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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第五章 ギルド勅許編
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第124話 魔石銃試射会

 次の日起きると、身体はずいぶんと軽くなっていた。

 やはり肉体的な疲労よりも、精神的な疲労が大きかったらしい。


 本館の広間に下りていくと、既にエリア、アナ、ジークリンデが揃っていて、ユートを待っていた。


「ユート、朝ご飯よ。それにしても前に比べてテーブルも広くなったわね」

「ユートはそちらの席に座るのです」


 恐らく一番上座に当たる席をアナがユートに譲ってくれた。


 ここはエーデルシュタイン伯爵家のプライベートなスペースであるため、客人を招き入れることはほとんどないらしい。

 ゲルハルトやレオナと言えども扱いは客人であり、彼らは別館で朝食を出しているのでここにいるのは四人だった。


「テーブルは広くなったけど寂しくなったな」

「まあ、ね。でもしょうがないわ。むしろ今までがあのギルドの二階の狭いスペースで食べてたのが貴族としてはおかしかったんだし」


 ギルドの二階は既に引き払ったが、折角のスペースを空き部屋にしておくのも勿体ない、ということでアドリアン一家が住むことになっている。

 今回の落成披露パーティーにアドリアンも警備担当として噛んでいた関係でまだ引っ越しはしていないが、戴冠式が終わって王都から戻ってきたら引っ越す予定だった。


「わたしたちで増やせばいいのですよ」


 アナがわかっているのかわかっていないのか、そんなことを言う。


「ユート、あんたが昨日寝てから、ロニーさんが魔石銃見てみたいから今日の昼から壁外に来れないか言ってたわ。護衛をゲルハルトとレオナに頼んどいたから行ってきなさい」

「エリアは行かないのか?」

「あたしはそろそろ王都に行く準備しなきゃ。アナ一人に任せるのは可哀想だし一緒に買い物に行ってくるわ」


 王都に行く準備はエリアたちに任せて、ユートは魔石銃のことに専念していいらしい。


「わかった。ロニーさんに使いは?」

「わたしがやっておくのです。ユートは魔石銃の手入れをしていればいいのです」


 アナがそう言ってくれたので、朝食後すぐに自室に置いている魔石銃の手入れをして、約束の壁外へと出ていった。




「ふむ、これが魔石銃か」


 壁外にはなぜかシーランド侯爵もいたが、彼もまた新兵器と聞いて見たがったらしい。


「標的は軍の訓練でも使われる麦わら人形です。一つ目の標的は距離は一般的に弓の射程の限界とされている百メートルとしています。また、二つ目の標的は距離二百メートルに置いています」


 ユートが実験の為に置かれた人形について説明する。


「ふむ、これは軍における弓の実験と――ああ、僕がまだ現役だった頃の話だけど――とかわらないな」

「百メートルの方は今もかわらんはずだ。二百メートルに置くことはないがな」


 弓で安定して二百メートルを届かせようとしたら大型の長弓か、または機械式のボウガンの類が必要になるだろう。

 一般的な弓兵で安定して届かせられる百メートルが弓の限界であり、当然訓練や実験でも百メートルまでしか試したことはない。


「こちらが魔石銃です。詳細な仕組みについては後で解説するとして、まずは射撃を行ったあと、イーデン提督、シーランド侯爵にも試射して頂きます」

「わかった。早速見せてくれ」


 待ちきれないようにイーデン提督がそう言ったので、ユートは弾丸を込めてじっと標的に狙いをつける。

 試作した時には照星も照門もなく苦労したのだが、今回はちゃんと照星も照門のつけられているし、銃床の角度なども調整されている。


「撃ちます!」


 ユートはそう叫ぶと引き金を引く。

 轟音とともに、弾丸は狙いを過たず百メートルの所に据えられた標的の胴部を直撃、そして運動エネルギーだけで爆散させる。


「これが魔石銃です」


 ユートの淡々とした言葉に、イーデン提督もシーランド侯爵も言葉を失っていた。

 弓の直撃を受けても爆散することはまずあり得ないことは当然であり、この威力はそれだけ強い説得力があった。


「これは、すごいな……」

「ああ、予想以上だ。運用上は単に強力な弓かと思っていたが、これは戦術がまた変わるぞ」


 シーランド侯爵とイーデン提督がようやく言葉を取り戻して魔石銃を評価する。


「次は二百メートルで撃ちます」


 ユートはそう言うと、再び弾丸を装填して引き金を引く。

 今度もまた人形を直撃――そして先ほどと同じく運動エネルギーだけで爆散させる。


「距離が遠くなっても威力はかわらない、か」

「厳密には少し落ちていますが、矢ほど風の影響は受けないですね」

「ということは風魔法でも防ぎにくい、ということか。これは面白い武器だ」


 シーランド侯爵は何度も頷いて感心している。


「ちなみに最大でどのくらいまで撃てるんだ?」

「ちゃんと試したわけじゃないですけど、練習中に外した弾丸を見ていると一千メートルは飛んでいると思います。ただ、実際の戦場で一千メートルも空いているかどうかはわかりませんが……」

「なるほどな。海上ならばどうだろうか?」

「風が強いので、なんとも言えませんが、船に当てるだけなら一千メートルは余裕でいけると思います」


 ユートの説明にイーデン提督のふむふむ、と頷いていた。


「なるほど。では次は撃たせてもらおう」


 イーデン提督は嬉しそうに魔石銃を手に取った。




 イーデン提督、シーランド侯爵が何度も試射をした上、ゲルハルトやレオナも試射をしていたが、やはりなかなか当たらなかった。

 もちろん弓をいきなり使うよりはよっぽどマシなのだが、それでも訓練なしに当てられるようなものではないのだから当然だ。


「何回も撃っていると耳が痛くなってくるな」

「本当なら耳栓をして撃つんですけど、今回は指示が聞き取れないと危ないので……」

「まあいざ部隊を編成することになったら色々と考えないとならないだろうな」


 イーデン提督はそう言いながら耳を抑えていた。


「ちなみに、弾丸はどのくらいかかるんだい?」

「試作は神銀(オリハルコン)の弾丸なので、一発百万ディールくらいですかね。あとは量産でどこまで安く出来るか、です」

「……高いなぁ。今日撃たせてもらっただけで数百万ディール飛んだんじゃないか?」

「ええ、そのくらいですね。魔石銃本体は五千万ディールくらいで作れるんですが……」

「一個大隊一千名に持たせると考えると五百億ディールか……これは厳しいことになりそうだ」


 シーランド侯爵もイーデン提督も頭を抱えている。

 王国は広いが、多くの貴族領が点在しているわけで、決して王国そのものの収入は多いわけではないし、王国財政からしても一個大隊で五百億ディールとなれば決して安い額ではない。

「今年の予算は既に通しちまったはずだしな」


 イーデン提督が頭を抱える。

 ユートとしては早く魔石の消費量を増やしたいだけに今年の予算で多少でも導入して欲しかったのだがしょうがない。


「ともかく戴冠式の後に許可を得られれば王都に搬入出来るように手はずを整えておこう。少なくとも俺は軍に導入するべきと思うしな」


 イーデン提督がそう言ったところでエリアが壁外に出てくるのが見えた。


「ユート、遅くなりそうだったら誰か使いに寄越しなさい」


 気付けばもう空は暗くなっており、すっかり夜のとばりが下りていた。




 魔石銃の試射会を終えた二日後にはもうエレルを後にしていた。

 慌ただしい日程だが、戴冠式に余裕を持って間に合わせるにはそれしかなかったのだ。


 エーデルシュタイン伯爵家から戴冠式に出席するのはユートとアナの二人だけだが、もちろんエリア、ジークリンデも行動を共にしている。

 また、アーノルドも家宰として同行する他、ゲルハルトとレオナもまた北方大森林の代表として参加するのでやはり王都には行く。

 もっともゲルハルトとレオナは立場上、大隊を率いていく必要があるので別に陸路をとることになるが。


 一方でアドリアンとセリルは同行していなかった。

 これはアドリアンの身分は所詮従騎士であり、まず戴冠式には参加出来ないこと、そして何よりもギルドの業務を誰かがこなさないとならず、それを考えるとアドリアンとセリルを同行させるわけにはいかなかったからだ。


「まあ護衛だけなら俺がいかなくても大丈夫だろ?」

「あちきとゲルハルトは立場上、二個大隊を連れて行くニャ。レビデムまでの護衛は絶対大丈夫ニャ」


 別れ際のそんな会話を聞いていたシーランド侯爵は苦笑いを浮かべていた。

 餓狼族と妖虎族の各一個大隊を相手にするなど、王位継承戦争を見ていた指揮官ならば誰しもが嫌がるのが当然であり、まさかそこにちょっとした賊が仕掛けてくるとは思えなかった。


 そして、予想通りエレルからレビデムまでの間は何事もなく進んだ。

 ユートたち四人を乗せた馬車は厳重に守られていた、というのもあるが、この街道は西方の最も中心的な街道であり、ポロロッカ以後、エレル冒険者ギルドが定期的に依頼を受けて魔物を狩っていたので安全だった、というのもあった。


「いよいよ、海ね」


 レビデムに着くとエリアは微妙な表情をしていた。


「ねえ、ロニーさん。魔物にやられたりしないかしら?」

「なんだ、怖いのか? 大丈夫だ、大丈夫。何度も王都とレビデムの間を行き来しているが魔物に襲われて一等フリゲート艦一個戦隊が壊滅した、なんて話は聞いたこともない。まして俺が率いているんだ。安心しろ」


 イーデン提督はそう言ってエリアの心配を豪快に笑い飛ばしていた。


「どうしたんだ、エリア?」

「父さんが昔、海は魔物で溢れていて、怖いところだって言ってたのを思い出したのよ」


 エリアの言葉にユートは思い当たることがあった。

 そういえば最初にレビデムに来た時、エリアから港で聞いた話があったことを。


「水平線の向こう側、か」

「そうね。決して行けないところのはずなのに、今船に乗ってそこに向かおうとしているのが怖いの」


 エリアは珍しくそんな弱気な台詞を吐いた。


「エリア、何かあればわたしの魔法でどうにかするから大丈夫なのですよ」


 アナがそう言って励まし、ジークリンデもまた小さく微笑んでいた。

 ジークリンデは何か言葉を発するわけではないが、もともと無口なだけであり、この三人もずいぶんと仲良くなったものだ、とユートは安堵していた。


「ユート、あちきらはここでお別れだニャ」

ユート(兄弟)、王都まで競争やで」


 人数の関係で陸路を取るレオナとゲルハルトがそう笑っていた。

 競争と言っても普通に考えれば船の方が圧倒的に有利なのだが、餓狼族にしろ妖虎族にしろ人間よりも圧倒的に身体能力が高いので、ゲルハルトが言っていることは冗談に聞こえなかった。


「ああ、また、王都で」

「王都の屋敷に遊びに行かせてもらうわ」


 ゲルハルトとそう約束し、握手を交わすと、ユートは渡し板を渡って船上の人となった。


「ユート卿、一等フリゲート艦フォーミタブル号へようこそ。艦長は出港準備で手を離せないので、代理のフォーミタブル号海兵隊長エドゥアルド・イエロであります。メンザレの一別以来となりますが、お元気でしたかい?」


 メンザレの前哨戦の時にともに戦ったイエロだった。

 相変わらずのひげもじゃだが、ユートが伯爵になったせいか前よりはやや慇懃になっていた。


「ええ、元気です。イエロさんもお元気そうですね」

「まあそれだけが取り柄ですからね――ああ、舷門で立たせているとどやされます。船尾の法兵士官寝室と船長室をお使い下さいとのことです。案内しましょう」


 イエロはそう言うと、荷物を持って船尾甲板まで案内してくれた。



 ユートに与えられた部屋はなかなかに広かった。

 船長室、士官寝室、それに士官公室があり、ユートの部屋、エリアたちの部屋、広間として使うことが出来た。


「便利なものね」


 エリアはまだあまり顔色はよくなかったが、それでも物珍しさが勝っているらしくきょろきょろと興味本位で備えつけの設備を見ている。


「ユート、上に上がりたいのです。海を見ます」


 アナは目を輝かせて部屋を出て行こうとするので、あわててユートも追いかける。

 イーデン提督の戦隊なので大丈夫とは思うが、それでもユートの中では船と言えば荒くれ者の海の男たちしかいない場所であり、小さなアナを一人でうろつかせるのは怖かった。


「ユート様、行ってこられたらよろしいかと。私も王立士官学校の実習で乗ったことがありますが、なかなかに壮大なものですぞ」


 アーノルドの言葉を受けてユートは頷いた。



 上甲板に上がるとちょうど出港するところであり、フォーミタブルは手こぎのタグボートに曳かれていた。


「おう、ユート卿。ちょうど出港するところです」

「アナ――アナスタシア王女殿下が見られたいとのことです」

「エドゥアルド卿、ロナルド卿の船はどれになりますか?」

「はっ! 提督の旗艦は本艦の前を行くイラストリアス号になります。本艦とは全く同型であり、姉妹艦となります」


 そう言いながら前を行く船を指差す。


「そうですか」


 アナはそう言った時、強い海風が吹き抜ける。

 少し寒いその風にアナは一瞬驚いたような顔を見せる。


「潮風が、気持ちいいですね」


 そして、屈託のない笑顔を見せていた。


今週の5話目ですが、1日2回更新はせず、明日更新することにします。

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