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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第157話 ゲルハルトの突進

 監視部隊を破ったユートたちだったが、再集結に思いの外、手間取っていた。


「ユート、急がなまずいで」


 ゲルハルトが珍しく慌てた声を出しながら、分散している味方を収容していっているが、まだ完了まではしばらくかかりそうだった。


 再集結に手間取っていたのは、レオナたちエーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊が火を放った結果、味方の視界も妨げることになったのと、各部隊が分散して戦っていたためになかなか命令が伝わりきらなかったからだ。


「……猟兵戦術の欠点ですな」


 アーノルドは渋い顔でそう呟いた。


「猟兵戦術の欠点?」

「ええ、各大隊がそれぞれの判断で戦い、各大隊、各中隊で完結した戦闘力を活かして、状況次第で分散して効率的に戦うのが猟兵戦術のキモの一つです。ところが、迅速に命令を伝達する手段がないため、今回のように命令を伝えづらい状況が生まれた場合、収拾に時間がかかるのです」

「確かにそれは……」


 ユートもアーノルドの指摘が正しいことはすぐにわかった。

 もっとも、今回のような状況下では軍一般部隊で会ったとしても混乱は免れなかっただろうし、猟兵のみに存在する欠点とするのは酷であることも理解している。

 ただ、戦列や悌団を組まずすぐに散開する猟兵だからこそ、このような問題が大きくなる、ということなのだろう。


「アーノルドさん、ウェルズリー伯爵はどのくらい保ちますかね?」


 ユートの言葉にアーノルドは腕組みをして考え込む。


「……ウェルズリー伯爵(レイ)の兵力、特に南部貴族領軍の統制の取れ無さを考慮すれば、本来ならば鎧袖一触に敗れてもおかしくはない兵力差があります。しかし、ウェルズリー伯爵(レイ)の用兵と粘り強さ、それに雷光の名声を考えれば半日は持ちこたえられるでしょう」

「雷光の名声?」

「ええ、ウェルズリー伯爵(レイ)はかつてローランド王国軍に大勝して雷光のウェルズリーという名声を得ました。ローランド王国軍からすれば憎き敵であり、同時に恐れるべき敵です。そのウェルズリー伯爵(レイ)の戦旗がある以上、迂闊に踏み込むような戦いはしないのではないかと思います」


 それでも半日――黎明と同時に打って出てすでに三時間が経過している。


「あと三時間くらい、でしょうか?」

「そうですな」


 ここからウェルズリー伯爵がいると思われる主戦場まではゆうに十キロ近くはあるだろう。

 いくら餓狼族や妖虎族は身体能力が優れるとはいえ、昼食も摂らず十キロを駆けさせて戦闘が出来るのだろうか、とユートは疑問に思う。


「ユート、再集結出来た部隊だけ率いてゲルハルトに先行してもらったらいいじゃない」

「それがいいニャ。あちきも兵を纏めてゲルハルトと一緒に行くニャ」


 エリアの献策を受けてユートは考える。

 既にエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊の過半は集まってきており、再集結に手間取っているのはこうした戦いに免疫のないクリフォード侯爵領軍軽歩兵大隊や南方城塞軽歩兵大隊だ。

 ゲルハルトとレオナが集結済みの部隊を率いて先行し、再集結が完了し次第、ユートが残部を率いて追いかけるというのもありだろう。


「やめとこう。危険過ぎる」


 しかし、しばしの逡巡の後、ユートは首を横に振った。


「なんでよ!? 今いかないとウェルズリー伯爵が戦死しちゃうかもしれないのよ!?」

「それでも、ゲルハルトたちだけが突出してしまう危険性が高い」


 確かにそのリスクはあるし、エリアにしてもゲルハルトたちを危険にさらすのは本意ではないから、それ以上何も言えない。


「ユート、オレは行くで」


 エリアが黙り込んだ沈黙を破ったのはゲルハルト本人だった。


「ウェルズリー伯爵が危ないのはわかるし、ここでオレらが行かんかったら肝心の戦いに負ける可能性があるんや」

「でもな、ゲルハルト。お前らが壊滅したら元も子もないんだぞ。もちろんお前たちを殺したくないってのもあるけど……それだけじゃなくて大局的に見て、多少時間を無駄にしても、エーデルシュタイン兵団は全軍揃って後背を衝く必要があると思う」

「……確かに博打やろうな」


 ユートの言葉を聞いてゲルハルトがそう頷く。


「でもな、もともと今回の戦いは倍以上の敵を相手に勝たなあかんって戦いやろ? 乾坤一擲という言葉を知っとるか? そういう天が出るか、地が出るか、勝負せなあかんときもあるんやで」


 ゲルハルトがそう言いながらがしりとユートの肩を掴む。


「その一度限りの博打を打つなら今やと思うんや。ウェルズリー伯爵が負けてしまえばどうにもならん。オレを信じてくれや」


 ゲルハルトのその力強い言葉にユートは頷いた。



 ゲルハルトに続く部隊はエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊のうち六百名、そして同じく捜索大隊のうち四百名、それと軽歩兵の一個大隊一千名の合計二千名だった。

 敵の後背を衝くにはいかに餓狼族が屈強で妖虎族が俊敏とはいえ全く物足りない数だが、やむを得なかった。

 あとはゲルハルトとレオナの才覚に期待するしかない。


「ほな、行ってくるわ。“兄弟”」


 ゲルハルトはにっこり笑ってそれだけ言うと、陣頭に立って駆け出した。


「ユート、早く兵を纏めるわよ。少しでも早くしてあげないと、ゲルハルトたちが苦戦するわ」


 そう言いながら、エリアは伝令を飛ばして兵を集結させ、点呼をとっていく。

 アーノルドは死傷者を収容し、臨編騎兵大隊の馬を使ってすぐにクリフォード城まで後送の手はずを整えている。

 クリフォード城からも収容のための兵が出てきてくれており、法兵が治療した兵を後送したり、戦死者を収容したりする作業を引き受けてくれた。


 そうして再集結が完了した頃には、すでに太陽は随分と高く上がっていた。




 その頃、先行していたゲルハルトたちもまたほぼ敵に遭遇せずに背後に近づいていた。


「ユートたちはどのくらい遅れてくるんやろな」

「さあ、わからないニャ。一時間か、一時間半かそのくらいじゃないかニャ?」


 レオナは周囲を警戒しながらそう返事する。


「一時間半、か。まあ暴れてるうちに過ぎそうやな」

「相変わらずゲルハルトは楽天家ニャ」


 レオナはそう笑う。


 既に敵陣の様子は妖虎族たちによっておおまかに把握している。後衛だけで五個大隊ほどいるようだが、こちらをあまり警戒している様子はないらしい。

 監視部隊を残してきているので安心しているのか、ユートたちが入城したことを知らないか、はたまたその両方か。

 一応、こちらを誘う罠、という可能性もゲルハルトやレオナは考慮していたが、それにしては余りにも無警戒過ぎる、と思っている。



 敵陣まで数百メートルまで迫っても、緩んだ雰囲気しかない敵に


「ゲルハルト、派手に行くニャ」

「派手に、って魔法でも乱射するんか?」

「そうニャ」


 レオナの言葉にゲルハルトもにやりと笑う。


「ええな、派手に行こうや」


 そう言うと、ゲルハルトは後衛目がけて土弾(アース・バレット)やらの魔法を放つように命じる。


 あっという間に数百の魔法が奔流となって、後衛に降り注いだ。

 ノーザンブリア王国軍においては軍直属法兵ですらせいぜい数十人から百人程度の法兵から成っているに過ぎない。

 この時、ゲルハルトとレオナの指揮下にあった餓狼族と妖虎族はおおよそ一千名であり、この規模の法兵弾幕が張られたことは、ノーザンブリア王国軍史上初めてのことだった。

 そして、それはローランド王国軍にとっても初めての経験であり、後衛は降り注ぐ土弾(アース・バレット)の前に大混乱となった。


「こんなもんでええやろ! 突撃するで」

「任せるニャ!」


 ゲルハルトとレオナが勇んで先頭に立ち、それを餓狼族と妖虎族の若者たちが追いかける。

 空前絶後の火力集中に呆然としていた軽歩兵大隊も慌ててゲルハルトたちを追いかけるが、その頃にはすでにゲルハルトは敵陣に突入していた。

 混乱する後衛はゲルハルトと餓狼族に次々となぎ倒され、レオナと妖虎族に次々と止めを刺されていく。


「こんなもんでええやろ」


 ゲルハルトは血まみれの狼筅(ろうせん)を拭うと、次の敵――敵の本営をじろりと睨めつけた。




 その頃、ウェルズリー伯爵は悪戦苦闘していた。

 率いている二個驃騎兵大隊は既に二百騎以上が戦死している。

 リーガン大隊長、リオ・イーデン大隊長の二人は代わる代わる先頭に立って敵を切り崩しており、死兵ということもあってローランド王国軍の前衛を数百メートルも押し返していた。

 中央にウェルズリー伯爵の騎兵がくさびのように打ち込まれたことで、本営に殺到しようとしていた両翼もどうしていいものか戸惑っているようであり、そのお陰で崩れかけていた右翼もどうにか戦線を維持することが出来ていた。


「とはいえ、これが長く続くわけはないんですよ」


 馬上の人となっているウェルズリー伯爵は、すぐ傍にいるカニンガム副官にそう呟くように言った。


「そうですか? 押し返せそうですけど……」


 カニンガム副官はウェルズリー伯爵の言葉にそう反論するが、ウェルズリー伯爵は首を横に振って、すっと指差す。


「敵は既に動き始めています。新手を投入して包囲して散々に破るつもりでしょう。今まで投入してこなかった法兵やあの猛獣部隊を投入するかもしれません」


 確かにウェルズリー伯爵の指差す方を見ると、新手が動き始めているのが見える。


「まあ法兵対策ならば簡単なんですがね」


 ウェルズリー伯爵はそう言うと、すぐにリーガン大隊長に馬を寄せて、敵と混淆するように命じる。

 本来ならば騎兵の方が乱戦は不利であり、それよりも密集陣形を作って蹂躙していく方がよっぽど騎兵らしい戦いとなる。

 しかし、それは同時に法兵が遠距離から攻撃してきた場合、的も同然、ということはリーガン大隊長もよくわかっており、それよりは敵と混淆した方が法兵相手には安全と判断してウェルズリー伯爵の命令にすぐに頷いた。


 だが、それは必然的に乱戦を生むことになり、乱戦は騎兵の最大の武器である機動力や突撃衝力を失わせることになった。

 そうなるといかに死兵といえども、たった二個大隊に過ぎない。

 網で絡め取られるように、一騎、また一騎と多数の歩兵に囲まれて戦死していくことになった。


「総軍司令官閣下、これでは全滅を待つだけです!」


 リオ・イーデン大隊長が悲鳴のような声をあげる。

 ノーザンブリア王国軍の中でも最多と言ってもよい実戦を経験している西方驃騎兵第二大隊がみるみるうちにすり減らされていき、中央驃騎兵第五大隊もまた同じ運命を辿る。


「悌団を組み直して突撃に移らせて下さい」

「わかりました。存分に」


 敵から距離をとって再集結させ、悌団を組み直して騎兵らしい突撃に移る。

 それまでの間にもしかしたら法兵弾幕が頭上に落ちてくるかもしれないが、このまま座して全滅を待つよりはまし、と判断した。

 リオ・イーデン大隊長はすぐに集結させ、悌団を組み直そうと努力し、それを見たリーガン大隊長は中央驃騎兵第五大隊に必要な時間を稼ぎ出すべく、必死になって敵を支える。

 そして、ようやく悌団を組み直した時、法兵弾幕が着弾する音が聞こえた。


「ここまで、ですか……」


 ウェルズリー伯爵は天を仰いだ。

 悌団を組み直した中央驃騎兵第五大隊が法兵によって粉砕されてしまえば、もう戦う術はなくなり、戦死か降伏かを選ばねばならない。


カニンガム副官(チェスター君)、一個中隊を率いて退路を確保しなさい」

「ウェルズリー伯爵!」

「これは命令です」


 退路を確保、というが、この敵中にあって退路を確保するためには突貫するしかない。

 そして、無事に退路を確保した時はすなわち突貫に成功して後方の敵を突き破った時――そうなればカニンガム副官は生き残れるということ――であり、カニンガム副官をなんとか生き延びさせようというウェルズリー伯爵の心遣いだった。


「おい、総軍司令官閣下よ、敵が慌ててるぞ」


 再集結中の中央驃騎兵第五大隊の当たりまで下がってきたらしいリーガン大隊長がそんな報

告をする。


「む?」

「さっきの法兵も、こっちに向けたもんじゃないっぽいしな」

「確かにそうですね。これは……」

「ユート卿が突撃された、ってことですかね?」


 敵の混乱が生じていて、法兵が別の目標を狙っている、ということはウェルズリー伯爵たちの突撃より重大な問題が生じたとしか考えられない。

 そして、ウェルズリー伯爵の手札で、敵にそんな混乱をもたらせるのはユートたちの突撃しかあり得なかった。



 この時、ウェルズリー伯爵たちが聞いた法兵による着弾音はゲルハルトたちが放った土弾(アース・バレット)のそれだった。

 ウェルズリー伯爵たちは敵中にあったためしっかりと確認することは出来なかったが、ローランド王国軍の前衛たちからはゲルハルトやレオナたちが後衛に突撃していく砂煙がはっきりと視認されていた。

 これによって前衛は後背に敵を抱えたことをしり、一気に動揺が走ったのだ。


 ウェルズリー伯爵はこの好機を逃さなかった。


「リーガン大隊長、イーデン大隊長」

「わかっています。直ちに突撃に移ります」


 騎兵らしい性急さで、隷下部隊の再集結が完了していたリオ・イーデン大隊長が突撃に移る。


「へへへ、悪運が強いな、総軍司令官閣下」

「なんとでも言えばいいでしょう。将軍は勝利という結果をもたらせば名将であり、敗北という結果に終われば愚将なのです」


 部下たちを再集結させながらからかうようにそんな言葉をかけてきたリーガン大隊長に、ウェルズリー伯爵はにやりと笑った。


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