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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第138話 西方軍配置に就く

 丘陵地帯には、細い街道があった。

 馬車がどうにかすれ違える程度の細さであり、それが小高い丘の間を縫うように進み、いくども折り返して丘を越えていく、そんな道だった。


「これ、兵站線を維持出来るんですかね?」


 ユートは馬上の人となりながら、轡を並べるアーノルドに訊ねる。


「まあ馬車がすれ違えれば可能でしょうが、兵站の計画は相当綿密にやらねばならないでしょう」

「頼めますか?」


 西方軍に限らず、ノーザンブリア王国の各軍には補給関係を担当する指揮官はいない。

 輜重段列とはあくまで西方軍司令部の命令に従って物資を輸送・補給するだけであり、兵站計画を立案する立場にはいない。

 一応士官が何人かいるが、彼らはあくまで輸送指揮するためにいるだけであり、本職は馬の扱いに長けた騎兵科なのでそうした計画立案を任せるのには不安があった。


「わかりました。といっても現地に着いてからですが」


 現地に着けば中央軍の集積した補給物資が使える可能性は高い。

 そうしたことも踏まえて総合的に判断しなければならないのだが、司令部は司令官の他には若干の副官――アーノルドやエリアはこれにあたる――と従兵や烹炊班などしかいない司令部でそうした判断から計画の立案まで担当するのは相当難しいものだった。

 西方軍は元々馬商人の家に生まれ計数にも強いアーノルドがいるから持っているが他の軍はどうなっているのか一度調べてみたいほどだった。


「ところで戦術面なのですが、レオナ殿の捜索大隊は分列行進させない、というのはどういうことなのでしょうか?」


 西方軍の出征が四月となったことで試用期間を終えた冒険者たちが護衛(ガード)の仕事に就いた結果、連れてくることが出来たレオナの捜索大隊はユートの命によって散開して進んでいる。

 本来、軍というものは指揮官の目の届く範囲に、適切な陣形で動かすもの――そうでないといざという時に命令を下せない――であり、それは山中だろうが同じ、というのが軍の操典にある運用法だった。


「妖虎族の特性は山野も構わず走破できること、そして、高い察知能力です。先行させて敵を発見してもらった方がよっぽどいいでしょう?」

「しかしですな、もし勝手に戦端を開かれればどうするのですかな? そうなると、軍の指揮権をまるでレオナ殿が握っているようなことになるように思いますぞ」

「どうしたんですか、アーノルドさん?」

「ユート様――いえ、軍司令官閣下。いつ戦端を開くか、というのは軍司令官の指揮権の重要な部分です。それを部下に託すのは指揮権の放棄ではないでしょうか?」


 いつになく頑なに苦言を呈するアーノルドに、どうもユートは何か噛み合っていないものを感じた。


「えっと、アーノルドさんは一体何を心配しているのかイマイチわからないのですが……」

「私にも司令官閣下のお考えがちゃんと理解出来ていないようです。レオナ殿が先行して敵を発見して、戦端を開くことを許可するメリット、とは何なのでしょうか? まだ本隊が行軍陣形のままの時に戦端が開かれていれば、却って不利になりませんか?」


 そこでようやくユートは噛み合っていない部分が見つかったように感じる。


「ああ、戦端を開くというのは、例えば先で伏撃があったような場合ですよ。要するに行軍の支障になる要素を排除するのがレオナたちの仕事です」

「つまり、驃騎兵の捜索任務とは少し違う、ということでしょうか?」

「驃騎兵の捜索任務は陣形を組んだ敵を探して、危険を回避することにあるように思っていますけど、どっちかといえばレオナたちの仕事は伏撃などの危険を排除することです」

「うーむ、それならば理解は出来ますが、伏撃などありますか? 少なくとも王国軍の操典では全く考えられていない戦い方です。戦列を組まずに戦うなど危険過ぎる、と考えるのが一般的とですな」


 アーノルドは半信半疑だった。


「わかりません。でも、冒険者ならやるんじゃないかな? 南部にも僕が勅許状もらって徒弟保護令が出るまでは冒険者だった者はいるでしょうし、前タウンシェンド侯爵(トリスタン)はそういう冒険者を取り込んでいる可能性もありますよね? 旧タウンシェンド侯爵家には王位継承戦争で僕と戦った人も残っているでしょうし」

「なるほど、確かにそれならばありえないと斬って捨てれませんか……了解致しました。差し出がましい口を利いて申し訳ありません」

「いえ、アーノルドさんに質問攻めにされるのは僕にとってもいい勉強です」


 ユートは頭を下げているアーノルドをそう笑い飛ばした。


「しかし、軍の操典はいささか硬直化しているのかもしれませんな」

「なぜ伏撃に魔法使い――いや、法兵を使わないのですか?」

「法兵は高価な兵器ですからな」


 アーノルドが含みを持たせて言った。


「王国軍の法兵は冒険者と違い、四種属性全ての魔法を使える者だけです。しかも制式化されている全ての魔法を使えないとなりませんし、一定以上の魔力がなければなりません。つまり、養成に非常に時間と金がかかる兵科です。そして、同時にエリートとしての意識も高い」

「何か思うところがあるんですか?」

「ええ、近衛軍の、神銀(オリハルコン)の鎧に身を包み、魔法を放つ装甲騎兵どもを頂点に、彼らは少しばかりプライドが高すぎますな。自分たちは歩兵の壁に守られて当然と思っているし、それゆえに少しでも法兵を増やしたくて一属性でもよいことにしようとしても、それに法兵科が反対する、という有様です」


 恐らく情報源がウェルズリー伯爵なのだろう。

 ウェルズリー伯爵は王位継承戦争以後、ユートが持ち込んだ猟兵戦術をどう王国軍に導入するか検討していたようだったが、実際には操典の更新も含めた改革は行われていなかった。

 その理由の一つには、猟兵戦術を用いるに当たって必要な、法兵科の改革が法兵科の反発によって頓挫しているのだろう。

 法兵科は王立士官学校でも他の兵科とは別に教育されているらしく、伝手もないのでその牙城を打ち崩すにはウェルズリー伯爵をしても困難となっているらしかった。


「まあ猟兵は僕らだけでも十分でしょう。少なくとも前タウンシェンド侯爵(トリスタン)を倒すのに大規模な猟兵はいりませんよ。彼らに多少猟兵もどきがいたとしても、ゲルハルトには勝てません」


 ユートは自信を持ってそう言いきった。

 それは常日頃から魔物と戦っている西方の冒険者たちが南部の冒険者に負けるわけがない、という自信と、ゲルハルトという一騎当千の男がいる、という信頼だった。


「そうですな。いささか愚痴が過ぎました」

「ところでそろそろ休憩ですね」


 ユートはおおよそ二時間ばかりが経過したのを感じてそう告げた。




 ユートたちの行軍は概ね上手くいっていた。

 前方から恐らく中央軍のものと思われる輜重段列がやってきても、レオナが先に発見して上手くすれ違える場所を探したりしてくれたことで混乱もなかった。

 そして、六月二十五日、無事に丘陵地帯の中央軍が築いた拠点に入ることが出来た。



「エーデルシュタイン伯爵閣下、お疲れ様であります。私は中央軍の第三驃騎兵大隊長を務めており、ここの先任大隊長として指揮を執っておりますリオ・イーデンであります」

「長い駐屯、お疲れ様です」

「いえいえ、私どもはほとんど戦っておりませんので。兄からエーデルシュタイン伯爵閣下のことは聞いております」


 兄、と言われてもこの赤銅色に焼けた、それでいて目の前の人の良さそうな軍人の兄が浮かばなかった。


「兄も軍に奉職しておりまして、現在は西海方面艦隊の提督をしております」

「あ、ロニーさんですか!?」

「ええ、出征前に兄とイーデン伯爵家(本家)で食事をする機会があったのですが、気鋭のエーデルシュタイン伯爵はなかなかの傑物とべた褒めでした」

「ははは、なんかくすぐったいですね。こちらこそロニーさんには度々お世話になっています」


 思わぬ出会いだった。

 翌日から任務交代のための引き継ぎに入るが、それは大きな混乱もなく進む。


「やっぱり高位貴族の方が上の役職になるには適任だよなぁ……」


 指揮官同士に縁がある、というだけで下級指揮官の間で何かあってもユートとリオ・イーデン大隊長の間で話をすれば解決するのだから、人脈とは有り難いものだ。

 そして、そうした人脈を有するのはどうしても高位貴族となってしまうことから、七卿を始めとした王国の幹部たちが高位貴族で占められているのもむべなるかな、とユートは思っていた。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、当部隊の輜重引き渡しの件なのですが……」

「あ、それならアーノルド副官にお願い出来ますか?」

「わかりました。サイラスさんとも久々ですので、少しばかり長くなるかもしれませんが」


 どうやらアーノルドとも旧知らしいリオ・イーデン大隊長はそう笑って補給物資も全て引き渡してくれたので、兵站計画を一手に担うアーノルドの負担も少しは減っただろうと思う。



 そんなこんなで七月一日、無事予定通り西方軍と中央軍西側支隊が交代することが出来た。


「ようやく一息つけるわね」


 エリアが司令部天幕でそんな風に笑っていた。


「そういえばユート、あんた魔道具の方はどうなったのよ?」

「ああ、調理用の魔道具なら完成したから烹炊班の方に渡してあるぞ」


 前々から考えていた魔石コンロや魔石オーブンだったが、エレルでドルバックやマーガレットの意見を聞きつつすぐに完成していた。

 仕組みそのものは簡単なのだから当然といえば当然の話であり、テストのために烹炊班に渡してユートたちの食事をそれで作ってもらっていた。


「じゃああたしがここんところ食べてたものって……?」

「魔石オーブンで焼いたものだな。といっても味の違いは俺もわからなかったが」

「ホント、高い魔石使ってるのにかわらないものね」

「その分烹炊班の腕がいい、ということだろう」


 ユートはこっちの世界に来てもう五年以上になるが、未だに薪やらの扱いは上手い方ではなく、あれで一定の火力に出来るのはすごいと思っている。

 料理をするのに火力が一定でなければ焦げ付かせたりして致命的になってしまうのだから、ユートにとっては料理の上手さはほぼ火の扱いの上手さだった。


「じゃあこの魔道具は失敗?」

「そうとも言えないんじゃないか? 基本的に軍で出す食事はある程度雑に作っても大丈夫な単純な料理だからな」


 確かに美味しいことは美味しいのだが、ドルバックやマーガレットほど手の込んだ料理を出してくれるわけではない。

 もちろん戦場で作っているのだし、軍としても誰でも作れるようにするのも一気に調理しやすい料理にしているのもわかっているから不満はない。

 ただ、エレルでドルバックたちと話していた結論としては、繊細な火加減が出来れば職人芸の薪による火力調節よりも楽に、もっと作れる料理が増える、ということだった。

 つまり、業務用の魔道具としては需要あり、とユートは見ていたのだ。


「なんか、いつも隙間狙っていくわよね、あんた」

「隙間?」

「他の人が余り考えないところを狙っていく、みたいな」

「ああ、そういうことか。そりゃ誰でも思いつく魔道具は既に存在してるしな」


 別にユートは天才でも何でもないのだから、思いついた魔道具は既に先人が試していることが多い。

 それで実用化されていないならば、その魔道具には何か致命的な欠点がある、ということであり、それならばそうした欠点を部分的に克服出来たりする隙間を狙う魔道具を考えるしかない。


「あとは実際に使う人の意見を聞いてるとそうなるってこともあるけどな」

「まあ、ね」

「どうも王立魔導研究所の人は軍で役に立つ魔道具中心で民間人から用途を聞こうとしない傾向があるよな」

「ユート、そこら辺はあまり突っつかない方がいいと思うわよ」


 王立魔導研究所も法兵が中心になっている組織であり、下手に突っつくとエーデルシュタイン伯爵が法兵を批判した、という話に発展しかねない。

 現在、ウェルズリー伯爵が法兵改革を巡って軍務省内で暗闘を繰り広げている中でユートまでがその立場になるのはいささかまずかった。

 魔道具研究をしており特任研究員の資格もあるということや、猟兵が軍の標準兵種になればエーデルシュタイン伯爵領軍の優位性が落ちるということから、ユートは比較的旧守派の法兵に寛容とみられているのだ。

 別にユートからしたらどうでもいい話だったが、今の立場を維持出来ればウェルズリー伯爵と旧守派法兵が決定的な対立となった時に仲裁できそうなので、維持した方がいいと思っている。


「まあ、ともかく帰ったら量産体制、かな?」

「売れるかしら?」

「大丈夫だろ。というか、在庫を持たないでいいから大きく失敗することはないし」


 ノーザンブリア王国では商業がものすごく発達しているわけではないせいか、こと業務用の大型設備に関しては受注生産が基本だ。

 更にユートの場合、王立魔導研究所から必要な神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)は好きなだけ仕入れられるのだから在庫を持つ必要がなく、商売で失敗する可能性が極めて低かった。

 一つでも売れてしまえばあとは定期的に魔石が必要になる、つまりユートたちの顧客になってくれるのだからこれほど喜ばしいことはない。


「ギルドもどうにか黒字になったしな」

「あれは徒弟保護令の影響なだけでしょ。人足りないから値上げもできたし」


 昨年のギルドの収支はセリルの計算だと大幅な黒字、そして餓狼族と妖虎族の稼ぎまで考えれば、彼らの維持経費を払ってもかろうじて黒字という結果だった。


「今年は出征中の突撃大隊と捜索大隊の運用費は王国軍持ちになるし、もっと黒字かもな」

「やめときなさい。ユート、悪い顔になってるわよ」


 エリアはそう笑ったが、そのエリアもまた悪い顔になっている。

 別に金が欲しいわけではないが、まだまだギルド絡みでやりたいことはあるのだから、金はいくらあっても不都合ではない。


「まあ、それもこれも戦争に勝たないと、だけどな」

「そうね。油断は大敵よね」


 油断して凍死しかけた時のことを思い出して、ユートもエリアも気を引き締め直した。


 ウェルズリー伯爵の企図している、様子見の限定攻勢の発起まで、あと少しだった。


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