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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第五章 ギルド勅許編
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第111話 エレルにて

 ユートたちがエレルに到着したのは、冬の訪れも聞こえてくる十一月の一日ことだった。


「流石に寒くなってきたわね」


 馬車を一番に降りたエリアがぶるり、と震えて自分の肩を抱く。

 ユートもエリアに続いて降りて、同じようにぶるりと差し込むような寒さに震える。


「また、冬が来るのですね」


 続いて降りてきたアナが空を見上げた。

 彼女は分厚い外套をいつの間にか着ていたのでそう寒くはないようだった。


「ジークリンデ、風邪に気をつけなさいよ」


 エリアが最後に降りてきたジークリンデにそう声を掛けた。

 この馬車は王家(アリス王女)から下賜された特別製で、足回りに相当気をつかっているらしく、王都からエレルまでの間、ユートは馬車に揺られても疲れを覚えることはなかった。


「おい、ユート、入ろうぜ」


 後続のエレル冒険者ギルド所有の馬車から降りてきたアドリアンが寒さに顔をしかめながら頷いた。

 ユートが頷くと、すぐにアーノルドがエレル冒険者ギルド本部のドアを開く。


「どうぞ、ユート様、奥方様」


 その姿には面映ゆい気持ちしかなかったが、ユートは務めて堂々とエレル冒険者ギルドに入っていった。


「あら、ユート……様じゃないか」


 なぜか受付にいたマーガレットがユートたちの姿を見つけてそう声を掛けてくる。


「ただいま、マーガレットさん!」

「なんだ、エリアも帰ってきたのかい。今夜は腕によりを掛けないといけないね」


 そう言いながらマーガレットは嬉しそうだった。



「落ち着いたら報告書を見て欲しいとセリルが言っていたぞ。定期的に必要な書類は送っていたとはいえ、さすがにお前が見ていないと不味いことは山積みらしい。まあ、頑張れ」

「私としてもこちらでどのようにエーデルシュタイン伯爵家を運営していくか考えて頂きたいところです」


 二階の居住スペースに上がって広間のテーブルに座ると、すぐにアドリアンとアーノルドが声を掛けてくる。

 二人ともエーデルシュタイン伯爵家の従騎士であり、いつの間にかアドリアンがギルドを、アーノルドが家政を見る形で仕事を分担していた。


「……やっぱ、やらなきゃダメですよね……」

「当たり前だ」

「出来れば早くお願いしたいのです」


 ユートが憂鬱そうな顔をしながらテーブルに突っ伏す。


「ああ、でも今日はゲルハルトとレオナの歓迎パーティーしないといけないんじゃない?」


 見かねたようにエリアが助け船を出す。

 ゲルハルトとレオナは国葬における特使の任を解かれ、それぞれの部族から命じられている、エレル冒険者ギルドに参加している獣人たちの統括という本来の仕事のためにエレルまで同行している。

 二人ともユートからすればただの友人であるが、エレル冒険者ギルドからすれば侯爵世子格の要人であり、形式的には歓迎パーティーの一つでもしないと駄目なようだった。


「そうですな。早速手配致します。ところで、これは早急に決めて頂きたいのですが、エーデルシュタイン伯爵家の屋敷はこのギルド本部を使うおつもりなのですか?」


 アーノルドは言外にこのエレル冒険者ギルド本部は狭すぎる、と言いたげだった。

 確かに一般人、あるいは正騎士程度の下級貴族ならばともかく、伯爵という貴族の中でも上から数えた方が早い立場になればたかが数部屋と広間しかないエレル冒険者ギルド本部の二階は狭すぎる、ということらしい。

 確かにアドリアンたちに加えてジークリンデやアナまでが住むとなると部屋数は足りないし、王都の生活を思い出せば、恐らく使用人の為の部屋も必要になるのだろう。


 ユートはまた一つ課題が増えた、と頭を抱えたが、ともかく先にゲルハルトとレオナの歓迎パーティー――という名目の身内の食事会――の場所を確保しなければならない。


「今回はエレルの庁舎を借りるように交渉してみます」


 アーノルドがそう請け負ってくれて、すぐに準備に入ったようだった。

 実務の部分では丸投げされるパストーレ商会のエレル支店支配人プラナスに少しばかり同情心が沸いたが、王位継承戦争以来大儲けをしているのだからそのぐらいは我慢してくれとその同情心を打ち消した。




 ゲルハルトとレオナの歓迎の為の酒宴は、アーノルドの交渉のお陰もあって無事にエレルの庁舎で開催することが出来た。

 エレルの庁舎は辺境とはいえ、総督がパーティーを開けるくらいには広く出来ている。

 だからユートたちだけだと広すぎて寒々としすぎるかと思ったが、意外にも人数は多かった。


「エーデルシュタイン伯爵、お久しぶりでございます」


 パーティーが始まるなり、ユートにそう挨拶してきたのは西方総督サマセット伯爵の部下であり、西方総督府の副総督格であるルイス・デイ=ルイスだった。


「デイ=ルイスさん、お久しぶりです……というかエーデルシュタイン伯爵って……」


 ユート殿、と気安く呼んでいたデイ=ルイスがいつの間にかエーデルシュタイン伯爵と呼ぶようになっていることに距離感を感じてしまう。

 最初に会った時はただの冒険者と西方総督府の内務長官、前にここを出た時は正騎士と同じく内務長官だったのが、いつの間にか立場が大きく変わっていることを感じざるを得なかった。


「前みたいにユートかユート殿でいいですよ」

「いえ、それは流石に……ユート卿、でどうでしょうか?」


 ユートもそこら辺で妥協する。

 そのデイ=ルイスとユートのやりとりが聞こえた周囲が殺気立つのがわかった。


「そういえばユート卿、摂政王太女殿下に私を推薦して頂いたとのこと。真にありがとうございます」


 デイ=ルイスはそう頭を下げる。

 サマセット伯爵が西方総督のまま事実上の七卿として王都に駐在している関係で、西方総督府の混乱を回避するため、アリス王女が誰かを引き上げようとしていた時、ユートがデイ=ルイスを推したのだ。

 アリス王女も王都乱闘事件を起こすなどしていたサマセット伯爵の権力が強化されるのは好まなかったこともあり、サマセット伯爵の推薦ではなくユートの推薦を受け容れてデイ=ルイスに財務長官を兼職させ、副総督格としたのだ。


「いえ、デイ=ルイスさんなら僕もやりやすいので」


 再び周囲の殺気が強まったように思う。

 魔牛(ダーク・ブル)の革を使ったドレスに剣を帯びるという冒険者スタイルでユートの後ろに控えていたエリアがじろり、と周囲を睥睨した。

 普通のパーティならばエリアはユートの側室として華やかなドレスを身に纏ってここにいるべきだったが、今回は身内に等しいゲルハルトとレオナの歓迎パーティーであることや、そもそもエリアのドレスがないことからその格好で参加していた。


「なんか不穏ですね」


 エリアが剣呑な雰囲気を出すまでもなく、ユートも周囲が殺気を飛ばしてきているのはわかっている。

 ここにいるのはデイ=ルイスが貸してくれた西方総督府の職員ばかりのはずであるのに、なぜ殺気を飛ばされているのかわからない。


「ははは、やっかみです。申し訳ない」


 デイ=ルイスは小声でそう言いながら笑った。


「やっかみ?」

「ええ、私がユート卿の信を得ていることを快く思わぬ者も多いのです」

「僕の、ですか? サマセット伯爵ではなく?」

「――王宮事情はここまで伝わってきているのですよ」


 ますます声を潜めてデイ=ルイスが言葉を続ける。


「歯に衣を着せずに申し上げれば、先立って王太女殿下の勘気を被ったサマセット伯爵よりも、王太女殿下が大事にしているアナスタシア王女殿下の婿であり、北方大森林にウェルズリー伯爵とも懇意なユート卿の方が先があると見ている者は多い、ということです」


 そう言われて、ようやく事情が飲み込めた。

 要するにユートに媚を売れば出世出来るかも知れない――現にユートの推薦で若年ながら副総督格に出世したデイ=ルイス(見本)が目の前にいる――と感じて、どうユートと親しくなろうかと考えている官吏が多い、ということだろう。


「先ほど、名で呼ぶことを許されたことでますます私がユート卿と懇意になったことを快く思わぬのでしょう」


 突き詰めてしまえばこの殺気は嫉妬、ということらしい。


「……なんというか、大変ですね」


 前々から付き合いがあるデイ=ルイスや、あるいは西方総督府法務長官のランドン・バイアットのあたりならばともかく、今さらすり寄られてもユートはどうしていいかわからない。

 適当にあしらって、しかし信用はしない、というような対応しか出来ないだろうし、そんな人物をアリス王女に推薦することもまずないだろう。

 それをこの場で口に出せばますます場の空気がぎすぎすしそうだったので、ユートには当たり障りなくそう纏めることしか出来なかった。


「ユート、あんまり難しいこと考えんときや」


 いつの間にかユートのそばに来ていたゲルハルトがぽんと肩を叩く。


「別に利用出来る奴は利用したらええし、利用して役に立ったらその分はきっちり報告したらええだけのことや」


 要するに信賞必罰、エーデルシュタイン伯爵家を利用しようが役に立つならその分きっちりとアリス王女なりに報告すればいいだけのこととゲルハルトは笑い飛ばした。


「ゲルハルト、ありがとうな」

「いや、なに。ところでそっちは?」

「えっと、デイ=ルイスさん」

「西方総督府において財務長官兼内務長官を務めております、ルイス・デイ=ルイスです」

「そうか。知ってると思うけど、北方大森林は餓狼族族長が子、従三位神職ゲルハルト・ルドルフや」


 ゲルハルトはにこりと笑う。

 デイ=ルイスがまた知己を増やしたことに、舌打ちが聞こえたような気がしたがユートはもう気にしないことにした。




「ともかく、屋敷をどうにかせねばなりませんな」


 翌朝、広間のテーブルでユートたちにゲルハルトを加えて

 本来ならばアドリアンやアーノルドは主人であるユートや、客人であるゲルハルトたちと一緒のテーブルで食事をするのは差し支えるところもあるのだが、そこはユートが押し通した。

 ゲルハルトたち客人が望んだことや、二人とも単なる陪臣ではなく従騎士であること、あくまでエーデルシュタイン伯爵家の私的な部分、ということでアーノルド(厳しい家宰)も納得したようだった。

 全く面倒くさい、と思わないでもなかったが、それもまた貴族に必要なことなのだろう、とユートは自分に言い聞かせていた。


 とはいえ、ユートたちのパーティ五人にゲルハルトとアーノルド、そしてアナとジークリンデもいれて九人も並べばテーブルが狭苦しいのは当然であり、アーノルドの言葉にユートも頷く。

 ゲルハルトたちだからいいようなものの、これが他の貴族ならば問題になりかねない。


「ですね。それと、仮住まいも考えた方がいいかな?」

「残念ながら王国直轄領ですので、貴族が仮住まいを出来るような屋敷はないと思います」


 エレルを含む西方直轄領は基本的に総督府の役人以外の貴族はいない。

 もちろん、魔物狩りをスポーツの如く嗜む貴族がやってきたりはするが、そうした貴族にしてもそうそう来るものではないので、別邸を持つよりもエレルなりの庁舎を間借りする。

 だから、貴族が住むような屋敷はまず存在していない、ということらしい。


「じゃあプラナスさんところですかね?」

「ええ、土地はデイ=ルイス殿にお願いするとして、上物はパストーレ商会に頼むのが一番でしょう」

「ちょうどプラナスさんに聞きたい用事もあったので、その時にでも頼んでおきます」

「わかりました」


 聞きたい用事、というのはもちろんアリス王女から投げられているエレル冒険者ギルドの為の法令のことだ。

 デイ=ルイスやプラナスに聞きながら、即位式の前までに答えを出したかった。


「デイ=ルイス殿にも連絡をしておきましょうか?」


 アーノルドもユートの用事がすぐにわかったらしく、使いを立ててデイ=ルイスの予定を押さえるために動いてくれるようだった。

 ユートが頷くと、すぐに使者を立てに一階へと降りていった。


「あ、ユート。お前がいない間にエレル冒険者ギルドの中で目立ってきた連中を紹介したいんだが……」

「そんな人がいるんですか?」

「ああ、なにせ長く空けていたからな」


 アドリアンにそう言われてユートはふとどのくらいエレル冒険者ギルドを留守にしていたのか、と指折り数えてみる。


「……二月だからもう九ヶ月くらいいなかったんですね」

「というか、その前もあたしたちは北方に行ってたでしょ。ちょうど去年の今頃にペトラに着いた頃だから、まともにギルドの仕事見てたの一年以上前の話よ」


 エリアに言われて、ユートは愕然とした。

 もちろんずっとエレル冒険者ギルドの為に自分の立場を築こうと頑張ってきたという自負はあるが、それでも一年以上エレル冒険者ギルドの仕事を離れていたという事実は驚きに値した。


「ちなみにその顔役みたいな冒険者は何人くらいいるんですか?」

「えっと、旧セラ村の連中をとりまとめているアルバだろ、それに古参冒険者をとりまとめているおなじみのジミーとレイフだろ、あと傭人(ゴーファー)連中をとりまとめているニールというおっさんに、西方冒険者ギルドからの移籍組をとりまとめているギルバートだろ」


 アドリアンが指折り数えていく。


「多いですね」

「まあこの一年でエレル冒険者ギルドも随分と拡大したしな」

「ユート、そういえばサマセット伯爵からレビデムにも支部を出して欲しいと言われているのです。姉様も賛成ですので、善処して頂ければ、と」

「ユート君、書類の方もしっかり見といてね」

「あ、ユート。あちきとゲルハルトも顔役の一人みたいだからそこらへんもよろしくだニャ」


 アナにセリルにレオナに、次々と容貌をあげてくる。

 ユートは余りの仕事の多さにうんざりした。


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