第107話 王立魔導研究所②
「無線の仕組みも有線の仕組みもよくわからないよなぁ……」
屋敷に帰るとユートは自室でぼそり、と呟いた。
基本原理をわかっていないのに機械を開発する、などというのは魔法を使っても無茶なのか、と悩みながら、どうするか、と大元のところへと立ち返る。
だが、いいアイディアなんか出てくるわけがない――別にユートは日本では特段優れていたわけでもない普通の文系大学生だったのだから。
それでも考えずにはいられずに、部屋で悶々としていたところ、夕食のお呼びがかかった。
「ユート、あんたまた悩んでるでしょ?」
「ああ、まあな」
「あんまり根詰め過ぎちゃダメよ」
エリアはユートの顔を見るなり、通信魔道具のことで悩んでいたとわかったらしく、でも止めるわけではなくそう忠告だけしてくれた。
「……あの」
ジークリンデが何かを言いたそうにユートを見ていた。
「どうした?」
「いえ……旦那様がお考えの機械、とは……どのようなものでしょうか……?」
最後は消え入りそうな声でジークリンデはそんな言葉を発する。
「遠距離まで声を届ける機械、なんですが……」
「ちょっと、ユート! あんたなんでそんな敬語になってるのよ!」
エリアが思わず突っ込みを入れ、ユートもあ、という表情をするが、ジークリンデは全く表情を変えずに言葉を続けた。
「声を遠くまで……例えば風に乗せる……とかですか……?」
「風、じゃないんだけど似たようなものかな」
「……そう……ですか……」
ジークリンデはそう言うと再び黙り込んだ。
ユートとエリアも何を言っていいのかわからず、そのまま静かな夕食を食べることになった。
「ねえ、ユート」
夜、ジークリンデが自室に戻った後、ダイニングでエリアがユートに話しかけてきた。
「うん?」
「ジークリンデ、どうしたらいいのかな?」
エリアの言いたいことはわかった。
今の家でジークリンデは浮いている。
ユートたちに合わせようとしてくれているのはわかるし、ユートも声をかけたり、エリアもフォローしているのだが、元々アクティブな冒険者と、病弱で数十年に渡って家で療養していたらしいジークリンデでは余りにも合わなさすぎた。
「わからん」
「ちょっと、夫がそれじゃダメでしょ?」
「わかってるんだけどな……本当にどうしたらいいかわからん」
エリアにたしなめられて、ユートが難しい顔をして腕組みをした。
ユートの拙い経験で、政略結婚した時に相手と価値観なりが合わない時どうしたらいいかなんかわかるわけがない。
「あの、ただいまなのです……」
いつの間にかアナが帰ってきていた。
恐らく帰ってきたことを誰か使用人が告げていただろうが、ユートもエリアもジークリンデのことを考え込んでいて気付かなかったらしい。
「あら、アナ。おかえり。ご飯食べてきた?」
「はい、姉様がちょうど時間が空いていましたので、父上と一緒に三人で」
恐らくトーマス王は満足に食べられなかっただろうが、それでも――いや、それだからこそ三人で食事をする機会は貴重だろう。
「そう、よかったわね。久々の家族団欒で」
エリアはそう笑ったが、アナは悲しそうに首を振った。
「エリア、ごめんなさいなのです」
「へ? あんたなんで謝ってるの?」
「本当ならば、正室のわたしが家を仕切らなければならないのです。ジークリンデのことも、わたしが言い出したことなのに、父上のところに行きたいから、とエリアとユートに負担かけて……」
そう言うとアナは泣きそうになる。
おしゃまで、責任感が強いからこそ、自分が今の状況に何も出来ないことに罪悪感を感じているのだろう。
そんなアナをエリアは笑い飛ばす。
「何言ってるのよ! 父親が病気で死ぬかもしれないならそっちを優先するに決まってるでしょう」
「でも……」
それでも何か言い募ろうとするアナの両肩を優しくエリアが掴む。
「……ねえ、アナ」
そう言うと、エリアはアナの両の瞳に真っ直ぐ見つめた。
「私の父さんが死んじゃったの、ちょうどあんたと同じくらいの時だったわ。さよならも言えず、帰ってくると思って送り出したら、そのまま帰ってこなかったの。あんたは今、父親と最期の時を過ごせるのよ。あたしがさよなら言えなかったのを、あんたに繰り返して欲しくはないの」
アナの両の瞳からぶわっと涙があふれ出た。
「エリア……」
「今はあたしに任せときなさい。だいたいあんた、まだまだ子供じゃない!」
その言葉にアナは無言で、エリアの胸に顔を埋めた。
「ともかく、魔道具の方はどうにかしないとなぁ……」
「昨日ジークリンデが言っていた、風魔法を使ってみるのは?」
「大きな問題だけどさ、誰もそんな風魔法使えないよな?」
昨日ウォルターズに聞いた話によると、どうやら魔石と魔導回路を用いて魔法を代替するのが魔道具、ということであったから、理屈としては魔法で実験して上手くいけば魔道具として成り立たせられるはずだ。
だが、ユートにしても仕組みは理解出来るが、風魔法をそんな使い方はしてみたことがないし、アナもそうだろう。
「あの……」
「どうした、ジークリンデ?」
「私……その魔法なら使えます……」
「え?」
「純エルフは……元々全属性の魔法が……使えますし……」
「ホント!? じゃあやってみてよ!」
エリアが一気にご機嫌になってジークリンデの手を取る。
「はい……旦那様……庭に出て……少し遠くに行ってもらえますか……?」
言われたとおりユートが庭に出ると、ジークリンデが窓から顔を出していた。
少し遠くまで、というので数十メートルほど離れる。
「旦那様……聞こえますか……」
不意に耳元で声が聞こえた。
ささやき声のようなジークリンデの声――数十メートルほど先から聞こえているとは思えないジークリンデの声だった。
「聞こえるぞ」
ユートは小声で答えたが、よく考えればそんな声で聞こえるはずはない。
「これなら――」
ユートはこれならばいけると、確信していた。
「ジークリンデ、これどうやってやってるんだ!?」
「ええ……風に乗せるんです……」
ジークリンデは戻ってきたユートの勢いに押されていたが、
「風に乗せる感覚ってことか!」
ユートはそう言いながら、声を自分も飛ばしてみようと魔法を行使するが、なかなか上手くいかない。
「旦那様……もう少し魔力を強く、方向を定めながら……」
「こうか?」
ユートが新しい魔法を覚えようとジークリンデとあれやこれややっているのをエリアは複雑な表情をして見守っていた。
「エリア、ちょっと向こう言ってくれ」
ジークリンデとああだこうだ言い合っていたユートがエリアにそう告げたのは数時間後のことだった。
数時間前のユートと同じようにエリアが離れたところまでいくと、ユートの声がやはり耳元で聞こえる。
「すごいわね、あんた」
戻ってくるとエリアはそう告げた。
「これを魔道具に出来たらいいんじゃない?」
「ああ、面白い魔道具になりそうだ」
そういうと、ユートはジークリンデの方を見て、そしてサムズアップをした。
数日後、ウォルターズから研究者のうち、協力したいと言う者が集まったと連絡を受けてユートはエリア、ジークリンデの二人とともにまた王立魔導研究所へと赴いた。
「――で、こういう魔法を使える魔道具を作って欲しいのですが……」
ユートの頼みを聞かされて、研究者たちはああだこうだと言い始めるが、その大半は新しい魔法、ということに関心を持ったようだった。
「エーデルシュタイン伯爵、その魔法は……我ら王立魔導研究所の研究員ですら初めて聞くものなのですが……」
「ええっと、ジークリンデの固有魔法?」
「いえ……純エルフや……それと大森林のエルフの中では……使える者が多い魔法です……便利ですから……」
「ゲルハルトたちも教えてくれたらよかったのに……」
「ゲルハルト殿やレオナ殿……というより獣人の方々は……主に土魔法を使われます……」
石神教の影響、ということなのだろうか、と思うが、ともかく使えないならばしょうがない。
「新魔法、ですな。魔法の名前は何かありますか?」
「特には……大森林では……魔法の名前をつけようという考えがありませんし……ああ……でも囁きと言うことはありました……」
ジークリンデの言葉に、また研究者たちは喧々囂々の議論を始める。
「この魔法は風の囁きと名付けたく思いますが、どうでしょうか?」
「構いません……」
どうやら新魔法に名前をつけたりしているのは一応彼ららしい。
とはいえ、別に登録したりその名前以外を使ってはならないわけではないので、王国軍以外ではそれ以外の名前を使ったり、王立魔導研究所は知らないような野良魔法があったりもするのだろうということは容易に想像がつく。
実際、魔法についてある程度体系立って学んでいたセリルですら、魔法の名前については勝手につけていいと思っていたわけだし、とユートが考えている間に、魔法の名前は風の囁きで決まったらしい。
「で、だ。ユート」
ずっと何かを考え込んでいたウォルターズが不意にユートを見る。
「こ、こら! ウォルターズ研究員! エーデルシュタイン伯爵を呼び捨てとは……!」
一人の老研究者――真っ白な髪に、真っ白な髭に、白衣の全身真っ白な研究者が慌てたようにウォルターズを止めようとする。
「ああ、構いませんよ。彼女とは軍務を通じた友人ですから。ほら、同期は身分や階級に関わらず敬語使わないのと同じですし」
ユートが言うと、その老研究員はしょうがない、というように頷く。
「わかりました……とはいえ……」
「で、ユート。この風の囁きについてなんだが、二つ問題があるように思うんだがね」
「え?」
ユートはウォルターズの言葉に驚いたように返事する。
「一つはこれをどうやって魔導回路に落とし込むか、だ。こないだも言ったが、新しい魔導回路を作る時は、専門の特任研究員が使える魔法を、そのまま特殊な土魔法で魔銀に刻みつけるのだが、今のところこれを使える特任研究員はいないだろうね」
「いや、半日――数時間くらいでこの魔法を覚えられたし……」
「何言ったんだい!? 一つの魔法を安定して使えるようになるのに半日じゃ利かないものだよ!?」
ウォルターズの地が出たのを見て、研究員たちがまた焦った表情を浮かべている。
今日は上席の研究員もいるからと素ではなく一応軍人言葉を使っていたものの、ユートの言いぐさに素が出たらしい。
「ま、まあそれは置いておくとしてもだよ、これ、どのくらいの距離の通信が出来るんだい? 風に乗せるって言うけど、ちゃんと相手を指定して送り込めるのかい? 風魔法で妨害は出来たりしないのかい?」
ユートは矢継ぎ早のウォルターズの質問にユートは黙る。
そこまで実験したわけではないのだ。
「あの……距離は数キロ程度です……相手は……そんな大勢の中でやったことがないので……」
ジークリンデの言葉に、ウォルターズは頷く。
「距離はまあ最低限、といったところだね。早馬は無理でも伝令ならいけそうだし。あとは妨害と指定だね」
そう言うと、実験しようと言い出して研究員が大勢いるのを無視してウォルターズは実験場へと出て行った。
結果から言うと、実験は散々だった。
まず指定だが、そのあたりにいる全員に聞こえてしまう。
伝令を出すような命令が筒抜け、というのは、完全に失格とまでは言わないまでも、軍事機密を扱う上で好ましいことではない。
そして何よりも問題だったのが、ウォルターズが風魔法を放てばあっという間に風の囁きはその効果を失ってしまった。
「敵は知らないからいいんじゃないですか?」
敵が知らなければ命令が届くのを妨害しようとはしないだろう。
「いや、風斬のような攻撃魔法でも途切れる以上、法撃に晒されている部隊とは連絡が途絶する可能性が高い」
ウォルターズの言うことももっともだった。
砲撃を受けているということは戦場の一番激しいところで戦っているということであり、そこと通信が途絶するのならば余り意味が無い。
もちろんつぎ込む魔力を増やせば風の囁きの方が勝つこともあるが、それを常時行う魔力をウォルターズが計算したところ、一度の通信でいくつ魔石がいるのかわからない、という結論に至ったのだ。
「魔石の燃費まで考えるとこれは無理だね」
「いいアイディアと思ったんですが……」
ユートはしょげているジークリンデを気遣いながらそう返した。
ジークリンデは初めてエーデルシュタイン伯爵家の役に立てそうと思っていただけにしょげ返っており、それをエリアが慰めている。
「アイディアはいいことは私も認めるさ。でもアイディアの良さだけで全部のアイディアが使えるわけじゃない。面白いアイディアがあっても、実際に作る上では作るためのコストやらを考えてボツになることなんかいつものことさ」
その言葉に王立魔導研究所とはそういうところだ、と付け加えた。
「いいアイディアだってウォルターズさんも褒めていただろ?」
帰り道、ユートはジークリンデをそう慰めながら歩いていた。
「でもユート、ウェルズリー伯爵に言われているのはどうするの?」
既に八月半ば、頼まれて半月近くが経っている。
そんな急ぎの話ではないとしても、そろそろ何か方向性くらいは決めないとまずいように思う。
「うーん、他にはちょっと浮かばない」
「あたしもそうね。ジークリンデは?」
「ごめんなさい……わたくしも何も浮かびません」
三人とも頭を抱えて屋敷へと戻ってくると、屋敷の車回しに馬車が止まっていた。
「馬車? 誰の?」
答えを言う必要はなかった。
それはユートたちがレビデムで使っていた、エレル冒険者ギルドの馬車だった。
「セリーちゃん!」
エリアはそう叫ぶと屋敷の中へと飛び込んでいった。
ユートも慌てて追いかける。
「アドリアンさん!」
「おう、ユート、久々だな!」
アドリアンのうしろからアーノルドがゴホン、と咳払いするのが聞こえる。
「えっと、ユート様、本日はお久しぶりで……」
「……アドリアン、気持ち悪い」
「俺だって好きでやってるんじゃねぇよ!」
せっかく言い直したのをエリアに一刀両断にされ、ふてくされたようにアドリアンが叫ぶ。
「ところで子供は……?」
「ここにいるぞ! 抱いてやってくれ!」
アドリアンがずい、と小さな赤子を差し出す。
ユートが抱き上げると、小さな手でユートの顔をつかもうとしてくる。
「可愛いですね」
「ああ、子供がこんな可愛いとは思ってなかったぜ」
完全に親馬鹿の顔となっているアドリアンにエリアがくすりと笑う。
「でもこっちに来なくても……」
「お前らにも抱いて欲しかったのと、生まれて三ヶ月もすりゃ旅しても大丈夫って話だし、セリルもお前たちに会いたがっていたからこっちに来たんだ」
「まあ大丈夫ならいいんですけど……」
「それに、もう一つ用事があってよ」
アドリアンはそう言うと、居住まいを正してエリアを見た。
「エリア、頼みがある。デヴィットさんの名をこの子にもらってもいいか?」
「父さんの?」
「ああ、俺にとってデヴィットさんは人生を変えてくれた人だ。男の子ならデヴィットさんの名前がいいと思ってたんだ」
「あたしは構わないけど、母さんがなんて言うか……」
エリアが困ったような顔をするが、すぐにセリルが満面の笑みを浮かべて言葉を足す。
「マリアおば様なら構わないと仰っていたわ」
「じゃあ構わないんじゃない?」
「ありがとうよ」
ふとこの四ヶ月ばかりどうやって呼んでいたのだろう、とユートは疑問に思ったが、それを聞く間もなく宴会となった。
アドリアンが戻ってきた、とあって、ユートたち四人にアドリアンの一家三人のほか、ゲルハルトにレオナも呼ばれ、アーノルドも加わった盛大なものとなった。
エリアは久々にセリルに会えて嬉しかったのか、グラス片手に半ば絡み酒のようになっており、セリルも心底嬉しそうな笑みを浮かべながらそんな酔っ払いのエリアの相手をしていた。
「そういや、なんか困ってるらしいな」
久々の酒だ、と言ってグラスにつがれた葡萄酒を飲み干しつつアドリアンがユートたちに聞いてくる。
「ええ、ちょっとウェルズリー伯爵から任されたのがややこしい話で」
ユートは葡萄酒をあおるように飲みながら、事の次第を話す。
「ふーん、大変だな」
「まあもう半ば諦めてますけどね……」
「俺はよくわかんねぇんだけどよ、狼煙とかじゃダメなのか?」
狼煙ならば確かに本営が高台になくともどこからでも見えるだろう。
敵にも丸見えなのが欠点といえば欠点だが、何色の狼煙が上がったとしてもそれがどんな命令かわからなければ問題はない。
冒険者も集団で動く時は狼煙を使うこともあったからユートも考えてはいた。
「それが、ダメなんですよ。相手が魔法を使うとなると、狼煙が風魔法で流されて役に立たなかったりします」
「ふーん、そんなもんか……なんかこう、一気に狼煙を燃やすとか、狼煙の煙を一気に飛ばすとか、そういうのは魔法では出来ないのか?」
アドリアンは何の気なしにそんなことを言った。
「一気に燃やす?」
「ああ、魔法なら強い火力とかでどうにか出来るんじゃないのか?」
恐らくアドリアンはもうもうとすごい勢いで立ち上る煙のようなものを想像して言っていたのだろう。
しかし、ユートの頭の中には別のものが浮かんでいた。
「ああ、花火……」
「なんだ、その花火ってのは?」
「いえ、もしかしたら上手くいくかも知れません。ちょっとウォルターズさんに一度聞いてみる必要がありますけど……」
どうやって花火を作るかは別として、構造も随分と簡単になりそうだし、とユートの頭の中で花火のアイディアがどんどん通信手段として形になっていくような気がした。
「そうか、なんか思いついたんだな」
アドリアンはそんなユートを笑いながら見ていた。




