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神と聖女と神界と  作者: しあわせや!
聖女と薔薇と電脳の世界と
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第四十七の神話

 柳葉無垢郎なる男は、世界が嫌いだった。

 彼は、酷く醜い。

 当時まだランドセルを背負う様な幼い無垢郎少年は、早くも世界に絶望していた。

 。

 そして、少年は思いついた。

 そんな世界が無いのならば、いっそ自分で創造(つく)ればいい。自らが生み出して、その世界の神となればいい。

 その日から、少年は神となる事を渇望した。

 神となる為に、クラスメイトが間抜けな顔をしてバラエティ番組で観た芸人の真似をする横で、休み時間も勉学に励んだ。

 家に帰っても、毎日食事と睡眠以外はずっと机にかじりついた。

 その甲斐もあり、成長した少年は難関高校も外国にある世界で最も有名な最難関大学すらも首席で卒業する天才へとのし上がった。

 そして……彼は生み出した。人間の精神をインターネット……仮想の世界へと旅立つ手段を。

 彼は様々な仮想世界を生み出した。

 戦争を舞台とした世界。魔法と剣が飛び交う世界。そして……平和な農業の世界。

 こうして……彼は自らの手によって、数多の仮想世界の神となった。

 

★★★★★


 猛る咆哮が、アンの悲痛な叫びすらも掻き消していく。

 だが、その咆哮はクロームによって降されたギロチンの刃ではない。

 それは……集まった大衆の中から聞こえたのだった。

「キャアァァァァッ!!」

「うわあぁぁぁぁぁっ!!」

 クロームの目の前で次々に集まった擬似神獣士達が噛み砕かれ、放り投げられ、人から肉の塊へと変貌していく。

「なに……あれ……」

 クロームが小さく声を漏らす。

 人々を薙ぎ倒しながら進むそれに目を奪われ、目を疑う。

 一体何が起きたのか、クロームもアンも、誰も分からなかった。

 ……ただ1組を除いて。

(こんな時だからこそ言いたい事がある。タイムリミットだ、主よ。あれに覚えはあるだろう?)

「えと……暴走……主従……逆転……!」

 目の前に突如として現れた巨大なハムスターの様なそれを見つめたままポツリと呟く。

『主従逆転』

 それはかつて、クリスが自らの身を以て経験した神獣士の悪夢。

 神獣に精神を喰らい尽くされ、主として認めずエサであると認識された者が肉体エネルギーすらをも喰らわれる暴走形態。

 主の肉体を奪い、自らを異形の怪物へと変貌させ、神獣としての理性を失い、欲望のままに他者をも貪る。

 それが、今再びクリスの目の前で起きているのだ。

 迫り来るジャンガリアンハムスターの化け物。それは、優に5メートルはあろう巨体だった。

 元来ハムスターはげっ歯類に属しており、歯は上下の(のみ)状に伸びたそれだけで物を(かじ)る事に特化しているはずであるが、その怪物には前歯のみならず、まるでサメか何かの様なノコギリ状の牙が奥まで生え揃っていた。

 愛くるしい顔は猛獣の様に鋭い眼光と凶悪さに染まり、小さな手足だったそれは刃物の如き爪となって人々を切り裂き、時に捕らえて自らの胃の中へと送り込んでいた。

 身体を捻る時に見えた背面には、恐らく本来の飼い主にして擬似合身をさせられたプレイヤーだろう。中学生くらいの年の頃を思わせるツインテールの人間族の少女が、石膏(せっこう)で作られた彫刻の様な姿で四肢と背面が融合したように張り付いていた。

「ひー、怖いのぅー!」

 新たな災厄を目にしても、そういうキャラクター設定なのだろう。まるで恐怖を感じない間の抜けた声でギロチンに挟まった王様が言う。

「自分で創ったとは言え、なんかムカつくなぁ……このオッさん」

 危機感と恐怖のベクトル差を感じずにはいられない声に苛立ちを隠す事なく吐き捨てると、ギロチンに首を繋がれた王様のローブを掴む。

NPC(ノンプレイヤーキャラ)ならNPCらしく、プレイヤーの役に立てよ」

 突如として現れた巨大ハムスターの怪物は、巨体であるにも関わらずとてつもないスピードでクロームと王様と……それこそ、目と鼻の先にまで迫っていた。

 ニタリとげっ歯類特有の前歯と牙が、釣り上げた口角から現れる。

 ガアァァァァッ!!

 まるで、猛獣の様な咆哮が、鼓膜を突き破るかの様にけたたましく鳴り響く。

 だが、クロームは自らが纏う余裕の態度を崩さない。

「さあ来なよ」

 人差し指を数回振り、『来いよ』とばかりにジェスチャーを示す。

「……! クリスさん! クロームの援護を!」

「えと……はい……っ! えと……ローズ……! 神獣……合身……っ!」

 クロームの戦う意思を察したアンが、ローズと合身したクリスと共に壇上に向かって飛び出す。だが、暴走ハムスターが先に動く。

 (あぎと)を開いて一口でクロームを頭から喰らいつかんと巨体を振りかぶり、上半身のバネで得た反動によって一気に自身の腹を満たさんと襲いかかる。

「頭の悪い攻撃だよ。そんなモーションの大きな攻撃は……隙が生まれやすいの」

 実際に命をかけた、本当に喰うか喰われるかの戦い。

 しかし、それすらもまるでゲームの様に……いや、彼にとってはゲームの延長か、はたまた命のやりとりの重みをまるで知らない無知故のそれか……。

 掴んだ王様をあろうことか、破壊衝動と空腹に取り憑かれた異形のハムスター……その牙が立ち並ぶ胃袋への入口へと放り込む。

「なっ……!」

 アンから漏れた声が、怪物ハムスターの中から響く無機質な硬い何かが砕かれる音に掻き消される。

 口周りの体毛が、ガリッゴリッと辺りに聞こえるそれと共に、紅に染まり上げていく。

「おー、人間も簡単に噛み砕いちゃうんだ……。でも」

 自らが差し出した王を咀嚼するハムスターの怪物を見据えたまま、クロームがニヤリと笑みを浮かべる。

 その直後だった。

 炸裂、爆裂、破壊の業火と真っ黒な煙。

 それらが空腹を満たそうとしていたハムスターの口腔内から鼓膜を震わせる程の音となって周囲に轟く。

「くぅ……っ! え、えと……あれ……!」

 巻き起こる爆風にスカートを抑えながら、クリスが見上げる。

 ハムスターの怪物は瞳の色を失い、口元の体毛を焦がし、黒い煙を吐きながらその場に意識を失ったかの様に、立ち尽くしていた。

「ほーら、君達ボーッとしてないで追撃追撃」

 飄々とした口調でクリス達に言うクローム。彼の手に握られていたそれこそが、あの突然の爆発の正体……。

 かつて鉱山や土木工事の安全性向上を願いながらも、その破壊力から兵器へと転用された哀しき歴史を持つ爆薬……ダイナマイト。

 クロームは間抜けな王を差し出す瞬間、彼の固有武器たるそれを王のローブに忍ばせていたのだ。

「クローム……あなたどこまで非道な……っ」

 クロームの非人道的な策略に怒りを覚えながらも、生まれた大きな隙にアンも弓を構えて力の限り射抜く。

「いきなさい……赤い雨……!」

 放たれた1本の矢が無数のそれへと分身し、ハムスターの怪物左半身へと次々突き刺さり、その名の通り吹き出す鮮血がまるで赤い雨の様に降り注ぐ。

 これこそがアンの得意とする広範囲殲滅型の技、赤い雨だ。

「えと……ローズ……」

(こんな時だからこそ言いたい事がある。無理だ)

 アンの背後から飛び出し、無数の茨の鞭を指先から伸ばしながら何かを言おうとするクリスに、ローズはただ一言の言葉で返す。

(我と主が救われたのは、変態が起こした奇跡だ。この者はもう助からん)

 元来、神獣の暴走とは精神の枯渇にある。

 クリスもまた、以前暴走した時に精神の全てを貪られるだけだったが、枯渇寸前でコウによって救われていた。

 その時にコウが使用したのがディストーションであるが、当然クリスはディストーションを保有しているわけがない。

 救う手立てもなければ、擬似神獣士である少女の精神も最早失われている。

 倒すしかないのだ。

(ならばせめて、安らかに眠らせるしかない。主よ、出来る出来ないではない。彼等を楽にしてやれ)

「…………えと……ごめん……なさい……」

 クリスの口から、悲痛な想いが漏れる。

 自らの無能を悔やみ、少女と少女が大事にしていた家族へと鞭を振るう。

 茨が体毛と身体を削る度に、ハムスターの怪物が叫びを上げる。

「流石はチートだねー。んじゃ、こっちも……スマイリング・ボム!」

 クロームの左肩から指先に掛けて、横に伸ばした腕から出現するはミサイルの様に主翼と尾翼が付いたダイナマイト。それが計6本。

 噴煙と炎を撒き散らしながら右に左にと飛来し、ハムスターの怪物の足元に襲いかかる。

「はーい、ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス・!」

 爆発のキーワードが唱えられ、ダイナマイトのミサイルが炸裂する。


 ドォォォォォンッ


 下肢を破壊され、立つ事も出来なくなった異形が崩れ落ちる。

 2人の擬似神獣士と1人の聖女の前に、為す術もなく倒されたハムスターの怪物。

 仰向けに地に伏し、やがてその巨体が光の粒子となって消滅し始める。

 光は1つの塊となり、薔薇の乙女の持つスマートフォンの中へと吸い込まれていった。

「…………えと……闇に堕ちし……哀れな魂よ……えと……せめて……茨の衣に抱かれて……眠って下さい……」

 瞳を閉じ、2つの命に向けて十字を切り天への旅立ちを祈る。

「……クローム……私は失望しました。エンドレスワルツはこの世界がもたらす殺戮を止める為に結成したのではないのですか……!?」

 騒ぎが収縮し、弓を携えたままアンが壇上に跳躍して、飄々とした態度のクロームへと詰め寄る。

「おいおい、一息吐く暇もくれないのかい? 目の前にこんだけ被害者が苦しんでいるのにさ?」

 クロームが目配せする先……。

 ハムスターの怪物によって壊滅的な被害を受けた擬似神獣士達……。

 ある者は擬似神獣鎧ごと腕を噛み砕かれて失い、ある者は全身を強く打ち、自らの意思で身体を動かす事も出来ずにいた。

 エンドレスワルツのメンバーが既に救護に当たっているが、その被害はとても無視出来るものではなかった。

「……っ! ですが……今、聞かなければならないんです……貴方の真意を……!」

「真意ねぇ……。さっきも言っただろう? この世界を平和に戻す。その為に俺が直接王になる。これまで俺がゲーム管理者としてハード面から管理していたのを、今度は王になってソフト面から管理するってだけじゃないか。元々このゲームも管理会社も産み出したのは俺なんだし、どっかのバカが乗っ取りなんかしたから、管理方法を変える。何か問題があるのかい?」

「大有りです! 現実へと戻る事を放棄し、NPCとは言え人の命を軽視した貴方に、私はついていく事が出来ません!」

 食ってかかるアンにも、態度を崩さないクローム。

 人の命を何とも思わぬ姿勢は、まさにあのゲームマスター気取りの男と同じだ。

「ついていけないなら、反逆者として処刑するよー? 残念だなぁ、いい女なのに……」

 そう言って、先程のダイナマイトミサイルを生み出しアンへと向ける。

 これまで短い時間とは言え、共に理想を掲げた仲間にすら、情が全くないのだろう。

 まさに独裁者の様な態度に、アンもまた矢を手に取り弓をしならせてクロームへと向ける。

(こんな時だからこそ言いたい事がある。我はタイムリミットだと言ったはずだ)

 対峙する2人の間に投げ込まれるホワイトボード。

 荒く書き殴られた文字からは、怒りと焦りが見えている様だった。

「タイムリミット……ま、まさか……!」

 アンが周囲を見渡す。

 ……そこは、地獄への門が開かれたかの様な光景だった。

 怪我により苦しむ者、ハムスターの化物によって恐怖を植え付けられた者。

 それぞれが痛みやショック、絶望に苛まれ、精神が枯渇し、新たな異形へと生まれ変わっていく……。

 犬、猫、ハムスター、インコ、ヘビ、亀。

 人々が家族として共に歩んだ生き物によって喰らわれ、城の周囲が巨大な異形に埋め尽くされる。

 中にはエンドレスワルツのメンバーもおり、如何に絶望的状況であるかは、一目瞭然だった。

「はは……こりゃ、怪獣映画だね……」

(最早生き残りは我等以外はほとんどおらん。いずれ贋作のお前達もこうなる)

 クリスから伸びた薔薇の触手が、2人の間に落ちたホワイトボードに新たに書き込む。

 怪物達による咆哮の大合唱が城を包む程、何百もの暴走擬似神獣を相手に戦うのは無謀だ。

 しかも、残り50にも満たない味方や大衆の擬似神獣士が、いつこの怪物へと変貌するのか分からない戦い。

 勝つか負けるかではない。生き延びる事が出来るかも分からない事態だ。

 一斉に襲い掛かる怪獣と化した擬似神獣士達。

「くっ! 皆退避を!! 赤い雨!」

 アンが弓を引き、拡散した矢が周囲の犬や猫の怪物達に突き刺さる。

 が、その巨体に対しては有効打になり得るはずがなく、むしろアンへと怪物達の意識が向けられてしまう。

『ふむ……やはりこうなるのか……いやはや実にexcellent(エクセレント)……。だが……こうなっては最早研究にならんねぇ。化け物のサンプルも既に10体以上は確保し、もう必要ないのだよ……』

 上空から、プレイヤーにとって憎っくき男の声が響き渡る。

 自分達の平和な日常を破壊し、殺戮の世界へと作り替えたあの男。

 紳士的な真っ白なスーツと、それを彩る赤いネクタイ。ヘアゴムで乱雑に後ろ髪で纏めた長い金髪。細い釣り目と左目を覆う方眼鏡と、スーツの上から羽織る白衣の男。

 世界を無垢郎……クロームより奪い、己が狂気に世界を歪めた男が、再びプレイヤー達の前に映像として姿を現したのだ。

 クロームがかつて作り上げたゲーム会社。どこかのオフィスビルの一角であろうその一室のオフィスチェアに座った男が、変わらぬ狂気に満ちた笑みで、怪物達と交戦するこちらを見ていた。

『故に、これ以上ここで実験は不可能と判断した。安心したまえ、私は幼少の頃より母にお片付けが上手な子だと褒められていたのでね、ちゃあんと君達の事もこの世界ごと消滅してあげるよ。いやいや、お礼は良いのだよ。当たり前の事だろう? 遊んだ玩具は片付けるのは』

 突然だ。あまりにも突然だった。このデス・ゲームが始まったのも突然だったが、終焉もまた突然だった。

「どこまでもふざけているねぇ。このゲームは元々俺が創った世界なんだけど? 本当の創造神たる俺を差し置いて、勝手な事をしないでくれるかな?」

 ダイナマイトを亀の怪物の口の中に放り込みつつ、張り付いた笑みは変わらないが明らかに口調に怒りを滲ませるクローム。

 ダイナマイトを飲み込んだ亀の化け物の内部から、包み込まれた様な爆発音が聞こえてそのまま崩れ落ちるも、クロームは男だけを見ていた。

彼にとって、この男の事は絶対に許せなかった。自分の為に創り上げたものを奪ったというのは、耐え難い屈辱と怒りを生んだのだろう。

『君が製作者か。なら君は私の実験に世界が使われたことを喜んでいるんだねぇ。そう、喜びなさい、君は喜んでいるんだ。私がそう決めたんだから君は喜びなさい』

 クロームもまた、人の命を何とも思わないような冷酷な一面があるが、この紳士然とした男は、更にその上を行っていた。

 他人の感情すらも自分の都合のいい感情だと決めつけて会話を押し通す。

 しかも、クローム以上に命についての価値観が他者とは大きな隔たりを持っている。

 まさにマッド・サイエンティストと呼べる程に、その思考は常軌を逸していた。

「喜ぶ? どこまでも俺を舐めてるね……。この世界にお前も降りて来なよ、ぶっ潰すからさ」

『では、諸君さようなら。なに、名残惜しいのはわかるが、もう君達はいらないのでね。さて、ではこの世界を割ってみせよう……ひぇっへっへっへっ!』

 無視。完全に無視。いや、正確にはクロームにまるで興味がないのだろう。

 クロームの発言など最初から耳に入っていないのかの様に、自分勝手に話を進め、右手を挙げて指をパチンと鳴らす。

 それが、それこそが世界崩落の合図。

 世界に癒着したディストーションが天変地異を引き起こし、世界そのものが破壊者となって暴走した神獣達も、生き残った僅かなプレイヤーも、何もかも全てを無へ還す……はずだった。

『おや? これはどうした事かね?』

 自身の中で想像していた事態へといつまで経っても起こらない事に、紳士然とした男が初めてプレイヤー達に訝しげな表情を見せる。

【ったりめーだろー? あったしの眼がくっろい内はよー、んな勝手な事させねーっての。あ、あったし眼ぇピンクだったわ。あっはっはっはっはっは!】

 突如聞こえる新たな人物の声。それは、紳士然とした男の様に映像の乗って天から聞こえたものではない。

 だがクロームやアン達、プレイヤー達の中でもない。

 答えは、クリスのすぐそばにあった。

「え、えと……もしかして……イリア……さん……?」

【もっしかしてじゃねーだろー? こーんな超絶美少女びっしょうじょっつったら、あったししかいねーじゃん! どーよ? ただでさえ美少女だってーのに、妖精スタイルだぜー? オラ、あったしで薄い本描いて、ついでもマスもかきやがれ、あっはっはっはっはっは! ま、冗談はさておき、やっぱあったしみてーな神様が異世界に行くっつーならよー、能力制限かかっちまって、こーんな非戦闘キャラしか乗っ取れなかったんだよねー】

 そう、クリスのすぐそばに現れたのは、あのチュートリアルや案内で最初に現れた男の子の妖精。

 手乗りサイズの小さな体躯に、半ズボン、赤いシャツ、とんがり帽子。背中から伸びた蝶の様な色鮮やかな羽根と尖った耳。

 その妖精の姿を借りたイリアの姿が、そこにあったのだ。

【さってとー? ディストーションでこのゲーム改ざんしたみってーだけどさー、あったしにかかれば、それをさっらに改ざんすんのなんざあっさめし前だぜー?】

 天才。男もまた、天才的な頭脳の持ち主なのだろう。だが、ここにいる妖精の姿をした少女は、更にその上を行く天才科学者で、マッド・サイエンティストだった。

 彼女の言葉通り、世界は崩壊の前兆を見せないどころか暴れまわる擬似神獣士達もまた、まるで電池が切れた玩具の様に動きをピタリと止めていた。

 そして、輝く光の粒子へと怪物達の身体が変化、溶けていき……暴走した擬似神獣達が消滅。全員が元の……擬似神獣士として合身する前の姿へと回帰していく。

「私達も……あぁ、ちぃ太!」

 生き残った擬似神獣士達もまた同様に、擬似神獣の鎧が光となって溶けて行く。

 やがて光が天へと昇り、アンの胸には可愛らしいフェレット……ちぃ太の姿があった。

「ミルフィーユもか……」

 クロームの(かたわら)にちょこんと座るのは、チワワのミルフィーユ。

 全ての擬似神獣達が元のペットへと戻り、人々に抱きしめられたり涙を流して撫でられる。

 だが、その一方で溶け出した光の粒子は球体となって虚空に群がっていた。

「あの不正妖精……本当に神だったのか……」

 ミルフィーユを抱きながら、神と名乗った不正アクセスの妖精の言葉に、クロームが片眉を(ひそ)める。

 誰も成し遂げる事が……。それこそ、この世界を創造したクロームにも出来なかった事を、平然とやってのけた少女を見つめる。

『素晴らしい……実に、実にexcellent(エクセレント)!! 称賛しよう! 私は他者を認める寛大な人間でね! 喜びたまえ、ならば私は今度はこうやって世界を割ってみせよう!』

 紳士然とした男が動く。狂気を纏い、愉悦を纏い、大きなパソコンのハードディスクの様なそれの元に。

 いち早く男の行動を理解したのは、クロームだった。

「マズいね……あいつ、サーバを物理的に破壊するつもりだ……」

 サーバとはつまりのぉそん・ペットをネットの世界に形成する器……。のぉそん・ペットそのものだ。

 それを破壊されてしまえば、世界毎ネットからの消去を意味する。

「そんな……! こちらからでは、どうする事も出来ないではないですか……!」

 クロームの言葉に、ちぃ太を抱きしめたアンが狼狽える。

【ハッ! やーっぱアンタ科学者としても、悪役としても二流だわー。あったしがハードの方も対策しってねーワケねーだろー?】

 だが、イリアは強固な姿勢を崩さない。

 鼻で笑い、人差し指を突き出し、ニヤリと口角を釣り上げる。

 彼女には切札があった。その切札こそが……。

『その通りだじぇっ! バン! バン!! バンッ!!!』

『ぐぅっ! ……そうか……君達か……!』

 紳士然とした男が右手をサーバに(かざ)し、破壊のエネルギー弾を放とうとしたまさにその時、天上のモニターから聞こえる新たな男の声と、3回に渡る銃声。

 突如モニターの向こうから開かれた亜空間の歪みから飛び出した銃弾が男の右手を弾き、収縮したエネルギーが霧散する。

 そしてその声は、クリスがよく知るあの男と少女の登場を意味していた。

「えと……コウ兄……!」

『ヤッホークリスー! ウチらが来たけん、もう大丈夫たい!』

 亜空間から飛び出し男と対峙するは、翼の二つ名を持つ神の青年と狐を従える巫女の少女。

 共に狼と狐の神獣を鎧にし、サーバの前に立ちはだかる。

『クリス! よく1人で頑張ったじぇ! こっちは俺達が守る! おま〜はその集まったディストーションを頼むじぇ!』

「えと……うん……!」

『コウ兄! キバって行くばい! 夢幻(ゆめまぼろし)!』

 モニターの向こうが、珠雲の放つ白い霧へと包まれる。

 彼等ならば、サーバを守り抜いてくれる。

 それは、彼等の強さをよく知るクリスだからこそ分かる事だった。

【さって……クリスちゃんよー、いよいよフィッナーレだぜー? ディストーションがモンスターに変化してる。……やれるかい?】

「えと……はい……! 私が……えと……皆さんを守ります……!」

 形を成していくディストーションを見つめ、頷くクリス。

 最期の戦いの幕は、間も無く開かれる……。

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