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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第133話 凶報

 ウェルズリー伯爵の使者は予想通りユートとイーデン提督を軍務省に呼び出すものだった。


「ウェルズリー伯爵、随分と行動が早いですね」

「まあ艦艇用魔石銃が配備できれば小型艦でもそれなりの戦闘力を持てる可能性はあるからな」

「なんで今までそうした魔道具がなかったんですかね?」


 ユートは根本的な疑問を聞いてみた。

 陸上ならば高価な魔道具を使って相手歩兵を殺傷することはコストパフォーマンスの観点から余り利点がないが、海上ならば敵艦を破壊する魔道具はコストパフォーマンスの観点から考えられていてもおかしくないと思っていたのだ。


「そもそも弾丸を発射しようという機構が考えられていなかったこともあるが、何よりも海軍の発言力の小ささだな。俺は王立士官学校時代にやらかして航海科となったことからもわかるように、海軍――海兵科も航海科もひっくるめて軍内における立場は低い。そんでもって対艦魔道具など発言力の強い法兵科の領分に土足で上がり込むようなものだからな」

「じゃあなんで今になってこんな簡単に通ったんですか?」

「そいつは簡単だ。レイの野郎は法兵科の領分に土足で上がり込んでいくような奴だからな。まあ王位継承戦争中の猟兵戦術の出現で遠距離からの支援のみしかしていない法兵戦術教範を書き換えるって話になって、今まで戦術の刷新をやってこなかった法兵科の発言力が落ちてるから可能なんだがな。まあ一言で言うとお前のせいってことだな」


 イーデン提督はそう言って大笑いをし、ユートも釣られて馬車の中で大笑いしてしまった。



 軍務省に到着すると、待ちかねたようにウェルズリー伯爵の副官であるカニンガム副官が飛び出してきた。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、イーデン提督閣下、こちらです!」


 妙に急いでいる様子にユートもイーデン提督も驚かされたが、ともかくカニンガム副官の後を付いていく。


 通されたのはウェルズリー伯爵の執務室ではなく、その執務室にほど近い会議室だった。


「あれ、シーランド侯爵やフェラーズ伯爵もですか?」

「ブルーノにウィルどうしたんだ?」


 待っていたのは北方軍司令官として軍に復帰したばかりのシーランド侯爵ブルーノ、そして中央軍司令官のフェラーズ伯爵ウィルフレッドだった。

 シーランド侯爵は近々任地である北方に起つことは知っていたが、まさか見送りのためにウェルズリー伯爵がユートたちも含めた歴々を呼ぶとも思えない。

 ここにいるのは王国軍の最高幹部とも言える面々なのだ。


「呼び出された理由は知らないよ。ただ、レイの使いが来て、至急軍務省に出頭せよって言われただけだ」

「妙なこともあるな。レイの奴、別件もまとめて処理しようってか?」

「さあ、ただ彼はめんどくさがりだからね」


 シーランド侯爵はそう言って笑った。

 そうやって話している間に、ウェルズリー伯爵がやってきた。

 もともと色白で細面の軍人らしからぬウェルズリー伯爵だが、戴冠式絡みのハードワークのせいか、顔色は悪く、頬はこけている。


「チェスター君、悪いが従兵を率いて人払いを。私がいいと言うまで、この会議室には誰も近づけないで下さい」


 敬礼をしてカニンガム副官が会議室を出て行く。


「おい、レイ。どうしたんだ?」


 人払いをする、という異常さにイーデン提督がウェルズリー伯爵を問い詰める。


「……一大事です。本日未明、報告が入りましたが十日前の四月一日、西海艦隊のフリゲート戦隊――ロニーの戦隊がシルボー沖合にて同士討ちをしているスループ戦隊を発見、味方艦を攻撃していたヴァイオレット以下のV級スループ艦四隻を拿捕しました」

「俺の戦隊が、か? ファーディナンド代将は上手くやってくれたようだが……それは一体どういうことだ……? 王国海軍が裏切ったというのか?」

「その通りです。旗艦ヴァイオレット拿捕時にイエロ海兵隊長が命令書を接収してくれたようですが、四月一日をもって王国海軍からの離反を命じるタウンシェンド侯爵の命令書でした」

「それは、つまり……」


 惑乱気味のシーランド侯爵がもごもごと何かを言おうとするのを、ウェルズリー伯爵が制する。


「つまり――叛乱です。タウンシェンド侯爵の謀叛、です」


 謀叛を起こすのではないかと言われてはいたものの、王国大貴族の叛乱は衝撃だった。

 百年以上前の王国改革まではよくあったと聞くが、王国改革によって王国軍が質量ともに大幅に強化されて以降、成功しない地方貴族の叛乱は影を潜めている。


「私は直ちに中央軍を率いて出征します。恐らく明日付で総軍編成勅令が出るでしょう」


 総軍編成勅令とは、軍務卿を司令官とする王国総軍の編成を命じる勅令であり、この勅令が出る、ということは平時編制から戦時編制へと移行する、という勅令だ。


「了解した。ただ、総軍編成勅令まで必要なのかな? 僕には中央軍を動員すればいいだけに見えるよ」


 本来ならば地方貴族の叛乱など、いくら大貴族のそれとはいえ一個軍も出せば解決することが一般的であり、わざわざ戦時編制を取ることもない、というのはシーランド侯爵のみならず一般的な軍人ならばみな思うところだろう。


「そこは、女王陛下のお怒り、ということですよ」

「ああ――」


 全員が得心のいった顔をする。

 女王として戴冠式をした、その日を狙って南部の大貴族が叛乱を起こす――それは女王の権威に対する挑戦と受け取るしかないし、権威が貶められたならば徹底的にタウンシェンド侯爵を叩きつぶすしかない。

 そうしないと第二、第三の叛乱を誘発しかねないのだから。


「ということは、妥協はなしでタウンシェンド侯爵家の滅亡を目指す戦い、ということだな?」

「ええ、そうなります。ウィルは急ぎ軍を動員して下さい。ブルーノは可及的速やかに北方首府ペトラへ赴任し、北方軍をいつでも動員可能な状態へ」


 ウェルズリー伯爵が矢継ぎ早に命令を下す。


「ロニーはエンゲデ在泊の艦艇から必要な艦艇を抽出し、イーデン支隊を編成、西アストゥリアスまでの間の各港を臨検し、航路の安全を確保して下さい」

「おいおい、そいつは西海艦隊司令官の仕事じゃねぇか?」

「西海艦隊司令官は既に辞任しました。叛乱を察知できなかった責任をとって、とのことです。また、タウンシェンド侯爵寄りの東海洋艦隊には既に近衛軍が出動して大半の艦艇を拘置しています。ロニーを西海艦隊司令官に昇格させるには親任式を開く手間がかかるので、ともかく西海艦隊のうち“安全”な艦艇は全てイーデン支隊の指揮下に入れてもらって構いません

「まあタウンシェンド侯爵と東海洋艦隊の関係は深いからな……了解した」


 タウンシェンド侯爵領は王国南部の中でも南東部に存在している。

 その所領の位置からタウンシェンド侯爵家はアストゥリアス地峡のうち東アストゥリアスを守ってきた家柄であり、当然東海洋の防衛を担当する東海洋艦隊とも緊密な関係がある。

 ゆえに王位継承戦争でも東海洋艦隊の海兵たちの多くがタウンシェンド侯爵に与してゴードン王子派となっており、今回タウンシェンド侯爵の叛乱でもそれなりの数が叛乱に与そうとしたのでアリス女王が先手を打ったのだ。


「それとユート君、西方総督府を臨時に君の預かりとします。これはハントリー伯爵や陛下も承諾済みです。西方軍の兵站を担う西方総督府が総督不在のままでは西方軍の行動に支障が出ますから。実務は総督に就任予定だったデイ=ルイス君に任せればいいでしょう」

「わかりました」

「明日、総軍編成勅令が出ると同時に命令書は届けさせます――ああ、ユート君には西方総督府を一時的に預ける陛下の命令書も。それまでの行動に必要な準備は整えておいて下さい」


 各自に必要な命令を下すと、ウェルズリー伯爵は会議室を見回した。

 そして、全員が頷くのを見ると満足げに散会を告げた。




 翌日、ウェルズリー伯爵からの命令書が届いた。

 命令内容は西方首府レビデムへ帰府し、別命あり次第出征出来るように準備せよ、というものだった。


「これ、出征する可能性あるのかしら?」


 エリアは命令書を見ながらそんなことを言う。


「よっぽど苦戦するとか、第二、第三の叛乱が起きない限り大丈夫じゃないか?」

「まあ、そうよね」


 タウンシェンド侯爵とその与党を叩くためだけに三個軍を動員するなど非効率的にもほどがあるし、合理主義者のウェルズリー伯爵がそんな馬鹿なことをするとは思っていない。

 ただ、アリス女王が総軍編成勅令を出した以上、西方軍や北方軍も臨戦態勢を整えておく必要はあるし、タウンシェンド侯爵以外にも王位継承戦争でゴードン王子派として戦った他の貴族が叛乱を起こす可能性もあるから、という意味での動員だろう。


「ユート、早く戻りましょう」

「ゲルハルトたちとも一緒だからまだ無理だ。西海艦隊がアストゥリアス地峡までの掃討に動員されてるから陸路だしな」


 二個大隊を動かすとなると食糧の調達や輜重段列の確保が必要になる。

 国内の移動なのだから金さえもっていけば買うことも出来るが、もし移動中に食糧がない地域があれば詰んでしまうので最低限の輜重段列は編成しなければならない。

 その点、身軽だったのはイーデン提督とシーランド侯爵の二人で、二人とも護衛だけを伴ってそれぞれの任地へと旅立っていった。




「久しぶりだな、エーデルシュタイン伯爵閣下」


 ユートもまた準備を終えて旅立とうとしたところで、久々の顔を見る。


「お久しぶりです。マンスフィールド内国課長」


 マンスフィールド内国課長は軍務省情報部の所属であり、今回のタウンシェンド侯爵の叛乱を巡ってどの貴族が与しているのかということを探るために恐らく大忙しのはずだった。


「今日、南部から戻ってきたんだが、レイから一般情勢を各軍司令官に伝えておけ、と言われてな。まあブルーノとロニーは間に合わなかったから後追いで使者を出したが」

「それはありがとうございます」

「一つ言っておくとな、タウンシェンド侯爵家一つの叛乱ではない。南東部の小貴族も巻き込んでの大きな叛乱だ。しかも一部の貴族に至っては所領を捨てることすらやろうとしている」


 所領とは貴族にとって家名と並んで大切なものであり、それを捨てるというのにユートは驚きを隠せなかった。


「どういうことですか?」

「防衛しづらい場所は一時的に捨てる、ということだ。もちろん叛乱が成功すれば奪還するつもりだろうし、どうやらその間の代替地もタウンシェンド侯爵の責任で用意しているようだ」

「本気、ですね」

「ああ。陛下やハントリー伯爵は破れかぶれの叛乱と見ているのかもしれんが、レイと俺の見方は違う。タウンシェンド侯爵は南部王国を建国して王になるつもりだと見ている」

「つまり、向こうも条件闘争ではなく最後まで戦う気だ、と」

「ああ、そうだろうな」


 マンスフィールド内国課長は頷いた。

 ウェルズリー伯爵が言っていた、アリス女王の怒りから王国軍は徹底的に戦うだろうし、タウンシェンド侯爵もまた妥協する気は無い、ということは大きな戦争になる可能性が高いと思われた。


「もう一つ。クリフォード侯爵家だが、こちらは音なしの構えだ。ジャスト自身は叛乱に与するようなタマじゃないが、奴の謹慎中に家政を切り回している嫡男のロドニーはどうするかわからんから予断は許さん。王位継承戦争以来、クリフォード侯爵家の中でもタウンシェンド侯爵派と王国派がいるようだからな」

「ちなみに、相手の数は?」

「タウンシェンド侯爵とその与党だけで五千ほどになるかもしれん。それに東海洋艦隊のうち、東アストゥリアスを根拠地としている戦隊はほぼ全てがタウンシェンド侯爵につく。西アストゥリアスのアストゥリアス防衛艦隊は大丈夫だがな」


 五千、という数は決して少なくはない。

 ユートが率いている西方軍が建制で六千、まだポロロッカと王位継承戦争の損害を回復していない今、ほぼ西方軍と同数と言えるだろう。

 もちろん、平時は領内の治安維持を行っている警備兵あるいは邏卒としての性質を帯びている貴族領軍が王国軍と同等の練度はないし、指揮系統もタウンシェンド侯爵の下に纏まっているわけではないから即西方軍と同等とは思えなかったが、それでも怖い相手であることには変わりはない。


「ジャストの動向次第では西方軍にも出征命令が出るかも知れんから気をつけろよ」


 マンスフィールド内国課長の忠告にユートは頷いた。




 そして、四月十五日、ユートもゲルハルトとレオナの二個大隊を率いて王都を離れた。


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