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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第140話 吉報と凶報と

「軍司令官閣下、どうされますか?」


 前哨拠点をあっさり陥落させたことで、ユートはどうするか余計に悩むことになった。

 マンスフィールド内国課長の警告が正確ならば余り深入りすることは危険、と思うが、今回の前哨拠点の戦いではどうもそこまで本気で守る気が無い、としか思えなかった。

 もちろん次の、石塁まで築いた防衛線はどうかはわからないが、一当てしてみるのは十分にあり、というよりもウェルズリー伯爵の限定攻勢の命令を考えるとやってみないといけない範囲だった。


「さすがにこれで終わり、というわけにはいきませんよね?」


 確認の意味も込めてユートはアーノルドに訊ねるが、返ってきた答えは予想通りだった。


「ええ、さすがにこれで限定攻勢、と言うと任務懈怠の疑いをかけられるかもしれませんな」

「ということは、やはりあちらの本格的な防衛線に攻めかからないと駄目ですね」

「落とす必要はありませんが、どの程度本気で守る気なのかは把握しなければ……」

「ですよね……」


 ユートはがっくりと肩を落としながら、アーノルドの言うとおり本格的な防衛線に攻めかかることを決断せざるを得なかった。


「ユート、一日遅らせるのはどうニャ?」

「そのくらいならサボってるとは言われないでしょ?


 ひそひそと後ろで話していたエリアとレオナがそんなことを言う。


「あちきらがいるから夜襲なんかかけてこれないニャ。というより王国軍の教範や操典に夜襲なんかあるのかニャ?」

「ないですな。もっとも精鋭ならば夜間行軍は出来ますし、不期遭遇戦までは十分に考えられております」

「積極的に攻勢に出ないならどっちでも同じことニャ。敵が接近すればあちきらがどうにかするニャ。だから一日休んで明日の朝から攻勢に出る、というのはどうかニャ?」


 レオナの献策をユートはすぐに容れる。


「それでいくか。夜中の間に包囲されてる、とかやめてくれよ」


 ユートは笑いながらレオナにそう言って、レオナもまた笑いながら頷いた。

 夜間や霧といった視界の効かない場面を最も得意としている妖虎族があってこその戦術だった。

 そうでなければ敵地で野営など、いくら地図があっても危険極まりない選択となってしまう。



 そうして一夜を過ごしたのだが、旧タウンシェンド侯爵領軍――戦旗は旧タウンシェンド侯爵家のものだが、実際には中小貴族も含む叛乱軍――は動く気配を見せなかった。


「いよいよ、攻めかかるしかないか……ゲルハルト、無理はしなくていいし、損害が増えそうだったらすぐに後退してくれ」

「わかっとる。任しとき」


 いくらゲルハルトでも勝手の違う攻城戦――というには規模が小さすぎるが――にユートが細かく指示を出すが、ゲルハルトは余裕の表情で頷いた。


「いつかペトラを落としてやろうと思っとったんや。研究もしとるし、この程度の石塁、ものの数ちゃうわ」

「北方首府を落とそうとか、あんた相変わらず豪毅ね」

「まあ餓狼族(野良犬)どもの悲願だったニャ。現実にはペトラ近くまでいくことも出来なかったニャ」

「それは言うたらあかん」


 ゲルハルトとエリアとレオナがそんな軽口を叩いているのを横目に、ユートは少し離れたところの丘陵の尾根筋を固めている石塁を睨みつけた。

 それは丘陵の間を通る街道を扼する位置に築かれており、街道であったところには門が設置されて石塁の一部となっているので、迂回ではなく突破しなければならない敵の防衛線だった。


 攻城戦はゲルハルトが部下を伏せさせて接近させるところから始まった。

 当然、旧タウンシェンド侯爵領軍も気付いて弓を放ってくる。


「こっちからは投石や!」


 ゲルハルトは飛んできた矢を狼筅(ろうせん)でたたき落としながら前線で指揮を執っている。

 狼筅(ろうせん)のみの装備だったため、遠戦では無力な餓狼族大隊を憂慮して、ユートは突撃大隊に弓を持たせようとしていたが、近戦時の戦力が減ること、そして弓が餓狼族の膂力に耐えられないことから諦めている。

 ただ、ユートの遠戦での弱さを指摘されたゲルハルトは遠戦では投石を主に据えるようになっており、優に百メートルは届く投石は十分な威力を持っていた。


 戦場を弓と石が飛び交うが、石塁という直接的な防御と、高地という間接的な防御を持つ旧タウンシェンド侯爵領軍の方が有利に展開する。

 とはいえ、それはゲルハルトたちに突撃させない、という意味であって、ゲルハルトたちもまた大きな損害は受けていない。

 一時間、二時間とじりじり時間が過ぎ、それでも遠戦に徹していたが、なかなか突撃の端緒を見つけられないゲルハルトは焦れて強攻に出ようかと思った矢先だった。


「ゲルハルト、一度後退よ!」


 後ろからこれをかけられて振り返ると、十人ばかりの妖虎族を護衛に連れたエリアがいた。


「エリア、何しに来たんや?」

「伝令よ。他の伝令じゃあんたは後退してくれるかわからないからあたしに行けって」

「なんや、信用ないな。まあ今突撃しようかと思っとったとこやけどな」

「ユートはあんまり損害出したくないのよ」

「わかったわかった。すぐに後退するからそんな怖い顔するなや」


 ゲルハルトは苦笑しながら兵を纏めてユートの司令部のところまで戻る。


「やっぱり堅い?」

「ああ、矢の数数えた感じやと向こうも軽歩兵が一個大隊くらいいそうやわ」

「やっぱりなぁ……」


「どないする? 攻めるの止めとくか?」


 ブラックモアやリーガンは半信半疑だったが、ゲルハルトはユートが疑っている、どこかから奇襲を受けたり、あるいは内応者がいるという話を百パーセント信じているらしい。

 そして、ユートがそういう考えならば攻めないのもあり、と言ってくれているのだ。


「いや、さすがに攻めないのはまずいだろうなぁ……」

「ほな、長引かせずにオレとことレオナのとことで一気に攻めるか? 魔法で一斉に攻めるのもありやで」


 ユートは少しばかり思案する。

 レオナの捜索大隊も出せば一気にけりを付けられる可能性は高いが、問題は夜間の見張りを任せていた捜索大隊がどこまで


「レオナ、妖虎族――捜索大隊はどんな様子?」

「いつでも出れるニャ。夜中も分担して起きていたから疲労度はそこまで高くないニャ」

「わかった。じゃあ二個大隊でもう一押ししてみてくれ。ただ、わかってると思うけど、無理に攻めなくていいからな」

「任しとき」

「任せるニャ」



 ゲルハルトとレオナはそう答えるとそれぞれ部隊を率いて再び石塁の前に立った。

 二回目になって、寄せ手が倍になっているのを見ても旧タウンシェンド侯爵領軍の士気は落ちていないようだ。


「ゲルハルト、無理押しは危険ニャ」

「せやけど無理押しせんとなかなか落ちへんで」

「とりあえず魔法を撃ち込むニャ」


 餓狼族にしても妖虎族にしても使えるのはほとんどが土魔法だけであり、一部が水魔法や風魔法も使えるくらい、火魔法の使い手は少ない。

 やはり攻撃力、特に広範囲を一気に攻める魔法では火魔法にかなうものはなく、獣人たちの魔法による攻撃は火魔法を中心とする冒険者のそれよりは落ちるが、逆に攻城戦となれば土魔法の独壇場であり、決して不利ではない。


「とりあえす土弾(アース・バレット)で攻めるのがいいと思うニャ」


 そう言いながら土弾(アース・バレット)を叩き込むのと、旧タウンシェンド侯爵領軍が矢を放つのはほぼ同時だった。

 矢の猛射は土塀(アース・ウォール)で防ぎ、そして土弾(アース・バレット)で攻めていく。

 また、時折投石を見せて魔力切れを起こさないようにしながら、両大隊は巧みに石塁へと近づいていった。


「二メートルくらいやな」


 遠目には低い石塁だったが、それでも近づいてみると堂々たる体格のゲルハルトの身長よりも高いところまであるようだった。


「ここから先は土塀(アース・ウォール)も意味が無いニャ」


 既に距離は十メートルとないところまで迫っている。

 これ以上は土塀(アース・ウォール)を展開していても確度のついた矢を防ぎづらくなるし、山なりの弾道を描く投石やらに対してはほとんど意味を成さなくなるだろう。


「一気に駆け抜けるしかあらへんな」

「それしかないニャ」


 二人は頷き合うと、すぐに命令を飛ばす。


「ええか、二メートルの石塁くらい、オレらやったらどうにか飛び上がれるやろ? 人間基準であの石塁作った奴らを驚かしたれ!」

「石塁の石の間には小刀が入るくらいの隙間があいてるニャ。小刀を入れて足場にして上るニャ!」


 おう、と部下たちが答えるのを聞くと、二人とも蛮声を上げた。

 そして、餓狼族と妖虎族の戦士たちが次々と土塀(アース・ウォール)の陰から飛び出していく。


 先頭に立つのはゲルハルトであり、ゲルハルトは重く長い狼筅(ろうせん)を軽々と振り回し、飛んでくる矢をたたき落としていく。

 部下の餓狼族の戦士たちも、そのゲルハルトを真似するかのように狼筅(ろうせん)を振り回して突進し、集団が一個の生き物のように矢を弾き返しながら十メートルの距離を躍進する。

 そうした餓狼族の陰を進むかのように、素早くレオナたち妖虎族も接近していく。

 迫力のある餓狼族の突進に、旧タウンシェンド侯爵領軍は気を取られすぎたのか、それともレオナたちが上手く遮蔽しているのか、ほとんど損害を出さずに石塁に接近してみせる。


 石塁に接近したあとが、獣人の魅せ場だった。


 先頭を駆けるゲルハルトは手に持つ狼筅(ろうせん)を走りながら地面に突き立て、棒高跳びの要領で宙を舞う。

 そして石塁の上に着地するや、その勢いのまま狼筅(ろうせん)を地面から引き抜き、守兵たちをなぎ払った。


「はよ来い!」


 後に続く餓狼族も、族長の子が一番槍となって石塁へと取り付いたのを見て慌てたかのように同じく棒高跳びの要領で石塁上へ飛び上がり、あるいは石塁の縁に手を掛けて飛び上がる。


 ゲルハルトの突進であっという間に橋頭堡を築かれ、混乱していた守兵たちだが、守将らしき男の一喝ですぐに混乱から脱してゲルハルトたちを包囲し、じりじりとその輪を狭めてくる。

 まだ石塁の上に上がっていない餓狼族が大半だったが、これ以上石塁の上に人を増やしても邪魔になるだけ、と判断したゲルハルトによって百人ほどが上がったところで止められる。


「貴様は餓狼族のゲルハルト・ルドルフか。この石塁の上まで上がってくるとはさすが。とはいえ、ここがお主の死に場所だ」


 その守将はそう言うとぎろりと睨みつけた。

 白い髭を鼻の下に生やしたその男はゲルハルトの強襲にもたじろいでいない。


「それはこっちの台詞や!」


 ゲルハルトはそう言うと膂力に任せて狼筅(ろうせん)を叩きつける。

 だが、その守将もまた槍をもって狼筅(ろうせん)を弾き返すと、数合打ち合ってみせた。


「やるな!」

「お主こそ!」


 少し距離を取って、そう言葉を交わすと再び打ち合う。

 包囲しているのだから、そのまま押し切ればいい、と思うのだが、あくまで一騎打ちを挑もうとするのは、混乱が収まったとはいえ強襲されて落ちている守兵の士気を回復させたいと考えているのだろう。


 守将の奮戦に勇気づけられたのか、ゲルハルトが一騎打ちをしている間に、守兵たちもまた包囲の輪を狭めてきて、そしてとうとう餓狼族と打ち合い始めた。

 とはいえ、個人を比べれば餓狼族の方が兵としての質は高い。

 身体能力の高い上、大森林の事実上の正規軍であった彼らは、貴族領軍はおろか王国軍であっても対等に戦える能力を持っている。

 であるからこそ、石塁の上で包囲されて劣勢という状況下でも対等以上に戦うことが出来ていた。


 石塁の上の戦いが膠着しているのを見て、まだ下にいる餓狼族たちが再び上に上ろうとし始めたが、ゲルハルトが突進したときのような意外性がないせいか、それとも指揮官がいないせいか、上手く守られてしまっている。

 つまるところ、戦場全体で膠着していた。


 その膠着している状況にけりを付けたのは、不意に石塁上に漂いだした煙と、ちろちろと見え隠れする炎、そして火事だ、という叫び声だった。


「どうした!?」


 その声に気を取られたらしい守将が、ゲルハルトの一撃を貰って崩れ落ちる。

 狼筅(ろうせん)で薙がれただけで致命傷ではないものの、はじき飛ばされて苦悶の表情を浮かべているのがゲルハルトからも見て取れた。


 そして、火事が起き、精神的な主柱であった守将の、苦悶の表情は兵の心を折るには十分だった。

 一人逃げ、二人逃げし始めて、気付けばほとんどの守兵は逃げ出していた。

 守将もこうなってはどうしようもない、と思ったらしく、部下に肩を借りて後退していく。

 ゲルハルトは一瞬躊躇したが、深追いして混戦になるよりも先にこの石塁を完全に我が物とすることを選んだ。


「ゲルハルト、上手くいったみたいだニャ?」


 どこからともなくレオナが現れた。


「どこいってたんや?」

「あちきたちが火を付けて回ったニャ」


 絶妙のタイミングで火事となったのは彼女ら妖虎族の仕業だったらしい。


「……そうか、ありがとな」

「それよりも早く下にいる連中をあげるニャ。門を開ければ中に入れるみたいニャ」


 レオナはそういうと、門の方へと消えていった。




 ユートと西方混成歩兵第三大隊がその石塁に入ったのは、午後の遅い時間だった。


「ゲルハルトにレオナ、お疲れさん。そしてありがとう」

「こんなんものの数に入らんわ、ユート(兄弟)

「気にするな、ニャ、そして落とせたのはあちきの手柄ニャ!」

「何言うてんねん。一番槍はオレやろ?」


 ゲルハルトとレオナはそんな風に言い合っていたが、その顔は笑っている。


「あんたたち、まさか先頭に立って突っ込んだの!?」

「当たり前ニャ!」

「当然や!」


 あっけらかんとした二人の物言いに、エリアだけでなくユートも驚いた。

 二人が率先して突っ込んで死傷したらどうするのか、と思ったのだ。

 だが、それを声に出す前にアーノルドが困惑した声を出す。


「驃騎兵大隊が遅いですな」


 西方驃騎兵第二大隊は周辺を警戒中であったので、全員を収容してから入城するとリーガン大隊長が言っていた。

 とはいえ、予定では斥候に出ている各分隊はそろそろ戻ってきているはずであるのに、入城してこないということは行方不明になっている分隊が出ているのかも知れない。

 単に迷っていたり、行軍の目算を誤っていたりして遅れているならばいいのだが、ここは戦場であり、予断は禁物であることをユートもアーノルドもよくわかっている。


「騎兵が来るニャ」


 レオナがそう言ったすぐ後、高々と轡の音を立てて騎兵が近づいてくるのがユートにもわかった。


「二騎、ニャ。他にはいないニャ」

「追われているのかもしれません」

「よし、混成歩兵のうち軽歩兵、弓を用意!」

「承知しました!」


 すぐにブラックモア大隊長が軽歩兵たちを配置につかせる。

 だが、それは杞憂だった。


「いずれも王国軍の騎兵です」


 黄昏の中、戦旗を見たアーノルドが、はっきりと言い切る。


「レオナ、他にはいないよな?」

「いないニャ」


 そのレオナの言葉を信じて、ユートは騎兵たちを城内へ招き入れた。



 一騎は、リーガン大隊長からの騎兵だった。

 その内容は、敵の別働隊と不期遭遇、戦闘中であり、その数は数個大隊と思われる、というものだった。


 そしてもう一騎は、ウェルズリー伯爵からだった。


『ローランド王国、南方植民地へ侵攻、西アストゥリアス陥落』


 それがその内容だった。



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