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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第五章 ギルド勅許編
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第123話 落成披露パーティー

 ようやく春めいてきた二月末、ユートはいつの間にかデイ=ルイスの許可を得て城外に建てた掘っ立て小屋に籠もっていた。

 当初、ウォルターズとともに箱馬車の中でやっていた魔道具の開発だが、さすがに毎回箱馬車を出すのはどうか、ということになり、デイ=ルイスの許可を得て魔道具開発の小屋を建てたのだ。

 そして、当然その小屋の中で作っているのは魔道具である。


 低体温症で死にかけて以来、ユートはいざという時に使える魔道具を作ることに専念していた。

 最初に考えたのはもちろん濡れても使える魔石ライターだったが、それはウォルターズにあっさり却下された。


「魔石ライターはもうすでにあるけど、高価すぎて全く普及していないんだよ。貴族が趣味で持ったりはするけどねぇ」


 ウォルターズはそう言ってあきらめ顔だった。

 神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)も同量の金の価格の四倍ほどの価格になる超高級品だ。

 魔石ライター一つが百グラムほどとしても、それだけで二百万ディールほどになってしまうし、日常的に魔石を使うことを考えると冒険者や庶民は火打ち石か、魔法が使える者は火炎(ファイア)の魔法で済ませてしまうだろう。

 そしてそれが買えそうな貴族は自分で火を着けることなど、それこそ趣味の領域であり、結果としてほとんど売れるものにはなっていない。



 次にユートが考えたのは魔石コンロだった。


「そんなの、誰も使わないよ」


 ウォルターズにはそう言われたが、ユートには火力を一定に出来る上に薪拾いもいらない魔石コンロは便利に思えたのだ。

 そして、完成させてみたのだが、大きな問題があった。


「お湯を少し沸かすのに大量の魔石を食うんだな……」

「そりゃそうだよ。火炎(ファイア)の魔法を使い続けてるようなものだからね。軍において魔法でお湯を沸かそうとしない理由も同じさ」

「冒険者の中には鍋のお湯に火球(ファイア・ボール)を突っ込んで無理矢理沸かすような奴はいるけどね」


 ウォルターズとエリアにそう言われて、ユートはこの類の魔道具は諦めざるを得なかった。

 魔石は神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)よりは安いとはいえ、それでも同量の金と同じくらいには高級品だ。

 金をくべて湯を沸かすと考えたら、誰もが薪を拾いにいくのはよくわかった。




 そうしているうちに、ユートの屋敷が竣工を迎えようとしていた。


「サマセット伯爵の名代でハルさんが来てくれるらしいのです」

「へえ」


 屋敷が竣工した場合は披露パーティーを行うのが一般的であり、ユートもその例に漏れず招待状は予め主だった貴族たちには出してある。

 具体的にはウェルズリー伯爵、サマセット伯爵という所縁の深い二人と、王位継承戦争でユート麾下の指揮官として共に戦ったシーランド侯爵やリーヴィス、リーガン、ブラックモアといった西方軍の各大隊長、それに普段から世話になっている総督府のデイ=ルイス副総督、バイアット法務長官たちだ。

 そうした彼らへの招待状の返信が続々と届いていた。

 ウェルズリー伯爵もサマセット伯爵もアリス王女が即位する戴冠式の準備が忙しいことから西方までは来れなかったが、それぞれ名代を送る、とあった。


「ウェルズリー伯爵の名代ってロニーさんなんだけど……」

「それは珍しいですね。普通は自家の家臣に名代をさせるものなのですが……」


 ロニーとはウェルズリー伯爵の友人であり、フリゲート艦戦隊を率いているロナルド・イーデン提督のことだ。

 貴族のパーティーである以上、平民を送るわけにはいかないので、普通は自家で従騎士の位を持つ家臣か、正騎士の位を持つ親族を名代として送るのが一般的だ。

 もちろん友人に名代を頼むのがルール違反というわけではなかったが、極めて珍しい話だった。


「ああ、ロニーさんがフリゲート艦に乗ってくるから、戴冠式にはそのフリゲート艦で来ていいそうだ」

「……国の船を、と思いますが、よく考えればわたしがいるので軍を動かすレベルの護衛を送るならば、より安全に届けられるであろうフリゲート艦一個戦隊を送る、ということですか」


 平時においてはアナは王位継承権二位――しかもアリス王女が即位すれば一位に繰り上がる王族であり、十分な護衛をつける対象だ。

 王都からの帰りは西方軍と同行したので特に問題はなかったが、今度戴冠式に出るために王都に出るだけで数個大隊を動かす、などというのは濫費の類だろう。

 それならばより安価に動かせ、かつ安全性も魔物に対してはともかく賊に対しては抜群、かつ快速のフリゲート艦を送ろうというのもわからないではない。


「船旅かぁ……」


 ユートが読んでいる手紙を横からのぞき見していたエリアがしみじみとそう言った。


「どうした? エリア?」

「楽しみな反面、ちょっと怖いような気もするわ……ほら、ユートとかは魔物が出ても魔法で戦えるかもだけど、あたしは無理だしね」


 確かに剣を武器としているエリアは海の上では無力だろう。


「魔石銃使うか?」

「ああ、それはいいかもね。って、ユート、もう一枚何か手紙があるわよ」

「おっと、見落としてた」


 ユートはそう言いながらその手紙を読む。


「どうしたの?」

「イーデン提督に魔石銃の試験も任せてあるらしい。戴冠式の前後の王都に危険な武器を持ち込むのは禁止するし、それに背いて持ち込んだからエーデルシュタイン伯爵家の謀叛と看做す、ってさ」

「ああ、あの銃だったら弓より遠くから撃てそうだものね」


 狙撃兵という兵種が、日本――というより地球にもあったことを考えると、魔石銃もちゃんと調整すれば狙撃することは出来るだろう。

 そして弓よりも遙かに高精度、遠距離から狙撃できるとなるならば、アリス新女王の安全を考えて戴冠式の警備態勢を大幅に変えないといけない。

 直前にそんなことをする余裕はない――あるいはウェルズリー伯爵が面倒くさい――ので、ユートにそもそも魔石銃の持ち込みを禁止してしまおう、と考えたのだろう。


「まあ、魔石銃の威力が認められたって考えましょう」


 エリアはそう前向きに言ったが、よく考えれば船の上で魔石銃を使うことも難しいのでエリアはただの乗客になるしかない、ということでもあった。




 そんなやりとりもあって、三月一日、エーデルシュタイン伯爵家の屋敷が竣工し、そして落成披露パーティーが開かれた。


「ユート、久しぶりだな。屋敷の落成おめでとう」

「ロニーさん、お久しぶりです」

「こいつはレイとウィル、それにシルヴィの奴からの祝いだ。ああ、んでこっちが俺のな」


 そう言いながら、イーデン提督は四人分の豪華な祝いの品を置いていく。

 アーノルドはそれを慌てて帳面に書き付けて、後日返礼を行う際の資料を作っていく。


「サイラス、大変そうだな」


 そんなアーノルドをイーデン提督はからかうように話しかける。


「まあ大変だけど、軍にいても数年で除隊のところを、生涯掛けて出来る仕事を見つけたと思えばなんてことはないぞ」

「ははは、俺は除隊したら何をするかな。兄貴も隠居したし、また二人で釣りでも行くか。あの頃は兄貴に船の操船で勝てなかったが、今は俺の方が上だろう」

「それに負けたら在郷軍人会から助命だな。あっちでは俺の方が先輩だしな」


 王立士官学校以来、三十年来の友人である二人はそう笑い合った。



 そのイーデン提督の来訪を皮切りに、続々と招待客がやってきた。

 西方軍の上級指揮官たちに、総督府の高級幹部たち――そして最後にやってきたのはシーランド侯爵だった。


「遅くなりまして」

「いえ、ようこそお越し下さいました」

「こちらは進物になります。よろしくご査収下さい」

「大層な物を頂いて、かたじけないことです」


 そんな儀礼的な会話をしている横からイーデン提督がシーランド侯爵にちょっかいをかけに来る。


「ロニー、なんで僕の頭に水を掛けるんだ!?」


 侯爵の頭にグラスに入った水をたっぷり掛ける王国軍人――見る人によっては顔を青くする局面かもしれない。


「いや、遅れてきやがったのに長々挨拶してるから当たり前だろ?」

「そんな当たり前知るか!? だいたいこっちは侯爵なんだ。僕が一番乗りしたら他の貴族たちが気をつかってしまうだろう!?」


 そう言いながら、ユートの雇ったメイドが差し出したタオルで頭を拭くシーランド侯爵。


「同期生でもなければ宰相に掛け合って軍礼則違反、貴族法違反でしょっ引いてもらうところだぞ?」

「貴様じゃなきゃやらねえよ」

「まったく……士官学校時代から何も成長していないじゃないか。もう五十なんだぞ?」

「へ、若い仕官連中を統率するためにはあいつらと一緒に遊んでるから気は若いんだよ!」


 くだらない同期生同士のじゃれ合いもひと段落したところで、ユート、そしてアナが挨拶してパーティーが始まった。



「ユート、若い奴らの宿舎ありがとな」


 ゲルハルトがそんなことを言ってくる。


 ユートの屋敷は正面の玄関がありユートの執務室などがある別館と、ユートたちの住居である本館に分かれており、渡り廊下がその二つを繋ぎ、中央は中庭になっているという、貴族の屋敷によくある形式だった。

 そして、余った屋敷の敷地の一部を使ってゲルハルトたち餓狼族と、レオナたち妖虎族の宿舎を建てたのだが、その礼らしい。


「いや、とりあえずこっちでの住居を見つけないとな」


 餓狼族や妖虎族たちは今は少数で冒険者として生活費を稼いでいる。

 ちょうどポロロッカで溢れた魔物が討ち漏らされているので、それを買って金に換えて北方に仕送りしているのだ。

 一応ユートの傭兵(マーセナリー)、という扱いではあったから厳密にはユートが魔物狩りを命じて、その成果である魔物を売り払って傭兵(マーセナリー)である獣人たちに配分していることになるのだが、そこら辺は全て族長の子であるゲルハルトとレオナに丸投げしていた。


「助かったで。傭兵(マーセナリー)言うても家は自分らでどうにかするのが筋やからどないしようか思っててん」

「あちきも助かったニャ」


 今日は珍しく黄色のドレスを着ているレオナもユートとゲルハルトの会話を聞いて同じように礼を言う。


「いや、結構無理してもらってるし、ちょっとくらいは恩を返さないとな」

「ともかく、これからもそうした共存共栄でありたいニャ」


 そんな会話をしているうちに、西方混成歩兵第二大隊のブラックモア大隊長がやってきた。

 後ろには西方戦列歩兵第一大隊長のリーヴィス大隊長、西方驃騎兵第二大隊リーガン大隊長、そして警備兵の先任中隊長であるヘルマンといった西方軍の面々も姿を見せている。


「エーデルシュタイン伯爵閣下、本日はお招き頂きありがとうございます」


 そう言いながら胸を張る。

 その胸には野戦武勲勲章(ミリタリー・メダル)が輝いている。


「エーデルシュタイン伯爵閣下のお陰をもちまして、先立って野戦武勲勲章(ミリタリー・メダル)を摂政殿下より叙勲頂きました」

「それだけじゃないだろう?」


 後ろのリーガン大隊長がにやにや笑う。


「はっ、同時に来月の戴冠式の折に正騎士への叙任をする、という内示も頂きました。これもひとえにエーデルシュタイン伯爵閣下のお陰であります」

「相変わらず堅っ苦しい奴だな。あ、ユート卿、招いて下さってありがとうございます」


 リーガン大隊長は確か貴族の出だったはずなのだが、それを欠片も感じさせないし、逆にブラックモア大隊長は平民の出なのだが、やや堅苦しいところがある人物だ。

 この二人はいつも出自が逆じゃないか、と思うんだよな、と思ったところでユートは思い出した。


「そういえば……」

「そうなんですよ。イアンはずっと正騎士になりたがっていましたからね」


 大貴族の重臣、あるいは高級軍人や高級官僚といった高等官たちに、その在任中に便宜的に貴族の身分を付与する従騎士と違い、正騎士は俸禄取りとはいえ自身のみならず子も貴族として扱われるれっきとした貴族だ。

 もちろん爵位と知行地を持つ貴族とは違い、高等官となれなければ身分を失うという意味で完全な貴族とは言い難い部分もあったが、それでも身分の差は大きい。

 そして、平民出の、従騎士の軍人たちはみな正騎士になりがたるものであり、ブラックモア大隊長もその例に漏れず正騎士に叙任されたいと言っていたのを思い出した。


「それは、おめでとうございます」

「本来ならばエーデルシュタイン伯爵閣下には早く報告しなければならないところでしたが、遅くなり申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ何も知らず申し訳ありません。今度何かお祝いの品を送らせて頂きます」


 ユートは慇懃にそう応じた。


 こうして報告している、ということはブラックモア大隊長はエーデルシュタイン伯爵派閥に入る、ということだ。

 もちろんそんな派閥は存在していないし、ユートにそんな派閥を作るつもりはないが、派閥は普段から懇意にしている者同士がそのまま派閥となることも往々にしてあることだった。

 ましてユートは次期宰相のハントリー伯爵を筆頭に七卿の過半と親しく、妻は王女、という立場であり、次代の王国の中心人物となる可能性もあるとみられている。

 だからこそ、ブラックモア大隊長のようにユートと懇意にしておこうとする者も多かった――それそのものは何も間違ったことではない――し、ユートも積極的に派閥を作ろうとはしなくとも悪い噂は立たないように気をつかっていた。




 夕刻、パーティーがお開きとなって皆帰って行った後、ユートは疲れ果てていた。


「ユート、大丈夫なのですか?」


 同じように気疲れしているはずなのに何事もなさげなアナはさすがに王女だった。


「ああ、今日はもう眠る」


 疲れと酒で、ふわふわとしたままユートは自室に入るとそのままベッドに飛び込んだ。

 いつもより二回り大きく、そして貴族が使うことを前提としたそのベッドはユートを優しく受け止めてくれて、その柔らかさが何よりも貴族の屋敷に引っ越してきたことを実感させてくれた。


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