第119話 魔石銃開発秘話・前編
翌日、ユートは朝、呻き声で目が覚めた。
もちろん、昨夜飲み過ぎたエリアだ。
寝室から広間に出てみると、エリアが青白い顔をしていて、アナが下から汲んできてくれたらしい水を飲みながら呻き声を上げていた。
「二日酔いか?」
「そうよ……文句ある……?」
エリアは不機嫌だったが、その迫力はいつものそれではなかった。
頭が痛いらしく、自分で少し大きな声を出しては痛がっている。
「ほどほどにしとけと言っただろ?」
「しょうがないじゃない。ドルバックさんの料理美味しいし、ワンダさんは飲んでて楽しいし」
エリアはそう言いながらまた水差しから水を注ぐとがぶがぶと飲み干す。
「てかお腹痛い……」
「唐辛子とにんにく食べながらワインがぶ飲みすりゃそうなるだろ……」
呆れたように言いながら、ユートは出かける準備をする。
この様子ではウォルターズもどうなっているかわからないが、ともかく今日は魔道具の鉄炮を作る約束をしているのだ。
「てか魔道具の開発ってどこでやったらいいかな?」
「ギルドの応接室はどうなのですか?」
「お客さんが来なければ構わないだろうけど、お客さんが来た時にいきなり片付けるのが難しい気もする。マーガレットさんの店は勝手に使えるっちゃ使えるけど、機密保持の観点からはあんまりいいことないし」」
「……あんた、まさか建物の中でやるつもり? ちょっと実験、ってなったら市壁の外まで行かないといけないのよ……?」
そういえば王立魔導研究所では屋外に広い実験場があったが、ここではそうはいかない。
市壁の外まで出ないと実験は出来ないし、いちいち魔導回路の起動実験の度に外まで、となると時間がかかってしょうがない。
「じゃあ外で、か……」
「馬車持ってけばいいじゃない。ギルドの幌馬車は相変わらず狭っ苦しいけど、アナの箱馬車なら頑丈だし安全だし機密性も高いわ」
「わたしのではないのです。あれはエーデルシュタイン伯爵家の馬車なのです」
「じゃあアナが持ってきてくれた馬車、ね」
エリアが適当に訂正しつつ、また水をがぶ飲みする。
「どうせなので、わたしもついていきたいのです。エレルの市壁の外はあんまり見たことないですし」
「レオナとゲルハルトにも声かけてみたら? あんたとワンダさんだけじゃアナの護衛として怖いし、どうせレオナもゲルハルトも暇してそうだし」
エリアに酷い言われようだったが、確かにガチガチの前衛が一人もいないのは怖いと思ってアーノルドに命じて使者を立てるとすぐに戻ってくる。
「ユート、来てやったニャ!」
「城外で魔道具の開発やて? おもろそうやし、オレも噛ませてや」
やはり暇していたレオナとゲルハルトも一緒だった。
彼らは彼らで族長の子なので、何人か信頼出来る側近も連れているらしかったが、それも含めて機密保持には問題のない人選らしい。
「じゃあ行こうか」
ユートは準備していた箱馬車を出す。
途中でウォルターズを拾っていくが、ウォルターズもやはり少し青い顔をしていて、馬車に乗るかと聞くと吐くからいい、と拒否するほどには二日酔いだった。
「で、これが昨日の夜に軽く書いた図なんですけど……」
エレルの市壁の外、余り人通りが多くないあたりで箱馬車を止めると、銃の簡単な概略図を見せる。
「なるほど、この筒の先から弾丸が出るのだな。放つにはこの引き金を引けばいいのか……なるほど、構造としてはわかった」
概略図を見るなり、ウォルターズは頷いた。
「ただ、これがどの程度兵器として使えるのか、までは保証しかねるよ」
「十分に使えると思いますよ。弓よりも遠くまで届きますし、威力も高められます」
「まあそこら辺は使う魔石の量やらとどっちを取るか、だろうけどね」
「それだけじゃなくて、長期間の訓練が必要な弓に比べて短期間で撃てるようになります。引き金を引けばいいだけなんですから」
「ああ、それはそうかもね。まああたしは反対はしないよ。あんたの方が本職だしね」
たかが一小隊長と、軍司令官心得の立場ならば後者の方が詳しいのは当然、とウォルターズはユートの判断に従うつもりらしかった。
「それじゃ、仮に作るとして信号弾の発射筒と同じような魔導回路を使えば出来ませんか?」
「多分出来るな。使う魔導回路を火爆にするか、爆風にするかは悩みどころだが……」
信号弾の発射筒を作った時、最初は発射筒内にはファイアボムの魔導回路を使っていたのだが、信号弾そのものが火爆の効果で破壊されてしまうことや、爆風でも十分な打ち上げ高度まで打ち上げられたことから発射筒には爆風の術式を使っている。
「火爆の方が強力なんですよね?」
「ああ、そうだね。弾丸が耐えられるなら、火爆の方が威力は出ると思うよ」
それならば火爆一択だった。
「あと、弾丸をどうやっていれるのか……」
「この筒の横から入れて、後ろからこっちの金具で押し込むんです」
「なるほど、これで密閉するのか。仕組みはわかったが……余り小さいのは作るのが大変だな」
「ここら辺は全部神銀じゃないとダメですかね?」
「ああ、そうじゃないと発射時に吹っ飛んでしまいかねないね」
ウォルターズはそう言うと、ペンを走らせて神銀にしなければならない部分を書き出していく。
しばらくウォルターズは悩んでいたが、銃身に引き金に、全て神銀にした方がいい、という結論になった。
「あ、あともう一つ。銃身――ああ、その筒の内側にらせん状の施条を刻んで欲しいんですよ」
確か施条を刻むことで弾丸に回転を与えて軌道を安定させるというのをどこかで聞いた気がしたのでユートはそれも付け加える。
「なるほど……弾丸に回転、か……それもまた面倒だ……ただ構造はわかったから、一度図面を書いてみるよ。信号弾の時とは違ってこれはちゃんと図面を引かないと無理そうだ」
「ウォルターズさん、図面を引けたんですね」
「……魔道具の図面は王立士官学校時代に習ったけど何よりも苦手でね……魔導研究所に入った時にあのリリエンソールに思い切り叩き込まれた……」
思い出したくもない、と言わんばかりの顔をしながらウォルターズはそう告げた。
「とりあえず図面用の器具は持ってきているし、あたしが図面を引いている間、あんたは自由にしてていいよ。出来たら呼ぶさ」
ユートはそう言われて、集中力を乱してもダメだ、と馬車から降りた。
「おう、アナの嬢ちゃん、意外と体力あるねんな!」
外ではゲルハルトとレオナとアナが追いかけっこをしていた。
馬車の中で大量の人を殺すかも知れない兵器の開発談義をしている傍で、あまりにほのぼのとした光景にユートは笑ってしまった。
「どうしたのですか、ユート?」
きょとんとした顔でアナがユートを見る。
「いや、何でも無い」
「なあ、ユート。さっきアナの嬢ちゃんから相談受けてんけどな、ここらやったら強い魔物おらへんやろ? ちょっとだけ魔物と戦わしたってもええか?」
突然、ゲルハルトがそんなことを言い出す。
「いや、別にアナが戦わなくてもいいんじゃないか?」
冒険者ギルドなりの戦力が不足しているなら全属性の魔法が使えるアナは戦力として育てたいかもしれないが、現状ではそんなことはない。
だいたい王室出身で王位継承権も持つアナを魔物と戦わせるなど、四方八方からクレームがつくような行為だ。
「ユート、わたしが戦いたいのです」
アナが強い口調で言う。
「わたしは冒険者ギルドを知行とするエーデルシュタイン伯爵ユートの妻になるのです。そのわたしが、冒険者としての知識が無い、というのは、他の貴族でいえば領地の統治に興味が無い、ということであり、ひいてはエーデルシュタイン伯爵家の隆盛に興味が無いと言っているのと同じことです」
「つまり、冒険者ギルドの総裁である俺の正室は、冒険者として戦えないとダメってことか?」
「戦える必要はないのです。貴族の妻が農作業が出来ないといけない、ということではないように。でも、農作業とはどんなことをするのか、は知っておかないと、領民のことを考えることなど出来ないはずです」
なるほど、とユートも思う。
「わかった。ただ、戦える必要が無いってことはどうやって戦っているかだけを知っていればいいんだな?」
「そうなのです」
「ゲルハルト、レオナ、前衛を頼めるか?」
「わかったニャ」
「任しとき」
そういうとゲルハルトとレオナは側近の獣人たちを馬車の護衛に残して手近な山に入る。
「レオナ、出来るだけ弱い……そうだな、魔兎とかがいるところを頼む」
「わかってるニャ。多分こっちに群れがいるニャ」
「あまり多くない群れな」
「もちろんニャ」
レオナはそういうと、するすると茂みの間、木々の間をすり抜けていく。
「あれだけはレオナにかなわへんなぁ……」
ゲルハルトはその後ろ姿を見ながらそんな呟きを漏らす。
この二人は膂力でいえばゲルハルトの方が上だが、速さではレオナの方が上であり好対照だった。
そして、ゲルハルト――というより餓狼族は集団戦が得意なら、レオナ――というよりも妖虎族はこうした山の中などで単独行動をする索敵や浸透などがお手の物でもあった。
「まあ、得意不得意は誰にだってあるさ」
「せやな――お、おったみたいやで」
先行していたレオナが口に人差し指を当てて静かにしろ、と合図していた。
それは、魔兎がいたことを意味していた。
「わたしはどうすればいいのですか?」
小声でアナが聞く。
「そうだな……先制の魔法を撃ってみるか?」
「ユート、火球でいいですか?」
「ああ、ファイアボールを魔兎のどれかに撃ち込んでみてくれ」
「わかりました」
「ゲルハルトはアナの護衛してもらってもいいか?」
ユートが護衛してもいいのだが、ユートは火魔法主体の魔法使いであり、火炎旋風など攻撃力の高い魔法は持っているが、防御面では不安が残る。
それよりも膂力も強く、地味に攻守の要になる土弾と土塀の土魔法が使えるゲルハルトは護衛として最適だ。
「ああ、わかった」
ゲルハルトの返事を聞いてユートが一歩、二歩と前に出る。
普段ならば魔兎の群れなど多少雑に戦っても蹴散すことくらいは出来るのでそうしているが、今回は冒険者として戦ったことのないアナがいる上に、冒険者として手本となる戦い方を見せたいと思っていることもあって慎重に慎重を期す。
そのユートの思いをそれなりに付き合いの長いレオナも理解していたらしく、すぐにいつもよりも慎重に、魔兎に気付かれないように近づいていく。
ユートはひょこり、と茂みから顔を出すと、まだユートたちに気付いていない魔兎が五匹、見える。
「アナ、あの一番奥の魔兎を狙ってくれ」
ユートの言葉にアナが頷いた。
「火球」
小声でアナが火球を作ると、ユートが指差した魔兎目がけて放つ。
それと同時にユートが茂みから飛び出した。
レオナも以心伝心で火球を合図に魔兎に躍りかかる。
ユートが一匹の魔兎の首を刎ね、続いてレオナが一匹の喉笛を鎧通しで突き通す。
「あと二匹!」
「そっちを頼むニャ!」
レオナの指示に従ってユートはレオナから遠い側の魔兎を狙う。
そして、その魔兎の首を刎ねるのと、レオナが残り一匹を倒すのはほぼ同時だった。
「まあ、こんな感じだな」
「すごいのです。レオナもユートも魔兎を一瞬で二匹も……」
ユートたちはあっさり倒したが、本来ならば魔兎といっても武器を扱う心得のない村人が一人で戦ったらまず勝てない相手だ。
村で退治したいならば数を集めて取り囲んで、という戦い方をするしかないし、それでも死人は出ないにしろ負傷者が出ることはよくある話で、アナは王宮なりでそうした話を聞いていたのだろう。
「慣れだニャ」
「ポロロッカ以来、ここら辺で魔兎を狩るのは日常になったしなぁ……」
そう言いながらユートが遠い目をした。
ユートが初めてエレルに来た頃にはこんなエレル近くの山で魔物が出るのは――それが例え魔物の中では一番弱い部類に入る魔兎でも――ありえないことだった。
ポロロッカ以降は魔の森から出てきた魔物が戻らずに近くの山で繁殖しており、エレル冒険者ギルドにも何度も駆除の依頼は出ていたが駆除しきるには至っていない。
そして、ユートもそうだが、それ以外の冒険者たちも魔兎などの魔物を狩るのが飛躍的に上手くなっていた。
「わたしもいつかはそうなりたいものです」
アナはそう言って笑ったが、ユートは余り戦わせたくはなかった。
貴族の妻が、とアナは言っていたが、ユートはそんなことでアナを型にはめたくはなかったし、何よりもこんな小さな少女に戦わせることは危険と思っていたからだ。
「とりあえず馬車に戻るか」
ユートはそんな気持ちはおくびにも出さずに馬車まで戻りはじめた。
「ユート、やっぱりらせん状の施条が難しいよ」
馬車に戻るとようやく簡単な図面を書き上げたウォルターズが頭を抱えていた。
「施条を刻むのは簡単さ。でも施条をいびつにしないのは難しいんだ」
魔力で神銀を変形させるというのは鍛冶師が鍛造するのと大差ない。
鉄の銃身に施条を施すのにはその道何十年の鍛冶師でも困難だろうし、ましてウォルターズも数年間魔道具研究をしているだけの研究者に過ぎない。
「出来そうな職人はいますか?」
「いや、いないね。もともと神銀を打つのは魔力だから、鍛冶師ほど数を打って練習することが出来ないんだよ。だから何十年も神銀を打ってきた魔道具職人でも鉄を打つ鍛冶師には見劣りがする……そもそも施条を普通の鍛冶師が普通の鉄で打てるかも知らないがね」
ユートが鉄で作るとしてもドリルのような機械で穴を空ける方が楽ではないかと思うし、それならば魔力以外では加工出来ない神銀に施条を刻むのは難しい。
「一応、知り合いの魔道具職人に連絡してみるけどね。期待しないで待っておきなよ」
「わかりました。他の部分は大丈夫ですか?」
「ああ、だいたいの構想は固まったよ。施条なしなら銃を作るのはそんな困難じゃないだろうね」
「じゃあ神銀と魔銀のインゴットが届いたら試作してみましょう」
「そうだね」
ユートの言葉にウォルターズは頷いた。
「それはそうとして、今日も飲みに行っていいかい?」
その言葉を聞いて、ユートはまたエリアが二日酔いになるな、と思いながら了承した。
 




