第121話 魔篦鹿再び
魔石銃の開発はともかく成功したので、ユートは王都のウェルズリー伯爵に使いを送った。
さすがにアリス王女の即位式を三ヶ月後に控えた今、ウェルズリー伯爵が西方まで来れるとは思っていなかったが、それでも新しい武器ならばウェルズリー伯爵に報告しなければならないだろう。
幸いなことに西海方面艦隊の艦艇が王都方面に進発する予定だったので、それに書状を頼んだ。
陸路ならば一ヶ月はかかるが、海ならばその所要時間を半分程度に出来るからだ。
とはいえ、最速でもウェルズリー伯爵の返事は一ヶ月かかるだろうし、ユートは三月の頭には即位式のために王都に向かう予定なので返事が間に合うかは微妙なところだった。
そして、書状を送るとユートは手持ち無沙汰となった。
魔道具もおいおい開発していくつもりだったが、一番開発したかった魔石銃は開発してしまったので特にやることはないのだ。
「その間、何やろうか?」
「ユートも魔物狩りに行ったらどうなのですか?」
アナはそんなことを言う。
年明けからここ一ヶ月ばかり、アナはゲルハルトたちと一緒に何度も魔兎を狩りに行っており、いつの間にか魔物狩りにはまっているようだった。
「行くなら依頼を受けてだしなぁ……」
いい加減、一人だけJランクの冒険者というのは卒業したい。
エリアたちはアナの魔物狩りに付き合いながら時折ユート以外の面々で依頼をこなしていることもあり、Aランクを維持していた。
しかし、依頼を受ける――特にランクに影響するくらい稼げる依頼を受けるならばアナを連れて行くのは難しいだろう。
「ああ、王都に行く時に護衛でも……」
「ユート、ユートは護衛をする側ではないのですよ。エーデルシュタイン伯爵なのですから、護衛をされる側なのです」
アナの正論にユートはその通り、と思うしかない。
「じゃあやっぱりちょっと奥地まで魔牛とか狩りに行くか……」
「あら、いいわね。あたしも付き合うわ。アナ、あなたはダメよ」
「わかっているのです。でもいつかは行けるようになりたいのです」
「努力次第ね。ジークリンデと一緒に鍛錬しながら留守番しときなさい」
「わかったのです」
アナが頷くと、すぐにエリアは手元の手帳を繰り始めた。
バインダー式のそれは、王都で見つけたもので、エリアはメモ帳として使っている。
「今日はドルバックさんところから魔牛の発注ありそうね。ユート、この依頼でいきましょう」
「ああ――というかまさか全部の依頼を把握してるのか?」
「それこそまさか。あたしが受けられそうな依頼で、定期的に入ってくるものを把握しているだけよ」
エリアは事も無げにそう笑った。
パーティは久々に勢揃い、ゲルハルトも加えての六人パーティとなった。
「よし、今日はあの姫様もいないし、ゲルハルトも前衛やってみろ。斥候がレオナ、俺とゲルハルトとエリアが前衛、ユートが中衛でセリルが後衛な」
アドリアンが久々に全員で行く狩りとあって張り切っている。
「アドリアンさん、ゲルハルトは中衛の方がいいんじゃないですか?」
ユートの言葉にエリアも頷く。
「ゲルハルトは魔法も使えるし、中衛で場合によって遠戦か近戦か選んでもらった方がいいと思うわ」
「いや、相手がパワーのある魔牛だと前衛が厚い方がいい。特にエリアは力負けしかねんしな」
アドリアンの言葉にユートも納得した。
「あと、魔法は火魔法は止めろよ。こんがり焼けてしまったらドルバックさんに怒られる」
「わかってます」
とはいえ、ユートは火魔法が一番得意であり、アナやゲルハルトに時々教えてもらって土弾などの魔法を覚えてはいるが、どうも苦手だ。
「土弾ならゲルハルトの方が上手いし、前衛行きましょうか?」
「いや、お前には火治癒があるから中衛にいろ」
要するに回復役としての役割があるから殴り合って一番に怪我する可能性のある前衛には置きたくないだろう。
「わかりました」
そのまま、六人で進んでいくとレオナがすぐに魔牛を見つける。
「近くに魔物もいるから手っ取り早く退治するニャ」
「突進に注意しろ。横に避けろよ」
レオナの言葉に、アドリアンが最後の注意をすると、魔牛の前に飛び出して行った。
「土弾!」
ユートが土弾を叩き込むが、どうもコントロールが定まらない。
火球、風斬、水球のあたりならばそうそう外さない自信があるのだが、土弾はどうも苦手だった。
それは、ユートの腕力では投げられないくらいには重いはずの土の弾丸が魔法の力で軽々と飛んでいくことがどうも感覚的に受け容れられないせいかもしれない。
土弾が外れたところでセリルが矢を射かける。
火魔法しか使えないセリルは、魔牛をウェルダンにしてしまわない為に魔法は火治癒以外封印して弓で戦うことにしていた。
だが、防具にも使われるほど硬い皮を持つ魔牛に矢は弾き返される。
「畜生! 接近戦で仕留めるぞ! レオナとエリアは気をつけろ!」
比較的力の無い二人に注意すると、ゲルハルトとともに槍を抱え込んで突っ込んでいく。
アドリアンが横薙ぎの槍で牽制して突進させないようにしているうちに低い姿勢でダッシュしたゲルハルトがその勢いのままぶつかっていく。
激しい交錯――
魔牛もその角で堂々とゲルハルトの狼筅を受け止め、狼筅の枝刃がその皮膚を傷つけているが気にも留めていないかのように押し返そうとする。
一人と一頭の力比べ――だが、相手は力の強い魔牛だけにさすがのゲルハルトでもねじ伏せられなかったらしく、軽くはじき飛ばされる。
「大丈夫か?」
地面に転がされたゲルハルトにユートは慌てて近寄った。
既に動く魔牛に土弾は当たらないと判断して片手半剣を抜き放っている。
「ああ、大丈夫や」
ぱんぱん、と土の汚れを払うと、事も無げにゲルハルトが立ち上がった。
「ちっ、槍は結構やられとるな」
見ると特徴的な狼筅の枝刃があちこち折れている。
幸いなことに穂先の部分は大丈夫らしいし、あれだけ押し合いをやったにもかかわらず柄も大丈夫らしい。
「中に鉄を仕込んどって正解やな」
ゲルハルトは不敵に笑うと、枝刃がほとんど折れた狼筅を構える。
魔牛はアドリアンが牽制しながらエリアとレオナが時折斬りつけており、ダメージは受けているようだが致命的な一撃を入れることは出来ていない。
「任しとき!」
ゲルハルトはそう叫ぶと、狼筅で殴りつけるように薙いだ。
頭を狙ったそれを、魔牛も再び受け止め、またじりじりとゲルハルトが押され始める。
だが、今度はさきほどのように無様に地面を転がることはなかった。
アドリアンが巧みに援護してゲルハルトを押し切ろうとするのを妨害し、エリアとレオナが牽制するかのように斬りつける。
「僕も入ります!」
ユートはそう怒鳴るように伝えると、片手半剣で前足を狙って斬りつける。
一度目はまるで巧みにダンスのステップを踏むような魔牛の動きにユートがついていけずに外されるが、二度目は浅く斬りつけることに成功する。
「足を狙うニャ!」
ユートの動きを見て急所を狙うことが上手いレオナも足を狙う方向に切り替えたらしい。
ユートとレオナが揃って足を薙ぐと、さすがの魔牛もステップを踏んで交わすわけにはいかなかった。
「よし、前足をやったぞ!」
ユートの叫びに呼応するようにゲルハルトが魔牛の角を受け止めていた狼筅で押し返す。
今度はゲルハルトの膂力が勝り、魔牛を押し倒す。
「よし……」
ひっくり返った魔牛がのそのそと起き上がろうとしているところをユートが止めを刺そうとする。
「何か来るニャ!?」
レオナの声が響いた。
「え、何が来るのよ!?」
「わからないニャ。でもあっちから強い気配があるニャ。さっきまであんな奴いなかったニャ!」
早口で焦りながら言うレオナに、ユートも背筋がぞくりとするのを感じた。
「ともかく止めを刺すぞ!」
アドリアンはそう言うと、心臓目がけて槍を突き入れた。
「エリア、血抜きを頼む」
ユートはそう言うと、レオナが何かが来る、と言っている方に目をやった。
誰かが血抜きをしないと魔牛が駄目になってしまうし、魔牛を狩りに来た以上、それは絶対に避けないといけないことだった。
相手が多数ならユートとセリルの魔法は欠かせないし、アドリアンの経験値、ゲルハルトの膂力、レオナの索敵能力も欠かせない。
エリアが首に切れ込みを入れて血抜きを始めたところで がさがさと茂みが揺れた。
「魔箆鹿!?」
「魔鹿と、魔箆鹿の群れだな。いつぞややり合った奴らかも知れん」
アドリアンが厳しい顔をする。
かつて魔鹿を狩りに行った時に魔箆鹿に気付かずに風魔法を食らって肋骨を折ったことを思い出しているのかも知れない。
アドリアンが逡巡しているのを見て、先制攻撃とばかりに魔箆鹿が風斬を放ってくる。
風弾もそうだが、風魔法は見えないから避けづらく、しかも風斬はかまいたちのように切り刻んでくる厄介な魔法だ。
「アドリアンさん、避けて!」
ユートの叫び声にアドリアンがはっとするが、間に合わず――血しぶきが上がる。
「セリルさん、火治癒!」
「わかったわ!」
アドリアンが負傷して動揺しているかと思ったがそうでもないらしい。
だが、このまま蹂躙されればアドリアンは確実に死ぬだろう。
後退するにしてもセリルの火治癒による止血が終わって下がるまでの時間を稼がないといけない。
「ゲルハルト、行くぞ!」
「任しとき!」
そう言うと、ユートとゲルハルトは魔鹿の群れの前に飛び出す。
「火球!」
「土弾!」
ユートとゲルハルトの魔法が炸裂し、一頭が倒れる。
何発も魔法を撃ち続けたが、誰かが狙いを指示しているわけでもないので、ユートとゲルハルトの狙いがかぶってしまって余り効果的ではない。
「ユート、これ以上魔法撃ったら倒れそうやから魔法は任せたで!」
ゲルハルトはそう言うと、狼筅を握りしめる。
「セリルさん、アドリアンさんは!?」
「ようやく血がとまったわ。でもまだ意識は……」
出血の多さで意識を失っているらしい。
「早く後退して下さい! レオナ、エリア、セリルさんを手伝って!」
「わかったニャ!」
「わかったわ! ユート、あんた無理しちゃダメよ!」
レオナとエリアの返事を背中で聞きながら、ユートは剣を握る。
ゲルハルトが狼筅で殴り合おうとしているところに魔法を撃つのは味方撃ちの危険が高い。
「ユート、いくで!」
ゲルハルトはそう言うやいなや、獣人特有の足腰の強さを活かして魔鹿の群れに飛び込んでいく。
そして、鉄芯の入っているらしい狼筅で当たるを幸い、何頭もの魔鹿を死体へと変えていく。
とはいえ、ゲルハルトと言えども無敵というわけにはいかない。
しかもその前に魔牛と力比べをやっている上、魔力の過半を使って疲れを感じているはずなのだ。
その疲れが、注意力を削いでいたらしい。
「うぉ!?」
叫び声とともにゲルハルトがのけぞり、何かが飛び散る。
すわ、血しぶきかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。
「おい、ユート! 気をつけぇや! 水球や! 水魔法を使う奴がおる!」
びしょびしょになったゲルハルトがそう注意する。
見ると狼筅が少し曲がっているようだ。
どうやらたまたま狼筅で受けたから助かったらしいが、鉄芯入りの狼筅を曲げるような威力の水球が直撃すれば骨折は免れないし、当たりどころによっては死ぬだろう。
「ゲルハルトは……」
「危ないで!」
そう言うと、優れた動体視力で水球をとらえて、狼筅でたたき落とす。
飛沫でユートまでびしょ濡れとなったが、そんな小さいことを言っている暇はない。
「アドリアンさん、どうなった!?」
「下がるわ!」
エリアの声が聞こえる。
どうやらやっとアドリアンを連れて後退し始めたらしい。
「ユート、あちきも手伝うニャ!」
長身で大柄なアドリアンだが、どうやらエリアとセリルだけで後退させられるらしい。
もしかしたら意識を取り戻して、肩を貸す程度で動けるのかも知れない。
この局面でともかく人手が増えるのは助かることだ。
「水球に気をつけろよ!」
「大丈夫ニャ!」
レオナは鎧通しを抜き放つ。
華奢な鎧通しで水球を弾くと鎧通しの方が負けてしまいそうだが、大丈夫かと思う。
「ユート、魔箆鹿はあちきがどうにかするニャ。だからここでゲルハルトと魔鹿を食い止めて欲しいニャ」
「大丈夫なのか?」
「あちきしか出来ないこと、ニャ!」
そう言うが早いか、レオナは魔鹿の群れに飛び込んでいく。
時折水球が飛来するが、それも華奢な鎧通しで上手く弾くようにしていく。
一方のゲルハルトは魔鹿の群れを前にして、一頭たりとてアドリアンたちの方には通すまい、と仁王立ちとなっている。
まさに柔と剛の二人――そして、ユートもそこに加わる。
ゲルハルトが狼筅で、ユートが片手半剣で魔鹿を殴りつけ、斬りつけていく。
別に仕留める必要はない。
食い止めるのだから、戦うのに不自由になる程度に傷を負わせればいいのだ。
魔物は動物に比べて攻撃性が高いとはいえ、生存本能に勝るものではないから、傷を負えばそこまで積極的に戦おうとはしないで逃げることを選ぶ。
あの変異種の魔箆鹿は族長個体だろうが、それでも傷を負ってなお積極的に戦うほど群れを統率は出来ていないだろう。
時間がじりじりと経つ。
レオナは無事か、アドリアンは後退出来たか、といろいろな考えが頭を過ぎるが、それでも目の前の魔鹿を斬りつけていくのは忘れない。
レオナに集中しているのか、それともレオナが接近戦をやっているからなのかはわからないが、水球が飛んでこなくなった。
戦いは目の前にいる魔鹿を斬りつけるだけ、魔鹿の攻撃を避けるだけ、だんだんと慣れたせいで注意力を欠いているところがあると首を振って反省する。
「ユート! 魔箆鹿討ったニャ!!!」
魔鹿の群れの後ろからそんな声が聞こえてくる。
レオナだ。
「戻ってこい!」
「わかってるニャ!」
レオナと合流して、下がろうとするが、魔鹿が突進してきて容易に下がることが出来ない。
「こいつら、血に酔っとるで!}
ゲルハルトがうんざりしたように叫ぶ。
魔鹿はユートたちが下がろうとすると、まるで親の仇でも見るような――もっとも族長個体の仇なのだが――血走った目でユートたちに追いすがってくる。
「ゲルハルト、レオナ、先に下がってくれ。魔法でどうにかする」
その言葉に頷いたゲルハルトとレオナが下がったことを確認すると、ユートは魔鹿の突進をいなしながら、魔法を放つ。
「火炎旋風!」
火炎旋風――それはユートの手持ちでは一番の範囲攻撃魔法だ。
かつてポロロッカの時にも、魔物をまとめてなぎ倒すのに一役買ったその魔法は、今回もまた狙いを違わず魔鹿の群れを焼き払った。
それが最後の一押しになったようだった。
族長個体を失い、そしてユートの絶対的な魔法を見て、まるで心を折られたかのように逃げ腰となった魔鹿がぱっと散っていく。
それを見て、ユートはへたり込んだ。
「ユート、お疲れさん」
「なんとかなったニャ……」
二人とも弾いた水球の水しぶきか、汗のせいかびしょびしょだった。
そして、ユートは自分も同じように酷い格好をしていることに気付く。
誰ともなく、自然に笑いが起き、気付けば三人とも大笑いしていた。




