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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第159話 それぞれの戦場・前編

「これはあかんで!」


 クリフォード侯爵領軍軽歩兵大隊の惨状をすぐ後ろから見ていたゲルハルトは焦っていた。

 二個の軽歩兵大隊は狩猟豹の間合いに入られた者から鏖殺されていっており、一部が必死に槍衾を作っていたが、それも無駄な抵抗に近かった。

 何頭かの狩猟豹は槍衾に引っかかるが、猛獣といえども学習したのか、それとも操るあのカラフルな連中が指示しているのか、最初の時に比べて槍衾に引っかかる数は減っている。

 そして、後は躍り込まれて死の大量量産だ。


 ゲルハルトは逡巡していた。

 目の前でクリフォード侯爵領軍が鏖殺されているのを救うべく飛び込むべきか、迂回して叩くべきか。

 確かにゲルハルトたち餓狼族ならば狩猟豹といえども致命的な相手ではない。

 狼筅(ろうせん)で引っかけて倒してしまえば簡単に倒せるだろうということはこれまでの手合わせでも把握している。


 しかし、二つの危惧があった。

 一つはゲルハルトたちエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊は朝から戦い続けて疲労している状態で真っ向から猛獣と殴り合えるのかという危惧、もう一つは混乱しているクリフォード侯爵領軍のただ中に突入して、果たして混乱に巻き込まれず戦えるのか、という危惧だった。

 特に前者は餓狼族一の戦士といっても過言ではないゲルハルトはともかく、部下の中にはただ行軍するだけで肩で息をするような者もいる状態だ。


 ゆえに、ゲルハルトは逡巡していた。



ゲルハルト(ルドルフ卿)……」


 悩んでいるとゲルハルトを呼ぶ声がした。

 声のした方を見ると、クリフォード侯爵嫡子ロドニーが家臣団に守られて下がってきている。


「ロドニー卿……どうしはったんや?」

「申し訳ありません……敗軍です。ジェファーソンが支えておりますが……」


 クリフォード侯爵家の重臣であり、クリフォード侯爵の軍事的な意味での片腕であるジェファーソンが残って食い止めているらしい。

 だが、どんな指揮官であっても逃げ腰となった兵を引き留めることはまず不可能だろう。

 つまるところ、ジェファーソンは後詰めがなければ死ぬしかない。


「ゲルハルト、何をしてるニャ?」


 ゲルハルトが逡巡しているのを悟ったのか、レオナがやってきていた。


「レオナ、どないしたらええと思う?」

「クリフォード侯爵領軍を助ける以外あるかニャ?」

「それはわかっとる。ただ、猛獣に襲われてるところに飛び込むのがええんか、あそこはユートの兵に任しといてオレらは敵の本営に突撃するんがええんか、って話や」


 クリフォード侯爵領軍を見捨てるという選択肢はない。

 しかし、目の前のクリフォード侯爵領軍を後詰めするのが一番被害が少なくなる方法とは限らないこともゲルハルトを逡巡させる要因だった。


「ならあちきが本営に突撃するニャ。ゲルハルトはクリフォード侯爵領軍を頼むニャ」

妖虎族(山猫)どもだけで本営までたどり着けるんか?」

「あちきらを甘く見ないでほしいニャ。餓狼族(野良犬)どもほどじゃニャいにしても、あちきらも人間に比べれば強いニャ」


 そう言いながらレオナは胸を張る。

 確かに妖虎族も餓狼族ほど屈強ではないとはいえ、俊敏さでは群を抜いており膂力も一般的な冒険者に比べれば天と地の差がある。


「頼むわ」

「むしろゲルハルトの方こそ大変だニャ」

「こっちは任しとき」


 ゲルハルトはそう笑うとレオナと別れた。




 エーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊が後詰めに入った時、すでにクリフォード侯爵領軍は総崩れの一歩手前だった。

 それも崩れていないのはジェファーソンの統率と、何より背を見せれば確実に殺される、という危機感があったからに過ぎない。

 どうやら狩猟豹は戦場では味方をなかなか区別出来ないのか、ローランド王国軍の歩兵もクリフォード侯爵領軍を遠巻きにしているだけであり、戦場の中央にまるで真空地帯が出来たような状況になっていた。


「ええか! 狩猟豹もせやけど、あの極彩色の奴らを逃したらあかんで!」


 ゲルハルトは部下にそう指示する。

 あのパッチワークのような連中――遙か南にあるサバンナの部族らしいが――さえ倒せば狩猟豹を操れる者はいなくなるだろう。

 そうすればユートの率いている本隊も参戦出来るだろうし、他の部隊がこれ以上狩猟豹の被害に遭うこともなくなるだろう、と読んでいた。


 だが、いざ戦ってみるとそれ以前の問題として突撃大隊も苦戦させられる羽目になっている。

 別に狩猟豹が強くなっているわけではない。

 朝からの疲労、昼食も摂らずに戦い続けている空腹、混乱しているクリフォード侯爵領軍が邪魔になって思うように戦えない、場合によっては混乱した味方に敵と間違われる、という状況が全てだった。

 いかに屈強な餓狼族といえども不死身でも無敵でもない。

 あちこちで味方が邪魔になって思うように戦えないうちに狩猟豹に食いつかれたり、疲労や空腹で判断力が鈍ったところを逆襲されたりする者が続出している。


「おい、浮かれとる場合ちゃうぞ! きっちり倒すんや!」


 ゲルハルトが声を張り上げて活を入れて、泥沼のような戦いを少しでも早く片付けようと必死になる。




 その頃、ユートはアーノルドの臨編騎兵大隊の収容を終え、動こうとしていた。

 既にゲルハルトのエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊は苦戦するクリフォード侯爵領軍の援軍に向かい、レオナのエーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊は本営を目指して敵との交戦を避けるべく森の中へ浸透していった。


「アーノルドさん、アダムス司令官、我々のやることは一つです」


 ユートは強い決意をまなざしに浮かべてそう言った。


「ええ、わかっています」

「ユート様、あの敵主力を引きつければよいのですな」


 アダムス司令官が頷き、アーノルドが完爾と笑う。

 そう、レオナが本営を強襲する気ならば、そこにいる的の数を減らしてやらねばならない。

 つまり、猛獣部隊による同士討ちを恐れてクリフォード侯爵領軍と猛獣部隊の戦いには関与する気配を見せなかった敵の主力をユートの本隊が拘束する――それが今やるべきことだった。

 とはいえ、敵の歩兵は数個大隊はいるだろうし、騎兵も恐らく二個大隊――つまりユートの率いる本隊よりも圧倒的に多い敵だ。


「拘束だけならば出来るでしょう――ああ、レオナ殿がどの程度時間がかかるかにもよりますが」


 アーノルドはそう頷く。

 敵には倍する騎兵がおり、その相手が出来るのはアーノルドの臨編騎兵大隊のみ――つまりアーノルドは寄せ集めの騎兵を率いて倍の敵を食い止めなければならないはずだったが、まったく悲壮感はなかった。


「ユート、あんたは法兵中隊と一緒に魔法を放ちなさいよ。敵には法兵はいないみたいだから法兵だけは優勢だし、あんたの魔法ならもっと追い込めるでしょ?」

「いや、接近して火炎旋風(ファイア・ストーム)を食らわせようと思ってたんだが……」

「ああ、それも面白いわね。ともかく魔法でどうこうしないとあっさり全滅するわ」


 エリアは笑いながらも目は真剣だった。

 ユートもそれはわかっている。敵は一万近い大軍なのに、ユートの手元に残された兵は軽歩兵一個大隊半に騎兵一個大隊、それに法兵一個中隊だけ。

 ゲルハルトが猛獣部隊を片付けてこちらに向かってくれることを期待したかったが、ゲルハルトも疲れていることを思えばそれも期待出来るかはわからない。


「閣下、あちらも来ます」


 じっと敵情を伺っていたアダムス司令官がそう呟くように警告した。


「アーノルドさん!」

「お任せ下さい。騎兵は食い止めて見せましょう」


 アーノルドはそういうやひらりと馬に跨がった。



 激突はまず騎兵同士で始まった。

 アーノルドの臨編騎兵大隊が駈歩(キャンター)のまま接近すると、敵の騎兵が左右に分かれ、向こう側の右翼の騎兵おおよそ一個大隊がアーノルドの騎兵にあたり、もう一個大隊が大きく旋回してユートたちへと迫ろうとする。

 一個大隊がアーノルドの騎兵を食い止めている間にもう一個大隊がユートの本隊を馬蹄に掛けようというのだろう。


「第一中隊、私に続け!」


 そう命じるや、アーノルドは一個中隊だけを率いて右に旋回する。

 襲歩(ギャロップ)に速度を上げて突進する敵騎兵の鼻っ面を掠めるようにして右に抜けようというのだ。

 そうさせまいと敵騎兵もまた身をよじるようにして旋回し、アーノルドの進路を防ごうとしたが、馬術巧者のアーノルドが先頭に立った第一中隊は一段と加速してぎりぎりのところですり抜けることに成功する。

 そして、アーノルドを追おうとして旋回しかけたため、不完全な形で臨編騎兵大隊の本隊とぶつかることになった敵の騎兵大隊からは悲鳴が上がった。



「法兵!」


 アーノルドが先頭の一個中隊だけを率いて一個大隊に仕掛けたのを見てユートはそう叫んだ。

 いくらアーノルドがノーザンブリア王国軍最良の騎兵指揮官と謳われた騎兵指揮官であっても五倍の敵を相手にしてどうこう出来るわけがない。

 法兵弾幕で支援しないと一瞬で敵の騎兵に呑み込まれかねなかった。


 ユートの声を受けて法兵中隊長の射撃命令が響き、次々と風斬(ウィンド・カッター)の魔法が放たれる。

 その風斬(ウィンド・カッター)に脚をやられて何頭もの騎兵が落馬し、そしてそれに巻き込まれた他の騎兵もまた衝突して落馬する。

 だが、敵の騎兵の練度も決して低くはないらしい。

 落馬した騎兵を飛び越え乗り越え、ぎりぎりのところで回避してユートたちに迫る。


 だが、そこでアーノルドが敵の右側面に後ろから追いすがるような形で襲いかかった。

 ユートの目からは単に旋回が遅れて後落したようにしか見えなかったが、それはアーノルドの狙い通りだった。

 突撃中の、襲歩(ギャロップ)に入った騎兵はそう簡単に方向転換が出来るわけがない。

 それをやってしまえば騎兵は大混乱に陥ってしまうことはノーザンブリア王国だろうがローランド王国だろうが常識だった。

 それ故に側面から追いすがられたとしても対処する手段はほとんどないに等しい。


 その形に思わず何旗かの騎兵が馬首を巡らそうとして、あっという間に騎兵大隊は大混乱に陥った。

 そうなればもはや騎兵の突撃など恐れることはなかった。


火球(ファイア・ボール)! よし、押し出せ!」


 ユートもまた景気づけに魔法を放ち、軽歩兵に押し出される。

 何騎かの騎兵はそのまま突進してたが、風斬(ウィンド・カッター)とアーノルドの攻撃で完全に悌団を崩された騎兵の単騎突撃など軽歩兵でも容易にはじき返せる。

 だが、敵もさるもの、突撃が失敗に終わったとみるや騎兵指揮官が大音声を上げて部下たちを掌握し、そのまま無駄に戦い続けることなく兵をまとめてさっと後退に移る。

 ふと見ると、臨編騎兵大隊の残部と衝突していたもう一個大隊の騎兵もまた兵をまとめて引き上げていっている。


「これは、手強い相手です」


 アダムス司令官が呟くようにそう言った。

 見ると、今度は軽歩兵の波がユートたちに襲いかからんと迫ってきていた。




 レオナが森を浸透突破して抜けようと考えたのは、妖虎族の特質を活かすためだった。

 少しばかり遠回りになるとはいえ、妖虎族ならば森の中で方位を失わず突破できると踏んでいたし、的確に敵の本営を衝けると判断していたのだ。

 そして、その判断は間違っていなかった。

 森に入って一時間と少し、敵の追撃も受けずに本営らしきところに出ることが出来た。


「とはいえ、多いニャ」


 レオナはうんざりしたように呟く。

 森の木陰から見えたローランド王国軍の本営はおおよそ五個大隊ほど。

 さすが総勢で五万ほどの軍勢の本営だけのことはあった。


「でも、あと一息だニャ」


 あと少しでこの激戦――多くの仲間を呑み込んでいった腹立たしい戦いにけりを付けられる。

 レオナはそう思いながら背負っていた魔石銃を撫でた。


 五倍の相手と戦うのに、騎士道な何だと言っていられない。

 ユートはウェルズリー伯爵が総力戦になることを恐れているのを悟っていたが、レオナはそのことについてはそこまで危機感はなかった。

 いや、ある程度の危機感はあったのだが、それも敵もまた猛獣という掟破りをやっている以上、もうウェルズリー伯爵の懸念など知ったことではない気分になっている。

 向こうが猛獣を使うならば自分たちは狙撃をしてやる、というやられたらやり返せという思いの方が強かったのだ。

 このあたりはレオナが騎士道を普遍の価値観とするノーザンブリア王国貴族としてではなく、生きることこそ絶対的な正義と信じる北方大森林の出であったことも影響していた。


「いいかニャ? あちきが指揮官を狙撃するから、その混乱を衝いて突撃するニャ!」


 レオナはそういうと、じっと照門から照星を通じて標的を睨みつける。

 目標は大隊長らしい、煌びやかな勲章を着けた男。


「今だニャ!」


 レオナはそう叫ぶと同時に引き金を引き、轟音とともに数百メートル先の敵が斃れるのが見えた。


「まだだニャ」


 部下たちが動き出したのを確認しながら、狙いを移す。

 となりの大隊の大隊長らしい男、大隊長がいきなり頭を爆発させたせいで混乱する大隊を慌てて掌握しようとする中隊長、そして更に他の中隊長、とレオナは次々と狙撃していく。


「押し込むニャ!」


 レオナがそう叫ぶのと同時に、エーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊は一気に敵の本営へとなだれ込んでいった。




 目の前の軽歩兵たちの波が何度目かわからない突撃を仕掛けてくる。


「ユート、もう法兵は使えないわよ!」


 法兵中隊長に確認しに行っていたエリアが戻ってきてそう告げる。


「魔力切れらしいわ」


 それもしょうがない。

 既に敵の歩兵の攻勢が始まってから一時間近くが経過している。

 その間、法兵中隊は風盾(ウィンド・シールド)で敵の矢を防ぎながら風斬(ウィンド・カッター)やら土弾(アース・バレット)やらで応戦していたのだ。

 お陰で敵の戦列歩兵一個大隊を半壊させているが、その代償として魔力を失ってしまっている。


 アーノルドの騎兵も敵騎兵二個大隊をよく防いでいるが、それ以上何かをする余力などあるわけはない。

 頼みのゲルハルトも疲労した突撃大隊では猛獣部隊を鎧袖一触に蹴散らすわけにはいかないらしく、こちらを掩護する余裕はなさげだった。


「こうなれば白兵戦ですな」


 アダムス司令官が苦々しげにそう言った。

 風盾(ウィンド・シールド)がなくなったことを悟った敵の軽歩兵が盛んに矢を放ってくる。

 こちらも応射しているが、数に勝る敵と矢いくさなど数の暴力に押し切られる未来しか見えない。

 だからこそ一か八かの白兵戦で戦おうというのだろう。


「我が白兵の優越を確信し、か……」


 ユートは独り言ちた。

 それは突撃の時に指揮官が命じる決まり文句であり、ノーザンブリア王国軍の操典にも書かれている言葉だ。

 劣勢になって、自身の優越を確信させるなど精神論以外のなにものでもない、と思うし、日本にいた頃、戦史ものの本を読んでそんなことを部下に言う指揮官を散々馬鹿にしてきた。

 だが、今はそうした歴史の中のあの指揮官たちの気持ちも少しは理解出来た気がしていた。


「やるしかない、よな」


 ぼそりと、誰にも聞こえないように口の中で言葉を発し、そして白兵戦の命令を出そうとしたその時だった。

 馬蹄の音が響く。


気付いたら昨日で100万字達成していました。

これも皆様の励ましのお陰です。ありがとうございました。

そしてこれからもよろしくお願い致します。

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