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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第136話 ユートの出征

 ユートがエレルにいたのはほんの十日ほどのことだった。

 本当はもっといたかったのだが、レビデムで西方軍の召集を行っており、司令官であるユートが長くいないのはまずかろうという判断だ。

 とはいえ、その十日間でレビデム支部設立に関する案件をアドリアン、セリルも含めた幹部たちで話し合うことが出来た上に、旗旒信号を用いた信号線についても用地を探していく、ということで合意していた。


 そして、アドリアンたちと別れて二十日ぶりにレビデムに戻ってきたユートたちだったが、別段やることがあるわけではなかった。

 急ぎの決裁は既に前回の滞在の時に終わらせてしまっていたし、軍の召集に関してはアーノルドという軍務に関しては抜群の副官がついている以上、何もやることがなかったのだ。

 もちろん細々とした決裁はあるものの、総督府のそれは副総督でもあるデイ=ルイスがほとんど片付けてくれるし、軍務については細々とした決裁はやはり副官のアーノルドのところで処理される。

 結果、ユートは暇を持て余す、という結果に終わっていた。


 ユートが無聊を託っている間にも軍の召集は進んでおり、六月も終わる頃にはほぼ完了していた。

 だが、ウェルズリー伯爵からの出征命令は未だに届いていない。

 まあウェルズリー伯爵がいるのは南部であり、南部からレビデムまでは二ヶ月近くかかるのだから、よっぽど状況が悪くない限り、あと一月やそこいらは出征命令が届くことはないだろう、とユートは踏んでいた。

 そのまま七月が過ぎ、八月が過ぎても出征命令は届かなかった。

 そして、九月に入りウェルズリー伯爵からようやく命令が届いたが、それは南部の戦線は膠着状態にあるのでしばらくは後詰めは不要、しかし一年も戦い続けると兵が倦むので翌年六月末日までにシルボーに着陣して中央軍と交代して欲しい、という命令だった。


 この命令を受けて、ユートは禁足令を出して緊張状態にあった兵を交代で休養させるように変更、またユート自身もレビデム支部の開設に全力を挙げることにした。

 この数ヶ月、時間的余裕の多い生活だったので、ユートは西方軍が持つ地図を使って信号所を設置する候補地を選定しており、その場所をゲルハルトの大隊が実際に訪問して信号を設置出来るか確認する作業も進めていた。



「信号所の設置工事は明日から、ね」


 エリアが言う通り、明日からゲルハルトの餓狼族大隊を小隊単位に分割して護衛(ガード)しつつ、工事を進めるという作業が行われる予定だった。

 これは ウェルズリー伯爵の命令によって餓狼族大隊を動員しても問題なくなったからであり、ゲルハルトの指揮の下、エレルとレビデムの間に十四箇所の信号所を建設する予定だった。


「信号所の完成が来年三月の予定、レビデム支部は四月一日からでいいのよね?」

「ああ、それでどうにかなるんじゃないか?」


 エリアとユートは支部開設の工程表を見ながら、そんな会話をしていた。

 既にレビデム支部の支部長は決まっており、今はユートの下で臨時の出張所のような扱いとなって依頼を送る任務をこなしている。


「信号表は完成したわ」

「信号を使った依頼のやりとりの手続き規定の案も作ったニャ」


 エリアとレオナがそう言いながらアルバとギルバートの二人を含めた五人で信号の内容について打ち合わせていく。


 そう、レビデムの支部長はこの二人になることが決まっている。

 一人ではなく二人なのは、腐敗や、エレルにある本部のコントロールを外れることを防ぐためで、レビデムの支部長は月番制として毎月業務が終わればエレルに戻ってアドリアンに報告することになっている。

 そのアドリアンは今までの事実上の留守居役から正式に本部長となっており、エレル冒険者ギルドは総裁にユート、本部長にアドリアン、副本部長にセリル、そして支部長にアルバとギルバート、という組織となっていた。

 エーデルシュタイン伯爵家の重臣格であるアドリアンの家は代々の従騎士として、ギルド本部長を世襲していくことになるだろうと思っているが、こればかりは次代以降を見てみないとわからない。

 また、レビデムに支部が開設された時点でエレル冒険者ギルドからノーザンブリア冒険者ギルドと名を変えることも既に決まっている。


「なるほど、信号は文字を基本として、複数の旗を組み合わせることで特定の意味を持たせる、というのですな」


 ギルバートが感心したように呟いた。


「基本的には海軍の旗旒信号を参考にさせてもらったで。レビデムの港に西方艦隊の連中がいてよかったわ」

「海軍で使っているならば、まず問題はなさそうですね」


 アルバが頷いている。

 確かに実戦で実証済みの技術――武人の蛮用に耐えうることが証明されている技術ほど頼りになるものはない。


「信号の基本的な動作――例えば発信とかの合図は問題ないニャ。でもギルドで用いるようになったら絶対に上手くいかないことがあるから、それを潰しておくニャ」


 そう言いながらレオナは自分の担当である手続き規定を全員に配る。

 相変わらず達筆な字であり、最初にレオナは字が綺麗だな、と言っていた頃にはレオナが妖虎族の族長の子であるとは知らなかったことを思い出す。


「まず、どちらかのギルドで依頼を受けた場合、それを即時に発信するニャ。発信する内容は護衛(ガード)狩人(ハンター)などの依頼の種類、そして依頼内容、期間、報酬を送信するニャ」

「ねえ、例えば護衛(ガード)は目的地や人数、狩人(ハンター)なら魔物の種類なんか必要じゃない?」

「そこら辺の依頼内容を伝える略符号は別表を見て欲しいニャ。あちきが思いつくものは大体挙げといたニャ」


 そう言いながらレオナは別表を指差す。

 そこには狩人(ハンター)の依頼対象になりそうな魔物などが一つ一つ略符号が付けられており、通信の時間を短くする工夫が為されていた。


「ふーん、これなら依頼はやりとりできるわね」

「あとはエレルとレビデムで依頼を受け付ければいいニャ」


 レオナは胸を張ったが、ユートは一つ疑問を覚えていた。


「依頼を受けたかったらどうする?」

「エレルかレビデムの受付に申し込めばいいニャ」

「いや、その依頼がまだ受付中って保証はどうするんだ?」


 ユートが言いたかったのは、もしレビデムで受理した依頼を、エレルの冒険者が受けたい場合に、先にレビデムで受付されていたら困る、ということだ。

 エレルの冒険者は依頼を受けたつもりになってレビデムに移動したら、もう他の冒険者が依頼を受けていた、などということが起きてしまうのだから。


「じゃあ誰かが依頼を受けた時点でそれを連絡するかニャ?」

「それが必要だろうな」

「それだと連絡が煩雑になりかねないわ……」

「しょうがないだろう。そのうちに信号線の増設をやらないといけないかもしれないけど……依頼は全部受理した側のギルドで管理するってのも付け加えておいてくれ」

「わかったニャ。それと、連絡が増えないように傭人(ゴーファー)の依頼はやりとりしない方がいいニャ」


 狩人(ハンター)護衛(ガード)ならばともかく、傭人(ゴーファー)ならばレビデムでも十分な人数を集められるだろう。

 また、数が一番多くなりそうな傭人(ゴーファー)の依頼の量を考えると連絡は無しにする方が賢明そうだった。


「そうだな」

「じゃあ後は清書してもう一度検討しましょう……って、アルバもギルバートも黙っててどうするの? あんたたちがやっていく業務なんだから、ちゃんと議論に参加しなさい」


 エリアがアルバとギルバートにイラついた声を出す。


 エリアは役職こそ就かなかったものの相変わらずギルドの幹部であり、恐らく将来的にはユートとエリアの間の子も庶子として家臣団に組み込まれ、ギルド幹部を世襲することになるだろう。

 もっとも今子供、特に男子が生まれれば、先立ってのノーザンブリア王家のような骨肉の争いに発展しかねないし、王女であるアナの子がそんな争いに巻き込まれたらエーデルシュタイン伯爵家もただでは済まないので、エリアとは何も致していないユートには全く実感のない話だったが。


「は、はい」

「あんたたちも準幹部なのよ。そんなことでどうするのよ?」


 情けない声を出すアルバにエリアが喝を入れた。


 と、そこへゲルハルトがひょっこり戻ってくる。


「ゲルハルト、あんた指揮は執らなくていいの?」

「ああ。あとは各小隊長に丸投げしてきたった。まあ何箇所もの工事なんか一人で差配できんしな」

「そう。期日通りには仕上がりそう?」

「それは雪次第やろうなぁ……街道は人が通って融けるから大丈夫やろうけど、そうやないところもあるしな」


 まだ今はそう寒くはないが、これから冬に入る時期なのだから、どんどん冷え込んでいくことが予想された。

 安全を考えて街道沿いに信号所があるとはいえ、そこまでの資材の輸送も含めて雪の中の作業がどの程度進められるのかはわからない。

 また、各信号所を今こそ餓狼族大隊が護衛(ガード)しているが、来年の四月以降――西方軍の出征以降――は誰が護衛(ガード)するのか、という問題もあり、予定通り仕上がるかはかなり疑問符だった。




 だが、その心配は結局杞憂に終わることになる。

 例年よりも暖冬だったこの冬は、ほとんど雪が降ることがなく、工事は予定よりも早い進捗で完成することになった。

 そして、四月一日には無事、レビデム支部の開設が終わり、西方軍はいよいよ進発するだけとなっていた。



「アドリアン、本当にあんたも出征するのね」

「ああ、この四月から、試用期間明けの連中が増えたんで、冒険者大隊を編成しても問題なくなった。レオナの大隊と合わせて三個大隊を出す方がいいだろう?」


 レビデム支部の竣工式ということもあり、珍しくレビデムに来ていたアドリアンだが、彼の目的はただ竣工式にノーザンブリア冒険者ギルド本部長として出席するだけではなく、二週間後に出征する予定の西方軍に付き従って出征することも含まれていた。

 ノーザンブリア冒険者ギルドはセリルに任せ、念のために本部長補佐の準幹部としてジミー、レイフのベテランコンビと、傭人(ゴーファー)の顔役であるニールの三人をセリルにつけているので、安心して出征できる、と言っていた。


 それにアドリアンが来てくれたことで、三個大隊のエーデルシュタイン伯爵領軍という形となり、西方軍はようやくまともな軍隊らしい形を持つことが出来ている。

 というのも、サマセット伯爵の総督退任に伴い、サマセット伯爵が西方軍に編入していたピーター・ハル大隊長率いるサマセット伯爵領軍派遣大隊がその任を終えてサマセット伯爵領に戻っており、西方軍はセオドア・リーヴィス大隊長の戦列歩兵第一大隊、ロビン・リーガン大隊長の驃騎兵第二大隊、イアン・ブラックモア大隊長の混成歩兵第三大隊の三個大隊編成となっており、軍としての形を為していない状態となっていたからだ。

 こうした事情から、アドリアンの率いる大隊の参戦は大きかった。

 ちなみに今回正式に西方軍に編入するにあたり、餓狼族大隊、妖虎族大隊、冒険者大隊の名前は受け持つ任務や兵種を意味していないことからさすがによろしくないということで、それぞれ突撃大隊、捜索大隊、猟兵大隊と名を改めている。


「それにエリア、お前にゲルハルトにレオナが出るのに、俺だけ留守番じゃあな」

「そんなことは気にしなくていいんですよ」

「いや、こいつは俺のけじめだ。主君だけ戦わせて、自分は安全なところでのんびりしてるってのは性に合わん」

「といっても、ウェルズリー伯爵からの一般戦略概況(定期連絡)によると、別段戦闘が起きているわけではないみたいですけどね。小競り合いは起きているようですけど……」


 ウェルズリー伯爵は一般戦略概況という定期連絡を各軍に送っており、それでだいたいの南部情勢が――一ヶ月か二ヶ月遅れではあるが――わかるようになっていた。

 そしてそれによるとタウンシェンド侯爵一味は、叛乱軍の策源地であるタウンシェンド侯爵領から見て外縁部にあたる小貴族の所領いくつかを捨て、地勢が有利なところを中心の防衛ラインを構築しているらしい。

 ウェルズリー伯爵としても無理攻めして兵を損ずるよりも、兵糧攻めにしつつ、小貴族を寝返らせようとしているらしく、小競り合い以上の戦いは起きていないらしかった。


「まあでももう一年近くもそんな戦いを続けているんだしよ、そろそろ根を上げてもおかしくはないだろ?」

「まあ、それはそうやな。てことはオレらがついたら決戦かもしれへんな」


 確かに長い包囲で倦んでいる兵を、新しい兵と交代させた上で攻勢に出る、というのは十分考えられることだった。

 色々と考える中、西方軍の出征が迫っていた。


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