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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第147話 宿営地の前哨戦

「ユート君、敵軍が迫っている、と聞きましたが」

「ええ、さっきイーデン大隊長がそう知らせてくれました」

「なるほど。クリフォード城が落ちたとするならば数万の可能性もありますね」


 もちろん、クリフォード城が落ちたとはユートはつゆほども思っていない。

 それはリーヴィス大隊長やアダムス司令官がいるから落ちるはずがない、という信頼もあったが、何よりも敗残兵の一人も落ちてきていないのは不可解、という理由もあった。

 恐らくその程度のことはウェルズリー伯爵もわかっているだろうが、それでも


 問題は敵の先遣隊がどのくらいの数か、ということだ。

 ユートの手元にあるのは六個大隊のおおよそ六千に、南部貴族の貴族領軍が一万ばかりであり、このほかにウェルズリー伯爵がウェルズリー伯爵領軍の軽歩兵二個大隊を率いているが、それを含めても二万に及ばない数だった。

 敵軍がクリフォード城への攻城よりノーザンブリア王国南西部への侵攻を優先した場合、あるいは二手に分かれて侵攻したとされる、西部軍集団と南東軍集団が合同していた場合、五万を超える可能性もあった。


「クリフォード城が落ちたとは考えにくいですが、もし敵が増援を得ていた場合は厳しいですね」

「ええ、さすがに私でも三倍の敵を破るのは厳しいです」

「と、なると……」

「まずは索敵でしょうけど……」


 セオリーならば驃騎兵を投入して敵の本隊と一戦やり、威力偵察を行うのがセオリーだ。

 とはいえ、怖いのは敵の戦力がいまいち掴めないことだった。

 特にクリフォード侯爵領軍を破った謎の部隊がいることを考えると、二個大隊しかない騎兵を投入して万が一があれば、決戦時に使える騎兵は一個大隊しかなくなってしまう。

 これでは騎兵戦力が足りなくなる可能性が高く、敵が包囲戦術を採った場合を考えるとウェルズリー伯爵は躊躇せざるを得なかった。


「あちきがやるのはどうニャ?」


 そんなウェルズリー伯爵の逡巡を読み取ったのか、レオナがそう言い出した。


「あちきらは大隊単体の戦闘力でいえば餓狼族(野良犬)の大隊の次、特に奇襲や夜襲は餓狼族(野良犬)よりも上ニャ。とりあえず探ってくるだけでいいなら見つからずにやる自信はあるニャ」

「それは、そうなんだが……」

「まあ今は大隊が疲労してるから、あちき単身で乗り込むことになるけどニャ」


 レオナはそう言って笑う。


「……レオナ、あんた大丈夫なの? あんたの腕はわかってるけど、一人で行って万が一見つかったらどうしようもないわ」

「大丈夫ニャ。見つかるようなへまはしないニャ。それに補給廠でようやくこいつの弾丸が手に入ったニャ」


 そう言いながらレオナは負い紐で背中に斜めに背負っている魔石銃をちらりと見せた。


「それがあっても逃げ切れるとは限らないじゃない!」

「山に逃げて、追っ手を見えないところから一人ずつ撃ち殺してやるニャ」

「でも……」


 なおも言い募ろうとするエリアをウェルズリー伯爵が手で制して口を開く。


「ユート君、彼女は君の家臣――いや、妖虎族ですのでエーデルシュタイン伯爵家の盟友ということになると思いますが、助力を願っても構わないでしょうか?」

「え、ええ」


 そういえば大森林の貴族とも言うべき立場のレオナ――とゲルハルト――はエーデルシュタイン伯爵家の盟友という立場になるのをすっかり忘れていてユートは少し慌てながら頷く。


「恐らく先のことを見据えても騎兵を出すよりレオナ(レディ・レオンハルト)の助力を得ることが最良と思われます。大変な任務ですが、よろしくお願いします」

「もちろんだニャ。あ、これはギルドへの依頼になるかニャ?」

「ははは、構いませんよ。カニンガム副官(チェスター君)、後で経理の方は処理しておいて下さい」


 こんな時でも商売っ気を出すレオナに、少しばかり悲壮な空気が流れていた場が和む。


「レオナ、絶対帰って()ぃや」


 ゲルハルトの言葉にレオナは頷いて出発していった。



 レオナが隠密偵察に出かけている間にユートは捜索任務で出撃していた中央驃騎兵第五大隊の収容に当たる。

 レオナや妖虎族について殆ど知らないリオ・イーデン大隊長はレオナが単身隠密偵察に出かけたと聞いてさすがに驚きを隠せないようだった。


レオナ(レディ・レオンハルト)を待つ間、宿営地を設営しましょう」


 ウェルズリー伯爵はそう言いながら、どこか落ち着きがないような様子だった。

 顔色も悪く、レオナについて心配しているようだった。


「気になりますか?」

「もちろんです。敵の数もそうですが、ああ見えてレオナ(レディ・レオンハルト)ゲルハルト(ルドルフ卿)と並んで重要人物なのですよ」


 そりゃそうだろう。

 エルフであり長命なイリヤ神祇官はともかくとして、そこまで寿命が長くないはずの妖虎族、餓狼族は将来レオナやゲルハルトが継ぐことになる。

 そして、妖虎族と餓狼族は龍蹄族と並んで大森林の大氏族であり、レオナの生死はノーザンブリア王国との関係にも多大な影響を与えることは明らかだった。


「じゃあやめておいた方がよかったんですかね?」

「それも悪手です。騎兵を失えば我々は敗れ、王国は南部を失うことに直結しかねません。南部を失えば、王都は常に敵の脅威にさらされることになります」


 つまり、レオナを失うことで将来の大森林との関係が疎遠になることよりも、今騎兵を失って敗れることの方が重大、ということだ。

 戦術のこと、戦略のこと、そして将来まで見据えて戦わないウェルズリー伯爵の立場にユートは同情した。


「それでそんな青い顔をしてたんですね」


 ユートの言葉に、ウェルズリー伯爵はなんとも言えない笑いで応じた。




「ユート! 帰ってきたわ!」


 翌日の夜、司令部天幕で仮眠を取っていたユートをエリアが叩き起こした。

 誰と言わなくてもわかる――レオナだ。


「早いな」


 ユートは正確な時刻こそわからないが、まだレオナが出発して三十時間ほどしか経っていないように思う。

 リオ・イーデン大隊長の報告によればまだ騎兵で一日の距離であったはずなので、相当に接近してきている、ということなのだろう。



「レオナ、あんた傷だらけじゃない!」


 エリアの声に驚いて見るとレオナの白い皮膚のあちこちに擦り傷のようなものが見える。


「全部かすり傷ニャ」

「というかあんたが見つかるってどういうことよ?」

「それも含めて話すニャ」

「ウェルズリー伯爵には?」

「アーノルドさんが今連絡しに行ったわ。ゲルハルトや各大隊長にも連絡してあるしね」


 エリアの言葉にユートは頷いて、着替えると司令部天幕の会議室へと移る。

 そうしているうちに、周囲を警戒していた関係で起きていたゲルハルトやイーデン大隊長、それにブラックモア大隊長やリオ・イーデン大隊長たちが続々と集まり、叩き起こされたらしいウェルズリー伯爵を最後に全員が集まった。


「まず一つ目。敵軍はおおよそ三万ほどだニャ」

レオナ(レディ・レオンハルト)、その根拠は?」

「宿営地の数、それに炊煙だニャ」

「なるほど、それならば確実ですな」


 ブラックモア大隊長が頷く。


「二つ目。敵軍には猛獣部隊がいるニャ。気配を消して接近したのに、あちきの気配を感じたみたいで散々追いかけ回されたニャ。まあ十頭以上仕留めたし、向こうも焦ってると思うけどニャ」


 レオナは自慢げに魔石銃を誇示したが、ウェルズリー伯爵の顔色は優れない。

 指揮官としては有能なクリフォード侯爵が、精鋭であるクリフォード侯爵領軍騎兵大隊を率いて挑み、為す術もなくやられた相手だ。


「その猛獣部隊の数や特徴はどんな感じでしたか?」

「数はあちきを追いかけたのだけで二十頭くらい、全体だと二百くらいと思うニャ。装備や特徴は……妙にカラフルな布を身に纏っていたニャ」

「二百頭、ですか……」


 ウェルズリー伯爵は頭を悩ませているらしい。


「あいつらは遠くから魔法で倒せばいいニャ。それかあちきが魔石銃で狙撃するニャ。さすがに動物を魔石銃で撃つのは騎士道に反さないニャ?」

「馬を撃つのは騎士道に反する気もしますが……」

「馬は牙を突き立ててはこないニャ。武器を壊しているだけニャ」


 一騎打ちで相手の武器を取り落とさせるようなもの、とレオナは主張し、ウェルズリー伯爵も頷かざるを得なかった。


「猛獣部隊の相手はゲルハルトとレオナに頼んでもいいか?」

「構わないニャ」

「任しとき」


 ユートの言葉に二人が頷き、それを見た各大隊長はほっとした表情を見せた。

 旌旗堂々、両軍向かい合っての戦いならばいくらでも蛮勇を発揮するだろうが、得体の知れない獣と戦うなど、御免被ると言いたげだった。

 特にポロロッカで魔物と戦い、大消耗した西方軍にとって、今回は魔物というよりは獣であるとはいえ、トラウマを刺激されかねない敵であり、それと戦わなくてよくなったのは相当ほっとすることだったのだろう。


「でも敵も練度が高い部隊ではないようなところも見受けられたニャ。特に宿営の警戒は猛獣部隊頼みにも見えるニャ」

「夜襲はどうかしら?」


 石塁陣地からの撤退戦で別働隊の宿営地を夜襲したことを思い出してエリアがそう提案する。


「夜襲は猛獣以外は対応できないと思うニャ。ただ問題は仕掛けた時に猛獣がちょうどあちきらの持ち場にいるとは限らないことニャ。それと今日はともかく、夜襲だと明日になるから厳しいニャ」

「餓狼族と妖虎族――エーデルシュタイン伯爵両軍捜索大隊と突撃大隊以外ではさすがに苦しいですな」


 アーノルドが呟くように言い、ユートも、そして大隊長たちも頷く。

 暗闇で猛獣と遭遇すれば恐らく人間はいいように狩られてしまうだろう。


「夜間行軍から朝一番に襲うのはどうや? それならまだ猛獣に妖虎族(山猫)どもか、オレらが当たりやすいやろ」


 夜討ちが駄目なら、朝駆けとばかりにゲルハルトが提案した。


「うーん、悪くはないけど、もし明日の朝に朝駆けするなら今すぐ出なきゃ駄目よね?」

「間違いなくそうニャ。今からでちょうど朝になると思うニャ」


 ユートたちは問題はない。

 旧西方軍の大隊、そして旧中央軍から派遣されている大隊は戦う準備は出来ている。

 問題は南部貴族の貴族領軍だった。

 彼らはさすがに惰眠を貪っているとは思わないが、今すぐ戦えるほどの準備は出来ていないだろうし、何よりも夜間行軍に耐えられるだけの練度があるかは心許ない。

 とはいえ、放置して勝手に進発するのも後々の禍根を招きそうだった――ゆえにエリアはどうしようかと悩み、ユートも決断できなかった。


 それを解決してくれたのはウェルズリー伯爵だった。


「ユート君、総軍司令官の権限で臨編エーデルシュタイン支隊の編成を命じます。エーデルシュタイン支隊は六個大隊編成とし、至急進発、敵軍に対して奇襲を行うこと。なお、第三軍残部は一時的に総軍直属とします」

「……わかりました」


 いくら命令があったとはいえ、南部貴族の怒りが収まるとは限らない。

 しかし、その場合には発令者としてウェルズリー伯爵が抑えにかかってくれるだろうし、立場上臨時の指揮官に過ぎないユートよりも、七卿の一人であり大貴族のウェルズリー伯爵の方がよっぽど抑えられるだろう。


 このウェルズリー伯爵の命令を受けてエーデルシュタイン支隊は動き始めた。



 エーデルシュタイン支隊はエーデルシュタイン伯爵領軍捜索大隊を先頭に、突撃大隊、そして西方混成歩兵第三大隊と中央軽歩兵第六大隊が続く。

 二個の驃騎兵大隊は大きく後ろであり、これは猛獣相手には人間以上に馬が見つかりやすいのではないかというレオナの意見を容れて、少しでも被発見率を下げるために大きく後ろに置いたのだ。

 もちろん夜明けとともに朝駆けをしかけることに成功すれば、騎兵の機動力を活かして宿営地に突撃することになるだろう。

 幸いなことに夜間行軍では大きな脱落者やトラブルもなく、敵宿営地まで達することが出来た。


「あそこニャ。猛獣どもも自軍の兵士が動き始めたせいであちきらのことに気付けてないみたいニャ」


 レオナがユートたちのところまで戻ってきてそう知らせる。


「その猛獣はどこにいる?」

「宿営地のこちら側ニャ。ゲルハルトにさっき言ってきたから、ゲルハルトが猛獣の相手をしている間にあちきらが宿営地に火を付けて回るつもりニャ」


 火を放つのはあの別働隊夜襲の時と同じだ。

 既に薄明るくなってきているので視覚効果は夜襲の時ほどではないが、それでもいきなりあちこちが燃え始めれば火と煙で混乱するのは間違いない。


「それと、軽歩兵大隊や混成歩兵大隊は予定通り左右に上手く誘導しておいたニャ。予定通り、あちきらが火の手を上げるのと同時に、総攻撃でいいかニャ?」


 レオナの言葉にユートは頷く。

 これで大きく横に広がって宿営地を半包囲する形を取ることが出来たはずだ。

 敵の方が五倍の優勢ながらも、奇襲に半包囲となれば決して破ることは不可能ではないはずだし、破らなくとも後退に追い込めば戦術的には問題ないのだ。


「火を付けたらあとは、あちきは魔石銃で猛獣狩りニャ」


 そう言いながらレオナは愛おしそうに魔石銃を撫で、にやりと笑った。

 まるでスポーツハンティングを楽しむかのようなその表情に、ユートはレオナの野性を見出していた。



 敵軍の宿営地に火の手が上がったのはそれから十分後のことだった。

 それを合図に、まず両翼の軽歩兵大隊や混成歩兵大隊が躍進する。


 一方でゲルハルトは慎重に接近しようとしていた。

 相手は戦ったことのない猛獣たち、いくら土弾(アース・バレット)などの魔法と餓狼族の膂力で対抗できるとはいえ、油断できるような相手とは思っていない。


「いくで」


 ゲルハルトは部下たちに静かに命じると、今やその姿がはっきりと見えるようになった、猛獣たち目がけて突っ込んでいった。

 ゲルハルトも宿営地のテントを飛び越えると、猛獣たちのまっただ中へと飛び込む。


「死ねや!」


 裂帛の気合とともに狼筅(ろうせん)がうなりを上げ、一頭の狩猟豹の脇腹を貫く。

 その狩猟豹はさすがに息絶えたが、同時に数頭の狩猟豹がゲルハルトを敵と認識して飛びかかってきた。


「ふざけんな!」


 ゲルハルトは一頭の狩猟豹を力任せに弾き飛ばし、もう一頭が大きく口を開けているのを見て、その喉の奥へ槍を突き通す。

 そうしているうちに甲高い音が響いた。

 音のした方を見ると、笛のようなものを加えて狩猟豹たちに鎌のような調教棒で指示を出している、色とりどりの布を纏った男がいた。


「あいつか!?」


 その指示を出しているらしき男をゲルハルトは睨みつけた。



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