第016話 狩りから帰れば
「よう、ユート。今日も獲物狩れたか?」
エレルの街へ戻ってきたユートとエリアをたまたま警備兵の指揮官をしていたヘルマンが声をかける。
既にユートとエリアがパーティを組んで半年が経過していた。
ユートもエレルの街の住民証を得て住民となっており、何日かに一度、城門警備の隊長をしているヘルマンとも顔見知りだった。
このヘルマン――ヘルマン・エイムズは外見にはただの人のいいおじさんなのだが、実は従騎士でれっきとした家名持ちと聞いてユートは少しばかり驚いたこともあった。
「ドルバックさんの注文通り、魔鹿二匹狩れましたよ」
「そいつは重畳!」
ヘルマンはそう言うと人なつっこい笑みを浮かべた。
「そうやってみてるとヘルマンさんって全く貴族に見えないわよね」
エリアの言葉にヘルマンも笑う。
「まあ言っても従騎士だしな。軍を除隊すりゃ平民に逆戻りよ」
「あら、そうなの?」
「ああ、まあ軍で士官やってる奴が平民じゃ色々と格好がつかんから仮の貴族にしたようなもんだ」
そう言ってまた気さくに笑った。
こうしたヘルマンの人柄もあって、エレルの街は犯罪者が異常に少ない街になっている。
勿論、西方開拓の冒険者が多い土地柄、個人の戦闘力が高く下手に犯罪を行えばどうなるかわからない、というのはあるのだが、それでも冒険者同士の諍いも少なく、魔の森のすぐ近くにありながら平和な街だった。
「もしよかったらドルバックに肉が熟成出来る頃合いを聞いといてくれよ? 今度通った時に警備兵の誰かに言付けてくれればいい」
「食べに行くの?」
「ああ、もうすぐ娘の誕生日でな。せっかくだから美味いもの食わしてやりたいんだ」
「わかったわ。ついでにお菓子でも出せないかも聞いといたげる」
エリアはそう言いながら住民証を出して門を通してもらう。
ユートもそれに続いて門を通る。
エレルの街に入ると、いつも通りの街並みだった。
「よう、エリアにユート」
声を掛けてきたのはアドリアンだった。
「あ、アドリアンさん!」
「お前らもドルバックさんところか?」
「そうよ! 魔鹿を頼まれてたから狩ってきたわ」
「俺たちは魔猪だ。ドルバックさんところ、繁盛してるみたいだから仕入れも増えてるし、お前らがいてくれてよかったぜ」
「最近獲物も多いですしね」
「ああ、ぼろ儲けだぜ」
そう言いながらアドリアンは笑ってみせる。
勿論、この活況が長く続かないことはアドリアンもわかっているのだが、それでも今稼げるのだから稼ぐ、という冒険者らしい思考をしているようだ。
「この後、夕食どうだ?」
「マリアさんには帰ってくること言ってないんで大丈夫だと思いますよ」
「じゃあマーガレットさんところでな。セリルにも来るように言っておく」
そういうとアドリアンは急ぎ足で立ち去っていった。
「相変わらず嵐みたいな人だな」
「まあああじゃないとアドリアンじゃないけどね」
そう言いながら、ユートも別にアドリアンに悪い印象を持っているわけではない。
むしろ半年前、ユートとエリアがギルドの創設を目指すといった時、不安げなセリルとは違って一番に乗ってきてくれたし、その後も冒険者としての長い経験をからくるアドバイスをくれている、頼れる兄貴分だ。
アドリアンの感想を言い合いながら魔鹿をドルバックの店に届ける。
ドルバックから百万ディール――金貨十枚を受け取ると、ユートがパーティ用の財布に収めた。
この財布は基本的にはエリアとユートの共用の財布だ。
マリアにユートの宿泊費を込みで十五万ディールを毎月渡し、残りはパーティの経費として使っている。
そして、ギルドを始める時の資金として毎月少しずつ貯めていた。
「マーガレットさんところ行く前に装備、外していきましょ」
エリアはそう言うと、剣帯を解き始めた。
「家まで待てばいいだろ」
「これ、サイズ合ってないからちょっと痛いのよ」
「剣帯を新調したらいいんじゃないか?」
「まあそうなんだけどね、なんか父さんが使ってたものを改造しちゃうのもどうかな、と思ってさ。擦れて怪我はしないから外した方が楽、ってぐらいだし」
そう言いながら、エリアは剣ごと外した剣帯を愛おしそうに撫でる。
エリアがこの父親の形見の剣をこよなく愛しており、誰にも使わせたことがないのはユートも知っている。
「そうか。それじゃ新調もできないな」
ユートはそれだけ言うと、ひょい、とエリアの剣を持つ。
「あら、ありがとう」
そう言いながら、その大事な父親の剣をユートに預けた。
夜、マーガレットの店に行くとアドリアンとセリルはもう来ていた。
「ごめん、セリーちゃん。待たせた?」
「ううん、今来たところよ。マーガレットおばさんと話してたらだけ」
「こっちも狩人の色々と話を聞けてよかったよ。こんなちんけな店だからね、相場なんかわからないし、魔の森の食材だって中々手に入らないんだ」
そう言うと、マーガレットは恰幅のいい体を揺すらせて大笑した。
このマーガレットの豪快で面倒見がいいところから、この町では冒険者に人気がある店だ。
「あんたら、いつも通りでいいかい?」
「ああ、それでいい」
アドリアンがそう答えると、すぐに厨房に戻っていった。
「で、今回はどうだった?」
「魔鹿二頭、すぐ狩れたわ。そっちは?」
「魔猪二頭、やっぱりすぐ狩れたぞ」
アドリアンとセリルのコンビは元々魔箆鹿のような魔法を使ってくる強力な魔物でもいない限り、魔鹿程度に遅れを取るほどない。
エリアとユートにしても、この半年間で十分に経験を積んで立派な狩人に成長していた。
「魔法はどう?」
「折角、火治癒を教えてもらったのに全然使う機会がなかったですね……」
ユートはこの半年間でセリルから教えてもらった火治癒を完全に自分のものにしていた。
「羨ましい悩みよね。私はまだ炎檻をモノに出来てないわ」
セリルはそう言うとため息をつく。
炎檻とはユートが魔箆鹿との戦いの中で編み出した、炎柵と炎結界を併用する魔法のことだ。
(魔法は発想力、定型的な魔法が少ないなんて思いもしなかったよなぁ……)
ユートはセリルにその話を聞かされた時に驚いたものだ。
ユートがその話を聞いた時、セリルは火球のような軍が使う定型的な魔法もあるが、魔力に火属性を帯びさせられる、となれば後はどう放出して、どうイメージするかで魔法がどうなるかは決まる、と言っていた。
そうした発想力こそが魔法使いのセンスであり、同じ事象を発生させるにしても定型的な魔法以外は魔法使いによって放出の仕方、イメージ、そして魔力消費まで大きく違うことになる。
そうして新しく生み出された魔法は生み出した本人によって名前がつけられるが、そうした名前がつけられたオリジナルの魔法は大体がその魔法使いの奥義となり、冒険者の間で定型化されるものはほとんどないらしい。
(俺もセリルさんに名前付けろと言われた時はびっくりしたけどな)
結局、名前は炎檻という名前になったが、ひどく気恥ずかしかったのを思い出す。
「ホント、どうやってるのよ。そりゃこの二つを組み合わせたらそれなりに使える魔法になることはわかってたわ。でも炎結界は打ち消した魔法と同じだけの魔力を消費するから維持なんかできやしないの。それをユートくんはあっさりやっちゃうんだから……」
「まあなんとなくって感じですけどね」
「もしかしてユートくんって魔力もの凄く多い?」
「わからないですけど……」
ユートとセリルが魔法談義をしている横で、エリアたちは剣帯の話をしている。
「あの剣帯、やっぱり長いのよね」
「デヴィットさんのだろ? そりゃ長いに決まってる。あの人は俺より背が高かったんだぞ」
「わかってるけど、新調しちゃうのも、ね」
「いや、デヴィットさんからしたらその剣帯のせいでお前が怪我する方が嫌に決まってるだろ」
そんなことを話しているうちにマーガレットが料理を持ってきた。
「はいよ。シェファーズパイにエールシチューだよ」
そう言いながらパイとエールで煮込まれたシチューを持ってきた。
パイは今焼き上げたばかりらしく、湯気が立っており、その匂いに嗅覚を全部持って行かれる。
シチューはとろとろになるまで肉が煮込まれており、こちらは視覚が全部持って行かれる。
そうして視覚も嗅覚も奪われた四人は、話を止めてごくりとつばを飲み込む。
「みんなエールでいいかい?」
「……ああ、頼むわ」
アドリアンがそう言うと、木のジョッキが四つ出てきた。
「では、無事の再開に乾杯!」
アドリアンの言葉に合わせて木のジョッキが打ち鳴らされる。
「うん、相変わらず美味いわ」
「美味しい!」
「さすがマーガレットさんね!」
「美味しいです」
「褒めても何も出やしないよ!」
四人は思い思いに褒めながら料理を頬張る。
そんな四人にマーガレットは混ぜっ返しながらも、にこにこと食べっぷりを眺めている。
「あんたら、もしよかったらこっちもどうだい?」
そう言いながら持ってきたのは小さな両手鍋と、乾杯で一気に飲んでなくなっていたエリアのおかわりのエールだった。
「これは?」
「あたしの作ったホットポットだよ。ちょっと作ったのが余っちまったんであんたらが食べてくれると嬉しいんだけどねぇ」
ホットポットとは保温性に優れた両手鍋のことを言うが、一般的にはその両手鍋を使った煮込み料理のこともホットポットという。
煮込み料理と聞いてアドリアンがすぐに食いついた。
「おう、もらうわ。新しい料理か?」
「そうだよ。最近ドルバックの店みたいな魔物の肉を出す店が流行ってるからね。うちも品数を増やさないとやってらんないんだよ」
ドルバックの店が流行ってる理由は間違いなくまめに魔物を狩ってきている自分たちにあるだろう、と思い、ユートは少しばかり顔をしかめた。
「あんたらのせいじゃないよ。というかドルバックのところは元々高級料理だからうちとはお客さんもかぶらないし、あんまり関係ないのさ。ただ、最近は魔物の肉もどんどん値段が安くなってるからね。お陰でうちみたいな魔物以外の肉を出している店は苦しくなる一方さ」
そう言いながらマーガレットは笑い飛ばした。
「それでもうちはそう簡単には潰れやしないがね」
「そりゃ俺たち冒険者からしたら魔物の肉なんざ食い飽きているからな。それにここらの冒険者は駆け出しの頃からおばちゃんに世話になってるの多いしな」
「私も駆け出しの頃にお金無かった時、パイをオマケしてもらったわ」
「ははは、そういえばそんなこともあったねぇ」
そう言いながらいつの間にか無くなっていたエリアのジョッキにエールを注ぐ。
「おっと、話し込んでちゃいけないや。あんたら、ポテトも食べるだろ?」
「ああ、エールと合うからな」
アドリアンの言葉にマーガレットはにっこりと笑うと厨房へ戻っていった。
「マーガレットおばさん、相変わらずね」
「ここらの通りの名物のおばちゃんだもんね」
「知ってるか? おばちゃんここらの冒険者の名前みんな覚えてるんだぜ。数百人はいるはずなのによく覚えてるよ」
マーガレットのことをエリアたちはめいめい評する。
「まあ料理は美味いし、おばちゃんはいい人だからここは潰れることはないだろ」
そう言いながらアドリアンは両手鍋の中に入った肉を取る。
よく煮込まれているらしく、スプーンですくっただけで少し崩れそうになる。
「羊肉か」
羊肉そのものは珍しくはない。
皮は羊皮紙になり、毛は服になり、肉は食べられるから便利なのだ。
アドリアンは煮込まれて臭みのだいぶ消えたその羊肉を一口で頬張った。
「ほろほろだぜ。こいつは美味い」
エールを喉に流し込む。
「うん、エールとの相性もばっちりだ」
「ちょっと、アドリアンずるい!」
エリアはそう言いながら羊肉を頬張り、エールをがぶ飲みする。
「エリア、潰れんなよ」
一応ユートがそう声を掛けたが、当然ながらエリアから返ってきたのは否定の声だった。
「何言ってんの!? 明日はどうなるかわからない冒険者なのよ! この美味しい料理もこの美味しいエールも死んだら味わえないのよ!?」
俺は死んでから味わってるんだけどな、とユートは心の中で独り言ちる。
勿論それは特殊なこととわかっているから口に出すことはない。
「と言っても、明日急に依頼が入るかもしれないだろう? そうなった時に二日酔いで行けなかったらまずいだろう?」
「……ユートのくせに正論でなんか腹立つ!」
「ちょっと待て、それはおかしい!」
「だって冒険者ギルド作りたいとか言ってるじゃない。それなのにこういう時だけ妙に真面目でなんか腹立つのよ!」
「ギルドは関係ないだろ!」
「そういえば冒険者ギルドの計画はどうなっているんだ?」
ユートとエリアの掛け合いのような言い合いにアドリアンが口を挟む。
「資金はまあもうすぐ六百万ディール貯まると思います。この分ならあと来年の春先には目標の一千万ディール貯まると思います」
「相変わらず稼いでやがるな」
「何を言ってるんですか。アドリアンさんたちの入れてくれた分も結構ありますよ」
「ははは、まあ稼ぎ方はお前らよか詳しいからな」
アドリアンは豪快に笑うが、すぐに顔を引き締めた。
冒険者ギルドを作る、と決めた後、アドリアンたちにもその話をしたところ、その後は稼ぎを少しずつ貯めるのに付き合ってくれている。
「その後どうやって王国に認めさせるか、だろうがな」
「貴族にならないとダメなのかしら?」
「そうとも言えないんじゃないか? 貴族の制度はよくわかってないが……」
ユートも知識不足、と困った顔を浮かべた。
冒険者ギルドを作ると決めたものの、今すぐ出来そうなことはせいぜい冒険者の同職連合、組合を作るくらいしか思いつかない。
しかもそれも大規模にすればノーザンブリア王国なりエレルを管轄する西方総督府なりが介入してきそうだった。
「まあいいさ。今度プラナスさんあたりに聞いてみてもいいかもしれないしな」
アドリアンがパストーレ商会エレル支店支配人の名前を出す。
エリアとは父親の知己ということもあって、何かと親しくしている人物だ。
「そうですね」
「そうよ! 今度プラナスさんに聞いてみるから、今は飲みましょ!」
エリアはそう言うと、エールをあおった。




