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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第一章 異世界転生編
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第010話 冒険者なんてこんなもの、と言う

 どれくらい過ぎただろうか。

 暗闇の中で緊張し続けていたユートには時間感覚がなくなりつつあった。

 眠りこけていたエリアもとうの昔に装備を整えてアドリアンの横に並んでいる。


「……セリル。火球(ファイア・ボール)の魔法を頼む」


 じっと魔の森の方を見ていたアドリアンが重々しく口を開く。


「……わかったわ」


 セリルはそう言うと、火球(ファイア・ボール)を作り、そして遠くの方へ放つ。

 火球(ファイア・ボール)は尾を引くようにして空中を飛び、そして地面にぶつかって爆ぜた。


「来てる!」


 エリアが叫んだ。

 ユートにも今の火球(ファイア・ボール)に照らされたあたりに、魔物のようなものが蠢いているのがかすかに見えた。


「俺とエリアで前線を作るからユートとセリルは後ろから火球(ファイア・ボール)で視界を確保してくれ。それと、ユートは火球(ファイア・ボール)で視界を確保しながら、魔法を撃つか、剣で戦うか状況を見て判断してくれ」


 アドリアンの言葉に全員が頷く。


「来るぞ!」


 その言葉にユートが放った火球(ファイア・ボール)に、魔物が照らされるのが見えた。

 アドリアンはすぐに飛び出してその魔物を槍で串刺しにする。


「こいつは魔鼬(ダーク・ウィーゼル)だ。やるぞ!」


 アドリアンの声にエリアも頷いたようだ。

 ユートのところからエリアのあたりまではかろうじて焚き火の明るさで見える。


 地上に落ちてからもしばらく燃えていた火球(ファイア・ボール)が消えかかったのでユートがもう一つ放つ。


「俺も出ます!」


 ユートはそう叫んで、剣を片手に飛び出そうとしたが、セリルに止められる。


「あたしたちが火球(ファイア・ボール)を切らせたら終わりよ!?」


 セリルは火球(ファイア・ボール)を放ちながら、いつもの長弓ではなく、鈍く光る小ぶりのナイフを片手に戦いの推移を見つめている。

 真っ暗な中でもそのナイフ片手に飛び出したい気持ちであるのはありありとわかった。


「あたしたちがやるのはアドリアンたちが戦いやすくなるように火球(ファイア・ボール)を放つことよ! 魔力は大丈夫!?」


 セリルの言葉にユートも少し冷静になる。


「わかりません!」

「少しでもしんどくなったら私に言って」

「はい!」


 その後三発ほど火球(ファイア・ボール)を放ったところでアドリアンが手を上げて制した。


「とりあえず魔鼬(ダーク・ウィーゼル)は討ち果たした」


 その声には全く余裕はない。


「これで終わり、か……」


(そんなフラグのようなこと言うなよ……)


 ユートが心の内で呟いたように、すぐに別の魔物が押し寄せてきた。


「ちっ、今度は魔狐(ダーク・フォックス)かよ!」


 アドリアンが叫ぶ。

 ユートは再び照明係に徹することになる。

 アドリアンとエリアは槍と剣を巧みに振るって魔狐(ダーク・フォックス)を相手に有利に戦うが、それでも数の前に徐々に劣勢となっていく。


「あ、しまった!」


 何度目かの、魔狐(ダーク・フォックス)との打ち合いの中で、体当たりを受けて体勢を崩されたエリアがとうとう突破を許した。

 慌ててアドリアンが下がってその魔狐(ダーク・フォックス)と相対する。

 だが、それはアドリアンの焦りが生んだ判断ミスとなる。

 孤立する格好となったエリアが囲まれることとなってしまったのだ。


「まずいぞ!」


 アドリアンの焦る声が響く。


「セリルさん! 火球(ファイア・ボール)を!」

「任せといて!」


 セリルの返事を聞いてユートは剣を抜く。

 アドリアンと相対している魔狐(ダーク・フォックス)を無視し、エリアと三匹の魔狐(ダーク・フォックス)の間に割り込んでいった。


「エリア、大丈夫か!?」

「なによ! あたし一人でどうにかなるのに!」


 強がってみせるが、火球(ファイア・ボール)の明かりに照らされたその表情に余裕はない。


「そっちの一匹を頼む!」

「わかったわ!」


 エリアが頷いたのを見て、ユートは残り二匹と相対した。

 一瞬、ユートは相手のスピードに戸惑ったが、ともかく防ぐことに専念すれば難しいことではない。

 そうしているうちにエリアが受け持った魔狐(ダーク・フォックス)を倒してユートのフォローをしてくれたので、二匹は簡単に倒せた。

 ユートが後ろを振り返って確認すると、アドリアンも勿論残り一匹を仕留めていた。


「ユート、すまん!」


 アドリアンが判断ミスを詫びる。


「大丈夫ですよ。セリルさんの魔力に余裕があるなら、ちょっと交代しましょう」


 ユートがそう言うとセリルもアドリアンも頷いた。

 少しとはいえ眠れたユートたちと違い、アドリアンは全く寝ていないまま戦い続けているので特に疲労しているのだろう。




「明けてきやがった……」


 黎明の空を見て、アドリアンが毒づくように言った。

 魔狐(ダーク・フォックス)の襲撃後、群れによる襲撃はなかったものの、夜通し散発的に襲撃され続け、アドリアンは眠る余裕もなかったのだ。


「なんというか……お疲れ様です」


 言葉に困りながらユートが作った笑顔を顔に張り付かせる。

 そのユートも決して楽ではない。

 眠ったと言っても本来の半分くらいしか寝ていないのだ。


「まあ慣れてるから大丈夫だ。その為にお前たちを先にしたんだしな」


 アドリアンの言葉にユートは不思議そうな顔を見せる。


「ユート、覚えてけよ。夜中に襲撃があれば後に眠る当番は眠る機会を逸するわけだ。だからより重要な者を先にするのが基本だぜ」

「それは……」

「俺はほとんど寝ないで戦ったこともあるから、もし今から戦うとなってもある程度は戦えるが、ユートたちはそうはいかんだろ。今回の場合、経験値が低いお前らの方が睡眠不足になれば戦力が落ちるから、それを重要と捉えたわけだ」


 そう言うとアドリアンは槍の穂先を見た。

 黒塗りにしていたはずの穂先は、激戦の中で一度炭が落ちて、その上から赤黒い血がこびりつき、グロテスクとしか言いようがない有様となっている。


「もう夜明けだから襲撃はないな。解体した後、穴を掘って埋めようぜ。それが終わったら武器の手入れをするぞ」


 アドリアンの言葉を聞いて、今まで武器を持ったままうつらうつらしていたエリアがパッと目を覚ます。


「アドリアンとセリーちゃんは先に武器洗ってきて寝ちゃって。解体はあたしがやっとくし」

「いや、武器の手入れが終わったらベースキャンプを移動させる。ここでは安眠出来ん事がわかったからな」


 そう言うが早いか、アドリアンは小刀を抜くと手近の魔狐(ダーク・フォックス)を解体しにかかった。




 魔狐(ダーク・フォックス)の解体はアドリアン、エリア、セリルの三人で小一時間もかかった。

 ユートは解体の方法が分からなかったので、魔石を取るだけでよい魔鼬(ダーク・ウィーゼル)だけを解体した後、死骸を埋めるための穴を掘った。


「あれだけ戦ってこれだけしか倒せてないのね……」


 剣を洗ってこびりついた血を落としながらエリアがぼそりと呟いた。

 暗かったので中々致命傷を与えられず、時間だけがかかったのだろう。


「まあ生きてただけ良かったと思うしかないぜ。前回は大猟でツイてたと思ったら、今回はツイてないけどな」

狩人(ハンター)……いいえ、冒険者なんてそんな稼業よね」


 アドリアンの言葉にセリルが嘆息した。


「命賭けて、必死になって、時にゃ小便漏らしながら戦って、それでどうにか食っていける稼業だもんな」

「あたしはお漏らしなんかしたことないけどね!」


 エリアが顔を赤くして反論する。


「どうだかな。今は漏らしたことがなくても、どうせもうすぐそうなるさ」


 アドリアンはそう笑いながら言ってのける。

 哀愁に満ちたくだらないやりとりをしながら武器を洗ってさび止めの油を塗り、鞘に納めた。




 アドリアンの指示でベースキャンプを引き払って、おおよそ一キロほど魔の森から離れたあたりで再び設営する。


「昼間だから大丈夫と思うが、お前らは警戒しといてくれ。さすがに疲れた」


 アドリアンはそれだけ言うと、テントに入った。

 魔物は基本的には夜に活発になるが、昼間も全く活動しないわけではない。

 だから軽く警戒しておいてくれ、ということなのだろう。


 アドリアンが入ったテントからは直ぐに大きないびきが聞こえ始める。


「セリーちゃん、寝れるかな?」


 余りに大きないびきに、エリアが苦笑を交えながらセリルを気遣う。


「寝れるだろ。これだけ疲れてるんだから」


 ユートの言葉にエリアは苦笑を深めながら頷いた。


 それからユートたちは何するわけでもなく、ぼんやりと警戒していた。

 一応魔物に襲われる可能性はあるのだが、魔物というものはやはり夜の方が動きが活発になるし、何より一キロも後退したのだ。

 安心するのはしょうがないところだった。




 そして、すっかり日も高くなった頃、アドリアンたちが漸く起きてきた。


「おう、見張りありがとうな」


 アドリアンはすっきりとした表情で礼を言った。


「その様子だともう大丈夫みたいね」

「ああ、お陰様で、な」

「じゃあ狩りに行くわよ!」


 さっきまでの眠そうな様子はどこへやら、エリアは俄然やる気を出してきていた。


「せっかく狩りに来たのに、このまま戻るわけにはいかないわ! あたしは次の伝書使の仕事があるから四日後の十七日までには帰らないといけないの!」

「今日は様子見だけ、だな。時間が足りん」


 本来ならば朝から山に入って狩りをするつもりだったのだが、もう昼だからそれは叶わない。


「明日、魔鹿(ダーク・ディア)を狩るための下準備だけしよう」


 アドリアンの出した、そんな妥協案にエリアはやや不本意ながらも頷いた。




 様子見、と言っても四人の堅パンを二日分担いで行くことになった。

 万が一、空になっているベースキャンプが魔物や野生の動物に襲われ、食糧が荒らされても、二日分の堅パンさえあれば逃げることは出来る。

 歩きながら聞いたセリルの話では、大規模な狩りの場合には、ベースキャンプを守る狩人(ハンター)と、狩りに出る狩人(ハンター)に分かれるようなこともあるらしい。


(思ってたより冒険者ってのは慎重なんだよな)


 エレルの街で見た、酔っ払ってくだを巻いてるような冒険者から来るイメージとは正反対であることにユートは少しばかり驚いていた。


 一方でエリアはアドリアンから獲物がいた痕跡の見分け方、そしていた場合の気付かれない追い方を教えてもらっている。

 いわゆる勢子の仕事に近いが、狩人(ハンター)ならば全部こなさなければならない。

 元々敏捷なエリアはすぐにアドリアンの技術を真似し始めた。

 そして、魔鹿(ダーク・ディア)の痕跡を探し求めた結果、魔の森の西の断崖のあたりにいる、とアドリアンは当たりを付けたようだった。


「まさか半日かけて山の中を這いずり回るとは、ね……」


 味気ない夕食もそこそこに、毛布に潜り込んだエリアは寝る前にそんな愚痴をこぼした。

 普通に魔の森の中を探索するだけならばそう苦痛ではないが、狩りのために獲物を追う、となると中腰になって動かないとならないことも多く、余計に疲労する。

 たった半日だったが、慣れない姿勢を強要され続けたエリアは相当疲れていたようだった。

 直ぐに眠りに落ちて、かすかな可愛らしいいびきがユートの耳に届いた。

 そしてユートも眠りに落ちていった。




 夜中に見張りをかわった時、エリアは眠そうにしていたが、さすがに昨日の今日で、魔物の襲撃の恐怖を考えると昼間のようにうとうとするような余裕はなかったようだ。

 しかし、一キロほど交代したことが功を奏したのか、それとも昨日の襲撃が異常だったのかはわからなかったが、ともかく無事に夜明けを迎えることが出来た。


「昨日、魔鹿(ダーク・ディア)の痕跡を見つけたところからほど近いところに、奴らはいるはずだ」


 朝食を摂った後、アドリアンは今日やるべき事を言った。

 無論、エリアにもユートにも異論はない。

 むしろエリアはいよいよ狩り、と目を輝かせていた。


 昨日見つけた痕跡、とは魔鹿(ダーク・ディア)の糞だ。

 魔の森の、平原からおおよそ一時間も入った辺りでそれを見つけたのだ。


「たぶん、この近くに群れがいる」


 アドリアンはその糞を見つけた時、そう確信を持って言っていた。




 果たしてアドリアンの確信の通り、そこからほど近い、森が少し開けた岩場に、魔鹿(ダーク・ディア)の群れはいた。


「やっぱりな」


 アドリアンはしてやったりな表情を浮かべていた。

 三十男にしては妙に子供っぽい、愛嬌のある表情だ。


 数は二十頭くらい。

 時間はまだ昼を回ったところだから、二頭を倒すには十分な時間がある。


「最後に確認するぞ。俺たちが狩らないといけないのは魔鹿(ダーク・ディア)二頭。肉を狩る依頼なので、出来るだけ頭を狙うこと。足場が悪いから気をつけろ。戦い方は俺とエリアが前衛、ユートは相手に応じて剣か魔法か選んでくれ。セリルはいつも通り」


 アドリアンはそう言うと、最後にいいな、と全員を見回す。

 そしてみんなが頷いたのを見て、槍を低く構えて飛び出していった。



 戦いはアドリアンが槍で一頭を突き倒したところから始まった。

 不意に首筋にアドリアンの槍を受けたその魔鹿(ダーク・ディア)はぐらり、とバランスを崩したところをエリアが剣で首筋に斬撃を入れる。

 血しぶきが上がり、その魔鹿(ダーク・ディア)はどう、と倒れた。


「よし、こいつはもういい」


 アドリアンはそう言うと次の獲物を見定める。

 だが、さすがに一頭目が倒された時点で他の魔鹿(ダーク・ディア)たちはアドリアン目がけて動き始めていた。

 岩場にいたものも含めて二十頭もの魔鹿(ダーク・ディア)が続々とユートたちのいる森の方へと飛び出してくる。


火球(ファイア・ボール)


 セリルが魔法を唱え、魔鹿(ダーク・ディア)が出てくるのを牽制する。


火球(ファイア・ボール)


 ユートも同じように魔鹿(ダーク・ディア)のど真ん中に魔法を撃ち込む。

 そのユートの魔法を受けて、魔鹿(ダーク・ディア)が一瞬たじろいだかに見えた。


「いくぞ!」


 その隙を突いてアドリアンが駆けた。

 エリアも、ユートも、そしてセリルも、アドリアンがもう一頭を血祭りに挙げることを確信していた。

 だが、魔鹿(ダーク・ディア)まであと三歩に迫った時、アドリアンが不可視の障壁に阻まれたかのようにたたらを踏んだ。

 悲鳴とともに、咄嗟に左手で大盾を構えるアドリアン。


「魔法だ! 魔箆鹿(ダーク・エルク)だ!」


 アドリアンの声が響いた。


一昨日お知らせした通り、明日明後日は更新をお休みします。

次は13日の月曜日の更新になります。

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