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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第135話 護衛編成会議

 レビデムでの西方軍の準備を担当するアーノルドを残してユートたちがレビデムを起ったのは五月二十二日のことだった。

 すぐにエレルへ戻りたかったのだが、流石に軍司令官、総督代行として決裁しなければならない書類が山のようにあり、それを決裁するだけで五日とられたのだ。

 そして、エレルに戻ったのはそれから五日後、五月二十七日だった。


「うーん、やっぱり故郷の空気は違うわね」


 エレル冒険者ギルド本部の前に着くなりエリアはそんなことを言いながら馬車を飛び降りていく。


「王都に比べて空気が綺麗なように感じるのです」

「北方と……比べても……」


 アナとジークリンデもそんなことを言っているが、ユートには違いがいまいちわからない。

 ただ、エレルの空気はともかくエレル冒険者ギルド本部はユートにとって自分の屋敷よりも我が家のようなものだ。

 まあ三年ばかり実際に住んでいたのだから当たり前と言えば当たり前の話だ。



 ユートはエリアを伴って冒険者ギルドの中に入っていく。

 アナとジークリンデはとくにやることもないし、疲れていると言っていたので、そのまま馬車に乗って屋敷に向かった。


「ユート君、おかえりなさい」

「セリルさん、お疲れ様です。ギルドの業務はどうですか?」

「普通に上手く回ってる……といいたいところだけど、色々と問題も起きてるわ」


 セリルが表情を曇らせたので、ユートはまたよくないことでも起きたのか、と心配になる。

 そんなユートの表情に気付いたのか、セリルは頷いて目で会議室を指した。


 会議室に入ると、ため息とともセリルが話し始める。


「大きな問題ではないんだけどね……このところ冒険者志願者が増え続けていて、同時に依頼も増え続けてるのよ」

「どういうことですか?」


 それは一般的に言えばいいことのはずだ。

 もちろん急に拡大すると組織がついていけない可能性はあるし、依頼が一過性のものなのに冒険者が大量に増えてしまえば、その一過性の依頼が終わった後には冒険者同士の依頼の奪い合いが起きるだろうから、コントロールは必要だろうが――


「ほとんどの冒険者は徒弟保護令の出る直前に商会から切られた人だわ。行き場をなくしてエレルにいけば誰にでも仕事を斡旋してくれる冒険者ギルドがある、と聞いてやっとの思いで来た、と言ってたわ」

「それは……なんとも……」


 ユートからすれば自分が徒弟保護令の黒幕なのであり、いわば自分のせいで解雇されたようなもの、と思うとなんと言っていいかわからない。


「ユート、あんたのせいじゃないわ。いい? そういう商会は徒弟保護令が施行されなかったら四月以降の、近い未来に同じように切ってたわ。だからあんたが気にしなくていいわよ。それよりその解雇された人たちはどうしてるの?」

「一応、余りに増えたからアドリアンと相談して審査って形をとることにしたわ」

「あたしもそれが正解と思うわ。単に徒弟保護令のせいで切られただけならいいけど、悪さして切られた奴とかもいるかもしれないしね」


 ユートも頷く。


「で、依頼の方はどうなっているんですか?」

「依頼の方は四月以降、徒弟保護令で簡単に解雇できなくなったから大変よ。あちこちの商会が護衛(ガード)の冒険者やそれ以外の傭人(ゴーファー)を派遣してくれってものすごいわ。冒険者はまだ審査終わってない新人たちが入れば回るとは思うけど……」

「ということは一番急ぐべきは審査ってことですよね?」

「そうね。それが終わりさえすれば冒険者の方が多いくらいかもしれないわ」

「今は誰がやってるんですか?」

「アドリアン一人よ。私がギルドにいるときはアドリアンが、アドリアンがギルドにいるときは私がやるけど、アドリアンより私の方がギルドの管理は得意だからね」


 セリルはギルド規約の試案から作ってきただけあってギルドの諸規則に通じているし、冒険者としても実績があるからギルドの運営ではアドリアンより上手いのは当然だった。


「わかりました。他に任せられそうな冒険者はいないんですか?」

「一応、手伝ってくれてるギルバートやアルバ君あたりかしら? あとはジミーとレイフ?」

「わかりました。僕らも含めてで審査をすぐに片付けましょう。あと、信頼できるところの紹介状とか持っていたらそれでOKにしましょう」


 レビデム支部の前に片付けないといけないことがある、とユートは痛感した。

 まず何人くらいの冒険者がいるのか把握しないとレビデム支部を設立してどのくらい仕事を受けられるのかは判断が出来ないからだ。


「あんた、今日くらいはゆっくりしなさいよ。だいたい冒険者だっていきなり呼ばれても困るでしょ」


 すぐに冒険者を呼び出しかねない勢いのユートに、エリアが焦ったように言う。

 確かに今から呼び出すとなれば長旅で疲れているエリアたちからすれば酷だろう、とユートも考え直す。


「今日は会議だけにしとくか」

「そうね、それがいいわ。セリーちゃん、アドリアンも呼んどいて! ゲルハルトたちも呼んでくるし」


 エリアがそう言うと、ゲルハルトたちを呼びに出ていった。




「まず、ギルドの運営体制から報告させてもらうぜ」

「お願いします」

「ギルドは、お前たちが王都に出向いた三月以後も概ね順調に運営している。三月下旬から徒弟保護令の関係で新規に加入する冒険者が増える傾向にはあったが、それが酷くなったのは四月中旬以降で、五月以降はそれに加えて商会から護衛(ガード)傭人(ゴーファー)の問い合わせが相次いでいる」


 恐らくレビデムからエレルの間の護衛(ガード)を確保したり、自前の護衛(ガード)を残していた商会がエレルまで来て依頼を増やしたのだろう。


「現在の課題は、審査を行うのがほぼ俺一人、ということと、依頼をこなすだけの護衛(ガード)を確保するのが困難だ、ということに尽きる」

護衛(ガード)を、ですか?」

「ああ、そうだ。冒険者の試用期間がある関係で護衛(ガード)はいきなり増えることはない。この一年はかなり綱渡りだろうな」


 そういえばエレル冒険者ギルドを設立するときに試用期間制度を作ったのを思いだしたユートはがっくりと肩を落とす。


「まあ一年間は普段傭人(ゴーファー)やってる奴らも含めて構成するしかないな。指名依頼も多用するしかないだろう」

「わかりました……ちなみに、デイ=ルイスさんから言われたんですが、レビデムまでは来れても魔物と戦った経験のある護衛(ガード)がいなくてエレルに来れない依頼者が多いみたいです。そのせいでレビデムで止まってる依頼もそれなり以上にあるようですけど……」

傭人(ゴーファー)なら大量にいるから傭人(ゴーファー)依頼ならいくらでも受けられるぞ? 護衛(ガード)だと回せる範囲で受けるしかないが……」


 アドリアンも顔をしかめる。

 回せない、ということは即ち王国の物流に直接的なダメージがある、ということだ。

 しかも王国軍のうち一個軍が出征している現状を考えれば治安は悪化することこそあれ、良化する可能性はあまりないこともそれに拍車を掛けるだろう。


「おいおい、ユート。ちょうどオレらの仕事にしたらええやろ?」


 ゲルハルトが笑う。


「別にオレらは傭兵団(マーセナリーズ)やりたいわけやないんやから、小規模に分けて護衛(ガード)やるで。レオナの所もそれでええやろ?」

「構わないニャ。二千近い獣人がいれば護衛(ガード)は回せるはずニャ」

「ただなぁ……」


 ユートが少し悩むしぐさを見せる。


「どうしたニャ?」

「いや、南方で内乱起きてるのに、戦力になる餓狼族大隊と妖虎族大隊を護衛(ガード)に回しちゃっていいのか、と思ってな」


 西方と一口に言っても広いし、仮に依頼中に急遽召集しなければならなくなっても終結まで一月は軽くかかるだろう。

 つまり二個大隊は今後もしユートが出征することになれば戦力として当てに出来ない、ということになる。


「それは確かにそうだけどニャ……」

「でも護衛(ガード)を回す方法がないわよ? デイ=ルイスさんの口ぶりだと、あっちにも相当な依頼があるんでしょう?」

「ああ、決裁してる最中の雑談で聞いたけど、デイ=ルイスさんの想定を超える数が来てたらしい。まさかあれだけの数が来るとは思ってなかったらしい」

「デイ=ルイスさんも案外ミスするところがあるのね」

「ここまで一気に依頼が増えることを想定していなかった俺たちよりはマシだけどな。デイ=ルイスさんは今の冒険者ギルドの体制だと増加はどうにか出来ると思っていたけど、予想以上に徒弟保護令で一度解雇して冒険者ギルドに丸投げしようって商会や工房が多かったらしい」

「まあ護衛(ガード)の手綱をしっかり握るのはなかなか難しいし商人連中だと御しきれんからギルドに丸投げすりゃいい、と思ったんだろ?」


 アドリアンが苦笑いをする。

 荒くれ者が多い上に仕事をさせてみないとどんな冒険者かわからないから、自前の専属護衛(ガード)を用意するのはどこの商会でも四苦八苦していたのを知っているからだ。


「まあそれはいいとして、だ。結局護衛(ガード)をどうするんだ? ギルドのことなら俺はいくらでもアドバイスしてやれるが、西方軍のことになればお前しか結論は出せんぞ?」

「わかってますよ。半分だけ、というのはどうですか?」


 餓狼族大隊と妖虎族大隊のうち、どちらか一つ、または両大隊から半分ずつならばいざという時に足りない、ということもないだろう。


「まあそれでも回せるかもしれんが……」

「やるんやったら魔物相手に慣れとる妖虎族(山猫)どもが護衛(ガード)、集団戦闘に慣れとるオレらの方が傭兵(マーセナリー)やな?」

妖虎族(山猫)言うニャ。でもあちきもその方がいいと思うニャ。ただ、二個大隊分を護衛(ガード)する自信はないニャ」


 レオナとゲルハルトの言葉を聞いて、ユートは頷き、そして同時に腕を組んで考え込んだ。


「一つ、邪道な方法なら浮かんだわ」


 セリルが敢えて邪道、とつけてアイディアを出す。


「西方の通商路ってレビデムから北に向かうレビデム―エレル間、レビデムから東に向かうレビデム―メンザレの間、そしてレビデムから西に向かう西方通商路の三つでしょ? その三つの通商路に専属の護衛(ガード)組織を置くの」


 つまり、大きな通商路を一個大隊で守ってしまおう、という方法だ。


「そして、商隊は出来るだけ纏めて一個中隊とかそのくらいの数で護衛(ガード)しちゃえばかなり人数は節約出来るんじゃない?」

「なるほど、確かに定期便みたいな感じにして集団で護衛(ガード)すれば必要な数は減りそうですね。でも、それだと組織力のある妖虎族大隊ならともかく、一般の護衛(ガード)は仕事があがったりになりませんか?」

「なるわね。だから邪道、ってこと」


 セリルが最初から自分のアイディアを邪道と言い切っていたのはそこまで見越した上のことだろう。

 ギルド本体、というかユートと深い関係のあるレオナの妖虎族大隊が儲かる護衛(ガード)を一手に引き受ける、となれば冒険者の反発もあるだろう。

 もちろんユートが勅許状をもらっている以上、エレル冒険者ギルドに対するエーデルシュタイン伯爵家の支配権が揺らがないが、それでも士気を落とすことは間違いない。


「いや、あがったりにはならんだろう。レビデムまで来てる依頼の中には東部の護衛(ガード)の依頼もあるだろうし、うちの護衛(ガード)連中はそっちに振り分けりゃいい。まあだからといって集団で護衛(ガード)するってのが邪道っていうセリルの意見には賛成だがな」


 アドリアンの言葉にユートが考え込む。

 そのユートの決断を五人がじっと待っていた。


「…………総軍編成勅令が出ている以上、今は戦時です。それならば戦時に見合っただけの護衛(ガード)の方法があってもいいでしょう。特に西方軍の出征を前提とすれば、普段は見回っている警備兵大隊もその数を減らさざるを得ないわけですし」


 警備兵大隊の先任中隊長であるヘルマン・エイムズに補給廠を任せ、更に警備兵もある程度は連れていくことになる。

 そうなれば魔物もそうだが、犯罪者の捜査や追跡はいつもよりも甘くなってしまう可能性は高いし、山賊などが生まれやすいならばそれに対処しなければならない、という意味だ。


「まあ、戦時なら仕方が無いよね」


 アドリアンがにやにやと棒読みする。

 どう見ても護衛(ガード)利権にたかる悪人のようにしか見えなかったが、別に本人は何の利得を得ているわけでもない。


「そうね、それなら冒険者の動揺も抑えられるかもしれないわ。総督府から総軍編成勅令が出て戦時って布告されたら、すぐに集団護衛(ガード)体制をとることを布告しましょう」

「いや、西方総督府は僕の預かりになったんで、今すぐにでも出来るんですが……」


 そういえばそのことを言っていなかったな、と慌てて言うと、セリルもアドリアンも目を丸くしていた。




「じゃあ屋敷でゆっくり休めよ、西方総督殿」


 アドリアンは意味深な笑みを浮かべて、ギルド本部の出口まで見送ってくれた。

 馬車は帰してしまったし、久々にエレルの街を歩きたかったので呼び戻さず、ユートはエリアとともに徒歩で帰る。


「まあどうにかまとまりそうでよかったじゃない」

「だな。あとはレビデム支部長の選任だけ、か」

「そうね。大丈夫よ、すぐに見つかるわ。それより早く帰りましょう」


 エリアはそう言うと、ユートの手を取って駆け出した。

 何が彼女をそこまで急がせているのかはわからなかったが、ユートもまた一緒に駆けた。


今週の投稿はこれで終わりです。

次はいつも通り、11月9日の月曜からの更新となります。

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