはそれはちょっと違うし、改易は避ける方向でウェルズリー伯爵に協力する、と言った記憶もある。


クリフォード侯爵(ジャスト)の件ですが、王都に残してきた軍務次官によると、報告を聞いた陛下は大変ご立腹だそうです」

「……やっぱり、ですか」


 ユートから見てアリス女王は冷静に見えて、意外と感情的なところがある。

 王都乱闘事件ではアナの婚約にけちをつけられた、とハワード男爵とテンビー子爵を解任したこともあるし、サマセット伯爵とハミルトン子爵にも微妙に距離を置いてしまっている。

 総じて見れば有能なので文句は言えないが、今回に関してもクリフォード侯爵の命令違反に激怒して除封、という話になりかねなかった。

 クリフォード侯爵を庇おうとする勢力は軍務系の貴族だが、王位継承戦争でゴードン王子側についた貴族は何も言えないだろうし、それ以外はウェルズリー伯爵を筆頭に出征中だ。


「ユート君は帰りがけに王都に寄りますよね?」


 ユートは頷く。

 第三軍再建の為に必要な士官を確保するために軍務省人事部あたりに行って話を通す必要があるし、もし猟兵部隊化するならば法兵関係のあちらこちらにも顔を出さないとダメだろう。


「その時に、アリス女王に伝えて欲しいことがあります」

「ええ、クリフォード侯爵家を除封しない、ということですよね?」


 それは前に頼まれている。

 アリス女王とアナのラインで話が出来るユートが一番この問題についてどうにか出来る可能性があるし、だからこそ、とウェルズリー伯爵に頭を下げて頼まれたのだ。


「いえ、それだけではありません。一つは軍状報告です」

「軍状報告、ですか?」

「ええ、これだけの戦いです。もちろん書面で報告していますが、戦功を立てた軍司令官が戻ったとするならば、陛下に状況を言上する軍状報告を行うこともあるのです」

「それを、僕が、ですか?」

「ええ、間違いなく。まあ戦功を立てた指揮官の一種の晴れ舞台ですからね。ユート君に恩を売りたい貴族たちはこぞって軍状報告を行ってもらうべきだと言うでしょうし、陛下もアナスタシア王女殿下の夫としての箔を付ける意味で頷かれるでしょう」

「ああ、そういうことですか……」


 ユートは少しばかり気が重くなった。


「いえいえ、基本的には君が言いたいことを言えばいいんですよ。まあ一つアドバイスをすると、ゲルハルト君たちへの感謝の辞だけは外交の関係で入れておいた方がいいでしょうが」

「ああ、それは言われなくても入りますよ」


 何せ今回の戦いの大功労者は間違いなくゲルハルトとレオナだからだ。


「それで、その軍状報告で、出来ればクリフォード侯爵(ジャスト)とクリフォード侯爵家の擁護をして欲しいのです」

「ああ、そこで擁護すると現場の指揮官はクリフォード侯爵の功績を認めている、ということになるんですね」

「そういうことです。軍務省として正式な報告もクリフォード侯爵(ジャスト)の功績を認め、戦功がありかつ王族に近しいユート君もクリフォード侯爵を擁護した、となると貴族連中の蠢動を相当掣肘できるでしょう」

「わかりました」


 ユートも頷く。

 確かに謹慎を無視したのは頂けないが、猛獣使い相手に突撃した件では恐らくアーノルド以外の誰が指揮官でも同じような結果になっていただろうし、その後、敵中に孤立した部隊を掌握して困難極まる山越えで生還させたのはただ称賛しかない。


「ではよろしくお願いします」


 ウェルズリー伯爵はそういうと深々と頭を下げた。




「え、猟兵部隊を第三軍全体に広げるの?」


 夜、司令部宿舎でエリア、アドリアン、ゲルハルト、レオナ、それにアーノルドの五人を集めてウェルズリー伯爵から言われたことを告げると、エリアが驚いていた。


「西方軍だと平時でも魔物狩りをする可能性はあるからな」

「ああ、奴らポロロッカの時はへっぴり腰で大変だったしな」


 アドリアンが懐かしそうに笑う。


「で、どう思う?」

「あちきとゲルハルトは王国軍の話だからノーコメントだニャ」

「あたしはいいと思うわ。その方が戦いが楽になるもの」


 エリアが一番に賛成し、そしてアドリアンの方を見る。

 アドリアンの貴族嫌いはよく知っているから、恐らく反対するだろうと思ったらしい。

 ユートも同じことを思っているので、自然とアドリアンに注目が集まる。


「俺は構わないと思うぞ。まあ戦い方だけって話なら、だけどな。どっちにしても貴族にも冒険者ギルドは門戸を開いてるんだから、拒否しても同じことだろ?」


 アドリアンは意外にもそう事も無げに言ってのけた。


「……あんたがそんな答えを出すとは思わなかったわ」

「おいおい、俺を何と思ってやがるんだ?」

「いや、だってあんたの大嫌いな貴族様になんか教えられるか! っていいそうじゃない」


 そう言いながらエリアが笑うと、アドリアンは照れくさげに頭を掻く。


「――まあ前までなら言ってたかもな」

「どうしたのよ?」

「王国軍と一緒に行動してたせいか、そこまで貴族も悪い奴らばっかじゃねぇな、とは思ってんだよ。特にあのクリフォード侯爵は気位が高くて貴族貴族した嫌な奴だが、同時に貴族の責任を負おうという気概もある」

「ああ、山越えの時に何かあったのね」

「まあ、な。クリフォード侯爵がいなけりゃ多分部隊は瓦解してただろうよ」


 アドリアンはもう一度照れくさげに笑う。


「というわけで、第三軍は俺たち専用の部隊にしてやろうぜ。面白くなってきそうだな」


 アドリアンの言葉に全員が笑っていた。


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