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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第141話 黎明とともに

「西アストゥリアスが陥落したってどういうことよ!?


 書状を見たエリアが、思わず大声を上げた。


「エリア、静かに」


 ユートは慌ててエリアに注意し、周囲を見回すが、どうやら周囲の兵士たちは聞いていなかったようだ。


「エリア殿、兵が動揺しますからな」

「ごめん……」


 アーノルドに注意を受けているエリアを横目に、ユートは周囲を見回した。


「ユート、あっちに作戦室になりそうな小部屋はあったニャ」

「あいつら、随分と用意がいいな」

「どうもこの石塁はともかく、門は急造じゃないみたいだニャ」


 そう言いながらレオナが先頭に立って小部屋に案内する。

 レオナに案内された部屋は、街道を扼する石造りの門の中の小部屋だから、暗く、少しじめじめとしていた。

 しかし、同時に分厚い石に囲まれているので、話が漏れることはないだろう。


「ユート、ランタンを持ってきたで」


 ゲルハルトが用意良くランタンを持ってきてくれて、薄明かりの中で指揮官が集合する。



「まず問題となるのは、ここからの退路ですな」


 アーノルドがそう口火を切る。


「ロビンの大隊が遭遇した敵部隊――旧タウンシェンド侯爵領軍、というのも気になりますが……」

「恐らく前タウンシェンド侯爵(トリスタン)は我々の背後を衝こうというのでしょう。包囲してしまえば、ローランド王国の侵攻を受けているレイはこちらまで援軍を送るような余裕はしばらくの間はないでしょう」

「確かに軍司令部副官殿の仰るとおりですな。総軍司令官閣下の手元にあるのはウェルズリー伯爵領軍とその他雑多な部隊だけでしょう」


 ブラックモア大隊長もアーノルドの言葉に頷く。


「問題は輜重段列、よね」


 ほう、とアーノルドが感心したようにエリアに頷き、そして続きを促す。


「あたしたちはここを落とすのに糧秣集積所を中央軍が築いた拠点に設けたまま、まだ前進させてないわ。つまり、輜重段列の手持ちの糧秣が尽きたら終わり。ここで退路を断たれたら糧秣が切れちゃうし、包囲されたら降伏するしかないわよね」

「そういうことですな」

「つまり、リーガン大隊を援護するのが今、我々がやるべきことですな」」


 ブラックモア大隊長の言葉にアーノルドは頷くが、ゲルハルトが異議を唱えた。


「おいおい、オレたちは飯も食わずに戦い続けとるんやで?」

「大休止は挟まないとあちきらは戦えないニャ」


 時刻は既に夕方、朝食しか摂らずに戦い続けていた――もちろん個人携帯の軽食は適宜使っているだろうが――突撃大隊や捜索大隊が戦い続けられないのは当然だ。


「しかし、今から大休止をとる、となりますと……」


 大休止は食事を含む休憩のことであり、おおむね一時間から二時間はかかる休憩となる。


「夜になるわね」


 そこでみな沈黙する。

 明日の朝になれば、敵は増援を得るかもしれない――今回の一連の旧タウンシェンド侯爵領軍の動きが連動したものであれば、確実に増援は来るだろうし、場合によっては撤退した拠点の守備兵と挟み撃ちにされるかもしれない。

 仮に挟み撃ちにされなくとも、手持ちの糧秣だけで長期戦は不可能であり、包囲されれば万事休すだ。


「……結構まずいですね」

「ええ、ですから早急に脱出すべきかと」


 アーノルドはそう進言するが、ゲルハルトやレオナの大隊をどうするか、という問題がある。


「……とりあえずリーガンさんたちを収容しましょう」

「しかし、一晩経てば奴らもしっかり布陣しての戦いとなりますぞ」


 エリアの言葉にブラックモア大隊長は反駁する。

 ブラックモア大隊長の混成歩兵大隊は本営を守っていただけでそこまで疲労していないし、食事も適切なタイミングで摂れているので継戦能力は維持されているのだろうし、だからこそ戦いたいようだった。

 確かに包囲されれば一番逃げ足の遅い彼の大隊は撤退すらままならなくなるかもしれない。


「司令官閣下、どうされますか?」


 騎兵大隊を収容し、明日の朝に反撃するのも一つの案であるし、逐次投入を恐れずに混成歩兵大隊だけで解囲を試みるのも一つの案だろう。

 そうなれば最終決断はユートがするしかない。


 ユートはじっと考える。

 つまり、休憩後に仕掛けられればいいのだから、と一つのアイディアを口にする。


「その前に一つ聞きたいんだけどな、レオナ」

「なんだニャ?」

黄金獅子(ダーク・レオ)と戦った後、レオナは夜の山でも戦えるって言ってたよな?」

「言ったニャ」

「あれはレオナ一人か? それとも妖虎族全てか?」

「みんな出来るニャ。あちきらは夜の闇の方がよっぽど得意ニャ」


 なるほど、とユートが頷き、そして悪い笑みを浮かべる。


「今から大休止、深夜に出発して解囲を試みましょう」


 ユートの言葉に呆気にとられたが、すぐにアーノルドが気を取り直し、全員を代表して質問する。


「……夜襲、ということですかな?」

「ええ、夜襲です」

「申し訳ありませんが、我が大隊は……」


 ブラックモア大隊長は頭を振った。

 王国軍の操典には


「行軍だけならば出来ませんか? 敵勢への襲撃は僕らと捜索大隊中心でやります」

「それならばなんとか……」


 夜間行軍ならば一応操典にも入っていてそれなりに訓練しているのだろう。

 不承不承といった感じではあるが、ブラックモア大隊長も頷いていた。


「オレらも襲撃に参加するで」

餓狼族(野良犬)たちに出来るわけないニャ」

「オレらだけやったら無理やろけどな、お前らの後についていくくらいなら出来るわ」

「やれるものならやってみればいいニャ。迷子になっても迎えに行ってやらないニャ」


 ゲルハルトとレオナは勝手にそんなことを言い合っていたが、リーガンからの急報で数個大隊、といわれている以上、捜索大隊だけよりも突撃大隊も加えた方が確実だろう、とユートも頷く。


「では、今から騎兵大隊を収容後、深夜まで休息。申し訳ないが混成歩兵大隊は警戒を頼む。そして深夜に出撃して、一当てして追撃出来ないようにした後、陣地へ復帰する」

「復帰後はどうされますか?」

「状況の変化に応じて適宜判断する」


 ユートの言葉に全員が頷いた。




 深夜、仮眠から覚めたユートたち西方軍は馬に枚を含ませ、兵たちも出来るだけ足音を立てないように忍び足で城門を出る。

 事前に打ち合わせておいた通り、騎兵大隊と混成歩兵大隊はアーノルドが指揮を執り、そのまま街道沿いに陣地へ復帰、別働隊となったユートが指揮を執る突撃大隊と捜索大隊は敵の野営地を発見して襲撃、必要な打撃を与えたらすぐに後退する、という手はずだった。


「ユート、大丈夫よ」


 暗闇を睨みつけるように進むユートの肩を、エリアがぽんと叩いた。

 ユートの前には捜索大隊がおり、その先頭にはレオナがいるはずであった。

 そして、後ろにはゲルハルトと、ゲルハルトが率いる突撃大隊。

 二個大隊で一六〇〇名足らずの軍勢だが、攻撃力だけで言えば王国軍でも一、二を争う部隊のはずだ。


「なんや、びびっとるんか?」

「いや、ちゃんと敵情を掴まずに夜襲仕掛けていいものかと思ってな」

「大丈夫や。奇襲の基本は敵の意表を突くことや。まあウェルズリー伯爵がやられとるけどな」


 ゲルハルトはそう言うと忍び笑いを漏らした。


 そうしているうちにいよいよ敵が近くなってきたらしく、すぐ前を行く妖虎族の兵士たちが身体に緊張をみなぎらせた。

 ユートもまた緊張し、軽口を叩くこともなく、灯り一つない真っ暗なけもの道を進む。

 ふと見上げると、空は月もなく、星が瞬いているだけであり、この真っ暗な中を進めるとはさすがレオナ、と褒めたい気持ちが生まれる。


 そして、二時間ほど進んだところでレオナからの伝令が来た。


「ユート様、この先に敵の野営地があるようです。至急、前まで来て頂けませんか?」


 小声でそう告げる、伝令となった妖虎族の女性にユートが頷く。

 そして、後ろを振り返るとゲルハルトも頷いていた。


「ユート、あそこが野営地ニャ」


 レオナが小声で指差す先には、天幕がいくつも出ていて、その周囲を歩哨に立っているらしい兵が見えた。

 とはいえ、その歩哨たちに緊張感があるようには見えない。


「あいつら、気を抜いてるよな?」

「あちきにもそう見えるニャ」


 レオナとそう小声で確認し合うと、ユートは頷く。


「ゲルハルトは左手に回り込んで、背後から襲う形を取ってくれ。レオナは野営地に忍び込んでゲルハルトが仕掛けるのと同時に放火出来るか?」

「任しとき」

「任しとくニャ」

「じゃあ三〇分後を目処に夜襲を開始。合い言葉は、予定通り月に星」


 ユートの命令にゲルハルトもレオナも頷く。


「あと、ここに二個中隊を残していくニャ。何かあったらユートはアーノルドのところまで退くニャ」


 レオナはそう言うと、ユートが止める間もなく、二個中隊四〇〇名を率いて暗闇に消えていく。

 ゲルハルトもまた八〇〇名を率いて回り込む。



 残されたユートにとっては長い長い時間が過ぎていく。

 ちょっとした歩哨の動きを見て、誰かが見つかったのではないか、と気が気ではないが、何をすることも出来ない。

 暗闇の中で、周囲に見つからないように隣にいるエリアの手を握りながら、泰然自若である振りをしていた。


「ユート様、始まります」


 小声で妖虎族の誰かが告げた。

 さっき伝令をしていた女性らしい。


 彼女の言葉とともに、パッと火の手が上がる。

 そして、つんざくような悲鳴――ゲルハルトが突入したのか、それともレオナたちが近くにいた歩哨たちを斬り殺しているのか、ユートのところからはわからない。


「ユート、大丈夫よ。押してるわ」


 エリアがユートの手を握り返しながらそう呟くように言った。


「どうしてわかるんだ?」

「だって見る見るうちに火の手が上がってるでしょ?」


 確かに言われてみれば火の手はどんどんと広がっており、それはレオナたちが火を付けて回っている、ということなのだろう。

 もし手ひどい反撃を受けているならばそんな余裕はないだろうし、恐らく夜襲が上手くいっている証拠だった。


「そんなことにも気付かなかったんだよなぁ……」


 ユートはそう独り言ちた。


「上手くいっているなら前進して戦いに加わるぞ」

「今ならあたしたちでも見えるわ」


 燃える天幕が格好の照明になっており、特に暗視視力が高いわけでもないユートやエリアでも十分戦えるだろう。


「いくぞ!」


 そう言うと、ユートは蛮声を張り上げた。



 ユートたちが突入した野営地は地獄だった。

 あちこちでゲルハルトたち餓狼族の膂力に頭やら腕やら脚やらを砕かれた旧タウンシェンド侯爵領軍の兵たちが転がっている。

 そして、その周囲で燃える天幕からは、穀物が焼ける香ばしい匂いに混じって酸鼻を極める臭いが漂ってきている。

 ユートは指揮官としての責任感で、胃からこみ上げてくる酸っぱいものを抑え込むと、周囲の状況を把握する。


「エリア、ここら辺はゲルハルトたちがすでに討ち果たしている。もっと奥に行くぞ!」

「わかったわ!」


 エリアが頷き、捜索二個中隊を率いて更に奥に、敵を求めて突入していく。

 すぐにあちこちで餓狼族の兵たちが旧タウンシェンド侯爵領軍の兵を鏖殺している現場までたどり着き、月、星、と合い言葉を掛け合う声が聞こえてくる。


 ユートもまたその戦いに参加して、敵兵をなぎ払っていく。

 もはや戦意を失っているらしい敵兵はほとんど抵抗らしい抵抗もせず、殺されるか逃げるかするだけだった。

 見逃してもいいのかもしれないが、もし見逃して後で襲われたら、と思うと、逃げようとしない者は倒すしかない。

 ユートは、まるで何かに取り憑かれたかのように敵兵を殺し続けた。



「ユート! もう大丈夫やで」


 炎に照らされた、巨大な影がそんなことを怒鳴った。


「ユート、オレや!」


 ゲルハルトだった。


「もう敵兵は片っ端から逃げ出したわ。野営地もレオナが完全に焼き払ったから、部隊を纏められても明日の朝飯すらない状況のはずや。すぐにオレらも退くで!」


 下手に長々と居座って、夜が明けてから襲撃されて損害を増やすのは愚の骨頂だ。


「わかった。レオナは?」

「ここにいるニャ。捜索大隊も揃っているニャ」

「すぐに撤退だ。先導を頼む」

「了解だニャ」


 レオナはそう言うと燃える野営地をするすると抜け出し、暗がりへ身を躍らせる。

 下手に野営地の、燃える天幕を避けながら撤退するよりも暗闇に紛れる方が撤退も早く敵に発見されることもないと判断したのだろう。



「ゲルハルト、後ろを頼むぞ」


 山に入ると、ユートがゲルハルトにそう頼む。


「ああ、任しとき。まああの様子じゃまず追撃はされへんやろうけどな」


 ゲルハルトはそう言うと、あちこちが焦げた鎧を撫でながら笑った。


「あいつら、糧秣全部焼かれて追撃してこれるほど根性ないやろ。だいたいそんな根性のある指揮官がいればあの場ですぐに撤退させるか、それとも全力で反撃するかしてきたやろうしな」

「まあ、そうだけど、油断は禁物だぞ?」

「わかっとるって」



 そんな会話もあったが、最終的にはゲルハルトの言う通り、追撃されることもなかった。


「ユート、夜明けよ」


 夏の夜明けは早い。

 エリアの言葉に振り返ってみると、ユートたちが一度は攻め落とした石塁のある山陰から太陽が昇ってくるのが見えた。

 石塁には相変わらず誰もいないようであったが、じきに旧タウンシェンド侯爵領軍が復帰するだろう。


「何のためにあそこまで攻めたんだろうな?」


 ユートはぽつりと呟いたが、エリアは笑った。


「冒険者は、生きてるだけで儲けもの、よ」


 かつてのアドリアンが教えてくれたらしいその言葉をエリアが自信たっぷりに言うのを見てユートもまた笑っていた。


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