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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第六章 ザ・ファニー・ウォー編
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第131話 蠢動

「ふむ、追い風が強いな」


 イラストリアス級一等フリゲート艦の二番艦フォーミタブルのファーディナンド艦長は後ろから吹く風を感じて艦尾楼甲板でそう呟いた。


「はっ、このままならば大きく南下することになります」


 風力計で風速を計り、偏差計算をしていた次席海尉が頷く。


「この風の先に敵艦がいればおもしろいのだがな」

「艦長、現在地は王国南部の都市シルボーの沖合と思われます。あと少しでアストゥリアス地峡です……僭越ではありますが、少し南下しすぎではないでしょうか?」


 六分儀で現在地を計っていた先任海尉がそう意見具申する。


「まあ、な。あの旗を掲げてちょっと張り切りすぎたか……」


 ファーディナンド艦長はそう言いながら主檣の上に翻っている一流の旗を目で指した。

 それは代将旗と呼ばれる戦旗であり、それを意味するのはこの戦隊の指揮権に他ならない。

 少し前までイーデン提督が率いていたこのフリゲート戦隊だが、イーデン提督が王都で戴冠式に出る関係で先任指揮官はファーディナンド艦長となっており、ファーディナンド艦長はちょうどよい機会、と戦隊の新鋭フリゲート四隻を率いて演習と称して南部の沖合を遊弋していた。


「まあ張り切る気持ちはわかりますがね」


 にやにやしながらイエロ海兵隊長が笑った。

 本来ならば戦隊の海兵全てを統括する司令官であるイエロ海兵隊長はイーデン提督の旗艦イラストリアス乗り組みなのだが、今回はファーディナンド艦長が指揮を執るということでフォーミタブルに移ってきていた。


「食糧はともかく水もきついみたいですし、そろそろ引き上げましょうや。西アストゥリアスの軍港に入れば別ですが、そこまで南下するつもりはないんでしょう?」

「まあ、あくまで演習だからな」

「ええ、十分な演習でしょう。ここらで水や食糧が尽きたら現地調達ですが、そうなったら事ですぜ」


 イエロ海兵隊長が言うのも当然だ。

 もし水や食糧が尽きればどこかの港に寄港して補充しなければならないが、王室直轄領ならばともかく貴族領の港に寄港したとなれば微妙な南部情勢を更に混乱させるきっかけになりかねない。

 本当に食糧や水が危うくなったからといって、周りがそう取ってくれるとは限らないのだ。


「そうだな。では回頭の訓練をさせるか」


 今日は四月一日――つまり既に母港エンゲデを出て一週間が経過していることになる。

 食糧や水は三週間分積み込んできているが、ずっと追い風であったのでここからエンゲデまで戻るとなるとそこまで余裕がある量ではないだろう。

 もちろん東部の港ならばいくら寄港しても大丈夫なので問題が起きるとはファーディナンド艦長はつゆほどにも思っていなかったが。


「艦長!」


 不意に第三海尉の声が響いた。


「どうした?」

「前方、小型艦六隻あり! 戦旗はアストゥリアス防衛艦隊の哨戒戦隊!」

「スループ艦か」


 スループ艦とは等外艦の一つであり、小型で高速性を活かし哨戒や通報といった任務に当てられることが多い艦艇だ。

 戦闘力でいえば戦列艦やフリゲート艦とは比較にならないが、艦隊を編成した時には艦隊の便利屋としてなくてはならない存在である。


「艦長!」

「なんだ? スループ艦がいるのはわかっているぞ?」

「いえ、スループ艦の動きがおかしい!」


 そう言われて慌ててファーディナンド艦長が注視すると、確かに第三海尉の言うように前方の六隻のスループ艦は不可解な動きをしていた。


「友軍、だよな?」

「前方の二隻はS級スループ艦です。アストゥリアス防衛艦隊に配属されているのはサルビアとサフラワーとなっています!」


 艦種類別表、そして編成表を見ながら先任海尉が告げる。


「後方のスループ艦はV級スループ艦だな」

「はい。ヴァイオレット以下のスループ戦隊と思われます」


 ファーディナンド艦長の言葉に先任海尉が頷く。

 前方を行くサルビアとサフラワーの二隻はめちゃくちゃに転舵を繰り返し、それをヴァイオレット以下の四隻が猟犬のように追いかけている。


「演習か?」


 誰も答えを知るわけもなかったが、それでもそう呟かざるを得なかった。

 S級スループ艦二隻が敵艦役をやって、それをV級スループ艦四隻の哨戒戦隊が追跡する、というのは実戦でもあり得る形であり、アストゥリアス防衛艦隊がそういう形式の演習をしていたとしても全く不思議ではない。


「かもしれませんな」


 イエロ海兵隊長もファーディナンド艦長の言葉に頷く。


「ん? 信号旗が揚がるな」


 ファーディナンド艦長は、それを見て、自分の目を疑った。

 まず揚がったのは白地にただの青の四角形が描かれただけの旗、続いて赤と黄色が対角線で半分ずつ描かれた旗、最後が青の縁取りがなされた黄色の三角旗。

 それが意味するところは――救難信号、だった。


「どういうことだ!? 救難信号だと!?」

「艦長、掲揚ミスでしょうか……? それとも最近流行っている四月一日は嘘をつくお祭りとやらでは……?」


 すぐに信号を解したらしい先任海尉が困惑しながらそう意見を言う。

 イエロ海兵隊長も、そして次席海尉以下も黙りこくっている。


「何が起きているかわからんが、救援を求めていると判断して行動する。騙されても恥ではないが、何かあった友軍を冗談と思って見殺しにしたらそれは恥だ」


 ファーディナンド艦長も迷ったが、すぐに最悪を想定してそう命令する。


「イエス・サー!」


 先任海尉、次席海尉、第三海尉の三人が背筋を伸ばしてそう答えた。


「第三海尉、前方のSスループ艦二隻に対し信号! 内容、“了解”。続いて隷下戦隊に信号! 内容、“我に続け!”」

「アイアイ・サー! 信号兵、通信だ!」

「先任、悪いが艦の細かい指揮は任せるぞ」

「アイアイ・サー。掌帆長、風まかせ(バイ・ザ・ウィンド)で突っ込むな。行き足がつき過ぎんように帆を半開きにしろ」


 第三海尉がすぐに信号旗の掲揚を命じ、先任海尉は行き足を落とす作業に入る。


「信号、完了しました!」

「続いてより前方のV級スループ艦四隻に対して信号! 内容、“即時停船せよ”」

「あいつら、味方撃ちしやがったぜ!」


 ファーディナンド艦長の命令が終わらないうちに、イエロ海兵隊長が呻くように叫んだ。

 S級スループ艦を追っているV級スループ四隻から、恐らく火球(ファイア・ボール)と思われる炎の塊が飛び、S級スループの艦上で炸裂する。


「くそっ!」


 ファーディナンド艦長は罵声をあげた。

 少し前までは味方同士の演習と思っていたし、救難信号を見ても冗談か何かかと思っていたのだが、そうではなかった、と目の前の光景が物語っていたからだ。

 そして、出したくはない命令を出した。


「合戦準備! 一番、二番法隊を法列甲板へ上げろ! いいというまで撃たせるなよ!」

「海兵、接舷戦闘に備えます!」

「イエロ、接舷の指揮は任せる!」

「アイアイ!」


 フォーミタブルの艦上で幹部士官たちが怒鳴り合うようにして戦闘の準備が整えられていく。


「V級スループ艦、いずれも即時停船信号に応じません!」

「以後、あのV級スループ艦は敵性艦艇と認識する! いいか、あれは友軍ではない。敵艦だ! いいな!」


 ファーディナンド艦長の言葉に、それまで怒鳴り合っていた幹部士官たちが一瞬静かになり、風が吹き抜ける音だけが響く。


「イエス・サー!」


 一瞬遅れて、全員が決意を固めたかのようにそう叫んだ。


「出来れば拿捕したい。イエロ、頼むぞ!」

「アイアイ、任しといて下さい。ただフリゲート艦とスループ艦じゃ飛び移るのに一苦労ですがね。網を降ろしてもいいですかい?」

「ああ、存分に使え」


 網、というのはイエロ海兵隊長が私費で買った目の粗い漁網のことだ。

 最近では正規海軍と真っ向からの戦闘になることはほとんどなく、新鋭のフリゲート艦と言えども主任務は不審船への強行接舷ばかりだった。

 そうした際に乾舷の高いフリゲート艦から小型で乾舷の低い不審船に乗り込むのにはしごがわりに出来るようにイエロ海兵隊長が勝手に買ってきたのだ。

 もちろん便利な道具ではあったが、それを見た艦隊の僚艦からは新鋭フリゲート艦で漁をする気かと散々嘲笑われたものだった。


「ここで役に立つとはな」


 イエロはすぐに下甲板に置いてあった漁網を中甲板に上げると、投げ下ろすために両舷にそれを配置させる。


「取舵四五度! 陸側を抑えるぞ!」

「アイアイ・サー!」


 これは本来ならばセオリーとは逆である。

 セオリーならば広い海に逃げられるよりも、陸側に押し込むのが正しいはずだ。

 しかし、相手は小型で喫水の浅いスループ艦であるから浅瀬を逃げられる恐れがある上、逆に装備は六分儀などを使った推測航法を行うには足りないはず――地文航法だけならば大きく陸から離れられないのだから、と判断して海側に押し出すつもりだった。


「敵法兵、魔法を放ってきます! 火球(ファイア・ボール)です」

「慌てるな。どうせスループ艦など法兵の数に限りがある。法隊、水魔法で防げ」


 すぐに法兵たちが水壁(ウォーター・ウォール)を張って火球(ファイア・ボール)を防ぐ。

 ここら辺の手順は陸戦も海戦も変わらない。

 ただ、敵の魔法を防ぐだけだ。


炎結界(ファイア・バリア)でもいいんだがな」


 艦長としてはあらゆる魔法に有効な炎結界(ファイア・バリア)の方が思い切った行動を取れる分有り難い。


「あれは魔力消費が激しすぎます」

「そうだったな。海上戦闘は久々なせいか、どうも勘が鈍っているらしい」


 先任海尉にたしなめられてファーディナンド艦長は苦笑いする。


「まあ今回なら法兵は少ない分どうにかなりますがね。スループ艦って法兵なんざほとんど積んでいないでしょう?」

「ああ、定数が一人だな。海兵に弓を持たせていることもあるが、この距離ならば届くまい」

「海兵の定数も少ないですよ。確か各艦十人かそこらのはずです。どちらかと言えば警備要員ですからね」


 イラストリアス級一等フリゲート艦は戦時編成となり定数を満たす配置がなされていれば各艦十六人、戦隊で六十四人の法兵が配置されることになる。

 今回はそこまでいってはいないが、それでも戦隊全体で二十人の法兵がいる――つまり、フリゲート一個戦隊の火力はちょっとした軍直属法兵の火力に匹敵するのだ。

 スループ艦はあくまで哨戒や通報、連絡任務が主であり、定数で一人、平時編制である現在は法兵を積んでいない艦もあるくらいだったから、どう転んでも負けようがなかった。



「やっこさんら、しびれきらしたぞ」


 数十分が経過したあたりでファーディナンド艦長がにやりと笑う。

 先ほどからV級スループ艦はファーディナンド戦隊を突破して陸側へ寄ろうとするのだが、ファーディナンド艦長が巧みな指揮で海側へと押し出していっている。


 同じ風の中ならばあとは熟練度がものをいうのが帆船というものだ。

 そうなれば王国海軍でも主力艦として期待されていることから優先的な人員の配置を受け、その期待に応えるためにたゆまぬ訓練を続けているフリゲート艦と、哨戒などの任務が主となるスループ艦では熟練度には大差があるのだから翻弄するのは容易だった。

 そして、海側に押し出されるのを嫌がったV級スループ艦は、無理を承知でファーディナンド戦隊を突破しようと向かってきていた。


「まあ、相手も帆船ですからね」

「これがガレー船だと厄介だったかもしれん」


 オールで漕ぐガレー船ならば一応三角帆もあるとはいえ、オールで風を無視した動きが出来てしまうので帆船で追いかけるのは一苦労だった。


「接舷するぞ! 信号! 追従旗を降ろし各艦各個の行動を許容しろ! イエロ、後は任せるぞ!」

「アイアイ! 行ってきまっさ」


 イエロ海兵隊長は気負いなくそう言うと、中甲板へと降りる。


「今だ! 俺に続け!」


 まもなくイエロ海兵隊長の胴間声が聞こえてきて、接舷したスループ艦に自らも得物のシミターを持って飛び込んでいく姿がファーディナンド艦長からもはっきりと見えた。


「……あいつ、先陣を切らなくてもいいのに」


 ファーディナンド艦長は先頭に立って斬り込んでいくイエロ海兵隊長を見てぽつりと独り言ちた。

 接舷戦闘は最初に斬り込んでいく海兵たちの被害が大きい。

 これは最初は橋頭堡となるべきところがないから当然の話で、戦隊の海兵指揮官であるイエロ海兵隊長がその危険な先陣に入る必要性は皆無だ。


「まあ、あの調子なら大丈夫ですよ」


 先任海尉が苦笑いしながらファーディナンド艦長の独り言に反応する。

 事実、海兵がまともにいないスループ艦は最初に斬り込んだイエロたちに圧倒されている。

 その様子を見ている限り、拿捕出来るのも時間の問題だろう。


「問題はなぜ裏切ったのか……そもそも裏切ってどこについたのかが問題だな」


 先任海尉も頷く。


「ローランド王国によるものなのか、それとも……」

「そこから先は言うなよ。今は艦に正騎士以上の位階を持つ士官がいないとはいえ、厄介なことになる」

「はい。それと単なる叛乱の可能性もありますしね」


 基本的に魔物のせいで遠洋航海が出来ない海軍にとっては長期航海というものがありえないのでまず滅多なことで起こらないが、それでも過去に水兵が叛乱を起こした例はある。


「法兵がいたからな。可能性は低いと思うぞ」


 法兵は士官であり、その士官が叛乱に与するとは考えにくい。

 もちろん可能性がゼロではない以上、先任海尉の言っていることが間違っているわけでもないし、可能性としてあらゆることを考えるのは幹部士官の責任でもある。


「あ、戦旗が降ります。イエロ海兵隊長がやってくれたみたいですね」

「ああ。第三海尉、回航要員を選抜して移乗しろ。貴官にあの船は任せる」


 スループ艦の軍艦旗が降りるのを見て、先任海尉が安堵の表情を浮かべ、ファーディナンド艦長は第三海尉に回航の準備を命じる。



 しばらくして回航要員の選抜が終わり、第三海尉が移乗していったのと入れ替わりにイエロ海兵隊長が戻ってきた。

 周囲ではその間に残り三隻のスループ艦も降伏するか僚艦の接舷攻撃により拿捕されており、フォーミタブルと同じように回航要員の選抜と移乗が進められていた。


「イエロ、ご苦労だったな」

「ええ、楽な任務だったからそれはいいんですがね。あの艦――ヴァイオレットはどうやらあのスループ戦隊の旗艦だったようです」

「それがどうした?」

「そして奴ら、機密書類の処分を忘れたようで命令も残ってたわけです。こいつです」


 イエロ海兵隊長はそう言いながら命令書を差し出す。

 それは、王国軍の形式に似ていたが、王国軍のものではない命令書だった。


「なんだと!?」


 その命令書を読んだファーディナンド艦長は、思わず叫んでいた。


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