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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第五章 ギルド勅許編
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第117話 エーデルシュタイン伯爵家の流儀

「年末ね」


 エリアは手元の書類から視線を外さずにぼそりとそう言った。

 ギルドの受付は既に店じまいをしていて、隣のマーガレットの店からはどんちゃん騒ぎの声が聞こえてくる中、書類仕事をしているユートとエリアだけが残っていた。

 アドリアンは受付の閉まる頃合いでデヴィットの顔を見たい、といそいそと戻っていっていたし、セリルは今日は休みだった。


 既に十二月になって久しく、アドリアンたちの結婚式からも二週間近くが過ぎていたが、まだ一年以上に渡ってため込んだ書類は残っていた。

 もちろんこの二ヶ月近くの間に書類はだいぶ片付けたのだが、同時にこの二ヶ月の間に大規模パーティのことや法令が出来た時にあわせて魔石専売制をするための体制作りなど、書類仕事は増える一方だった。

 その上、一番の戦力になるセリルが結婚式のこと、デヴィットのこと、引っ越しのことと忙しく、三人でどうにかするしかなかったのだ。


「そういえば、セリーちゃんたちはもういないのよね」


 エリアが天井を見つめながら寂しそうに呟いた。

 セリルとアドリアンは結婚式からしばらくした昨日、ギルドの二階を引き払って新しい家に引っ越していっていた。

 入り浸っているゲルハルトやレオナを抜きにしてもアドリアン一家にユートと三人の婚約者たちが住むにはギルドの二階は手狭になっていたこともあり、近くに貸家を見つけて出ていったのだ。

 お互いに家族水入らずの生活が出来るようになるとはいえ、冒険者ギルドを作った頃の、夜遅くまで五人でわいわいがやがややっていたことを思い出すと、エリアが寂しくなるのも当然だった。


「まあ近くだし、またすぐに来れるようになるさ」


 ユートはそう慰めたが、乳児のデヴィットを夜中まで連れ回すわけにはいかないし、そうなるとアドリアンとセリルが前のように夜中まで会議に出ていることは等分ないだろうとわかっている。


「まあいいわ。アナやジークリンデが待ってるでしょうから早く仕事を片付けましょう」


 そう言いながらエリアは目の前の書類に目を通していく。



 結局、ユートたちが書類仕事を終えたのはすっかり遅くなった頃合い――ユートの体感で午後九時ごろだった。


「お疲れ様です」


 二階に戻るとアナとジークリンデが迎えてくれた。


「マーガレットから食べ物をもらってきたのです」


 今まで、ユートたちの台所を支えていたセリルがいなくなった結果、食べ物は全てマーガレット頼みとなっている。

 エリアやユートは最低限作れないことはないがそれよりも書類仕事の方が忙しいし、アナやジークリンデはお姫様育ちなのでほとんど料理は出来ない。


「旦那様……乳母日傘で……すいません……」


 ジークリンデが申し訳なさそうに謝るが、アナはきょとんとしている。


「ジークリンデは大森林の純エルフ(ハイエルフ)の姫様だったのですよね? 姫様が料理などするのですか?」

「……純エルフ(ハイエルフ)と言えども……大森林で生きて行くには……料理は必要と言われております……」


 そのジークリンデの言葉を聞いて、アナがびっくりしていた。


「そうなのですが。ではわたしも料理をやってみます。マーガレットに頼めば教えてくれるでしょうか?」

「ならあたしが教えたげるわ」

「待て、エリアの料理は……」


 エリアは野外で肉を焼く、程度のことは出来るが、家で作るのも同じような料理だ。

 干し肉を塩水で茹でただけ、血抜きした肉を塩して炙っただけ、それに堅く焼きしめたパン、という組み合わせの冒険者料理をアナにまで伝授されるのは出来れば勘弁して欲しい。


「なによ!?」

「いや、マーガレットさんの方がプロだろ? やっぱりプロの方が美味いに決まってるじゃないか!」


 そんな言い訳をしていると、アナが腰の横で握り拳を作って張り切っている。


「いや、アナ。屋敷に移ったら料理も誰かに任せるかもしれないぞ?」

「ユート、エーデルシュタイン伯爵家の家風は冒険者ではないのですか? それならば将来子をなした時、その子たちも最低限の武術や料理は出来ないと冒険者たり得ませんし、ならば正室のわたしが料理が出来ないとかあってはならないのです」


 アナが妙に張り切っていたので、ともかくユートはマーガレットに話を通しておくことにする。


「まあいいわ、ご飯にしましょう」

「はいなのです」

「今日は……カツレツだそうです……先ほど揚げたてを頂いてきましたが……冷めないうちに……」


 そう言いながらアナは元気よく、ジークリンデはいそいそと席に着く。

 既にパンもスープもセッティングされていて、あとは四人が食べるだけになっていた。


「それとユート、王都の王立魔導研究所から使者が来ました」


 カツレツを器用にナイフで切って美味しそうに頬張りながら、アナがそんなことを言った。

 魔石の需要拡大を考えると魔道具の開発が必要とはわかっていたが、ユート一人で開発するなどというのは無茶にもほどがある。

 その為、王立魔導研究所から必要な機材や指導者を送ってもらえないかアナを通じて交渉していたのだが、その返事が来たらしい。


「どうだった?」

「書状によると、ユートが魔道具を作りたいならば名誉研究員に任じるし、必要な機材や指導者も送って下さるとのことなのです」

「名誉研究員?」

「常任の研究員としては活動出来ないけれども、魔道具作りの才能がある者を任じる役職なのです。もし魔導研究所が解散の危機にでもなれば貴族として助ける義務を負うくらいの、特に何も発生しない肩書きだけなので、受けておいて問題は無いと思うのです」


 まあ王立魔導研究所が解散、などということになれば魔石を専売する予定の冒険者ギルドにも多大な影響があるだろうから、名誉研究員にならなくとも助けないといけないだろうし、特段問題が無いとアナが言うならばそれが正しいのだろう。


「わかった。で、作った物はどうするんだ?」

「作った物は、魔導研究所が販売することになるのです。魔導研究所は魔道具の専売権を持っていますから。そして、売れた額の何割かはユート――冒険者ギルドを経由してエーデルシュタイン伯爵家に入ります」


 つまりは特許料のようなものなのだろう。

 ユートにとってせいぜい近世のこの王国で特許制度があるとは驚きだったが、恐らく魔道具は王立魔導研究所が専売――つまり独占しているからこそ可能なのだろう。

 そもそも魔道具開発を専門とする王立魔導研究所の外で魔道具が開発されることも滅多にないだろうし、そうなると魔道具の特許制度を運用することは比較的簡単なのかもしれない。


「詳しいことは交渉者を派遣するそうなので、その方との間で交渉し、契約を結んでほしいそうです」

「わかった。じゃあ年内か、年明けには交渉が出来るかな?」

「そうだと思うのです。恐らくもう派遣しているでしょうから。恐らくレビデムにつく頃に連絡があるかと思います」

「交渉はレビデム?」

「ですね」


 アナの言葉に頷きながら、カツレツを一切れ頬張る。

 柔らかく筋が切られて、うっすらと下味をつけられたそれは、ソースの旨味と肉の旨味が合わさって絶品と言うしかなかった。


「こんな料理を旅先でも食べれたらな……」


 レビデムまでの二週間の旅路を考えるとうんざりとした。

 ユートは決して美食家ではないが、堅く焼きしめたパンと、干し肉で出汁を取っただけのスープに、出汁を取ってふやけた干し肉というメニューには飽き飽きとしている。

 あとは余裕があればたまにオートミールだが、それも含めて冒険者の、あるいは旅先の食事というのはあくまで栄養の補給であり、楽しみではない。

 特にユートは西方混成兵団の兵団長をしていた時には軍司令官並みの待遇を受けていたこともあって、旅先でももう少しマシな食事が出来ないか、と思い始めていた。


「ユート、言っておくけど輜重段列みたいな真似は出来ないわよ」

「……わかってるよ」


 エリアに釘を刺されて頭を掻くユート。

 王都からエレルまで戻ってくる時は西方混成兵団の輜重段列が一緒だったので美味しい食事を摂ることが出来たが、あれをエーデルシュタイン伯爵家で持つことは不可能に近い。

 もちろん将来的にゲルハルトやレオナの大隊を運用することを考えれば小規模な輜重段列を持つ必要があるのかもしれないが、それも貴族領軍が大規模な遠征能力を持つことを危険視する王国軍や王国首脳陣からどう言われるかはわからない。


「それも、課題だなぁ……」

「何よ! あんたの楽しみのために輜重段列を組むとか、どこの我が儘貴族様よ!」


 ユートの遠征能力のことを誤解したエリアがぷりぷりと怒っていたが、首を振って今考えていたことを伝える。


「……まあ傭兵団(マーセナリーズ)ともなれば必要かもね」

「だろ。傭兵団が動く度に西方軍なりの輜重段列を動かすわけにもいかないし」


 二個大隊ともなれば日々の食事や補給物資を供給したり、負傷者を後送するだけでもそれなりの組織が必要となる。

 そこら辺も含めて、傭兵団(マーセナリーズ)の運用も考えないとならない、とユートは考えていた。


「ともかく、色々解決することはあるけど、当面は魔道具かな」


 指導者が派遣してもらえるとしてもそれまでに構想は固めておいた方がいいだろう。

 信号弾を開発した時も魔道具の開発そのものよりも、構想を固める方に時間が取られたわけだったことを思い出す。


「まあそうだけど、年末くらいはゆっくり過ごしましょうよ」


 エリアはそう言いながら食べ終わったらしくナイフとフォークを置いた。




 そこから年末まではあっという間だった。


「そういえばベゴーニャの一件からもう二年も経つのね」


 年の瀬にエリアは感慨深げに呟いていたが、ともかくあっという間に過ぎてしまった。


「そういえば王室では正月に何か儀式めいたことはしないのか?」


 ユートは十二月三十一日の夜にそんなことをアナに聞いてみる。


「そうですね……年明けにはシャルヘン大聖堂に父上をはじめみなでお参りしてお祈りします。あとは……貴族からの挨拶を受けたりするのです。身内の小さなパーティーを開いたりする貴族も多いみたいなのです」

「ジークリンデは?」

「宵越しの祭を開き……その一年の悪いことを振り払うために……朝まで祝い明かします……わたくしは残念ながら……参加したことはないのですが……そして……日の出とともにみなで五穀豊穣を祈ります……」

「ユートは東方の海の向こうの人なのですよね? どんなのなのですか?」


 アナが好奇心できらきらした目でユートを見る。


「……なんでアナはその話を知ってるんだ?」

「前にレオナが教えてくれたのです。最初に出会った頃ですね」

「……隠してるわけじゃないけど、その話はナイショな」

「わかっているのです。それでユートの故郷はどんなところだったのですか? 正月にはどんな祭をしていたのですか?」


 そうだな、と思い出す。


「ニホンは、宗教が結構入り交じっている国でな。敬虔な信徒でもなければ三つくらいの宗教を信じる――いや、受け容れるのには躊躇はない者が多かった。それで、大晦日――ああ、十二月三十一日のことな――には、人の悪い考えを払うために鐘を突くという宗教の行事に出て、翌日は別の宗教の神様に新年の挨拶に行く」

「面白い文化なのね。こっちだと教会が唯一の宗教だから、そんな不思議なことはないのに」


 アナが言う 教会の宗教には特に名前はない。

 ほかに替わるものがないから神の教え、で通じるわけであり、敢えて名前をつける必要はなかったのだ。

 最近、北方の獣人が西方には多く出てきており、彼らは石神の教えを信じていることから、ユートが石神教と呼ぶそれと区別するために名前がつくかもしれなかったが……


「あと、パーティーじゃないけど、正月の間は炊事をしなくていいようにお重――弁当箱のようなものに日持ちのする食材を詰めて正月の間はそれを食べたりもしてた」

「へえ、じゃあ正月でもそこまでいいもの食べるんじゃないのね」

「そうだな。まあ王侯貴族は知らないが」


 興味津々で日本の文化について聞いていたアナが再び口を開く。


「それでユート、エーデルシュタイン伯爵家の正月はどのように過ごしましょうか? ユートの生まれ育った文化を立てるでもよいですし、王国風の正月でもよいのですが……」

「ユートのいたニホンの正月も味わってみたいわ。一昨年は疲れ切ってたし、去年は北方に行っていたし」

「ただなぁ……変な行事をやると貴族から目をつけられそうだしなぁ……」


 ユートの憂慮にジークリンデが微笑む。


「それならば大丈夫でしょう。北方にある儀式とでも言えば、旦那様が北方の立場(わたくし)を立てているだけ、と思うでしょうし、それは外交上ある程度は必要なことを言われるでしょうから」

「それに、本来ならば夫の家のやり方を立てるべきなのです。ですから、ユートがやっていたように振る舞えばいいのです。それがエーデルシュタイン伯爵家の流儀なのです」


 アナもまたニホン流のやり方を推している。


「わかった。じゃあ来年からはそうしよう。まあ全部じゃなくてもいいしな」

「今年は?」

「時間が無い。重箱なんか今から用意出来ないし……お屠蘇くらいならいいけど」

「わかったわ。じゃあ来年からね。ってお屠蘇って何よ?」

「えっと、病気にならないように正月にお酒を飲む儀式?」

「なんで疑問系なのか気になるけど……ああ、そんな神様を信じたりしない文化だと儀式の意味もわかんなくなってるか。まあいいわ。お酒を飲むならやりましょう!」


 エリアが妙に張り切って言い出す。


「それ、飲みたいからだろ?」

「そうよ! 悪い!?」


 悪びれないエリア。


「まあ、それもうちの家(エリア)の流儀、か」


 ユートはそう呟きながら苦笑いしていた。




 そして明けて王国暦六〇四年一月五日。

 平穏無事を年始を過ごしたあと、ユートたちは知らされた通り、魔導研究所との交渉の為にレビデムへと起った。


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