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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第五章 ギルド勅許編
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第118話 共同研究交渉

 レビデムの西方総督府でユートを待っていたのはちょっと前まで王都で一緒に信号弾を作っていたワンダ・ウォルターズと、そしてウォルターズがユートにぞんざいな口を利く度に冷や冷やしていた白髪の老研究員が一緒だった。


「ユート……いや、ユート卿。お久しぶりです」

「ウォルターズさん。久しぶりですね」

「一応、今は王立魔導研究所の所員として来ているのでこの口調で統一させてもらいます」


 珍しく堅い口調でウォルターズが言う。

 どうやら後ろにいる老研究員が気になっているようだった。


「久しぶりでございます、エーデルシュタイン伯爵。ここにおるウォルターズの上司にあたる王立魔導研究所主幹研究員ニコラス・リリエンソールです。今回はアナスタシア王女殿下を通じて、王立魔導研究所と共同研究を行いたいとのことでしたので、共同研究の契約を締結するべくレビデムまで参りました」


 どうやらこのリリエンソール研究員は研究しにきたのではなく、上司として契約の締結にだけ来たようだった。

 主幹研究員がどの程度の役職なのかは知らないが、主幹というからには恐らく王立魔導研究所の幹部なのだろうし、あまりこっちに長居出来ない、ということだろう。


「ありがとうございます。では早速ですが、条件について詰めていきましょう」


 ユートの言葉を聞くと、リリエンソール研究員はすぐに持参していた書類鞄を開いた。

 その中には契約書や過去の例を示す資料が詰まっており、それらを駆使しながらユートと条件を詰めていく。


「なるほど、基本的にはエーデルシュタイン伯爵家は販売価格のうちから、原材料費を除いたもののうちから一定の割合で頂ける、ということですね」

「ええ、製造経費は王立魔導研究所持ち――というか王立魔導研究所の特任研究員なり彫金師なりは常雇いのうえ、様々な実験に携わっているのでその給料のうちどれだけが魔道具の生産に使ったとするかわかりませんので」

「そのかわりに比率は魔導研究所の方が有利、ということですか?」

「ええ、そうさせて頂いております。基本的には原材料費を除いた額のうち、三分の二を王立魔導研究所が、残り三分の一を発明者の方で按分して頂くことになります」


 リリエンソール研究員は首肯する。

 このリリエンソール研究員は研究者としてどうなのかは知らない――王立魔導研究所に入り浸っていた頃にも特に優れているという話は聞かなかった――が、どうやら交渉者としては優秀らしかった。

 ユートが反論しようとするが、過去に外部との共同研究で商品化された軍用品を出してきて、製造経費の比率を示して、いかに王立魔導研究所の取り分が少ないか、と主張する。


「王立魔導研究所は王国が運営する非営利の組織ですからこのような額でもやっていけるのですよ。給与も原則的には国から出ていますし。とはいえ、研究費を潤沢にしなければならないので、このくらいはもらわないと割りに合わないのです」


 そう言われるとユートも信号弾の折に世話になっているだけになかなか強く言いづらい。


「じゃあ、共同研究である以上、研究費も出たりはするんですか?」


 パーセンテージの三分の二の部分は諦めて新しく開発する費用について交渉の場を移す。


「む、例えば?」

「そうですね……例えば神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)は安いものではないですよね? それを全て僕が購入して研究するならば、その分はどこかに反映させて欲しいと思います」

「……なるほど。その為に比率を動かしたい、と」

「ええ、そうですね」

「それならばちゃんと管理して頂く前提で神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)を王立魔導研究所から直接供給しましょう。もちろん、紛失した分はエーデルシュタイン伯爵の責任、ということになりますが……」


 どうやらリリエンソールはパーセンテージを譲ったり研究費を支給したりするより現物支給の方が安いと踏んだらしい。

 ユートも高額な神銀(オリハルコン)魔銀(ミスリル)を自由に使えるメリットの方が多少パーセンテージで譲られるよりも自由度が高まる、と判断してそれ以上追及することはしない。

 そこでエリアが口を開いた。

 彼女もまた正騎士であり、かつギルドの幹部としてこの話し合いに参加していた。


「ちょっといいかしら?」

「はい、婚約者様」

「どっちかといえば今はギルド幹部に近いけどまあいいわ。紛失したり盗まれたりしたらエーデルシュタイン伯爵家で責任を取るのは当然でしょうね。でも、研究中に試作品にした上で、役に立たなかった場合は?」

「……それは研究上の使用ですから、適切な使用である以上、王立魔導研究所として弁済を求めることはありません」

「その適切さの判断は?」

「共同研究を担当するウォルターズ主任研究員の判断とエーデルシュタイン伯爵の判断を踏まえて検討することになるでしょう」

「つまり、ワンダさんとユートの判断が食い違った時はまた話し合い、ってことね」

「ええ、そういうことになります」


 エリアが頷き、今日の話し合いに立ち会っていた西方総督府法務長官であるランドン・バイアットの方を向き直る。

 バイアットはエレルで復興の陣頭指揮を執っているデイ=ルイスにかわってレビデムの統治を預かっており、今回もユートが王立魔導研究所と契約の話し合いをする、となると立ち会ってくれていた。


「あ、それとバイアットさん。王国の会計って信用出来るのよね?」

「それはもう。不適切な会計を行えばあっという間に対立派閥から告発されて地位を失いますよ。ましてサマセット伯爵やウェルズリー伯爵に連なるエーデルシュタイン伯爵の上前をはねたとあれば、嬉々として告発して追い落とそうとする人が出るでしょうね」


 エリアの確認は王立魔導研究所が販売価格を誤魔化さないか、という心配だったらしいが、その心配は無いらしい。


「あとは細かいところを詰めていくだけね」


 そう言いながら、エリアは販売価格の決定権や、エーデルシュタイン伯爵家の取り分をいつ、どのような方法で渡すのかといったことについて決めていく。

 その過程でエリアはかかりそうな手数料は全て販売経費と突っぱね、リリエンソール研究員は思わぬ攻勢に目を白黒させながら反論していったが、どうやら最後にはエリアが押し切ったらしかった。


「全く婚約者様はお強い」


 交渉が終わってからリリエンソール研究員はそう苦笑いしていて、エリアは狙った獲物を仕留めた時のような、嬉しそうな目をしていた。


「あたしは深窓の令嬢とかじゃないしね。父さんが死んだ十歳の時から、母さんのために頑張って生きてきたんだから」

「所詮、私のような研究員が付け焼き刃で身に付けた交渉術とは違う、ということですか……」


 リリエンソール研究員はますます苦笑いを深くしていた。



 夜、契約締結に軽く食事をして、翌日にはリリエンソール研究員は王都へ戻っていき、ユートたちもまたウォルターズと一緒にエレルに戻っていった。




「それで、ユートは何を作りたいんだい?」


 エレルの庁舎に荷物を置いて、ユートたちとドルバックの店で落ち合ったウォルターズは店に入るなりそんなことを訊ねてきた。

 さすがに従騎士とはいえ貴族の端くれであるウォルターズをマーガレットの酒場とはいかず、魔物肉を出す高級店であるドルバックの店を選んだのだが、ウォルターズにとっての興味は食事よりも魔道具にあったらしい。


「とりあえず考えているのが……銃ですかね?」


 ユートはかねてから温めていたアイディアを出した。

 軍で扱うならば、一番売れそうなのは銃だと踏んでいたのだ。

 火薬が開発されていなくともそこは魔導回路の力で解決できることは、大砲と構造的には近い信号弾の発射機が出来たことで証明されている。


「鉄炮? なんだい、それは?」

「えっと、小さな鉄の弾丸を撃ち出して相手を殺傷する武器、です」

「ふーん、信号弾の発射機を小さくしたような感じかい?」

「そんな感じです」

「ユートって本当に変なアイディアが浮かんでくるわよね」


 エリアが日本のことをバレないようにか、それとも素なのかはわからないがそんな言葉を挟んできた。


「なるほど、殺傷力が高ければ弓のかわりとなり得る可能性はあるな」


 弓のかわりどころか日本では槍も刀も廃れさせた張本人なのだが、さすがにそれをここで言うほどユートは愚かではない。

 見たこともない銃がどんな戦術の変革をもたらすのかということはユートのように歴史を知っている者しかわからないのだから。


「弓のかわりならばそれなりに需要も見込めよう。設計はしているのか?」

「細かいところはまだですが、概略図はあります」

「では早速明日から問題ないか検討してみようじゃないか」


 そこでドルバックが自ら葡萄酒の瓶を持ってきた。

 今日は貴族用の個室ということもあって、オーナーシェフであるドルバックが自ら饗応してくれるらしい。


「あら、ドルバックさんが出てくるなんて珍しいじゃない」

「ははは、エーデルシュタイン伯爵閣下が来られているのに粗相など出来ないからな」

「ユートだけ? あたしも一応正騎士なのよ?」

「お前は別口だ。飲み過ぎて暴れるんじゃないぞ?」

「暴れたことなんかないでしょ!?」


 ドルバックは軽くエリアをからかいながら、慣れた手つきで葡萄酒のコルクを抜くと、ユートたち四人とウォルターズのグラスに葡萄酒を注ぐ。


「あ、わたしの葡萄酒は水で割って頂けますか?」

「わたくしもお願いします」


 アナとジークリンデはあまり酒に強くないので慌てて言うが、ドルバックは言われなくとも心得ていたらしくすぐにグラスに水をつぎ足して薄い葡萄酒を作ってくれた。


「では、ワンダ・ウォルターズ主任研究員との再会を祝い、そして研究の成功を祈って」


 ホスト役のユートがそう言うと、全員がグラスを掲げた。


「あーやっぱり葡萄酒も美味しいわね。仕事終わったあとのエールほどじゃないけど」

「奇遇だな。私もエールの方が好きだ」

「やっぱりあの疲れを全部押し流してくれる、泡がいいわよね。葡萄酒も悪くはないけど、一仕事終えて、さあ今から飲むぞ! ってなった時には爽やかさに欠けるわ」


 日本でなら仕事終わりの中年サラリーマンのような発言を、女性二人がしていたが、ユートは気にしないことにする。


「まずはこいつだ。うちの新作料理の一つ、ピル・ピルだ」


 妙な名前、と思ったが黙っている。

 にんにくの匂いと、熱く煮えたぎった油、そしてみじん切りの赤唐辛子が浮かんでいる料理だった。


「こいつは熱いうちに食ってくれ。そうじゃないと味が落ちてしまう」


 ドルバックがそう言いながら先付けと一緒に出してきたそれをつまんでみると、港町でもあるレビデムから急いで仕入れたらしく海鮮が入っていてなかなかに美味しい。

 これは、アヒージョだ、と思ったが、どこか細部が違っているような気もするし、だいたいアヒージョという名前はないからピル・ピルという名前になっているのだろう。

 深く追及されてもしょうがないので、それ以上突っ込まないことにする。


 その後もドルバックが出してくれる料理は相変わらずだった。

 魔物肉の素材を活かしながら、それでいてしっかり仕事をしたソースを使っているあたりが彼の技術の持ち味なのだろう。

 また、そのソースはかつてユートが古代帝国時代のレシピを読んで試作したソースを改良したものであるあたり、彼が新しい技法を知ることに貪欲であることも示している。


「私も西方軍に赴任して長かったし、この店のことは知っていたが、こんな料理を出すとは知らなかった――いや、これは新しい料理だな。シェフと研究者という違いがあれども、新しいことを探求する気持ちに違いは無い、ということか」


 ウォルターズは妙な関心の仕方をしていた。

 かつて西方軍直属法兵中隊にいた頃と比べると、あの頃は上官だったアンドリュー・カーライルを失って先任小隊長として混乱していたことを差し引いても、いい表情をしているな、とユートは思う。


「ウォルターズさん、魔導研究所に移ってよかったみたいですね」


 ユートは何気なくそう言ったが、ウォルターズは渋い顔をしている。


「……そうでもないさ。いや、魔導研究所はいいところなんだけどね……」

「どうかしたんですか?」

「あんたも聞いていただろ? カーライル中隊長は、あたしに軍人としての責務を果たせっていってくれたんだよ。でも、あたしは今はそんなことはしちゃいないからね」


 酔っているせいか少し口調を崩したウォルターズは歯切れ悪くそんなことを言う。

 ユートはそれ以上突っ込むことはしなかったが、彼女は彼女なりに抱えているものはあるのだろう、と察しはついた。

 ユートにしてもポロロッカに王位継承戦争に、仲間の冒険者を失ったことは一度ではないし、なんだかんだで口やかましいが面倒見の良い上官であったカーライルを失ったウォルターズの苦悩はわからないではなかったが、それ以上は何も言えなかった。


 少しばかりしんみりした空気の中、ドルバックがメインを運んできてそれを切るナイフの音が響く。

 そして、ウォルターズとエリアが酒を飲んでいく。

 メインの料理をまるで酒のつまみのように食べる二人に苦笑しながらもユートもその近くの海で取れたらしい白身魚のムニエルを食べる。

 ユートの舌では何の香草かまではわからないが、ともかく香草で味付けられた白身にソースがよく合っていて思わずフォークがとまらなくなる。


「あーなくなっちゃったわ。ユート、まだこれ食べられるかな?」


 そう言いながらエリアは最初に出してくれたピル・ピルを指差す。

 アナやジークリンデがあまり食べないこともあって五人分で出されたそれは余っていたのだ。


「冷えちゃってるだろ……温め直してもらうか?」

「面倒だからユートが火魔法でやってよ」


 普通ならばそんな危険なことは引き受けなかっただろうが、ユートも酔っていたこともあって小さな火球(ファイア・ボール)を作り、ちろちろとピル・ピルを温めていく。

 しばらくすると再びぐつぐつと煮え、あたりににんにくの匂いが充満し始めたので、温めるのはやめて一つ食べると、少し味は濃くなった気がしたが十二分に美味しかった。


「ふー、おつまみにちょうどいいわ。これ、うちでも作れないかな?」

「無理だろ? エレルは内陸だから海がないしドルバックさんみたいに伝手がないと魚介類は手に入らんだろう」

「ほら、肉とかで!」

「絶対脂っこくなりそうだ……」


 ただ、アヒージョにきのこを使うレシピはあったと思うし、それならば作れないこともないか、と思った。


「今度きのこでいいなら作ってみてやるよ」

「ホント? じゃあ美味しいエール用意しなきゃね」

「まあマーガレットさんに教えなきゃ大丈夫だろ」


 さすがにマーガレットの店で出したら、王国には限定的にしか知的財産権の考えはないとはいえ問題になるだろう。

 そもそもこのドルバックの店にしても選れギルの有力顧客先でもあるのだ。

 そことマーガレットの店で余計な火種を増やすつもりは毛頭無かった


「作れたら私も呼んでくれ」


 いつの間にか酔いも覚めてきたのか口調がしっかりしたウォルターズがそんなことを言う。


「アドリアンも呼んでみんなで飲みましょう」


 エリアはエリアで呑み仲間が見つかった、とばかりに嬉しそうに言う。


「いいけど、明日から魔道具開発なんだぞ? 飲み過ぎるな」


 ユートはそう言いながらエリアの頭にチョップを入れ、なによ、痛いわね、とエリアが怒りながら笑っていた。

 平和な、エーデルシュタイン伯爵家の一コマだった。


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