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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第151話 クリフォード城救援にむけて

 マンスフィールド内国課長の訪問を受けた後、ウェルズリー伯爵の副官格となったジェームズ情報統括官を含めて会議を開いていた。

 ウェルズリー伯爵のノーザンブリア王国総軍司令部、ユートの第三軍司令部の司令部要員は当然として、大森林からの援軍という立場を慮ってゲルハルトとレオナの二人の大隊長、それに南部貴族の代表としてビーコンズフィールド伯爵、そしてクローマー伯爵家の後見人という肩書きの二人が来ていた。


「アーノルドさん、なぜ当主じゃない人が来ているんですか?」


 ユートはクローマー伯爵家の後見人、というその老人に聞こえないようにアーノルドに訊ねた。


「クローマー伯爵家は先代、先々代が早く亡くなりまして、現当主はまだ六歳なのです。そのため、先々代の弟にあたるヴィクター氏が陣代として参陣されています――ちなみにあのヴィクター氏は元々は王国軍の軽歩兵大隊長です」

「知り合いですか?」

「少し上の世代ですが、弓の名手で知られていた人です」


 アーノルドからそんな情報を得てユートはじっとヴィクターを見た時、どうやら定刻になったらしく、ウェルズリー伯爵が立ち上がった。


「総軍司令官ウェルズリー伯爵レイモンドであります。ゲルハルト(ルドルフ卿)レオナ(レディ・レオンハルト)、遠方よりの援軍、まこと痛み入ります」


 普段は軽口を叩いているウェルズリー伯爵が大仰な、芝居がかった口調で話し始める。

 普段はユートや王立士官学校以来の友人であるフェラーズ伯爵くらいしかいないからこそのあの砕けた調子なのであって、普段から付き合いのない南部貴族を相手にするときはちゃんと総軍司令官としてふさわしい態度をとるらしい。


「いえ、こちらこそ王国軍とともに戦えること、何よりも石神様が巡り合わせてくれた“兄弟”ユートとともに戦えることを喜びに思うています」


 ゲルハルトもまた少し改まった口調で、ゆっくりと言葉を発する。


「そして、我々の作戦目標なのですが、目と鼻の先のクリフォード城救援にあります。一般戦術情報として既に共有していますが、カニンガム副官(チェスター君)、もう一度説明しなさい」

「はっ! 総軍司令部副官、カニンガム伯爵家嫡子チェスターであります。ご存知の通り、ローランド王国軍は南方植民地へ西部、南西部、南東部より侵攻致しました。これらをそれぞれ西部軍集団、南西軍集団、南東軍集団と仮称しておりますが、このうち恐らく南東軍集団は東アストゥリアスを越えて旧タウンシェンド侯爵領へ入っているようであります」

「軍務省情報部内国課の主任情報統括官ジェームズであります。この点については内国課の諜報員も確認済みです」


 旧タウンシェンド侯爵領にローランド王国南東軍集団が入ったという点についてジェームズ情報統括官が補足する。


「そして西部軍集団、南西軍集団は西アストゥリアスを奪取後、ノーザンブリア王国南部への戦果拡大をしつつクリフォード城を攻囲しております。四日前の戦闘でエーデルシュタイン支隊が敵先鋒兵団を敗退させていますが、恐らくその数は最低でも四万、多ければ五万を超えるでしょう」

「ふむ」


 白髪に鋭い目つきの、ヴィクター老人はじろり、とカニンガム副官を睨めつける。

 歴戦の指揮官だけが持つ、その迫力にまだ若い――といってもユートよりはいくつか年上なのだが――カニンガム副官はやや気圧されているようだった。


「カニンガム副官、こちらの兵力はどのくらいじゃ?」

「第三軍のうち、エーデルシュタイン支隊が歩兵、騎兵、猟兵各二個の六個大隊、南部貴族はご存知の通り一万ばかり、それと総軍直属としてウェルズリー伯爵領軍の軽歩兵が二個大隊で合計二万弱です」

「それとは別にクリフォード城に兵がおるんだろう?」

「そちらは数は把握できてはおりませんが、アダムス支隊の兵が少なく見積もっても五千、それとクリフォード侯爵領軍が二千から三千のおおむね八千くらいと思われます」

「つまり、こちらはどれだけ多く見積もっても三万には届かない数で五万を超えるかもしれない敵軍を相手にしなければならないのか……」


 色白で軍務畑でやってきたようには見えないビーコンズフィールド伯爵が呟くように言った。

 弱気の虫に取り憑かれているように見えたが、南部貴族の有力者であるビーコンズフィールド伯爵がそうなれば南部貴族勢そのものが恐慌を来して瓦解しかねない。


「ビーコンズフィールド伯爵閣下、それはさすがに弱気すぎますぞ」


 ユートやウェルズリー伯爵が何か言おうかどうしようか、と迷っている間にヴィクター老人が一喝する。


「ヴィクター卿、そうは言ってもだな……」

「ビーコンズフィールド伯爵閣下、よろしいか――あなたの双肩にはクリフォード侯爵寄子衆一万と、そしてロドニー殿の命運がかかっておるのですぞ。そのような弱気なことを、何の意図もなく言うのは止めて頂きたい」

「……すまない」


 存外ビーコンズフィールド伯爵があっさりと引き下がったのをユートは意外に思いながら、ともかく肝心の南部貴族が恐慌を来さなくなったようで安心した。

 恐らくビーコンズフィールド伯爵は実戦経験どころかまともに部隊も率いた経験もないから、自分の不安などもつい口に出してしまうのだろう。

 限られた仲間だけの時ならばともかく、多くの者が聞く中でそれがいい結果をもたらさないことは、ユートもよく知っている。


「総軍司令官閣下、南部諸侯をもう少し集めるというのはいかがですかな?」

「ええ、今も増やそうと努力はしておりますよ。しかし……」

「なるほど、努力はしようとしておられるが、誰が旧タウンシェンド侯爵の寄子で誰がクリフォード侯爵の寄子か区別がつかない、と」


 ウェルズリー伯爵の言葉をビーコンズフィールド伯爵が引き取る。

 誰が寄子、というよりも、誰が内通しているのか、だが、それを言うほどウェルズリー伯爵は空気が読めないことは無い。


「それならばその仕事は私に任せて頂けませんかな? こう見えてもビーコンズフィールド伯爵家はクローマー伯爵家と並んで、クリフォード侯爵家の寄子衆の双璧です。クローマー伯爵がお見えになられていない以上、南部諸侯と普段から付き合いが多い私の名前で檄を飛ばすのが一番よいのではないかと」


 どうやら軍事的な知識はともかく、貴族としての人脈ならばこのビーコンズフィールド伯爵には自信があるようだ。


 王国貴族には、一般的に二種類の人種がいる。

 一つは王立士官学校や王立大学を卒業し、王国の軍人あるいは官僚として、大物貴族は七卿を目指して、それ以外も一つでも上の地位へ出世していこうとする人種であり、もう一つは先祖伝来の知行地を統治して発展させていこうという人種だ。

 一般的には爵位を継げず、軍人や官僚といった高等官になれなければ次代は平民となってしまう貴族の次男以下には前者が多く、一般的に爵位継承予定者(嫡子)となる貴族の長男には後者が多いが、クリフォード侯爵やシーランド侯爵のように、爵位継承予定者(嫡子)であっても軍に身を投じることもある。

 だが、多くの貴族――特に七卿を目指せるほどではないが、それなりの知行地を持つ男爵や子爵、それに一部の伯爵――はそうした高等官への道を歩まず、知行地の発展に注力するのが一般的だった。

 そうした貴族たちはおおむね近隣の貴族と仲が良く地元の人脈が広いものだが、ビーコンズフィールド伯爵もまたそういう貴族のようだった。


「ではビーコンズフィールド伯爵は南部貴族の動員をよろしくお願いします」


 ウェルズリー伯爵が頷き、それをカニンガム副官がすぐに手元の議事録に書き留める。


「そして一番の重大事――つまりクリフォード城救援作戦なのですが」


 南部貴族への旗振り役が決まったところでウェルズリー伯爵が本題に話を移した。


「問題は、攻囲中の敵軍の数、ですよね?」

「ええ、ユート君――いや、エーデルシュタイン伯爵、そうなりますね」

「もしオレらが後詰めしたら、どうなると思わはります?」

「一部の囲みを解いて、我々と対峙するでしょうね」


 ゲルハルトに質問にウェルズリー伯爵は明快に答える。


「その間に、クリフォード城の籠城軍が打って出れば?」

「一般論としてはクリフォード城を監視する戦力を残してこちらに対峙する、ということになるじゃろうな。そして、打って出たとしてもそれを撃退できる監視部隊を残すはずじゃ」


 ウェルズリー伯爵にかわって、ヴィクター老人がそう続ける。


「やっぱりそうなるやなぁ……」


 ゲルハルトが何か腕組みをしたが、ゲルハルトが何を考えているのかはユートにもすぐにわかった。


「呼応して挟み撃ちにしようってことか?」

「ああ、そうや。それなら少数でも勝てる可能性あるやろ」

「また夜襲じゃダメかニャ?」

「夜襲は読まれてる可能性が高いと思うぞ? ここまで何回も使ってる戦術だしな」


 ユートの言葉にウェルズリー伯爵も頷く。


「読まれているだけでなく、エーデルシュタイン伯爵領軍だけならともかく、総勢二万近い軍勢の夜襲は不可能でしょう。特に南部諸侯の軍勢は夜間行軍訓練を受けていないことも多い」

「……そうですな。夜間行軍が出来るのはクローマー伯爵領軍など、一部の軍勢に限られます」


 ビーコンズフィールド伯爵が少し悔しそうに言った。

 王国危急の時、普段からの訓練不足で必要な役割を果たせないことを悔いているのだろう。

 そしてその態度は、まだまだこの国における貴族の立場、役割をどう考えているのか、ということを雄弁に物語っていた。


「今は出来ぬことを悔いても仕方ありません。それよりも出来る戦術を考えましょう」

「とは言っても戦術の基本と考えるならば、翼包囲くらいではないかの?」


 ヴィクター老人の言葉にウェルズリー伯爵も頷く。


「南部諸侯は騎兵が多い、と聞きます。ですから、翼包囲を行う戦力としては申し分がないでしょう」

「任されよ。南部に騎兵は精兵ですぞ」


 心得た、とヴィクター老人が胸を叩く。

 歩兵科出身の軽歩兵指揮官でありながら、南部の男らしく馬を愛する男なのだろう。


「包囲するだけで勝てるのかニャ? 延翼運動って結局はどれだけ横に伸ばせるかの我慢比べだニャ。数の多い敵の方が有利じゃないかニャ?」


 レオナの言葉にウェルズリー伯爵もヴィクター老人も渋い顔をする。


「数だけではない。速度や練度もものを言うものじゃ」

「でも百騎で百万を包囲できるわけはないから結局は数だニャ。それに練度って普段から訓練をしているわけじゃニャい貴族領軍でそんな高い練度を持ってるかニャ?」


 レオナの言葉に、ヴィクター老人は返す言葉もない。


「確かにレオナ(レディ・レオンハルト)の仰ることもわからないではないですが、じゃあどうしたらいいんでしょうか?」


 今度はビーコンズフィールド伯爵が口を開く。


「あちきならクリフォード城にこっそり入るニャ」

「……すいません、言っている意味がわからないんですが」

「あちきらと、餓狼族(野良犬)どもなら敵に気付かれずに城に入れるニャ。ゲルハルトもそう思うニャ?」

「まあ妖虎族(山猫)が先導してくれるなら出来るやろな。オレらだけやったら無理や」

「それは心配するなニャ。それならあちきらが入って、ウェルズリー伯爵の本隊と対峙した隙を見計らって打って出て、監視部隊を破る方がいいと思うニャ」


 レオナの言葉にウェルズリー伯爵は顔をしかめる。

 それが出来るならば決して間違った作戦ではない――むしろいい作戦だが、問題が一つある。

 それを解決しなければ許可は出来ない、と思いつつ顔をしかめたのだ。


「問題は敵の猛獣部隊ですよね。えっと、狩猟豹でしたっけ?」

「倒された死骸を見た限りではそのようでしたな。あれを相手にするとなると、確かに騎兵では難儀しましょう。一番良いのは歩兵で戦列を組み、槍衾で対処することですが……」


 アーノルドが即座に答える。

 王国軍人ではなくあくまでエーデルシュタイン伯爵家の重臣ではあるが、軍司令官になっていてもおかしくはない経歴の持ち主だけに、その対応策もすらすらと出てくるし、なおかつウェルズリー伯爵やヴィクター老人もその対応策に聞き入っている。


「ん? 狩猟豹ですか?」


 場違いな声があがった――ジェームズ情報統括官だ。

 ジェームズ情報統括官は一応軍事とはいえ情報部であり、戦術的な訓練は机上で受けている程度なのだから、会議の場でも話すことなどないはずだった。


「そうやで。俺が退治したったけど、あとでアーノルドのおっさんに聞いたら狩猟豹だったらしいわ」

「狩猟豹といえば遙か南、ローランド王国とブルーム連合との間にあるサバンナに住まう猛獣ですな」

「そうらしいなぁ。オレはようわからんけど」


 大森林の出のゲルハルトにしてみればブルーム連合など知ったことではない――というかノーザンブリア王国に来るまで、ローランド王国の名すら知らなかったのだ。


「そのサバンナに、サバンナの生き物と対話して暮らす部族がいる、ということは聞いたことがあったかもしれませんな。本来ならば外国課の仕事なのですが、マンスフィールド内国課長の副官として会議に出た時に、ローランド王国が南方でその部族と戦っている、という話が出ていたような気がします」


 そう言いながらジェームズ情報統括官は手元の資料を繰った。


「ふむ、ありましたありました。おおよそ二年前のことですな」

「二年前に戦争をしていた相手から援軍を受けている、ということですか……奇っ怪な……」


 ヴィクター老人がなんともいえない表情を作っているのをウェルズリー伯爵が笑う。


「何をいっているのですか、ヴィクター卿。私とそこにいるゲルハルト君――ああ、失礼、ゲルハルト(ルドルフ卿)は三年前まで殺し合いをしていた仲ですよ?」


 ウェルズリー伯爵の諧謔味溢れる答えに、ヴィクター老人も笑った。

 三年前、アナやユートたちが大森林とノーザンブリア王国を講和させるまで、ウェルズリー伯爵は北方軍司令官として、ゲルハルトは餓狼族の事実上の族長として幾度となく戦った関係だ。


「そうですな。昨日の敵は今日の友、ということもいくらでも起こりうるのが戦場じゃったことを忘れておりましたわ」

「よろしいですか?」


 ジェームズ情報統括官が空気を読まずに言葉を続ける。


「その時の戦い方を外国課が送り込んだ諜報員が観察した記録が断片的に残っていますが、ローランド王国は煙で燻して戦っていたようですな」

「煙で燻す、ですか?」

「その通りです。狩猟豹だけでなく、他の猛獣たちも彼の部族は使役していたようですが、いずれも酩酊したとのことですから、もしかしたらキャットニップやシルバーヴァインのようなハーブを混ぜていたのかもしれません」

「なるほど、キャットニップやシルバーヴァインですか」


 ウェルズリー伯爵はもしそれが有効ならば一般の歩兵でも戦って戦えないことはないだろうと思う。

 騎兵は馬がキャットニップなどのハーブ類にどういう反応を示すかわからないのでやや危険とは思うし、仮に酩酊していても馬が本能に打ち克って猛獣相手に突撃するかもわからないので不明だが。


「どう思いますか?」


 ウェルズリー伯爵の言葉に、ビーコンズフィールド伯爵はちらり、とヴィクター老人の方を見やった。

 爵位でいえば伯爵と正騎士ではあるが、経験値でいえば大人と子供ぐらいの差があるのだから、ヴィクター老人の判断を追認するつもりらしい。


「……戦わねばならない、じゃな。此度の戦は我がノーザンブリア王国のもの、それを北方の勇士たちの手を借りねば勝てなかったといわれれば末代までの恥と思いますぞ」


 ヴィクター老人はもしハーブ類が有効でなかった時にどうなるかわからないと思っている。

 しかし、その上で延翼包囲よりレオナの立てた策が持つ可能性と、何よりもノーザンブリア王国軍の名誉のためにそれを選んだ。


「では、レオナ(レディ・レオンハルト)の作戦で行きましょう。レオナ(レディ・レオンハルト)、いつならば入城できますか?」

「今日の夜は確か新月のはずだから入城できると思うニャ」

「ユート君、西方軍の残部は私が預かります。君はレオナ(レディ・レオンハルト)の先導のもと、エーデルシュタイン伯爵領軍を率いて入城して下さい。総軍司令官として、アダムス支隊、クリフォード侯爵領軍を含めた籠城軍全ての指揮権を預けます」

「わかりました」


 ユートの返事を聞いて、ウェルズリー伯爵は頷く。


「この一戦に、王国の未来がかかっています。よろしく頼みますよ」


 ウェルズリー伯爵の言葉に、ユートも、ビーコンズフィールド伯爵も、ヴィクター老人も、そして他のみなも真剣な面持ちで頷いた。


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