第九の神話
――――――――――歩いていた。
ただ、それだけだった。何をするわけではない。ただ、歩いている。
誰だって人が人たる生活を営む上で、当たり前であり、普通の行為だ。
果たしてそれは罪であり、咎められるべき事なのだろうか?
当然、答えは『否』である。
もしそれが罪であるならば、世界は罪人で溢れ返ってしまう。
それ故、誰も他者が歩く姿を咎めないし、興味も持たない……はずだった。
だが。
「見ろ……魔女の娘だ……」
「いやだわ……汚らわしい……」
向けられる嫌忌の目。
「よるな! 穢れた魔女め!」
「とっとと村から出ていくか死ね!」
向けられる暴言。
「魔女の娘が来たぞ!」
「石投げようぜ! 石!」
向けられる暴力。
――――どうして?
――――――――――私はただ、歩いているだけ。
魔女の娘と呼ばれた彼女の問い。誰も彼女の問いに、答えない。答えられない。
彼女はある日を境に、魔女の娘と呼ばれるようになり、忌み嫌われる存在となった。
村の人々は恐怖した。たった1人の少女に。家族は嫌悪した。可愛い我が子に。少女は絶望した。家族が自分を村に置き去りにし、知らない場所に引っ越した事を。
以来、彼女は村全体から、こうして虐待とも言える仕打ちを受けながら、野草を食べ、家畜の餌を拝借し、馬小屋や牛小屋、廃墟を点々とし、朝から晩まで村の者に腫物を扱うように、それでいてまるで消耗品の様に酷使されながら、生き永らえていた。
そして今日も……。
「俺を見るな! さては俺を呪うつもりか! 魔女め!」
言葉と拳が、1つの暴力となって、彼女を襲った。
★★★★★
のどかな風景が立ち並ぶ、田舎のあぜ道。東を向けば広大な海が広がり、活気ある港には船が往来し、海の男達が波と戦い抜いて水揚げされた新鮮な魚や貝が箱詰めされては、鮮度が落ちる前に市へと運ばれていく。
西を向けば、なだらかな勾配の山々が切り拓かれて田畑となり、秋の実りを迎えようと、燦々と降り注ぐ太陽の光を、一身に浴びて実を結ぼうとしていた。
ノルウェスと呼ばれるこの国は、海と山に囲まれた、豊かな国であった。
文明も発達しており、蒸気機関車が人々や収穫された荷を運び、街や村には、電灯による明かりが夜の闇夜を照らしている。港の船も、蒸気の力で推進力を得るものがある。
村や街にはレンガ造りの家々が立ち並び、馬車が2台は通れる程に広い街道には、露店が軒並み甘い果物や香ばしい香りの串焼きやじゃがいも等の食べ歩き料理が、所狭しと売られて、活気に満ち溢れていた。
「こりゃ確かに、俺等みたいな武器を片手にピクニックする奴はいらないな……」
人知れず亜空間からやって来たコウが、早速露店で買った焼きトウモロコシをかじりながら1人ごちる。
流石にぬいぐるみみたいな生き物が周囲に浮くのは目立つし、成人男性がぬいぐるみを抱く姿は中々にキツい。よって、神獣達はノアの方舟の中で待機中だ。
神獣が必要ないこの世界に、人ならざる力が存在する。それは、力を求めて新たな争いの火種ともなるし、神獣の力に引き寄せられてディストーションや他の災厄が訪れる可能性だってある。
簡単に言うと、予期せぬ大金が舞い込むと、知らない親戚や寄付団体が家にやってくる様なものだ。
そのはぐれ神獣がいると情報がある村に入ってからと言うもの、この村に住む人々は明るく、誰も彼も声が弾んでいる。まさに、争いのない平和が、そこにあった。
雲は流れ、青空を垣間見せる。その太陽に、負けず劣らずな輝きだ。
この村は、農業や畜産がメインなのだろう。村人達の中で、クワを持った男性や、牛を連れて歩く者もいる。村の郊外には、羊や豚の姿も見え、更に奥には麦畑や野菜畑が広がっている。
村と言うには、中々に広いところだ。
「仕事じゃなくて、観光だったら良かったんだがねぇ……」
肩を竦め、寂しく独り言を完結すると、今夜の宿を探し始める。
村の中は結構な数の人がいた。つまり、誰が神獣と結びついているのかを調べるには、かなりの時間を要してしまう。また、ひょっとしたら神獣単独で、実体化出来ずにいるのか。その辺りから、調査しなければならない。
当然、神界からもモニターや精神力が著しく消費された人物の特定などの調査のサポートは入るが、それでも5分や10分で、はい解決とはいかないだろう。
となれば、まずは拠点となる宿を探し出して、腰を据えてやるのが得策と言うものだ。
村の中を散策し、宿を探す。木製の看板は様々あり、肉の絵が描かれたものや、パスタの絵。これは食堂だろう。他にも、歯車マークの時計屋、鎌とクワと豚の絵の農具屋等……見上げて歩くだけでも、中々に楽しいものだ。
そんな眼前への注意を疎かにしてしまったコウと、何かが路地裏を曲がった拍子に、ドンと音を立ててぶつかる。
数歩たたらを踏むコウだったが、路地裏にいたぶつかった相手は、衝撃で倒れてしまったようだった。
「っとと……悪い悪い、大丈夫かい? 美人ならお詫びに今夜デートに……」
相手に右手を差し出しながら話すコウの言葉が濁り、いつものおちゃらけた笑顔と雰囲気が消える。
無理もなかった。ぶつかった相手は……酷くみすぼらしい格好の少女だったからだ。
衣服は汚れきってボロボロ。この世界の代表的な衣服のエプロンドレスは、最早泥の様な色となり、あちこちが破けてしまっている。靴はもうダメになっていたのだろう。小石だらけの土の道路を歩いているからか、生傷だらけの裸足。
身体は痩せ細り、骨と皮だけ。膝丈まで伸びた金色の天然で緩いウェーブがかった髪は脂と汚れでツヤを無くし、見ただけでベタベタに固まってしまっているのが分かる。首元には刺青だろうか、薔薇の花が描かれている。
身体のあちこちに暴力を振るわれてきたのだろう、痣や傷が残され、生気を失った瞳をしていた。
年の頃はまだ10歳程度……栄養状態が悪いせいか、もしかしたら実年齢はまだ上かもしれないが、そんな印象だ。
いわゆる、親と家がないストリートチルドレンと呼ばれる者だろうか?
だが、それにしてでも……少女はコウに、いや、人に酷く怯えていた。
青ざめた顔で、初対面のはずであるコウを、まるで自分を殺そうとする殺人鬼でも見る様な絶望に塗れた表情で一瞥すれば、肩を震わせる。
小さなねずみが、腹を空かせた猫にでも出会った様な、そんな怯え方だ。
「あ……あの……え、えと……ご、ごめん……なさい……!」
吃音か何かがあるのだろうか、思う様に言葉を紡ぎ出せない様な、たどたどしく、それでいて、恐怖心に支配された言葉。
慌てて立ち上がりながら吐き出されたそれは、余裕と言うものがない。
一体、何がこの小さな少女に過剰なまでの恐怖を与えているのだろうか。
元来であれば、とても美しく可愛らしいであろうその少女は、深々と頭を何度も、何度も下げて必死に許しを請うていた。
「いや、俺は大丈夫だから。あー……お嬢ちゃん、実はさ、お兄さん宿を探して……」
「えと……ごめん……なさい……!」
ただならぬ様子の少女をなだめようと、出来るだけ優しい口調でコウが話しかけるも、言い終わる前に謝罪と共にその場から走り去る少女。
この明るい村に削ぐわぬ、儚い雰囲気に包まれた少女は、暗い路地裏の奥へと消えて行った。
「………………」
去って行った少女の幻影がいつまでも消えない。コウは、走り去っていった彼女の抱える闇の様に暗い路地裏のそこから、目を離せなかった。
《マスター……》
誰もいない路地裏に立ち尽くすコウの思考を読み取ったのだろう。仔猫の様な丸みを帯びた白いぬいぐるみが、ノアの方舟から飛び出し、空中を遊泳しながら彼の眼前に現れる。
「タイガーか……」
《分かっておられるでしょう。異世界への介入は、神の法度です》
諭す様な口調が脳内に響く。
彼は、コウと最も古い付き合いとなる忠臣とも言える存在だ。
だからこそ、あの女の子を不憫に思い、手を差し伸べそうになる主人をたしなめる。
それは、神の立場では行なってはならない行為。神は観測者だ。その力は、あくまでも世界の誕生から終わりまでを見守る事しか許されない。
神がたった1人を救えば、人は我も我もと奇跡に群がる。
人間は、欲深い生き物だ。故に、禁断の知恵の実を手にしてしまい、楽園から追放され、欲望のままに突き動き悪を悪と思わぬ為に、洪水によって滅ぼされたのだ。
だから神は救わない。手を差し伸べない。
それが、コウに課せられたものだ。彼に出来るのは、神ですら想定していなかった異世界の歪みを正す事だけ。ただ、それだけだ。
「……分かっているよ。さて、宿を探そうじぇ。出来ればメシが上手くて、美人で欲求不満で俺を見て身体が火照って思わず誘っちゃいそうな人妻女将がいるとこな」
《マスター、それはどの異世界に行ってもありません》
これ以上この事を考えれば、感じる必要のない罪悪感に苛まれてしまうだろう。そう完結して気持ちを切り替えると、コウは再び宿を求めて歩き出す。
空は晴れ渡る青空だが、彼の心には、重い曇天の空が広がっている様に感じていた。
★★★★★
「いやー女将さんの作るご飯は絶品だったじぇ!」
「そうかい? こんなに食べてくれたら、あたしも嬉しいよ!」
ようやく見つけた宿は、客室が9つ程の小規模なものだった。
30代の夫婦で経営されているそこは、料理が自慢で、宿泊以外にも食堂としても利用されている。
宿泊客の料理も、この広さは10畳程の小さな食堂で提供されている。 時代を生き抜いた様な染みや黄ばみがあるが、丁寧な掃除が行き届いており、長年ここが宿や食堂として繁盛していたのを感じさせる。
木製のテーブルに並べられていたのは、大量の皿の山。最早コウの食事で、定番の光景だ。
夜もすっかり更けているせいか、食堂にいる客はコウ1人。後は、女将と厨房で皿を洗っている御主人くらいだ。
探し求めていた料理が美味い宿に、すっかり御満悦な表情を浮かべている。残念ながら宿の女将は、コウを見ても一切火照る様子はなかったが。
「しっかし、あんたも珍しいねぇ、こんな田舎に、買い付けの商人さんでもないのに来るなんてさ!」
元気と恰幅の良い女将が、慣れた手つきで塔のように積み上げられた大量の皿を抱える。
少々ぽっちゃりで、小さなポニーテールに三角巾を巻いた女将。
女将は、随分気っ風がいい性格のようで、豪快な笑みを浮かべると目元に小じわが浮かぶが、その笑顔がまた魅力的だった。
コウ的には、そんな女将もアリらしい。
「いやぁ、ちょいと人をさがしているもんで、女将さんみたいな美人をね」
「なぁに言ってんだい! こんなおばちゃんにさ!」
皿を両手に抱えて、奥にあるカウンター兼厨房に持って行きながら、豪快に笑う女将。
台詞の割には、満更でもない様子で、コウの座るテーブルに残された新たな皿を取りに来る。
「お、お客さん、目の前に俺がいるのに、女房口説かないで下さいよぉ」
奥の厨房から気弱そうな御主人が姿を現す。
短髪にひょろ長い体型と女将とは真逆の体型で、誰が見ても尻に敷かれたかかあ天下であると見てとれる。
「情けないねぇあんたは。あたしはあんたに惚れて一緒に宿やってんだ、もっと自信持ちな!」
これもまた、夫婦の形なのだろう。皿を片手に持った女将に背中を豪快に叩かれて、御主人がよろめく。
女将は部屋中に響く笑い声を残して、厨房へと入っていった。
そんな夫婦が幸せそうにしている様が、コウには羨ましくも見えた。
この夫婦の平和な日々の為にも、神獣の発見、及び回収または神界への誘導を行わなければならなければと、密かに気持ちを新たにする。
「あはは、ところで大将、この村でなんか不思議な事はなかったりしないかい? ……例えば、人には無い様な力を持った人とかさ」
先程までの、楽しい空気が変わっていくのを感じる。
コウの言葉に、元々色白な御主人の血の気が引いて、更に青白くなっていき、あわあわと口元がおぼつかないままコウを指差し、首を何度も左右に振る。
ベタだが、それは何かを知っているという事を暗に示していた。
「あ、あ、あんたそれ……ま、魔女の娘の事かい……!?」
魔女の娘。御主人の口から、初めて出て来た明確なピースに、コウの眉がぴくりと動く。
魔女。
古来より人は超常的な自然現象や大きな力に干渉、コントロールが出来ると信じられており、それらを魔術をもって行われていると考えられていた。
その最たる存在がマレフィキウム、ラテン語で悪行を意味する魔女の存在だった。
故に、人々は悪魔と契約し、大いなる力を得た魔女と言う存在を恐れ、いわれのない罪で少女や女性を捕らえて魔女裁判……数々の非道の拷問等にかけて、その命を散らせて来た。
近代化したこの世界において、未だその風習があるとは思いにくいが、宿の主人の態度は、見過ごす事が出来なかった。
「魔女の娘……ねぇ。大将、その魔女の娘って、どんな娘? 見た目とかさ」
狼狽える御主人を尻目に、コウはテーブルから身を乗り出す。
今は、少しでも情報が欲しい。故に、コウは更に情報を聞き出そうとする。
「どんなって……ひどくボロボロな格好の、10歳くらいの子供ですが……」
主人の言葉に、コウの脳内に1人の少女が思い浮かぶ。この村を散策して、それに当てはまるのは彼女しかいなかった。
「それって……もしかして、のびのび育てば5年後が楽しみな可愛い女の子? 首元に薔薇の刺青みたいなのがある?」
「そ、それです! そいつが魔女の娘です!」
当たりだった。偶然にも出会った少女が、魔女の娘と呼ばれて忌諱されているその当人だった。
まだ可能性の域を脱してはいないが、神獣との関連性も十分考えられる。
それを確認する為にも、彼女にもう一度会わねばならないだろう。
コウは御主人の言葉を聞くと、おもむろに立ち上がって、宿の玄関へと足を運ぶ。
「ま、まさか……お客さん、魔女の娘を捜すつもりですか!?」
「俺の会いたかった美少女かもしれないからね。ちょいと行ってくるじぇ」
コウを止めようと、後を追う主人。だが、その主人の肩を掴んでそれを制する人物がいた。
「あの娘は馬小屋や牛小屋を転々として隠れ住んでるよ。村の外れの牛小屋に入る姿を見たから、行ってみな」
「お、おいお前……」
困惑する主人をよそに、女将は言の葉を続ける。
「あたしゃね、あんな小さな子供をよってたかっていじめる、今の村の在り方に疑問を持ってんだ。お客さんが助けてくれんなら、あたしゃ止めやしないよ。お客さん、あの娘を助けてやんな」
細いが、力強さを感じる女将の瞳。彼女の想いは、しっかりとコウに伝わった。
「助けられるかまだわかんないけど……とにかく行ってくるじぇ!」
その性格上、女将は数少ない魔女の娘への今の状況を快く思わない人物だった。
彼女は、この村の闇に誰よりも心を痛めていた。だが、救いたくとも救えずに、今日まで過ごしていた。
だからこそ、コウという新たな存在に、彼女を救う可能性を見出したのだろう。そんな女将に見送られ、コウが宿から飛び出して走り出す。
目指すは魔女の娘……儚げな1人の少女。
いつの間にか降り出した夜の雨に打たれながら、コウはそれを気にすることなく、魔女の娘と呼ばれた少女を探して走り続けた。
★★★★★
雨が降りしきる。
約20頭程の乳牛が暮らす広さのそこには、土の床に飼い葉が絨毯がわりに敷かれており、灯り等は一切ない。1頭1頭に仕切られた空間では、新鮮な乳を絞り出すと言う尊い仕事を終えた牛達が、思い思いに休んでいた。
奥には飼い葉をまとめた場所がある。トタン屋根がコンコンと雨の滴でメロディーを奏でる暗い小屋の中で、牛達と共に今宵の闇をしのぐ1人の影。飼い葉がまとめられたそこをベッドにし、身が腐敗し触れただけで指がめり込む程に腐ったリンゴを両手に抱え、かろうじて食べられる部分を口に含む。
これが、彼女の今日1日の食事の全てだ。もう何年も、人間らしい食事を得ていない。
いや、人間らしい生活そのものを、行えていなかった。
今日も村を彷徨い、罵られ、ゴミ捨て場を漁り、殴られ、嘲笑われ、石を投げられた。
明日も変わらぬ1日だろう。明日だけではない。明後日も、そのまた次も、更に次も……。
そんな絶望を抱えながら、少女は変わらぬ日常を終わらせる為に今夜も眠りにつく……はずだった。
ドアが開かれる重い音。長年の雨風に晒されて、至る所が錆びて動かぬ軋んだ音が響き、眠りを妨げられた牛達がモゥモゥと抗議の声を荒げる。
入ってきたのは、1人の男。おぼつかない足取りで、手に持ったワインボトルを、下品にも直接咥えて荒々しく飲み干すと、空になったのかその場に投げ捨てる。
割れたビンの音が甲高く響き渡り、牛達がより一層の叫びが小屋を包み込む。
「うるっせぇぞクソ牛ども!! ……ヒック……御主人様が気分良く飲んでんだろうが……ん?」
入ってきたのは、この乳牛達の飼い主にして、酪農家である酷く酩酊した太った50代程の中年男。飼っている牛にも負けない程に膨れ上がった腹はベルトが隠れる程にだらしなく、禿げ上がった頭に口髭だけでなくあちこちに無精髭が生えて、非常に不潔な印象を与える。
……実際不潔なのだろう、雨に濡れてぐっちょりとした身体からはなんとも言えぬ加齢臭や酸味を含んだ汗の臭いが牛の獣臭に負けておらず、チェックのシャツにジーンズも激しい雨で水を含み、大きな雫となった水が滴っている。
体毛も濃く、シャツから覗く胸元や腕は、最早雨や汗の影響もあって、マングローブのようだった。
その男が気付いてしまった。そこに少女……魔女の娘がいる事に。
気付かれてしまった。ここの主……村の住人達の間で悪評絶えぬ暴力と酒にまみれた男に。
何時もは酒場で暴れ回り、この牛小屋には1度たりともこんな真夜中に来た事はなかったはずのその男は、飼い葉をまとめたそこにズンズン近寄ると、少女の髪を掴んで息巻く。
「なんだぁ……このクソガキ! 魔女の娘め……! 俺様の小屋に忍び込みやがって!」
男の右手が拳を作り、大きく少女へと振りかぶる。少女は怯えきり、涙を目一杯に浮かべて何度も首を振る。
が、拳は一向に降りかかって来ない。
「んんぅ……? はっ! なんだぁ……? 魔女の娘も、いっぱしに女らしい身体になってきてんじゃねぇか」
代わりに少女に降りかかったのは、代わりにねっとりと、頭の先から足下までにまとわりつく様な、その下卑た視線。
年端もいかぬ幼い女の子には感じた事のない不快な、それでいて暴力とは違う恐怖を与える様な厭らしい目つき。
男は、年端もいかない少女に『女』を感じ、自身の中に眠る獣の様な性欲を目覚めさせていた。
汚らしい舌を舐めずり、髭に包まれた口元がぐにゃりと歪むような笑みを浮かべる。
細い太ももには視線がむしゃぶりつくかのように纏わり、拳が解かれた右手は、彼女の薄汚れたエプロンドレスに手をかける。
「オラ! もう月のモンもあんだろ!?」
その言葉と同時に、力を込められた男の右手によって引き裂かれる、ボロボロのエプロンドレス。
突然露わにされた、まだ幼くも女性となり始めた、栄養状態が悪いながらもやや大きめの膨らみを、まるで宝の山でも見つけたような欲望に駆られた男の視線が支配する。
「ひぅ……っ!? ぁ……ゃ……やぁ……っ!」
汚らしい、卑猥に満ちたその男に見られたくない、見せたくないと、女性の本能が働いて、思わず両手と両腕で隠すも、痩せ細った子供と大人……それも、酪農で鍛えた腕っぷしでは敵うはずもない。
あっさりと腕を引き剥がされ、その太って脂と体毛に包まれた腹ごとのし掛かられる。
臭い。酒の臭い、口の臭い、汗の臭い、加齢の臭い。全てが少女の鼻腔をこじ開け、蹂躙し、吐き気を催す。
下卑た笑みを浮かべ、男は少女の両脚を掴み、彼女のまだ誰にも触れられた事のない秘部を蹂躙するべく開かせようとする。それを許してはならない。守らなければならない。知識を持たぬ少女だが、本能が激しくそれを教えてくれる。
「このクソガキが! さっさと股開け!」
火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。必死に抵抗し、足に力を入れる少女に苛立ちを覚えた男の拳が、彼女の左頬を襲う。
その衝撃、痛みで緩んだ一瞬、両脚をこじ開けられ、男がよだれを垂らしながら自らの欲望と蹂躙による興奮から硬直した汚らしい下腹部を押し当てようとする。
……そこから、少女の意識はなかった。