第120話 魔石銃開発秘話・後編
神銀と魔銀のインゴットが届くのにはしばらく日がかかるかと思っていたが、案外早く、数日後には届いていた。
どうやら王都から契約成立と同時に作り始められるように交渉を担当したリリエンソール主幹研究員がユートたちに売るために予め手配していた――というよりもインゴットを積んだ馬車にリリエンソール主幹研究員とウォルターズが先行した――ようだった。
「ウォルターズさんは知らなかったんですか?」
「当たり前だよ。魔導研究所ではエーデルシュタイン伯爵からの依頼を受けられれば将来の出世に繋がるだろうとみんな今回の派遣要員になりたがって直前まで決まらなかったんだよ。リリエンソールの爺さんは交渉担当の主幹研究員だからあっさり決まったけどね」
「え、じゃあなんでウォルターズさんが……」
ユートの不用意な一言にウォルターズは眉をつり上げる。
「なんだい、あたしの実力じゃ派遣要員に選ばれないっていうのかい!?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……なんというか、別に出世とか余り考えてなさそうだから……」
「ああ、それはそうだね。ただ、余りにも争いがひどくなったからエーデルシュタイン伯爵と知遇を得ているあたしが一番だろう、と決められたのさ。ちなみに決めたのはリリエンソールの爺さんだよ。あの爺さん、あたしがユートにぞんざいな口利いてて冷や冷やしてたくせに、そんな結論出したんだ」
そう言いながらウォルターズは笑い飛ばす。
とはいえ、そのリリエンソール主幹研究員のお陰で魔石銃――この名前は当然火薬式の銃を知るユートが決めたものだ――の試作に入ることが出来る。
更にリリエンソールは王立魔導研究所の技官である魔道具職人もインゴットの輸送隊に含めてくれていたので、一番の技術的な隘路となる施条についても予想以上に早く進められそうだった。
「なるほど、らせん状の刻み、ですか……」
スミスと名乗ったその魔道具職人はユートから施条について聞かされると腕組みをした。
長く髭を伸ばした小柄な男でありながら、鍛冶の経験もあるらしく盛り上がった肩をしている男だ。
もしユートが何も前知識がなければドワーフと思ったかも知れないし、実際にあだ名はドワーフであるらしい。
「もし、これが鉄材によるものでしたら、細い鉄材に旋盤を使って穴開けをすればいいだけですから、精度だけの問題になりますが……」
「神銀は魔力以外で破壊するのは困難だから問題、ということですよね」
「ええ、エーデルシュタイン伯爵閣下が仰るとおりでございます」
「てことは施条は諦めるしかないのか……」
「鍛造で打ち出すのもなかなか難しいでしょうが、神銀ではその特性上、なお難しいでしょう……ところでなぜエーデルシュタイン伯爵閣下はこのような機構を魔石銃の銃身に作りたいのですか?」
「えっと、弾丸に回転を与えて真っ直ぐ飛ばすため、です」
ユートが施条の意味を伝えると、再びスミスは腕組みをして考え込む。
「つまり、回転が与えられればいいんですよね?」
「ええ、そうです」
「ならば解決法は二つあります。一つは魔導回路に回転させるような術式を作ること。これは特任研究員の職分ですので、私は存じ上げませんが、エーデルシュタイン伯爵閣下は特任研究員としてもやっていけるとのことですので、もし何か思いつかれれば解決出来るかと思います」
なるほど、とユートは思う。
確かに単に回転を与えたらいいだけならば施条に拘ることはないかもしれない。
むしろ魔導回路でどうにかしてしまう方が魔道具としてはスマートな解決法じゃないかとすら思う。
ただ、ユートには、回転を与えるだけで滑腔銃から施条銃にした時のような変化があるのか、それとも銃身の中で弾丸が回転を与えられることで弾道が安定するのかまではわからない。
だから魔導回路で解決するのが正しいのか、と考えてしまうし、何よりもその回転を与える方法が思いつかない。
そのユートの心のうちを読んだかのようにスミスが再び口を開く。
「もう一つはこのような施条ではなく、もう少し簡単な形状とすれば、神銀でも加工出来るかも知れません」
「というのは?」
「例えば、こういう形はどうでしょうか?」
そう言いながらスミスがさらさらと概略図を描く。
「あの、銃口が八角形なのですが……」
「ええ、断面を円形ではなく八角形――いや、多角形としながら、この多角形のまま回転させれば彫り込むのと同じ効果が得られるはずです。そして、形状としてはエーデルシュタイン伯爵閣下の描かれた施条よりは単純ですので比較的作りやすいかと思います」
スミスの言葉にそれが正しいのか間違っているのかはわからないが、ユートは正しいような気がした。
とはいえ、間違っていては取り返しがつかない。
「まあ開発ですので、両建てでいくのが正解ですかね?」
優柔不断な答えだったが、ユートが回転を与える魔導回路を作り、スミスが多角形の施条の施された銃身を作るならば時間は無駄にならない。
「ええ、それでよろしいかと。では私は早速、多角形施条の銃身の製作に入ります。ウォルターズ主任研究員はどうされますか?」
「私は銃の他のパーツを作ろう。ユート、魔導回路は火爆だけのつもりかい?」
「そうですね。ただ、火爆も爆風も魔導回路のサイズとしては大差ないので何か問題があれば爆風に切り替えるかもしれません」
「わかったよ」
ウォルターズはそう言うと、パーツごとにどう作るかを考え始めた。
ユートたちはそれから連日、それぞれ魔導回路、パーツ、銃身の製作に入った。
火爆の魔導回路は比較的簡単に作れたが、問題はユートが担当することになっている、弾丸に回転を与える魔導回路は難産だった。
最初は風魔法でどうにか出来ないかと思ったが、つむじ風のような現象を起こさせるには銃でいうところの薬室はスペースが足りなかったし、だいたい風で弾丸を回転させるには力不足だ。
「弾丸の後ろに風車でもつけるしかないわね」
ユートが四苦八苦しているのを横から見ていたエリアがそんなことを言うが、確かにその通りだ。
そして後ろに風車のついた弾丸など話にもならないので、ユートは試行錯誤するしかなかった。
その間、エリアやアナはレオナやゲルハルトとともに山に狩りにいっていた。
ユートはアナを連れて魔物を狩りに行くのには反対だったのだが、エリアはそれに賛成していた。
「アナが自分でやりたいって言ってるんだから、やらせてあげたらいいでしょう?」
「王女に冒険者をさせている、となったら周りの貴族が何を思うかわからないし、何よりも怪我でもしたら大変だろ?」
「そりゃ魔の森に突っ込んでいったらわからないけど、そこら辺の山で魔兎とか、魔鼬あたりを狩るだけよ。しかもあたしもいるし、アドリアンとセリーちゃんにゲルハルトたちもいるのよ?」
「何が起きるかわからないだろ?」
「ユートは過保護すぎるわ!」
アナが狩りに行くことを巡って、珍しくユートとエリアの言い合いに発展してしまったのだが、セリルが間に入ってくれた。
「ユート君、このパーティの戦闘力は控えめに言ってもエレル冒険者ギルドのトップクラスよ。アドリアンは元々エレルのベテラン冒険者だし、ゲルハルト君はそれ以上の戦士よね。エリーちゃんもレオナちゃんもアドリアンに匹敵する剣士だし、ゲルハルト君もレオナちゃんもバランスのいい土魔法を使えるわ」
一年近くギルドの管理を一手に引き受けていたセリルの言葉は的確だった。
「私だって火魔法に関してはそれなりに使えるし、アナちゃんだって魔法に関してはトップクラスよ。このメンバーが揃って、近くの山で何か起きるとはちょっと考えられないわ」
「それにね、ユート。アナがあんたの為にやりたいって言ってるのよ。それを受け止めてあげないといけないわ。もう一つ言うと、アナが最近ゲルハルトやレオナに稽古つけてもらってるお陰でジークリンデもちょっと身体を動かしてみようという気になったみたいだしね」
エリアがセリルの言葉を引き継ぐ。
「ジークリンデの身体の弱さはちょっとなんとかしないといけないと思ってたし、アナの影響を受けて身体を動かしているのはいい傾向だわ。エーデルシュタイン伯爵家という家がそういういい方向に回っているんだから、アナがちょっと魔物狩りに行くのくらい認めてあげなさい」
「ユート、貴族の文句やったらオレらが引き受けるで。北方では狩りは嗜みの一つやから、オレやレオナが誘ったことにすれば問題ないやろ」
最終的にはそうやってゲルハルトまで説得に加わったので、渋々ながらユートはアナの魔物狩りを許していた。
ユートが魔導回路製作に、エリアたちが魔物狩りにいそしんでいる間に、一月も終わろうとしていた。
結局、ユートは回転を与えるいい方法を思いつかず、最後は弾丸から風を噴射して回転する、ロケット弾のような機構も考えたりしたが、結局それらは全てボツとなってしまった。
とはいえ、スミスが多角形施条の銃身製作に成功し、ウォルターズも魔石銃のパーツを全て作り上げたので、多角形施条だけで試作一号を完成させることにしたのだ。
「エーデルシュタイン伯爵閣下、弾丸はこの椎の実のような形状でよろしいでしょうか?」
スミスが鍛冶の技術を作った鉛の弾丸を渡す。弾丸の後ろには魔銀製の薬莢がついており、中には魔石粉末が入っている。
これを薬莢ごと押し込めば、薬莢の魔銀が伝導体となってくれるという優れものだ。
「あ、はい、問題ないです」
薬莢を確認したユートはそう返事する。
「ユート、その引き金を引くと分割した魔導回路が繋がって、薬莢の魔石粉末と反応するからね」
発射機構についてウォルターズがしっかりと説明する。
槓桿と一緒に弾丸が押し込まれるあたりの機械的な機構は全てウォルターズの製作だ。
細かいパーツも多いのに、ちゃんとこうして製作出来たのは、リリエンソールの指導も良かったがウォルターズの才能もあるのだろう。
「わかりました」
いよいよ組み上がった魔石銃を目に前にしながらユートはウォルターズにもそう返事をする。
「ここから先、山までの間はデイ=ルイスさんに頼んで立ち入り禁止にしてあるから流れ弾は大丈夫よ。ユート、思い切り撃ちなさい」
魔石銃の実験、ということでエリアたちもわざわざ壁外に出てきて見守っている。
ユートは魔石銃を手に取った。
ずしりと重い。
金と同じ比重らしい神銀や魔銀を使っているせいか、十キロはあるように感じた。
とはいえ、持てない重さではない。
ユートは魔石銃を構える。
、二百メートル先に設置された的を狙う。
照星も照門もないから狙いづらいが、ともかく銃身がしっかりと的を向くように構えて、そしてそろそろと引き金を引く。
刹那――
魔導回路が繋がり、魔石粉末を魔力源として火爆の魔導回路が起動、そして轟音が響き渡った。
同時に、銃身からぶわっと何かが飛び散るのが、まるでスローモーションのように見える。
「ユート!」
エリアが叫んだ。
「あんた、大丈夫!?」
「あ、ああ。大丈夫だけど……」
「何が起きたのよ? もっと遠くまで飛ぶはずじゃなかったの!?」
ユートもそのつもりだった。
「あのエーデルシュタイン伯爵閣下、もしかして火爆に弾丸が耐えられなかったのでは……」
スミスが申し訳なさそうに言う。
「ああ、火爆を直接受ける弾丸が、鉛だったから銃身内で破砕されたってことか」
その結果、銃身から金屑となって飛び出し、まるでショットガンのようなことになってしまった、と考えれば納得がいった。
そしてその対策は容易だ。
「申し訳ありません」
「いや、鉛で作っていいと言ったのは僕なんで……ところで今、インゴットから弾丸作れませんか?」
「承知しました。何かあった時の修理用にインゴット一つ持ってきているんで、すぐに作ります」
そう言うとさすがベテランの魔道具職人――あっという間に弾丸を成形すると、魔銀の薬莢をいじって薬莢と一体化させてしまった。
「よし、今度こそ」
ユートは気を取り直して銃を構え、的を狙う。
照門も照星もないので、スミスが神銀で弾丸を作っている間に距離を百メートルまで近づけてもらっているから狙いやすい。
再び、慎重に引き金を引く。
同じように轟音が響き、今度は金屑が飛び散ることもなかった。
そして、銃口から発射された弾丸は、ほとんど瞬時に木で出来た人型の的の上半分を粉砕していた。
無言だった。
みな、呆気にとられていて無言だった。
「……これ、魔法使いじゃなくてもこの威力の武器を使えるなら強力なんてもんじゃないわよね」
エリアがようやく口を開いた。
「……ああ、ユートのことだから何か目算はあると思っていたが、これほど強力とはね……この距離でこの威力ならば、もっと遠くからも射撃可能だろうしね」
「……軍の操典をまた書き直さねばならない、とレイが嘆きそうですな」
ユートが冒険者や餓狼族とともにやった、猟兵戦術によって既に操典の書き直しが進んでいた。
もちろん軍として猟兵戦術を用いるわけではないが、相手が猟兵戦術を用いた場合の対処法を操典に書いておかねば大変なことになるからだ。
「ともかく、これならば売ることも出来るでしょう。今度レイに今度見せた方がよろしいかと」
「ですね。ただ、威力を考えても内密に見せた方がいいような気がします」
銃がどれだけ戦術を変えたのか、ユートはよく知っている。
小さな子供でも引き金を引けば、筋骨隆々の武人を殺せるようになることを知っている。
だからこそ、この銃は軍にとってはともかく世界中に広まって欲しくはなかったし、だからこそ内密にしようと考えていた。
「もし軍が採用したらものすごい魔石の量が必要になるんじゃないかしら?」
エリアが既に皮算用を始めているが、ユートもそれを否定するつもりはない。
魔石の専売制がほぼ認められる予定のエーデルシュタイン伯爵家がその魔石の供給を一手に引き受けることになれば大きな利益が見込めるだろう。
と、同時にもしかしたらユートの名は死の商人として後世に残ることになるかも知れない。
「……ノーベル賞でも作った方がいいかな」
アルフレッド・ノーベルは生前、新聞に自分の死亡という誤報が載った時、死の商人と扱われていたことにショックを受けてノーベル賞を作ったという。
ユートはそんな故事を思い出しながら、エリアたちにはわからない言葉を吐いた。
[2015/10/12 13:00追記]
書き忘れていましたが、10月12日は祝日ですので更新なしです。
13日からの更新となり、13日から16日の間のどこかで1日2回更新します。




