表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
161/247

第155話 ゲルハルトの奮戦、ウェルズリー伯爵の苦戦

 ゲルハルトはエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊――つまり餓狼族の大隊の陣頭に立っていた。


 エーデルシュタイン伯爵領軍が編成されることになった時、一番に志願したのはゲルハルトだった。

 それまで王位継承戦争をゲルハルトとともに戦い抜いた戦友たちも、ゲルハルトに従って志願してくれて、今こうして突撃の名を冠したノーザンブリア王国唯一の大隊を率いることが出来た。


 もちろん、本国――つまり北方大森林の餓狼族の集落からは、そこまで付き合うことはない、冒険者ギルドに加盟して、適当に稼いでいればいい、という意見もあったが、ゲルハルトは現場であり、かつ事実上の族長である自分の意見を押し通していた。

 その道を選んだのは、もちろんエーデルシュタイン伯爵であるユートが、石神が引き合わせてくれた“兄弟”である、という意識もないとはいえない。


 しかし、さすがにゲルハルトも氏族を全て預かっている立場上、まさかそんな感情だけで動いているわけではない。

 大森林の事実上の代表たるイリヤ神祇官自ら動いて、ノーザンブリア王国と大森林の盟約が成った以上、イリヤ神祇官がその政治力を失わない限り、大森林の側から盟約を反故にすることはないだろう。

 また、エルフであるイリヤ神祇官の寿命は長く、まずゲルハルトが生きている間に大森林の側から盟約を反故にすることはないと見るのが妥当――どころか、餓狼族は最低でも向こう数十年から百年ほどの間は今までのように略奪して生きていくわけにはいかない。

 それを考えれば、今後エーデルシュタイン伯爵家が任されることになった冒険者ギルドで、ちゃんとした地位を確立しておかねばならないと強く思っていた。


 もし、冒険者ギルドで適当に依頼を見つけてこなしていた場合、確かに当座の稼ぎと犠牲で言えば、今のような立場にいるよりも少ない犠牲でいい稼ぎが得られただろう。

 しかし、その場合、もし依頼が少なくなった時、冒険者ギルドの稼ぎに依存するしかない餓狼族は飢えてしまうだろうし、一冒険者に過ぎない餓狼族の為にエーデルシュタイン伯爵家やノーザンブリア王国が動いてくれるか、といえば未知数だ。

 そんなことになれば氏族の存亡に関わるのであり、だからこそゲルハルトは何かあってもエーデルシュタイン伯爵家やノーザンブリア王国が自分たちを助けてくれるように、少しでも冒険者ギルドとエーデルシュタイン伯爵家、そしてノーザンブリア王国の為に貢献するつもりでこの突撃大隊を編成していた。

 言い換えると、エーデルシュタイン伯爵家やノーザンブリア王国からの信用のために血で(あがな)わねば餓狼族の未来はない、と思っていたのだ。


 つまるところはゲルハルトが突撃大隊を編成しているのは打算だったが、同時に石神が引き合わせてくれた“兄弟”であり、数々の局面でともに戦ってきたユートに感じる友情もまた本物だと心底思っている。

 そして、ゲルハルトはユートの間――あるいはレオナも含んだ三人の間――にあるものは、友情と打算の二重関係であり、単なる友情よりもよっぽど強固な関係であると信じていた。


 ――だから、ゲルハルトは今日も陣頭に立つ。



「いくで! 突撃大隊、オレに続けや!」


 ゲルハルトの蛮声に、喊声が応じる。

 ゲルハルトはその喊声ににやりと笑う。

 自分が難しく考えているだけで、自分を信じる部下の餓狼族たちは本能のまま、戦うことを望んでいる。

 何も迷うことはない。

 いつものように、敵を打ち崩し武名を挙げるだけだ。


 ゲルハルトは、開け放たれた城門から勇躍した。




「応急防御部隊を編成しろ! 敵は小勢ぞ!」


 味方部隊の転進、そして朝靄が晴れたその向こうにいたノーザンブリア王国軍――もちろんユートたちが動き出したのは朝靄が晴れてからだったが、ローランド王国軍からはそう見えたようだった――に、監視部隊は大混乱だった。

 残っているのは、クリフォード城に籠城する部隊が、後詰めに来たノーザンブリア王国軍主力と呼応して打って出てもいいように、一万ほどの監視部隊だった。

 とはいえ、そのうち二千は野戦では無力な攻城兵器関係の部隊であり、事実上は八千ほどしかいなかった。

 それでも彼らは信じていた。

 クリフォード城の兵は小勢な上に一ヶ月近い戦いに倦んでおり、心身共に疲労も溜まっていてとても戦える状態ではない、と。



 ゲルハルト率いるエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊とローランド王国軍がぶつかったのは、城壁からおおよそ八百メートルほどのところだった。

 この距離を全力で疾走したエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊にかろうじて追従できたのはレオナのエーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊のみ――軽歩兵大隊はおろか、アーノルドの臨編騎兵大隊すら置いてきぼりにする、まさに非常識としか言えない突進だった。


 ゲルハルトは目の前の敵兵を狼筅(ろうせん)で当たるを幸いなぎ倒していく。

 餓狼族の中でも族長の子として幼い頃から一番良いものを食べさせてもらい、同時に幼い頃から将来の族長としての教育を受けてきたゲルハルトは最も体格が良く、最も膂力が強かった。

 それは屈強な餓狼族のなかでも群を抜いており、ましてたかが人間になぞ遅れを取るわけもなく、敵兵を倒しながら周囲を観察するような余裕すらあった。

 そして、天性の才能と、幼い頃から叩き込まれた指揮官教育と、獣人ゆえの膂力から生まれる余裕とが合わさって、戦場を俯瞰的に捉えられる抜群の戦場意識がゲルハルトにはあった。


「お前ら、あそこや! あそこに指揮官がおるぞ!」


 ゲルハルトが指し示すその先に、餓狼族が殺到する。

 恐らく監視部隊の防備指揮官か、最低でも大隊長くらすがそこにいるのはわかっていた。

 その指揮官の周辺だけが混乱が少ないからだ。

 その混乱が少ない一団に餓狼族が殺到したことで大きく乱れ、それが周囲の部隊にも波及していく。


「押せや! 勝てるで!」


 ゲルハルトが怒鳴り、指揮官を失った敵が崩れる。

 そして、追撃戦に入ると、もうあとは戦いではなく殺戮だった。

 そこここで餓狼族の若者が、逃げ遅れた敵兵を一撃で葬り去っていく光景が見える。


 一時間ほどもそうした追撃戦を展開していると、いつの間にか、白い煙があたりを漂っていた。

 レオナら捜索大隊が攻城兵器群に放火したせいで出た煙が、風向きの関係でゲルハルトたちのあたりを覆っているらしい。


「まったく、妖虎族(山猫)だけに赤猫這わせるのは上手い奴や」


 ゲルハルトはこのままでは部隊の掌握が難しくなる、と追撃を打ち切らせる。

 煙で指揮官が見えなくなった状況で追撃をさせると際限なく追撃してしまいかねないし、そうなれば敵の手痛い反撃を受ける可能性も十分にある。

 そうなる前に追撃を打ち切って部隊を集結させて掌握し直した方が安全、と判断したのだ。

 本来ならばここからが放胆な戦果拡大を出来たかもしれなかったが、それよりも大事なのは部下の命だった。


 とはいえ、レオナに隔意はない。

 この後どう転ぶかわからない以上、クリフォード城を攻めるために必須の攻城兵器を潰しておくことには十二分の意味があることもよくわかっていたし、レオナが攻城兵器に火を放ったのはむしろ褒めるべきとすら思っていた。




 その頃、ウェルズリー伯爵はノーザンブリア王国軍本隊を率いて、ローランド王国軍本隊と対峙していた。

 今回、実は一番の貧乏くじを引いているのはこのウェルズリー伯爵かもしれない。

 ノーザンブリア王国軍において最も頼りになっていたはずのエーデルシュタイン伯爵領軍突撃大隊と捜索大隊をクリフォード城に入城させてしまい、練度や連携に不安の残る南部貴族一万と、旧西方軍二個大隊、旧中央軍二個大隊、ウェルズリー伯爵領軍二個大隊の合計六個大隊に過ぎない。

 総勢でも一万七千弱で、ローランド王国軍四万弱と対峙しなければならないのだ。


「これは、苦難の川の会戦と同じですね」


 ウェルズリー伯爵の言葉にカニンガム副官も頷く。

 苦難の川の会戦もまた、ユートが後方の策源地であるアラドをイーデン提督指揮下のフリゲート艦四隻で迂回して占領、そしてクリフォード侯爵の本営を失陥させて崩しきった。

 今回はユートが入城しているのは敵地ではなく、包囲下にあるクリフォード城――苦難の川の会戦で敗れたクリフォード侯爵の居城というあたりが皮肉であるが――であること以外、戦型は苦難の川の会戦と変わらない。


「問題は、敵の方がこちらに倍する相手である、ということですね」

「その通りです、カニンガム副官(チェスター君)。まあもう一つ言えば苦難の川の会戦では手の内を知っているクリフォード侯爵(ジャスト)だったのに、今回は敵の指揮官の名前すらわからない、ということもありますね」

「つまり、苦難の川の会戦よりも不利、ということでしょうか」

「ええ、あの時よりも有利なのは士気くらいでしょう。あの時は内戦であり、一兵卒にまで戦いの意義を浸透させることは困難でした。しかし、今はまさに祖国が侵略を受けているのです。兵の士気が違います」


 とはいえ、士気だけで全てが覆せるわけがないことはウェルズリー伯爵自身承知しており、精神論の陥穽にはまったりはしない。


「ともかく、守りに徹してユート君が後背を衝いてくれるのを待つしかありませんか」


 そう嘆息しながら、隷下部隊に積極的な迎撃は禁ずる旨を命令した。



 その命令を受けたクローマー伯爵家の陣代ヴィクター老人はむう、とうなった。

 形式的にはその任は伯爵家の当主であるビーコンズフィールド伯爵が就いていたが、軍歴の有無で事実上、副指揮官格のヴィクター老人が南部貴族一万余を率いていたが、爵位の関係もあって一部の貴族からはヴィクター老人の統制が効いていない側面がある。

 そういう相手には本来ならばビーコンズフィールド伯爵が相手をしてくれればいいのだが、ビーコンズフィールド伯爵は周辺貴族の取り込みに忙しく、ヴィクター老人が自分でどうにかするしかなかった。

 もっとも、ヴィクター老人も先代クローマー伯爵の後見人も務めていたことがあり、基本的に南部貴族の知り合いは多い方ではある。

 その為、説得するのはそこまで苦にならなかったが、それでもブレイニー男爵など、一部はあくまでヴィクター老人のことをあなどっていた。


 そんな状況で、積極的な迎撃を控え、出来るだけ守りに徹するように命じるウェルズリー伯爵の命令に、苦労の予感がしたヴィクター老人だった。




 戦端は、数に優るローランド王国軍から開くことになったのは当然の摂理だ。

 これを、ウェルズリー伯爵は前面に西方混成歩兵第三大隊と中央軽歩兵第六大隊、それにウェルズリー伯爵領軍軽歩兵第一、第二大隊の四個大隊おおよそ四千人をを押し出して防御に当て、更に側面を南部貴族に掩護させた他、手元に二個騎兵大隊を置いて機動防御に当てている。

 戦い方としては苦難の川の会戦と大差のない戦い方だったが、今回大きく違うのはもう一つ、前面に川という盾がないことだった。


 川、というのはそこを渡るとき、人にしろ馬にしろどうしても行動が阻害されるし、何よりもところどころに深みがあるので、攻めてくる場所が局限される。

 だからこそ、守備側は守るべき場所に戦力を集中させることが可能となり、少数であっても守りやすくなるのだ。

 しかし、今回の場合はそうではなかった。


 会戦はクリフォード城の北北東にある、麦畑となっている開けた野原であり、しかも温暖な南部ゆえに小麦は秋蒔き、つまり、今は刈り入れも終わって何もなくなっている麦畑だった。


「この時期だと、火を付けるわけにもいきませんしね」


 まだ春蒔き小麦ならばこの時期まで刈り入れが終わっておらず、火を付けることで時間を稼げたかもしれなかったが、残念ながらそれはかなわなかった。

 もっとも、クリフォード侯爵家からすれば、刈り入れ前の麦畑に火を付けるなど、本当に味方と疑いたくなるような所業であり、ただでさえ戦後は緊張するであろうノーザンブリア王国とクリフォード侯爵家の関係を悪化させなかった、という意味においてはよかったのかもしれない。

 その分、ウェルズリー伯爵が苦労を背負い込むことになるのだが――


 障害が全くないローランド王国軍は数を頼んで、押し包むように広く展開していく。

 それを南部貴族たちも押し包まれないように延翼運動を行い、お互い左右に大きく広がりつつ、矢を放っては相手を牽制しようとする戦いとなった。

 右翼はヴィクター老人が、左翼はビーコンズフィールド伯爵が指揮を執っていたが、経験豊富なヴィクター老人は当然として、ビーコンズフィールド伯爵家もクリフォード侯爵家におけるジェファーソンのようないくさ上手の家臣がいるらしく、ビーコンズフィールド伯爵自身に対する不安をよそに上手く展開していた。


 そして、延翼運動の限界が先に訪れたのは、当然ながら数に劣るノーザンブリア王国軍だった。


年末は帰省のため、次の更新は1月11日からになります。

なお、1月以降は再び平日週5回更新に戻す予定です。


※1月4日追記

新年の更新は1月11日からに延期します。

ここ2ヶ月ほど、更新を急に延期したりして申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ