第115話 久々の魔物狩り
「ユート! そっち行ったわよ!」
エリアの声が響く。
その声に驚いたかのように、まさに脱兎の如く魔兎が飛び跳ねてユートの方に逃げてきた。
「おう!」
ユートはそう応じると、剣を一閃――魔兎を綺麗に仕留めた。
「これで十匹目、ね」
エリアが嬉しそうに笑った。
その周囲には数匹の魔兎が倒れており、革で出来たエリアの胸甲は血しぶきが飛んでいるので、いささかスプラッタな光景ではあったが、その気持ちはわからないではない。
どうも最近、もやもやすることが多かったので、朝からエリア、そしてレオナ、ゲルハルトの四人で狩人依頼を受けて山に入っていた。
魔の森まで遠出しているわけではなく、エレル近郊の山も未だポロロッカの影響で住み着いた魔物がいるので、それらを討伐していく依頼を受けたのだった。
「それにしてもまさか俺がJ級冒険者に落ちているとは思わなかった……」
今朝受付であった一幕を思い出してユートががっくりと肩を落とす。
一年以上に渡って依頼を受けていなかった結果、実績は過去のものとなり最下級のJ級にまで落ちていたのだ。
「まあ、しょうがないわよ。貴族としての仕事してたんだし」
「それも解せないけどな。なんで俺以外はみんなA級冒険者なんだよ」
そう、ユート以外は最上級であるA級冒険者となっていた。
なぜ、こんなことになったかといえば、王位継承戦争においてユート麾下の冒険者部隊として戦った連中は軒並みその報酬がランキングに加算されていたのに対して、ユートだけはあくまで貴族として戦ったものとして加算されていなかったからだ。
結果、冒険者の指揮官クラスとして戦ったエリアやゲルハルト、レオナは当然報酬も一番多く受け取って報酬ランキングの上位に位置するようになり、一方のユート――妊娠中で戦えなかったセリルもだが――はランキングの報酬総額はゼロ、という結果となっていたのだった。
「エリアも正騎士なのにな……」
「あたしが正騎士になったのはそのあとだもん!」
正論で返されてユートは言葉もなかった。
「あーなんかむしゃくしゃしてきた。もうちょっと山の奥まで行こうぜ」
「……魔物はユートのストレス発散の道具じゃないニャ……」
レオナが呆れたように、また魔物に同情したように呟きながら、それでもこっちにいるニャ、と魔物のもとへと案内してくれた。
「火炎旋風!」
今度は魔蛇の群れであり、もし毒のある変異種などがいたら大変、ということもあってユートが魔法を唱えた。
赤い炎が山の木と草をなめ回し、焼き払う。
一瞬で魔蛇の群れていたあたりが焼き払われて、蛇の丸焼きが完成していた。
「あんた、相変わらず化け物じみたことするわよね」
「そう、か?」
さすがに自分の妻――厳密にはまだ婚約者だが――に化け物扱いは、と思ったが、すぐ隣でレオナも神妙な顔をしている。
「ユート、相変わらずやの」
ゲルハルトだけはそう言って大笑いしていた。
「ま、いいわ。ちょうどいいしお昼にしましょう。魔石は……燃えてないわよね?」
「大丈夫だろ。魔石が燃えるって聞いたことないしな」
そう言いながら、ユートはパンを取り出す。
「ん? ユートのパン、ずいぶんと変な形だニャ?」
ユートが取り出したいびつなパンを目敏く見つけたレオナがそんなことを言う。
「アナが焼いてくれたんだ」
「ほうほう、お熱いことだニャ」
レオナはにやにやと笑うが、ユートは意にも介さない。
「というか、アナの嬢ちゃんが連れてこんでよかったんかい? ここらやったらアナの嬢ちゃんでもどうにでも出来るやろ?」
アナは魔物と戦ったことはないとはいえ、四属性の魔法を全て使える魔法使いであり、潜在能力は決して低くはない。
その能力を考えれば、ユートたち四人ががっちり守っていれば魔兎や魔蛇、魔鼬程度の魔物しか出ない場所で大きな怪我をする心配はないといえるだろう。
「誘ったけど、怖いからこないってさ」
「……そら大変やな。冒険者ギルドの正室が、いくら王女様とはいえ狩人業務を怖がるってのはちょっと困ったことになりそうやろ?」
「まあ多分、ジークリンデが来れないのを気にしてるんじゃないかな?」
ユートはそうアナの心中を慮った。
ジークリンデは生まれつき身体が弱いので、こんな山の中を動き回るのは危険だった。
倒れでもしたらユートあたりが担ぐことになるし、その状態でアナまで抱えて山を下りるのは出来れば避けたいところだ。
いくらエレルから近いとはいえ、山は山であり、安全マージンもとらずにほいほい素人を連れ込むのは冒険者としてはあるまじきこと、というのは全員の一致した考え方だった。
そんな会話をしていると、レオナがぴくり、と耳を動かした。
続いてゲルハルトも何かに気付いたらしく、狼筅を握って立ち上がる。
「どうしたんだ?」
「誰か来よったわ」
ゲルハルトはそう言いながら、万が一に暗殺者だった場合に備えてか、油断なく狼筅を構えた。
ユートもすぐに剣を抜き、エリアと頷き合うと、矢を射かけられても大丈夫な位置へと身体を動かす。
レオナはすでに鎧通し――こちらで使っている偽物ではなく、北方から父アルトゥルがやってきた時に持ってきてくれた北方産の鎧通し――を抜き放つと、木の陰に潜んで奇襲のチャンスを窺っている。
やがて、集団が発する、がやがやと、としか形容出来ないざわめきが聞こえてきた。
どうやらそれなりの数の集団らしい、というのはユートの耳でもわかる。
「ここらだぞ!」
その集団のリーダー格らしい男がそう声を上げるのが聞こえる。
ここら、というのが何を意味しているのか、自分たちの居場所を意味しているのか、とユートは頭の中で色々と考える。
「アルバ!」
エリアの声に、その考えは中断された。
「あ、エリア様!」
その声はさっきのリーダー格の男の声であり、そしてよく聞けばユートも覚えのある声だった。
そう、狩人として最初の依頼である魔兎狩りを受けた時の依頼主であり、ポロロッカによって蹂躙されたセラ村の村長の息子アルバだった。
「何よ! エリア様って!」
「いえ、正騎士に叙任されたのでしょう? 貴族なのですから、エリア様と呼ばねば……」
「なんか嫌ね。知らない人ならともかく、あたしが駆け出しの狩人だった頃から知ってる人にそんな呼び方をされるのは。もうちょっと他の呼び方を考えなさい」
「では、エリアさん、でよろしいでしょうか?」
「よろしいとでしょうがいらないわ」
エリアとそんな会話をしているアルバの肩をぽん、と叩く。
「やあ、アルバさん」
「エーデルシュタイン伯爵閣下! どうされましたか!? 先ほどの煙を見て、伯爵閣下もいらっしゃったのですか!?」
アルバの動揺ぶりはひどかった。
同じ貴族のエリアには敬語とはいえ気安く声を掛けていたのに、自分にたいするこの態度は何なのだろう、と少し落ち込んだ。
「ちょっと、アルバ。ユートが落ち込んでるじゃない。その仰々しい敬語はやめなさい」
「え、ええ。伯爵閣下……じゃない……ユート卿、でよろしいでしょうか?」
「なんか色々よろしくないんですが……」
アルバの動揺ぶりにユートは苦笑するしかないが、小さな村の次期村長に過ぎないアルバと、一軍の指揮を任されている、王室に近しい伯爵だとこんな関係が当たり前なのかもしれない。
「えっと、今はギルドの総裁と、ギルドの有力冒険者、という関係なので、そこまで改まらないでください」
「そうよ、アルバ。こんなJ級冒険者なんかに敬語はいらないわ」
しれっとエリアにJ級冒険者のあたりを突っつかれるが知らん顔をする。
「え、ええっと、総裁閣下、それでなぜこの場に……」
そういわれてユートは初めて気がついた。
そう、彼らは煙を見てここにきた、と言っていた。
恐らく山火事かと思って駆けつけたのだろう。
そして、ここで煙を発したものは一つしかない。
「……えっと、依頼でちょっと魔蛇や魔兎を狩っていて……」
「え、えっと……」
「……たぶん、アルバが見た煙はユートの魔法のせいよ。いらいらして全力で撃つから」
エリアの言葉にアルバが凍った。
「いや、何事かと思いましたけど、何事もなくて良かったですよ」
再起動したアルバが帰り道にそんなフォローをしてくれる。
「騒がせて申し訳ない」
「いえいえ、勝手に駆けつけただけですから」
そう言いながら、周囲を見回すと二十人近い男たちがいた。
「自分のパーティ、セラ自警団の面々です」
アルバは自信ありげにセラ自警団の面々を紹介してくれた。
ポロロッカの直後、西方冒険者ギルド事件の時に山で狩った魔物をエレルまで搬送してくれた連中も混じっているらしいが、ユートにはその顔は思い出せない。
「多いわね、何人いるの?」
「パーティ全体ですと、五十人近くがいます。セラ村の元住民の他、村を出てエレルなどで暮らしていた者やその子弟も加わったりしています」
エリアの問いにはきはきと答えるアルバ。
いや、この人数はパーティじゃないだろう、とユートは内心で突っ込んでいたが、それを口には出さない。
ただ、パーティ制度をちょっと変える必要があるかもな、と頭の中のメモ帳にメモしておく。
山を下りていくのはセラ自警団とともに、だったのでユートは何もやらずに済んだ。
魔物を見かけたら、見敵必戦とばかりに狩ろうとするのだが、アルバがそれを止めて自分たちで狩った上でユートに素材や魔石を差し出してくるのだ。
もし一緒にいて、伯爵閣下を怪我させては一大事、と思っているのかもしれなかったが、流石に素材や魔石を受け取るわけにはいかないし、魔物を狩ることもできないし、でユートにとってはあまり有り難くはなかった。
ただ、そのかわりに冒険者の生の声を聞くことが出来た。
今のギルドには、セラ自警団を中心とする、エレル冒険者ギルドが出来てから冒険者になった新人のグループ、エレル冒険者ギルドが出来る前から冒険者をしていた古参のグループ、西方冒険者ギルド出身者のグループ、傭人のグループがいるらしい。
前にアドリアンたちから受けた報告と似ていたが、どうやらセラ自警団は単なるセラ村出身者の集団を超えて、新人たちの中心的存在となっているらしかった。
また、セラ自警団を見習って大規模なパーティを組もうとする動きも新人グループを中心にあるらしい、という話もアルバから聞くことができたのは、ユートにとって望外の収穫だった。
「では、私たちはここで」
エレルまで戻ってくるとセラ自警団の面々とは別れてギルド本部へと戻る。
別に山火事の依頼を受けたわけではなく手弁当で駆けつけた彼らはギルド本部に顔を出す用事は無く、魔石や毛皮をどこかに売りに行くらしい。
「ああ、また食事でも」
ユートがそう言うと、アルバは嬉しいような困ったような苦笑いを浮かべていた。
「大規模パーティはちょっと対策が必要よね」
道すがら、エリアがそう呟いた。
エリアもまた大規模パーティについてはちょっと疑問を覚えていたらしい。
「一番の問題はそのパーティの力が安定しないってことね。常に全員で出るわけじゃないから、ある時はすごい実力者がいるのに、ある時は余り実力が高くない組み合わせになることもありえるわ」
「それもあるし、人数が多すぎると実力はないのにパーティで評価されるせいで高評価になる冒険者が出るのもあるな」
「そうね。ちょっと帰ったらセリーちゃんやアドリアンと相談ね」
エリアとユートの真面目なやりとりに、レオナもゲルハルトも黙っている。
そうこうしているうちにギルド本部に着いた。
すぐに依頼を精算して、わずかばかりの報酬を受け取る。
「ユート、今日のパンはどうだったのでしょうか?」
二階に上がると、ふさふさとした尻尾をぱたぱたと動かしてアナが駆けてきた。
「形はともかく、美味しかったよ」
「次は綺麗な形に出来るように頑張るのです。今日の夕食はセリルと一緒のわたしも作ったのです」
「ああ、じゃあ食べるか」
そう言いながら、鎧を脱いで広間のテーブルに着く。
ゲルハルトとレオナも入れてアーノルド以外の全員が揃っているのを確認して、食べ始める。
「そういえばユート、内々の話なのですが、姉様の即位式が来春に決まったようなのです。四月にする、というのを今日早馬で届きました」
食事をしながらアナが何気なくそんなことを言った。
「ああ、決まったんだ」
「まだ本決まりではなく、あくまえ家族の会話なのですが……」
ちゃんとした発表は王国政府――つまり内務卿であるハントリー伯爵あたりが発表するのだろうし、それを受けて各貴族も動き出すのだろうが、ユートたちには一足先に連絡してくれたのだろう。
「じゃあ三月くらいにはここを起たないとな」
「それまでに解決しておかないといけない問題もいっぱいあるしね」
エリアがそう言いながら指折り数えていく。
「まずさっきの大規模パーティでしょ。それに魔石の需要を増やす魔道具開発でしょ。あと傭兵団をしっかり形にして、何やるか決めることでしょ。ああ、エーデルシュタイン伯爵家の屋敷を建てないといけないわね」
「エリーちゃん、それだけじゃないわ。ちゃんと使用人も雇わないといけないし、レビデムに冒険者ギルドの支部を出して欲しいって言われてるのも解決しないと。あと、王太女殿下にお願いする法令もしっかり作らないとね」
エリアの抜けをセリルがそうフォローする。
「うわー多いわね。この冬は遊んでる暇なんかなさそう」
「しょうがないわ。それだけ責任のある立場にユート君はなったんだから。そして、みんなのギルドのためにもやらないといけないことだわ」
セリルはそう言いながら、そこにいる全員を見回す。
「そりゃそうだな」
「あちきも出来ることは全部やるニャ――ああ、出来れば契約書の書写以外でお願いしたいニャ」
「まあなんかあったら任しとき」
アドリアン、レオナ、ゲルハルトがそう笑う。
ユートはその笑顔を見て、自分もまた頑張っていかなければ、と強く思った。
今週の更新は以上です。
次回は10月5日からの平日更新となります。




