第130話 冒険者ギルド勅許状
ファンファーレが流れ、太鼓の音が響く――
そして、整った歩調の足音――
行進しているのはノーザンブリア王国近衛軍――唯一軍務卿の指揮下に入らない王室の精鋭たちだった。
赤色を基調とした制服に沿道の観衆たちからは歓声があがる。
ぴしりと揃った歩調で、近衛の精鋭たちが通り過ぎると、歓声は一段と高まりを迎える。
ノーザンブリア王国摂政王太女アリスの座乗する、金色の馬車だった。
そしてもう一台、同じく王家の紋章を付けた煌びやかな馬車――ノーザンブリア王女アナスタシアの座乗する馬車であり、二台の馬車は仲良く連なって進む。
その周囲は近衛軍によって厳重に固められており、万が一にも不心得者が椿事を起こさないように近づく者は鋭い目つきで睨みつけられた。
二台の馬車に供奉するのは大公を筆頭とする王族たち、そして貴族たちだった。
大公たちが先を行く二台の馬車よりは幾分粗末な馬車で進み、その後ろを貴族たちの馬が続く。
先頭を常歩で進むのは、故実に則って第一の臣下とされる財務卿シュルーズベリ侯爵だった。
シュルーズベリ侯爵は一年以上前より患っていた病気は静養の甲斐なく、余命は既に月で数えられると侍医に言われているらしかったが、最後の奉公とこの場に出てきていた。
それに七卿の面々――宮内卿アーネスト、内務卿兼外務卿ハントリー伯爵、法務卿ウォーターフォード侯爵、総務卿コーク伯爵が続き、七卿の最後は軍務卿ウェルズリー伯爵だった。
七卿に続いて礼装を着こなした侯爵たちが馬を駆る。
先頭を歩くのはシーランド侯爵であり、クリフォード侯爵、タウンシェンド侯爵以外の全ての侯爵がそれに続く。
その次は伯爵たち――先頭はサマセット伯爵だった。
フェラーズ伯爵やロナルドの兄イーデン伯爵、そしてユートもそれに続く。
その後も子爵、男爵たち、そして最後に鎧を着飾った騎士たちの行列が出来た。
エリアもまたその中の一員であり、他にもどうしても外せなかった任を持つ――例えば西方副総督のデイ=ルイスのような――正騎士以外は全てその行列に参加していた。
そして最後尾を務めるのはゲルハルトとレオナ率いる獣人二個大隊だった。
珍しい獣人大隊の行進に、王都の臣民たちは歓声を上げていた。
そんな行列は王城を出てゆっくりとシャルヘン大聖堂まで進む。
シャルヘン大司教にして、教会の首席枢機卿でもある聖ペーター伯爵が司教団を率いてその行列を出迎え、近衛軍をシャルヘン大聖堂の庭園へと案内するように先導する。
「殿下、こちらでございます」
聖ペーター伯爵が礼拝堂にアリスとアナ、その他王族を先導する。
アリスは聖ペーター伯爵とともに祭壇に上がり、その祭壇の前にはアナスタシア、そして翼廊には王族たちが並ぶ。
その後ろ、身廊には千人をはるかに上回る貴族たちが立錐の余地もなく並び、礼拝堂はあっという間に満員となった。
ざわめきの中、パイプオルガンが旋律を奏で始め、そして聖歌隊の歌声が響く。
聖歌が終わると、アリスは聖ペーター伯爵とともに跪き、一心に神に祈る。
それに合わせてユートもまた神に祈った。
この世界に転生させてくれた神様なのかはわからなかったが、少なくとも自分の心のうちにある、何か信ずるものに祈る。
祈りが終わると、聖ペーター伯爵が聖油の入った壺を、シュルーズベリ侯爵が剣を、そしてアナスタシアが王冠を、持ってアリスの前に出た。
まず、聖ペーター伯爵が聖油をアリスの頭に注ぐ。
シュルーズベリ侯爵の捧げる剣を受け取る。
そして、最後に、アナスタシアから王冠を受け取って、それを被った。
参列者たちの息を飲む音が聞こえてきそうな静寂――
「神の御心と、全ての人の意思により、今月今日、ここに新たなる王が誕生した」
静寂を破るように、厳かに聖ペーター伯爵が宣言した。
同時に翼廊から、身廊から歓声が沸き上がる。
その歓声に負けじと、聖歌隊がソプラノの歌声を張り上げ、パイプオルガンがその音色を響かせる。
「皆の者、参列御苦労」
振り返ったアリス女王はそれだけ言うと、アナ、そして王族を引き連れてらせん階段を上がる。
大聖堂のバルコニーに出たアリス女王は、近衛軍の将兵を眼下に見下ろす。
「近衛軍、全員整列! 女王陛下に、敬礼!」
全員揃った敬礼――それは見事なまでに全員が揃った敬礼だった。
「楽にせよ」
アリス女王の声とともに、また全員が揃って手を下ろす。
「わらわはノーザンブリア女王アリスである」
アリス女王の静かにそう言うと、一瞬だけ静かになり、近衛軍から大歓声があがり、シャルヘン大聖堂の庭園の外に詰めかけていた大観衆からも同じような大歓声が、まるで木霊するかのように響き渡る。
同時に、シャルヘン大聖堂の鐘が打ち鳴らされ、それに呼応するかのように王都中の教会の鐘が打ち鳴らされた。
その後、アリス女王は車列を連ねて王都中をパレードした。
シャルヘン大聖堂に赴く時に使ったそれとは違い、無蓋馬車の馬車にはアリス女王だけが乗ってその姿を民草に見せつけている。
その日、王都はお祭り騒ぎだった。
ユートもまたパレードに供奉して、夕方に王城に戻ったのだが、それで終わりではなかった。
「日の入り前に、朝議です」
ユート、エリア、ゲルハルト、レオナはアナの部屋で疲れ切った顔をしていたが、アナはすぐにそう告げた。
朝議とは国王臨席の下行われるノーザンブリア王国の最高の会議だ。
本来ならば七卿だけなのだが、今日はアリス女王の即位の直後――つまり七卿を筆頭に主な役職者を告げることになる、主立った貴族を集めた会議となる予定だった。
「ユート、頑張っていってらっしゃい」
アナの部屋のソファに行儀悪く寝転んだエリアがにやりと笑ってそう言う。
外国貴族になるゲルハルトとレオナ、正騎士のエリアはもちろん関係のない話だからだ。
ユートはうんざりしながら、アナの部屋を後にした。
「まず皆の者、ご苦労であった」
王城の大広間に主立った貴族たちが立ち並ぶ中、玉座に座ったアリス女王が重々しくそう口を開く。
「故実に則るならば、ここでシュルーズベリ侯爵が新たなる宮内卿を呼び、七卿を任ずるべきであるが――その前にわらわより言いたいことがある」
そう言うと、アリス女王の目の前に立つシュルーズベリ侯爵を見据える。
「シュルーズベリ侯爵ハーマン、永年の忠節ご苦労であった。これよりは采地へ戻り、ゆっくりと療養するがよい」
「はっ! 畏れ多きお言葉にございます。必ずやその通りに」
異例のねぎらいを受けたシュルーズベリ侯爵が感動の面持ちで頭を下げる。
「では故実通り、シュルーズベリ侯爵、頼む」
「はっ! 正騎士クリスティーナ・リンスター、前に出よ」
続いて数少ない女性貴族の一人が前に呼ばれた。
まだ若い女性――恐らく二十歳にもなっていないだろう女性だった。
クリスティーナ・リンスターと呼ばれたその女性は、アリス女王の玉座の前に進み出ると一礼して拝跪した。
「そなたに宮内卿を命ずる。我が左にありて忠勤に励め」
リンスター宮内卿は跪いたままアリス女王の言葉を聞き、そして頷く。
命じられた通り、向かって右側――アリス女王の左側に立ったリンスター宮内卿は次々と新たな七卿を呼び上げていった。
宰相が国務の補弼を行うならば、宮内卿は宮務の補弼を行う役職であり、アリス女王が自ら呼び上げるのではなく宮内卿が呼び上げるのが慣例らしい。
七卿そのものは目新しいことはなかった。
宰相でもある財務卿にはハントリー伯爵、内務卿にはサマセット伯爵が復帰し、外務卿にはハミルトン子爵が就任した。
法務卿ウォーターフォード侯爵、総務卿コーク伯爵、そして軍務卿ウェルズリー伯爵は事実上留任のままだが、トーマス前王ではなく、アリス女王から新たに任じられる形式となる。
そして、七卿が決定した時点でさすがにアリス女王も貴族たちも疲れていたのか、それ以上会議を行うことはなく散会した。
「そういえばあのリンスター宮内卿ってどういう人物なんだ?」
アナの部屋に戻ってきてユートがそう訊ねた。
前任者のアーネスト前宮内卿もそうだったので宮内卿は正騎士だろうがなれるポジションなのだろうが、それでもまだ二十歳にも満たない女性が就くというのはユートの感覚からしても異常だった。
「リンスター伯爵家の長女で、姉様の乳兄弟にあたります。わたしもクリス姉様にはよく可愛がってもらいました。先年嫁ぐことが決まりかけたのを姉様が無理矢理破談にして関係が悪くなった、と聞いていましたが……」
「幼馴染みか」
「ええ、宮内卿はもし陛下と宰相が対立するならば、七卿の側にありながら七卿を監察する存在であり、同時に陛下の身の回りの世話をする存在でもあります。ですので、幼馴染みで女性のクリス姉様を選ばれたと思うのです」
つまり、閣僚とも言うべき七卿が国王のコントロールから外れないようにするためのたがが宮内卿なのだろう。
「国王と宰相の関係がいい場合には余りやることはありませんし、能力よりも国王からの信頼が重要になる役職です。また、近衛軍も宮内卿が管理することになっているのです。恐らく姉様はこの時のためにクリス姉様の結婚を破談にしたのではないかと」
「それは、どうなんだ?」
いくら幼馴染みのためとはいえ結婚を破談にされてしまったのはどうなのか、とユートの感覚では思ってしまう。
「普通に名誉と考えると思うのです。リンスター伯爵家としても、娘がどこかの貴族に嫁いで縁戚となるよりも宮内卿となった方がよっぽど貴族内での地位を強めますし」
アナの言葉に、やはり貴族とユートの考え方は違うな、と小さくため息を一つついた。
「それはそうとしてユートは正式に西方軍司令官になるの?」
「ああ、そうなるらしい。デイ=ルイスさんが西方総督で……北方はどうなるんだろうな?」
「分からず屋が来たら困るニャ」
レオナが渋い顔をするが、ユートはそんなことにはならないと思っている。
なぜなら王位継承戦争にあたって大森林との講和を受け容れたのはアリス女王であり、もし今になってそれを覆せば即位早々政治的な失点になってしまうし、それを行うだけの積極的な理由がない。
その為、北方屯田領総督兼北方軍司令官となる人物は間違いなくそこまで面倒な人物ではない、と確信していたのだ。
「あと中央軍はフェラーズ伯爵が留任するとして、南方軍も、か」
ユートは独り言ちた。
軍の司令官がほとんど入れ替わってしまうのは、どのような変化をもたらすのかわからなかったからだ。
そして翌日、七卿を集めた朝議が行われた。
昨日の儀礼的な朝議とは違い、今回はちゃんとした朝議だ。
昨日の夜、屋敷に戻る途中に見た王都は、新女王即位に沸いており、朝まで飲んだくれた者も多かったようだが、貴族はそんなどんちゃん騒ぎをしている暇はないらしい。
この朝議にはユートは本来ならば参加する資格がなかったが、今回はユートに関係のある魔石専売令と徒弟保護令の絡みもあり、また冒険者ギルドの設立勅許をもらう、ということもあったので末席に出ていた。
「ユート君、お疲れ様です」
大広間ではなく、朝堂と通称されている、余り広くはない会議室に入るとウェルズリー伯爵がすぐに声を掛けてきた。
サマセット伯爵とハミルトン子爵はにこやかに談笑しているが、この二人の下についている連中は絶賛派閥争いの真っ最中であり、王国軍系貴族のホープ格といってもいいユートをそちらに関わらせたくないのかもしれなかった。
幸いなことに魔石専売令、徒弟保護令ともにすぐに通り、徒弟保護令は即日、魔石専売令は一ヶ月の猶予をもって、五月一日から施行されることが決まった。
更にアリス女王の即位による恩赦、主要な官僚たちの人事案などが次々と通過していく。
もっともこのあたりは通過することが予め決まっているように調整されていたのを、形式的に可決されているだけ、といった空気もあった。
ユートが注目していた北方屯田領総督にはなんとシーランド侯爵が就任することが決まり、ユートは大森林との関係を考えても大丈夫、と胸をなで下ろしていた。
また、西方直轄領総督は異例ながらも正騎士に過ぎないルイス・デイ=ルイスの就任が反対もなく通った。
空気がかわったのは、そうやって調整された法令案なり人事案なり補正予算案なりが通りきった後だった。
「南部は、きな臭いです」
ウェルズリー伯爵のその一言をきっかけに場の空気が緊張感あふれるものとなってしまった。
いくらサマセット伯爵とハミルトン子爵が派閥争いをしているとはいえ、王国貴族全体で見れば元々はアリス王女派、つまり主流派に属している。
一方で南方貴族――特にタウンシェンド侯爵は今や完全な反主流派であり、クリフォード侯爵もまたそう見られている。
である以上、南方の異常を座してみているつもりはなかった。
「タウンシェンド侯爵が傭兵を集めているという報告も入っております。また、食糧を買い集めているという情報もあり、目指すところは一つか、と」
「失礼ですが、それは確実な情報なのでしょうか――なにぶん初めてのことですので」
リンスター宮内卿が遠慮がちにそう言った。
「軍務省情報部一の切れ者と言われているマンスフィールド内国課長が集めてきてくれた情報です。まず間違いはないかと」
「あ、すいません」
全員の視線がユートの方に集中する。
「自分も餓狼族のゲルハルト、妖虎族のレオナから似たような話を聞いております。こちらは南方で食糧価格が値上がりしつつある、ということでしたが」
「情報源が違う二人が同じ情報を持っているならば、相当確実と言っていいでしょうね」
「そうですか……すいません」
「恐縮されることはないですよ。情報の確度を確かめるのは重要なことです」
ウェルズリー伯爵は鷹揚に頷く。
タウンシェンド侯爵が軍を集め、武力行使を行使しようとしている、ということは疑いようがない。
「何をするつもりなのか……」
ウォーターフォード侯爵が呟くように言った。
「謀叛なぞ起こしたとしても、タウンシェンド侯爵がいくら大身とはいえ集められる兵力は限られておるのだろう? クリフォード侯爵に南部貴族が全て味方したとしても討ち滅ぼせるのではないか?」
「ええ、軍務省作戦部はそのように考えております。とはいえ、南方軍が軍としての体を為していない状況ですので、多大な損害を被る危険はあります」
「むぅ……」
ウォーターフォード侯爵は呻くようにそう言うと、天井をじっと見上げた。
「条件闘争の可能性もありますな……」
ハントリー伯爵がそんなことを言う。
「条件闘争? 何を条件とするというのです?」
「ずばり、所領安堵でしょう。王位継承戦争以後、タウンシェンド侯爵家とクリフォード侯爵家は南部から転封されるのではないか、という噂が流れていましたからな」
ハントリー伯爵のいう線はなくはないとユートも思う。
しかし、いささかリスキーではないか。
「ともかく、意図を探らねばなりませんが……そのあたりはマンスフィールド内国課長の報告待ちとしましょう――ああ、内務卿、内務省でも何かわかればお願いします。それと中央軍は出師の用意をしたく思いますが……」
「差し許す」
ウェルズリー伯爵の言葉にアリス女王がすぐに首肯した。
そして、その言葉を最後に、会議が散会した。
「そして、これが冒険者ギルドの勅許状、ね」
ユートが散会後にリンスター宮内卿から受け取った勅許状をエリアに見せると、エリアは感慨深げにそう言った。
「魔石専売令、徒弟保護令、そしてこの勅許状。何もかもが、変わっていくわね」
最初はただの冒険者の集まりだったはず――少なくともポロロッカまでは、単なる顔役だったはずが、西方総督府公認となり、そしてとうとう勅許状を出された。
そしてこの勅許状により、これによってノーザンブリア王国内における冒険者の同職連合として、魔石を売買できるのはエーデルシュタイン伯爵家にのみ許された権限となった。
もちろん冒険者の同職連合を作ることそのものはグレーだ――少なくとも冒険者とは何か、というような定義がされていない以上抜け穴を見つけることは不可能ではない――が、即位したばかりの女王の権威に挑もうという大馬鹿者はなかなかいないだろう。
少なくともタウンシェンド侯爵が西方商人ギルドを焚きつけて西方冒険者ギルドを作った時のような寛大な処分はありえないのだから。
つまり、事実上ノーザンブリア王国における冒険者ギルドは、エーデルシュタイン伯爵の運営するエレル冒険者ギルドが独占することが決定されたことになる。
そのギルドのトップとして、ユートはこれから冒険者ギルドをどう発展させていくのか、と考えると、身が引き締まる思いがした。
そしてそれはこの四年間、ずっとともに歩んできたエリアもまた同じだったらしい。
緊張した面持ちながら、ユートの方を見て、一言だけ言った。
「ユート、あたしたちのギルドは、世界一のギルドにするわよ」
これで第五章、ギルド勅許編はおしまいとなります。
ちょうどきりのいいところですので、評価・感想を頂ければ幸いです。
次章は一応10月26日から更新するつもりですが、このところPCの調子が悪く、
再インストールの進捗次第で1週間休み、11月2日からになるかもしれません。
決定し次第、活動報告とTwitter(@i_iwatani)で連絡致します。




