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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第134話 三人寄れば

 ユートがレビデムへ帰着したのは五月十五日のことだった。


「久々の西方って感じね。よく考えたらまだ三ヶ月も経ってないのに」

「いや、三ヶ月ぶりってそれなりに久々と思うぞ」


 レビデムの市門を馬車の窓に見ながら、エリアとユートはそんな会話をしていた。


「エーデルシュタイン伯爵閣下!」


 市門の警備兵の誰か――恐らく市門警備の指揮官がユートの箱馬車のドアを叩く。


「デイ=ルイス副総督閣下がおいでになられれば総督府に来て頂きたいとのことです」

「わかりました」


 ユートとしても西方軍の出師準備のためにデイ=ルイスに会う必要があったし、総督府が西方軍司令官――つまりユート預かりとなったことについても伝達しておく必要があったので渡りに船だ。


「みんな、このまま総督府に行っていいかな?」

「構わないのです。総督府の用事も大体検討がつくのです」


 アナがニコニコしながらユートにそう返事した。



 箱馬車を総督府の車回しにつけて、全員を降ろす。

 市門から先触れが出ていたらしく、ユートたちはすぐに応接室に案内される。


「ユート卿、ご無沙汰しております」

「デイ=ルイスさん、お久しぶりです。ところで先にこれを……」


 そう言いながらユートは西方総督府をユートの預かりとする勅諚を手渡す。

 すぐにその場で開封してデイ=ルイスは読むと頷き、悪戯っぽく、同時に慇懃無礼な笑みを器用に浮かべる。


「わかりました。総督閣下、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「やめてくださいよ。今まで通りで結構です」


 冗談とわかってユートは苦笑しながらデイ=ルイスにそう返す。


「それで今回、総督の親任式をしている余裕がない、という理由で一時的に総督府を預かることになりましたが、その理由はご存知ですか?」

「いえ、存じ上げておりません」

「南部で叛乱が起きました」


 ユートの言葉にデイ=ルイスは息を飲む。

 貴族の叛乱など時代がかった過去の物語であり、まさか現代において起きるとは思っていなかったのだ。


「タウンシェンド侯爵ですか?」

「ええ、そうです。ジャストさん……クリフォード侯爵は動向がわからない、となっていますが、彼は叛乱を起こすとは思えません」

「ということは総軍編成勅令が?」

「それはこっちにあります。西方軍は出師の準備に入りますので、西方総督府を挙げたバックアップが欲しいのですが……」

「わかりました。ただちに西方総督府から補給廠要員を選抜します」


 流石は王立大学出の俊才、打てば響く、とはこのことだろう。

 ほとんど無駄な説明をせずに、事態を把握し為すべきことを為そうと動き始めていた。


「補給廠要員選抜は一両日中に行います。物資の調達は……今は時期が悪いですね。秋撒き小麦が収穫される七月以降にならないと物資の集まりが悪くなります。王都や南部も穀物を買い集めているならより一層、でしょう。ともかく秋撒き小麦を青田買いしてきますが……」


 小麦が実る前から買い付けたとしても別に早く実るわけではない。

 もちろん未熟な小麦を刈り取るという手もあるが、収量の観点からも味の観点からも出来れば避けたい方法だ。


「青田刈りをするのは最後の手段ですね。ただ、もし急な命令が来た時にはお願いします」

「わかりました。ではともかく今年の余剰分がどの程度あるかと、必要量を計算して必要な分を買い取っておきます。補給廠の開設はどうしたらよろしいでしょうか?」


 補給廠とは輜重段列が物資を持ってくる先だ。

 補給廠が近場に展開できなければ輜重段列は手持ちの糧秣と徴発した糧秣でやりくりしなければならないし、一方で戦闘力を持たない補給廠が前線に近すぎるところに展開すれば危険過ぎる。

 そのあたりの機微は文官であるデイ=ルイスには無理だろうし、誰に任せるか、と悩む。


「ユート、ヘルマンさんは?」

「ああ、ヘルマン殿ならば確かにこういう仕事にはうってつけです」


 エレルの警備隊長であり、警備大隊の先任中隊長でもあるヘルマン・エイムズのことを思い出したエリアに、デイ=ルイスも頷く。

 確かに最低限の戦闘力を持っていて、王立士官学校で学んだ経験があり、それでいながら実戦部隊の指揮官ではない、というのならば、アーノルドとヘルマンくらいしか思いつかない。

 副官――事実上の参謀長格であるアーノルドにその仕事を任せるわけにも行かないので、ヘルマンに任せることをユートは即断した。


「ではあとは物資の集積をお待ち下さい」


 デイ=ルイスはそう言うと、ユートと話ながら作っていたらしい指示書を財務部の部下に渡してすぐに物資関連の仕事をこなしてみせる。


「それで、今度は私の方からなのですが構いませんか?」


 ユートの用事がひと段落したのを見て、今度はデイ=ルイスがユートを呼んだ理由を説明し始める。


「この五月一日から魔石専売令が施行されました。そこで、至急レビデムにギルドの支部を開設して頂きたいのです」

「え?」

「魔石を買うのにどこに行けばいいのか、という問い合わせが総督府に殺到しています。ついでに徒弟保護令の関係で臨時雇いを頼みたい、という問い合わせも。一応エレルに行くように伝えていますが、エレルに行くのには魔物に強い護衛が必要、というわけで非常に困っています」

「あ、それは……」


 レビデムまでは西方とはいえ、まだそこまで魔物が出る地域ではない。

 しかし、レビデムよりも西、或いは北は魔物が多い地域であり、特にポロロッカ以後その傾向は強まっているので、冒険者の護衛無しでエレルまで行くなど至難の業、伝書を頼もうにもそれを頼むにはエレルに行かなければならない、という状況になっていた。


「総督府の実務を担当する立場としては出来れば本部をレビデムに移して欲しいくらいなんですが、さすがにそれは厳しいのも承知しています。ですので、出来るだけ早くレビデム支部をお願いします」


 デイ=ルイスの切実な頼みにユートは頷くしかなかった。




 レビデム支部の件を解決するする前に、ユートは西方軍に動員を掛けておかねばならなかった。


「リーヴィスさん、久しぶりです」


 話している間に、デイ=ルイスが気を利かせて呼び出しておいてくれた西方軍の先任大隊長である戦列歩兵第一大隊のセオドア・リーヴィス大隊長と、ユートは久方ぶりに顔を合わせていた。

 彼は正騎士であり、彼がいないと解決困難な任務もないので戴冠式のために一応王都にはいたが、軍務系の正騎士は余り長く部隊を空けておくわけにもいかないのでとんぼ返りしていたはずだ。


「お疲れ様です。軍司令官閣下。ところで出師準備でしょうか?」

「何か聞いているんですか?」

「いえ、先ほど補給廠要員の動員がかかったとうちの輜重段列から聞きまして」

「それなら話は早い。ここから先は軍機です」


 ユートが声を低くすると、リーヴィスは身体を硬くする。


「南部で叛乱が起きました。現在は中央軍が討伐に向かっていますが、総軍編成勅令が出ており、西方軍としても即日出師可能な状態にしなければいけません」

「承知しました。では各部隊をレビデムに集めるとともに、輜重段列には物資集積所に適切な地の選定などの用意にかからせましょう。戦列歩兵はメンザレに先遣しても構いませんか?」

「ええ、そのあたりは任せます。アーノルドさんと話し合って、よろしくお願いします」


 王都にいる間にウェルズリー伯爵たちから速成教育を受けたとはいえ、ユートは軍事の専門家というわけではない。

 それならば経験豊富なアーノルドとリーヴィスに丸投げする方がよっぽど理に適っていると割り切っていた。


「それと、自分は一度総督府の仕事でエレルに帰らねばなりません。その間はリーヴィス大隊長にお任せしても大丈夫ですか?」

「それは構いませんが……その間に出撃命令が来ればどうしますか?」

「デイ=ルイスさんと話し合ったんですけど、小麦の量の関係で秋撒き小麦が収穫できるまで出撃は難しいそうです」

「それならば準備の方が自分の方で進めます。出来ればアーノルド殿をこちらに置いていって頂けると有り難いのですが……」

「わかりました」


 優秀な軍人だけあって、リーヴィスもてきぱきと動員の準備を進めていく。

 そこから先はアーノルドとリーヴィスという優秀な職業軍人に任せることにして、ユートはレビデムで用意された宿に戻ると、デイ=ルイスから頼まれたレビデム支部のことに集中することにした。




「手を打っておかなかったのは失敗でしたね」

「しょうがないでしょう……事前にはなかなかわかりません……」

「ともかく、アドリアンたちと会わないと話にならないわ。冒険者だってどのくらい余裕があるのかわからないし」


 三人の婚約者たちの意見を聞きながら、ユートもまた考える。

 徒弟保護令と魔石専売令が出た結果、そこまで急に冒険者ギルドの利用者が増えることを想定できていなかったのはユートの手落ちだったので、早急に解決したいという気持ちはある。

 しかし、実際に受けられる仕事の量も考えないでレビデム支部だけ開設しても駄目だろうし、そうした連絡を含めてどういう体制でやっていくかを考えないといけないだろう。


「とりあえずさ、レビデム支部を作るとして、支部長を誰にするのか、と、どうやって相互に連絡するのを考えれないといけないよな?」

「そうね、そこら辺は考えないといけないわ」


 エリアも頷く。

 ジークリンデも、アナもそこは同じ意見らしい。


「でも……支部長にするような人……見つかりますか……?」


 ユートはギルドの周辺の信頼できる人物を思い浮かべてみた。

 まずパーティの五人に婚約者のアナやジークリンデは絶対の信頼を置いているが、交代でエレルの本部を回すのが限界だろう。

 次いでアーノルドだが、アーノルドは冒険者については無知であり、何よりも西方軍が出征することがあれば傍にいて欲しいからまず支部長には出来ない。

 マーガレットやベッキー、キャシーも補佐くらいならばしてくれるだろうが、それ以上はまあ無理だろう。

 ジミーやレイフや冒険者には詳しいが、ギルドの業務には無知であり、やはり難しい。


 ジークリンデの言う通りだ。


「…………いないな」

「……そうね。やっぱり支部長は一度エレルに戻るしかないんじゃない?」

「あとは連絡手段、か……といっても専属の伝書使を置くくらいしか思いつかないぞ」

「何かあった時に五日もかかるのはどうにかしたいわね。ユート、魔道具でどうにかならないの?」

「無理に決まってるだろ……」


 エリアの無茶振りにユートが頭を掻く。


風の囁きウィンド・フリュステルン……使えませんか……?」

「距離的に無理じゃないか?」


 風の囁きウィンド・フリュステルンは確かに伝達には便利な魔法だが、いくらユートでも百キロ以上離れているはずのエレルとレビデムの間を伝達できるとは思っていない。

 第一、魔道具を作った時に、ウォルターズの計算で風の囁きウィンド・フリュステルンではちょっと伝えるのにすごい魔力が必要、ということがわかって断念したのだ。


「ほら、緊急通信用に魔石を大量消費しても仕方ない、とするとか……」

「まあ緊急通信用ならいいけど、日常的な連絡の取り合いには不向きだろうな」

「そうね……」


 支部長との会議一回一億ディール、などということになったら目も当てられない。


「信号弾は使えないのですか?」

「遠すぎるわよ」

「いえ、そうではなく中継所を作って、何回も打ち上げれば届くのでは、と思うのですが……」

「あーそういうこと……案外いいかもしれないわ。信号弾の値段よりも信号弾の発射筒の方が高くつくけどね」

「仮に信号弾が十キロ離れてるとして、エレルとレビデムの間は直線距離なら百キロそこそこのはずだから十箇所か……出来ないことはないな」


 アナのアイディアにエリアとユートが顔を見合わせて頷き合う。


「まあ三十億ディールって豪気すぎるけどね」


 エリアもそう言いながら笑う。

 やってやれないことはないにしろ、発射筒だけでエーデルシュタイン伯爵家の家産を全てつぎ込んでも足りないはずだし、中継所の建設期間も考えるとそう簡単にはいかない。

 だが、それでも問題解決の端緒には至った、とユートもエリアも確信していた。


「あのっ……」

「ん? どうした、ジークリンデ?」

「別に……信号弾でなくても……」

「ああ、そうか! そうよね! 別に中継するなら信号旗でもいいんだ! それなら簡単かもしれないわ」

「簡単じゃないとは思うけど、費用的にはまあ楽にはなったな」


 ユートはそう笑った。

 それは、単に問題が解決しただけでなく、久々に全員で問題を解決した、という気持ちになれたからだった。


 その後も四人で問題について考えていったが、レビデムの支部を出すとしても大きな問題は支部長と、冒険者が余っているかどうかの二点だけ、ということになりそうだった。

 建物にしてもベゴーニャ事件の時にタウンシェンド侯爵の用意した西方冒険者ギルド本部の建物を譲り受けていたから何の問題もないし、受付もこれだけエーデルシュタイン伯爵家が有名になっている今、エーデルシュタイン伯爵家と縁を持ちたい貴族や商会が信頼できる人物の紹介くらいすぐに引き受けてくれる。


「あとはエレルに戻って、アドリアンの意見を聞いて、どうにか出来ることを祈ってるわ」

「だな」

「大丈夫なのです」

「どうしようもなければ……大森林から誰か連れてくる……」


 ジークリンデがとんでもないことを言いかけていたが、ともかくデイ=ルイスから言われていた課題を解決できそうな目処がついたことにユートはほっとしていた。


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