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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第五章 ギルド勅許編
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第129話 また来世で会いましょう。

 ゲルハルトとレオナの忠告を受けて、ユートは屋敷に引きこもっていた。

 正直街に出ていきたいという気持ちはないわけではないが、暗殺者を相手にして戦えるような自信はない。

 その為、屋敷の中でエリアやゲルハルト、レオナ、それにアナとジークリンデの六人で魔道具についていろいろと考えて過ごしていた。


 戴冠式の後、魔石銃の搬入が許可されるようになるまで魔石銃の弾丸改良はお預けであったし、屋敷には暇つぶしの道具もおいていなかったのでやることがなかったのだ。


「やっぱりあたしは魔石コンロがいいと思うわ」

「でもエリア、魔石の値段は同量の金と一緒だニャ。神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)で作るとなると重量も嵩むしまず冒険者は買わないニャ」

「魔石の値段を考えると、もっと裕福な層を狙うべきと思うのよ。庶民向け魔道具って売れれば数が出るけど、神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)も高いし、魔力源の魔銀(ミスリル)も高いからよっぽど小さな魔法しか使わない魔道具じゃないと売れないわ」


 エリアの力説に、みな頷く。


「確かに王国の富裕層に売るってのはええアイディアやな」

「王立魔導研究所の販路もそっちに近いと思うしな」

「でもそれなら何故魔石コンロだニャ?」


 貴族がコンロを欲しているとは思えない、とレオナが首を傾げる。


「あーエリアがいいたいことはわかる気がする。魔道具なら火力が一定になるから調理しやすいのか」

「そういうことよ。薪だとどうしてもその日その日の焼きむらが出るわ。魔道具で一定の火力にしちゃって贅沢品として売れば、売れるかもしれない」


 料理が趣味の貴族というものはほとんどいないが、料理を振る舞うことにステータスを見出す貴族はそれなりの数いるだろうし、そうした貴族たちが自慢出来る魔石コンロを作ってしまえばいい、というのだ。


「なるほどなぁ……趣味にしかならない魔石ライターよりはよっぽど可能性ありそうだ。それなら冷蔵庫なんかもありかな?」


 ユートもまた日本の知識を動員する。


「冷蔵庫って何よ?」

「食品を冷やして保存しておける倉庫みたいなもんだ」

「氷室みたいなもんか?」


 どうやら北方では氷室があるらしく、ゲルハルトが頷く。


「確かに西方に来てびっくりしたんは食べもんを保存できないことやったしな。おもろいかもしらへんで?」

「ふーん、冷やせるならいいけど、氷を作るのって水凍(ウォーター・フリーズ)くらいしかなくない? 魔石の消費量的には大丈夫?」

「まあそこら辺は試作してからかな」


 ユートはそう締めくくった。

 とはいえ、そうして出たアイディを形にする時間はなかった。

 他の魔道具を開発するにもい数日ではどうこうなるとは思えなかったし、何よりも戴冠式を迎えるにあたって屋敷もそれなりに慌ただしかったからだ。



 そうしているうちに日が過ぎて、三月三十一日――つまり戴冠式の前日を迎えていた。


「ユート、姉様に呼ばれたのです」


 そんなアナのもとに、アリス王女からの使者が来たらしい。


「ユートも行きましょう」

「いや、姉妹で水入らずの時間を過ごした方がいいんじゃないのか?」


 明日、アリス王女は女王となる。

 そうれなればアリス王女とアナとの関係は単なる姉妹ではなくなってしまう。

 そしてそれは、アリス王女が老いて子に譲位するか、またはアリス王女かアナが死ぬまで――つまりほぼずっと続くだろう。

 アリス王女はアナにとって唯一の肉親であり、その肉親と単なる姉妹として過ごせる、恐らく最後の時間を邪魔することをユートはしたくなかった。


「いえ、ユートも来た方がいいのです。エーデルシュタイン伯爵家として、もうすぐ女王になられる姉様と、忌憚なく話し合える数少ない機会なのです」

「アナ、そうしたことは忘れていいんだぞ?」


 確かにユートが頼んでいる魔石専売令や徒弟保護令、あるいは今後の軍との関わり合いについて、王権を持つことになるアリス王女と話し合える機会は貴重だ。

 しかし、それがないからといっても実務の最高責任者であるハントリー伯爵が許可しているのだから魔石専売令や徒弟保護令がおじゃんになるわけでもなし、アナの大事な時間を奪うつもりにはなれなかった。


「ユート、見くびらないで下さい。わたしは確かに姉様の妹です。でも、同時にユートと一緒にエーデルシュタイン伯爵家を創っていきたいのです。ユートの傍に立って、ともに歩みたいのです。その為には、一時の情に流されたくはありません」


 まだ今年十歳になる少女とは思えない、強い言葉であり、そしてそれは彼女にとって正しい言葉だった。

 ユートは苦笑いするしかない。


「……わかったよ。じゃあ一緒に王城へ行こう。いつ行けばいい?」

「今日の午後ならば予定が空いている、と」


 恐らくその予定はアリス王女がアナのために無理矢理空けたものなのだろう。

 それをユートがエーデルシュタイン伯爵家の為に使うことに罪悪感を感じながらも、アナの言葉を受け容れることにした。




「アナ、それにユートもよく来ました」


 しばらく会わないうちにアリス王女は随分と変わっていた。

 別に背が伸びたとかではない。

 雰囲気が、前までのそれとは打ってかわった、凜とした威厳に満ちたそれになっていたのだ。

 それはメンザレで初めて会った時の、星に祈るか弱い少女と同一人物とは思えないほどの威厳だった。


「どうしたのです、ユート?」


 おかしそうにアリス王女は笑った。


「ここはティールームなのですよ。多少の無礼は許します。なので忌憚のない意見を」


 そう言うと、アリス王女は手ずからユートのカップに紅茶を、そしてアナのカップにはメリッサ茶を注いだ。

 給仕すら置いていないということは、アリス王女もまた極秘の話をしておこう、というのだろう。


「姉様、そのようなことは……」

「構いません。さあ、冷めないうちにどうぞ」


 アリス王女はそういうと、自分もまたカップに注がれた紅茶の香りを楽しみ、そして美味しそうに一口、紅茶を飲んだ。


「アナスタシア、最近はどうですか?」

「ええ、楽しく過ごしているのです。こないだは魔物退治をしました!」

「まあ、魔物退治を……」


 さすがに王女が魔物退治と聞いてアリス王女は目を丸くしている。


「ユート、多少のことは目を瞑りますが、さすがに王女に魔物狩りをさせるのは……」

「姉様、エーデルシュタイン伯爵家の家風は冒険者の家風なのです。貴族が狩猟を嗜むように、エーデルシュタイン伯爵家では魔物狩りを嗜むのです。それならば正室のわたしが魔物の一匹も狩れなくてどうするのですか?」


 アリス王女に止められる前にアナが強く主張する。


「それにわたしはゲルハルトやレオナに誘われたのです。大森林との友好関係を考えてもわたしが彼らの誘いを無碍にすることはあってはならないはずなのです」

「……そこまで言うならば貴族の自治の問題、王族たる私が言うことはありません」


 アナの剣幕にアリス王女はそう矛を収め、そして、しかし、と続けた。


「ユート、これは姉としての願いです。もしアナが魔物狩りに行くことがあったとしても、必ず帰ってこられるように、十分な戦力をお願いします」

「もちろんです」


 アリス王女に頭を下げられてユートは慌てて頷く。


「それにしてもアナスタシアはすっかりエーデルシュタイン伯爵家の家風に染まっているのですね」

「家風に染まっているというか……もともと家風などあってないような家ですから、みんなで創っているようなものです」

「なるほど、冒険者に、ジークリンデ殿に、そしてアナスタシアが創る家ですか」


 アリス王女は興味深そうに笑った。


「どんな家になるのか、非常に興味深く思います。冒険者ギルドを知行として、冒険者と大森林と王室が創る貴族、ですからね」

「ありがとうございます」

「そういえばフレデリックから聞きました。魔石専売令と徒弟保護令ですね」


 不意に話が変わった。

 フレデリックとはあのハントリー伯爵のことだ。


「ええ、出来ればそれを通して頂けないか、と」

「大丈夫です。ギルドを知行にするのに、魔石を専売にするというのはよくわかりますが、徒弟を保護しようというのは面白い発想、と内務省も褒めていましたよ」


 ユートがデイ=ルイスとともに考えた、商会や工房が雇うものを解雇しようとすれば多額の一時金が発生する、そしてその結果護衛(ガード)に使う冒険者なりが増えるという読みは王国官吏たちにもわかったようだった。


「彼らは彼らで、王国の治安を考えれば解雇は出来るだけ避けたいですからね。ユートの申し出は渡りに船だったのでしょう。貴族の中には商会やらの関係もあって、なかなか言い出せないまま研究課題として上がり続けていましたから」


 前からあったアイディアを横取りした形になった内務省の連中にもともかく恨まれてないようでよかった、とユートは胸をなで下ろしていた。

 貴族であるユート――というよりエーデルシュタイン伯爵を裁く権利は法務省にしかない上、処分するにしても国王の親裁が必要であるのが王国が定める貴族法であり、別に内務省の不興を買ったとしても問題はないのだが、それでも色々とやりにくくなることは間違いない。


「商会や工房の方にも、主だったところは聴取したようですが、まあ大手の商会と工房ですのでそうそう解雇することはない、とどっちでもよいような返答だったようです。零細工房などは逆に人を雇っているところもそう多くはないので、社会的な影響も護衛(ガード)以外ではないと判断されています」

「つまり、全く問題はない、と」

「ええ、それにギルドを知行にする貴族家を創るのに、必要最小限の影響しかもたらさない法令を考えたことは評価に値します。最初はアナスタシアが知恵を貸したのかと思いましたが、さすがにアナスタシアでもここまでの法令は作れなかったでしょう。そうした知恵を借りることが出来る者を持っていることもまた、評価出来ます」


 アリス王女はそう言うとにっこり笑い、そして紅茶を一口飲んだ。


「魔石専売令と徒弟保護令は明日の戴冠式の直後、初めて開かれる私の代の朝議で決定します。また、それと同時に冒険者ギルド設立の勅許状も出しましょう。明後日以降になりますが、私からの勅使が訪れると思いますので、よろしく」


 なんとも仕事の早いことだ、とユートは感心する。


「わかりました」

「では、この話はここまでにしましょう」


 アリス王女はそう言って微笑む。

 その姿は完全に女王のそれであった。


「ユート、ここには今、摂政王太女たるアリスという者はおりません」


 その言葉を聞いてユートが怪訝そうな顔をしたのがおかしかったのか、アリス王女はくすりと笑う。


「私はアリア、です」


 悪戯っぽく、そして年相応の表情を見せる。

 その意図をすぐにユートも理解する。

 つまり、摂政王太女としての仮面を脱ぎ捨ててただの人として話したい、ということだ。


「久しぶりだな、アリア」


 その意図を酌んでユートもまたそれに合わせる。


「ユートさんも元気そうで何よりです。そして何よりもお礼が言いたかった。ユートさん、メンザレで私とアナスタシア――アンを救ってくれてありがとう。あの時貴方がいなければ私はメンザレの裏路地でその骸を晒していました」


 アリアはそう言って頭を下げる。


「それに大森林と話をつけてくれたのも、貴方でした。その後の王位継承戦争でも、常に先陣を務めて王都への道を切り開いてくれたのも、貴方でした」


 アリアがじっとユートの目を見つめる。


「ユートさん、ごめんなさい。貴方を私は振り回してしまいました。明日、私は王になります。あの星空の願いが叶って、よかった」


 いつの間にか彼女は泣いていた。

 星空の願い――王都へ戻りたいというその願いは、あの時点であれば兄ゴードンを討ち、そして自分が王になるという願い、ということだ。


「もう貴方とこうして話すことはないでしょう。明日からは、私は北方の雄ノーザンブリア王国の女王です。だから最後に話しておきたかった。貴方に助けられたことを、私の口からしっかりとお礼を言いたかった」


 いつの間にかアンも泣いていた。


「ユートさん、もし私がノーザンブリア王家に生まれていなければ、私は貴方を良き友と思えたでしょう。兄を討ってまで王位に就くのに、なぜ王家に生まれてしまったのか、と思う私がいます」


 アリアは王位継承戦争が始まってからこの一年半、孤独だったのだろう。

 もちろん国王になるにはそれに甘んじなければならない。

 だが、年頃の少女が友達どころか同年代の者が一人もいない中で、ノーザンブリア王国を背負わないといけない、という孤独は並大抵ではなかったはずだ。


 そして、このティールームを一歩出れば、あと一日が過ぎてユートは臣下であり、その重荷を一緒に背負ってやる友であることは出来なかった。


「アリア、そういう時はこう言うんだ。生まれ変わったらその時は友達になりましょう、ってな。それまで待っているからな」


 ユートに言えたのはそれだけだった。

 せめて友であることは出来なくとも、友でありたいと思っている人がいることだけは伝えたかった。

 そのユートの台詞に、アリアは目を丸くした。


「素敵な台詞、ですね。そしてまるでご自身にはそれがあることを確信されているように聞こえます」

「確信しているさ」


 その一言は()()()|の()()に基づく一言であったが為に、妙な説得力があったらしい。

 アリアは少し考え込んで、そして笑う。


「では、また来世で会いましょう」



 それで会話は終わった。

 正確にはユートが遠慮して席を立った。


 ティールームには二人の姉妹が残された。


 最後に二人の姉妹が微笑み合う姿が、閉まる扉の向こうに見えた。

 その姿を見てこんな風に仮面はもう二度と脱ぐことが出来ないのだな、とユートは感じ――そして、せめて自分だけは仮面の下の顔を覚えておこう、と誓った。


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