第122話 大反省会
「ホンマ勝ててよかったわ」
「勝ったっていうのかよ!? 追い払っただけだぞ?」
「それを勝ったと言わなくて何が勝ちだニャ? あちきたちは生き残ったんだから勝ったに決まってるニャ」
三人は口々にそう言う、再び大笑いをする。
生きていてよかった、今日も生き残れた、という安堵の笑いだった。
「ちょっと、あんたたち何馬鹿笑いしてるのよ!?」
どれくらいそうしていたのかわからないが、不意に後ろからそんな声が聞こえた。
「エリア?」
「そうよ。アドリアンが意識取り戻したし、セリーちゃん一人でどうにかなりそうだからあたしはあんたたちの助太刀に戻ってきたのよ」
そう言いながらまだ火炎旋風の残り火がくすぶる戦場を見回した。
「必要なかったみたいね」
「いや、魔牛持って下りなきゃだぞ?」
「あんた、あたしに荷物持ちさせるつもり? ……って魔力使い果たしてるのね」
「ああ、全力で火炎旋風撃ってどうにか、だ」
「そう……しょうがないわね」
エリアはそういうと、魔鹿に襲われる直前まで血抜きをしていた魔牛のところに近寄る。
「ちょっと焦げちゃってるけど、まあ肉は大丈夫だわ。でも、これ持って帰るの一苦労よ」
荷車を用意していくのが定石だが、今回用意していた荷車はアドリアンの後送に使ったらしかった。
「一度荷車取りに戻った方がいいわね」
「ゲルハルトは疲れてると思うし、あちきがひとっ走り行ってくるニャ」
そこら辺は獣人のレオナの方がエリアが駆けるよりよっぽど速いだろう。
「あ、それならアルバに連絡とって何人か人を連れてきてもらえない? あんたたちが倒した魔鹿や魔箆鹿も勿体ないから回収したいわ」
「わかったニャ。一応族長個体の魔箆鹿は倒したニャ。でも他に群れがいるかもしれないから気をつけるニャ」
レオナはそれだけ言うと、するすると森に消えていった。
「ちょっと、ユート、顔色悪いわよ。魔力切れ? 大丈夫?」
レオナが走り去ってしばらくした頃合いでユートが真っ青な顔色をしていることにエリアが気付いた。
見ればゲルハルトもだ。
「どうしたのよ!?」
答えようにもユートは歯がガチガチとなるだけで言葉を発することが出来ない。
「さ…………」
「さ?」
「む………………」
「さ、む…………? ちょっと、あんた、寒いの?」
ユートの服は水球を受けてびしょびしょになったままだ。
「なあ…………」
「ゲルハルト、あんたも寒いの!?」
ユートほどではないが、ゲルハルトもまた青い顔をしている。
よく考えればまだ二月であり、いくら温暖な西方直轄領とはいえ十分冷え込んでいる時期だ。
そこでたっぷり水を浴びた挙げ句に何も遮るもののない、森の中の開けた原っぱにいたのだ。
「あたし、火打ち石持ってないわ。ユート、あんたのは!?」
そう言いながらエリアはユートの鎧下のポケットをまさぐる。
そこに火打ち石は入っていたが、火打ち石もびしょびしょ、特に火口が濡れそぼっており、火など着くわけがない。
「すまん、オレのもや……」
ゲルハルトが申し訳なさそうに同じくびしょ濡れになった火打ち石を取り出す。
「ユート、魔法……は魔力切れね。ゲルハルト、あんた火魔法使えないの?」
「火魔法は無理や……」
「セリーちゃんがいれば……」
エリアは唇を噛みしめたが、どうしようもない。
さっきまで火炎旋風の残り火がくすぶっているうちに火を取っておけばよかったと後悔してみても、後の祭りだ。
「ちょっと、ユート、しっかりしなさい」
エリアはそう言いながらユートの頬に両手を当てると、こすり合わせて少しでも暖めようとしてくれる。
しかし、エリアのその行為は焼け石に水だった。
「どうしたらいいのよ!? えっと、胸甲や草摺は外した方がいいの? でもびちょびちょの鎧下だけになるよりはまだ鎧を着けてた方がいいの!?」
少し混乱しながら、エリアはともかく火炎旋風の残り火がないかあたりを探しつつ、火種があればすぐに火をつけられるように落ち葉や枯れた枝を集める。
「火種……残ってないわ…………」
どうしようもなくなって、エリアは呟くように言った。
すでにユートは意識がもうろうとしていて、そのエリアの呟きが耳に届いているかも怪しくなっている。
ゲルハルトはまだ意識はあるようだったが、がたがたと震えていて、意識がもうろうとするのも時間の問題だろう。
「もう、どうしたらいいのよ!?」
ともすれば癇癪を起こしそうになるエリアだったが、癇癪を起こしても何も解決しないことはわかっている。
「火花……火口……」
そう言いながら辺りを見回すが、もちろん存在などしているわけはない。
そうしているうちに日も落ちてきている。
このまま夜を迎えたら、ユートもゲルハルトも確実に死ぬだろう。
「人肌で温める……ダメね。ユートは救えてもゲルハルトは無理……でもどっちかだけでも助けるしかない、か」
エリアは、申し訳ないがユートを生かすためにはゲルハルトを見捨てる覚悟をした。
そう決めると、ユートの胸甲を外し、草摺も佩楯も外し、鎧下だけにする。
「……重いわね」
ユートが重いわけではない。
仲間一人を生かすためには、仲間一人を見殺しにする、という覚悟が重かった。
そう言いながら、自分も革鎧を脱いで鎧下だけになろうとする。
「エリア、何をやってるニャ?」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
「レオナ?」
「って、なんで二人とも倒れてるニャ!? しかもユートは鎧外しているニャ!?」
「寒さでやられたのよ。ほら、たっぷり水球浴びてたでしょ? てかあんた、火打ち石持ってない?」
「ちょっと待つニャ!」
レオナはそう言うと、すぐに火打ち石を取り出して手早く火口に火種を作ると、エリアの集めた枯れ葉に燃え移らせる。
「ゲルハルトの鎧を外すからエリアはかまどを作るニャ。出来たらお湯を作るニャ」
「お湯?」
「寒くて意識を失った時は身体の中から温める方が効果的ニャ」
そう言うと、ゲルハルトの鎧を外していく。
エリアもかまどを作ると、腰にぶら下げていた水筒に水が入っているのを確認すると、コルク栓と肩掛けの多い布を外してそのまま火に掛けた。
「エリア、こっちもニャ」
レオナがユートやゲルハルト、それにレオナ自身の水筒もエリアに渡す。
「熱くする必要はないニャ。人肌くらいでいいニャ。あと、あちきとレオナの水筒は湯たんぽがわりにするニャ」
言われた通り、白湯を作るとレオナはすぐに水筒ごとゲルハルトに渡して飲ませ、同時に湯たんぽにした自分の水筒を腹に当てるように言う。
エリアもユートに白湯を飲ませようとするが、意識がもうろうとしているユートはそれを飲もうとすることも出来ない。
「口移しで飲ませるニャ」
「え?」
「だから口移しで飲ませるニャ。寒すぎて飲む力も残っていないなら、そうするしかないニャ。あちきがやってもいいニャ?」
エリアの反応を伺うようなレオナの物言いにエリアはきっと反論する。
「あたしがやるわ!」
そういうと、お湯を口に含んで、唇を重ね合わせる。
エリアは顔が少し赤くなっているのを自覚しながら、それでも口移しでユートに白湯を飲ませていく。
しばらくそうやって白湯を飲ませ、湯たんぽがわりの水筒と大きくなってきた焚き火の火で暖められて、ようやくユートも人心地ついたらしかった。
「ユート、大丈夫?」
「……どうにか」
まだ青白い顔をしながら、どうにか意識を取り戻したユートが頷く。
「ユート、肩貸すわ」
「エリアは先に魔の森が出るニャ。あちきはアルバのとこの若い奴が来たらゲルハルトと一緒に回収の指揮を執って、それから戻るニャ」
パーティメンバーの半分が戦闘不能になりながらも、獲物だけは絶対に持って帰ろうというあたり、レオナもやはり冒険者だった。
「大丈夫? ゲルハルトも戦えないんでしょう?」
「さっきみたいなことがなけりゃ大丈夫ニャ」
「殴り合うのは厳しいやろけど魔法くらいなら撃てるで」
「……そう」
冒険者は自由と自己責任、それ以上ゲルハルトやレオナの判断にエリアは何も言わなかった。
「じゃああとでエレルで合流よ。……絶対無事に戻ってきなさい」
「当たり前ニャ」
エリアはユートに肩を貸して魔の森から抜けるけもの道を歩いていた。
「え、ユート卿がやられたんですか?」
途中ですれ違ったアルバはユートが青白い顔をして肩を借りているのを見て驚いていたが、そのアルバに頼んで荷車を一つ、ユートのために回してもらったので帰りは楽だった。
「今日のは、完全にあちきらの油断だったニャ」
全部の後始末が終わったのは既に深夜だったが、レオナは全員が集まっているマーガレットの店でそう断言した。
「まずアドリアンは魔箆鹿相手に気を取られすぎニャ」
当然ながらまだ血の気が失せた顔をしているアドリアンにそう鋭い言葉を突きつける。
「風斬は避けにくい魔法ニャ。それでもまともに受けて重傷は、油断以外の何ものでもないニャ」
「……面目ない」
珍しく素直にアドリアンも謝る。
今回の危機を招いたそもそもの原因は、魔箆鹿を見てアドリアンが過去を思い出して反応が遅れたせいであり、油断だったと言われてもしょうが無いと思っている。
「次にエリア。火打ち石持ってないってどういうことニャ!? エリアが火打ち石持ってたらユートもゲルハルトもあそこまで酷くなる前に暖を取れたニャ。近い場所で、みんないるし火炎の魔法で着ければいいと思っていたかニャ!?」
「その通りよ……うっかり持っていくの忘れてた。ごめんなさい」
確かに最近野営することがあっても火打ち石を使って火を着けるより、ユートかセリルの火炎で着火することの方が多かった。
まして日帰りの予定だったから、火打ち石を忘れても頓着しなかったのだろう。
「そしてユートとゲルハルト。冬の魔の森で何の工夫もなく水球を受けるとかどういうことニャ? 火口を濡らしたら火打ち石持ってないのと一緒ニャ。水と火は最後まで守るのが冒険者の基本のはずニャ。それとゲルハルト。お前は冬の山の怖さを知っているはずニャ。西方は温暖だから大丈夫、と思って備えを怠ったニャ」
「そうだな……すまない」
ユートもゲルハルトもまた頷くしかない。
「そういえばレオナもユートたちと同じように水球食らってたのに、なんで大丈夫だったの?」
レオナもまた魔箆鹿を討つ時に水球を浴びているはずだった。
にも関わらず、ユートたちのように低体温症を起こすこともなかったのが、エリアには不思議だったのだ。
「あちきは冬の山で濡れて凍死しないように、鎧下は薄手にして、その下に油紙を巻いて、キルトの肌着にしてるニャ。これなら多少濡れても肌着は濡れないし、薄手だから乾きやすいから凍死しにくいニャ」
「へー、そんな工夫あったら教えてくれたらよかったのに」
「その通りニャ」
そう言うと、レオナが五人に頭を下げた。
「あちきも、そうした工夫の仕方を知っていたのに、まあ別にここまでしなくてもいいニャ、あちきだけがしとけばいいニャ、と油断していたニャ。それに魔牛と戦い始めた時だって、もっとちゃんと周囲を警戒しとくべきだったニャ。すまないニャ」
「私は何も問題は起こさなかったけど、何の工夫もしてなかったし、火打ち石も魔法があるからいいや、と思ってたわ」
セリルがレオナの言葉を引き取って懺悔する。
「油断、よね」
「ああ、油断でしたね。最近上手くいきすぎていた」
ユートはそれを痛感していた。
エリアと出会って、冒険者になって、大きな失敗もせずここまできた。
普通の人ならば尻込みしただろうし、まず無理だった黄金獅子もあっさり討てた。
正騎士になり、あれよあれよというまに伯爵、そして王女と婚約し、次代の女王の側近候補とすら言われている。
そのくらいこのところ全てが上手くいっていたのだから、ちょっと魔物を狩りに行く程度、失敗しないだろうし、と軽く見ていたのだろう。
「今回のは糧にしなきゃ、な」
「そうね。あたしたちらしくなかったかも。地に足付けて準備しましょう。とりあえずは間違っても凍死なんかしないよう、ね」
「魔道具で何かで暖房とか作れないのか? 火打ち石をいくら厳重に油紙に包んでいても、濡れる時は濡れるもんだし」
「いろいろと考えることはあるわ、ね」
そう言いながらもエリアはどこか嬉しそうだった。
いや、セリルもレオナもゲルハルトも、そして血の気の失せているアドリアンすらも楽しげに笑っていた。
「やっぱりよ、貴族だなんだってふんぞり返っているより、命を的に戦う冒険者なんだよな、俺たちは」
アドリアンの言葉が、皆の気持ちを代弁していた。




