第四十一の神話
彼岸花が風に揺れる。辺りには静寂だけが支配していた。
珠雲と兵十。互いにキツネの鎧を身に纏い、睨み合いが続く。キュウビを救ったものの、内心焦りを感じていた。
元来、珠雲とキュウビはコウやクリス等の前線に立つ者がいて初めて真価を発揮する。
後方支援特化の自分達だけでは、攻撃が難しいのだ。
無論、こういった場面を想定して珠雲単独での戦闘訓練をクリスやコウ、擬似ディス・モンスターを相手にヴァーチャル・リアリティ・シミュレーション・システムで積んできたが、実戦は初めてだった。
《珠雲や……頼む。あの者達を救ってたもれ》
キュウビの消え入りそうな声が、珠雲の脳内に直接響く。
「……ようと事情の分からんばってん、出来る限りはするけん」
専用武器の鉄扇を1対、両手に広げながら答える。
《頼むぞぇ……》
キュウビがそう呟くと同時に、事態は動いた。
兵十の火縄銃が火を吹き、弾丸が発射される。
合身し、身体能力が常人の何十倍にも跳ね上がった珠雲がそれを横に跳躍して回避する。が、兵十のそれはただの弾丸ではない。
撃鉄から撃ち出されたそれは、あらゆる法則を無視してかわした珠雲に向かって大きく弧を描いて追撃する。
「やっぱそぎゃんて思うたばい!」
鉄扇を盾にして、追尾した弾丸を受け止める。
小さな爆発により態勢を崩されてしまうと、更にその隙を突くかの様に、兵十の火縄銃からもう一発放たれる。
「何回も喰らわんばい! 夢幻!」
振りかざした鉄扇から巻き起こる真っ白な霧。
それが周囲に立ち込めると、瞬く間に視界が濃い霧の中へと包まれる。
珠雲とキュウビが最も得意とする索敵破壊の濃霧『夢幻』によって、弾丸の追尾機能を無効化する狙いだった。
だが、それは儚くもその名の通り夢幻に終わる。
「ぅっ!」
《た、珠雲!》
放たれた弾丸は、迷う事なく珠雲の左肩を掠める。衝撃で後方に吹き飛ばされつつ真っ赤な鮮血が、白い霧の中で散りばめられていく。
「な、なんで分かったとね……!」
無垢なる象徴である純白の巫女服が赤黒く染め上げられていく。
左肩の稼働には問題はないが、相応の痛みは発生している。
だが、それ以上に問題なのは得意とする索敵破壊が通用しないと言う事実だ。
珠雲は夢幻で一旦姿を隠して、分身を生み出す『夢心地』を発動する算段だった。
単体での格闘戦闘能力が低いならばせめて数で攻めようという目論見だった。しかし、いかんせん戦闘訓練を積み重ねて夢幻の短縮発動までは身に着けたのではあるが、まだまだ夢心地程の高位の技となると、発動の為の舞を必要としている。
目論見を潰され、焦燥感が加速しながらも一気に走り出して間合いを詰めていく。
遠距離は兵十の独壇場だ。ならばとばかりに鉄扇『木の葉狐』を折り畳んで跳躍。回転を加えて威力を増した一撃を兵十の右肩を狙って放つも、逆に至近距離による銃弾が珠雲の右の脇腹を穿つ。
「あぅっ!!」
衝撃で飛ばされ、地に落ちる九尾の巫女。闇雲に近接戦闘を仕掛けるのは今の珠雲にとって下策も下策。だからこそ数で押し切ろうと考えていただけに、ある種珠雲が想定していた最悪の展開通りとなってしまった。
対して兵十は、兵十としての意識を失っているからか躊躇する事なく火縄銃を更に珠雲へと向ける。
狙いは左胸。生命として止まる事のない心の臓。それをすぐに察知した珠雲が身体のバネの力で後ろに回転しながら着地、体勢を整えて再び対峙する。
どうやってこの局面を、流れを変えるか……。思考する珠雲の脳裏に、コウの言葉を思い出す。
『もし1人で戦う事になったら、いかに隙を作るかだじぇ。夢幻と狐火。これが鍵になるじぇ。いいか、狐火は弾速が遅い分連射が利く。なら、どうやってそれを確実に敵に当てるかをよく考えろ』
珠雲が今使えるもう一つの技、狐火。もうこれに賭けるしかない。
意を決した珠雲に向けて、兵十はニタリと歪んだ笑みを浮かべながら銃弾を乱射。
幾重にも炸裂音が重なり、獲物を追いかける凶弾が珠雲を喰らい尽さんと襲い掛かる。
≪珠雲! よけるんぢゃ!≫
相棒の悲痛な叫びに応える様に、後方に跳躍し着弾寸前に左へと更に跳躍。
先程それでも追撃するのは経験済み。ならばとばかりに今度は大きく跳躍し、とある場所へと降り立つ。
妖の弾丸が珠雲の軌跡に沿って追いかける。狙った獲物は絶対に逃がさないとばかりに執拗に追尾をするそれが雨の様に降り注ぎ、彼女の心の臓を貫いていく……事が出来なかった。
周囲に聞こえるは、何か硬いもの……そう、鉱石の様な硬度を持つものが割れる様な、重厚だが甲高い音。
人々が生死の海を渡り、悟りの世界へと旅立つ日。太陽が西の彼岸と東の此岸への道が繋がるその時に、残された人々が参る場所。
珠雲が降り立った地は兵十の母も埋葬された農村の墓地。銃弾によって破壊されたのは、彼岸へと旅立った者達が眠る墓石だったのだ。
「後でちゃんと供養ばするけん……ごめん!」
死者が眠るそこで謝罪をしながらも、身体を低くし駆け抜ける。
弾丸をかわし、死した者達が生んでくれた僅かなその間隙を突くべく、墓地を走り抜けて鉄扇の木の葉狐を広げて振り抜く。
「いけっ!狐火!!」
ボゥッとまるで荒らされた墓場の怒りに化けて出たかの様に、粉塵巻き起こる墓場の陰から青い白い人魂が姿を現す。それが回転しながら墓に向かって歩を進める兵十に向かって飛来する。
弾丸に比べて相当に発射速度が遅く、兵十も容易くそれを右への跳躍でかわして見せる。が、まるでそれを読んでいたかのように第二撃がすぐそこまで迫っていた。
いや、正確には読んでいたのではない。手当たり次第に人魂が次々と飛んできているのだ。
「ウチは難しい事は考えきらん! だけん、とにかく撃ちまくる!」
彼女にはコウの様なトンデモ策略も、クリスの様なセンスもない。
だが、気合いと根性なら2人に負けない自信がある。
左右の鉄扇で風を扇ぐと共に更なる狐火を発動。下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言わんばかりに、人魂の波が兵十へと押し寄せる。
これにはもう回避は不可能と判断したのか、兵十の右腕に繋がる管が大きく脈動する。
人魂に向けた火縄銃が、まるで散弾銃の様に一発の弾丸が飛散。
迫り来る人魂の波を一撃の元で全て相殺される。
霧も晴れ、辺りには崩れた墓石と彼岸へ誘う赤い花だけ……。
いない。兵十の視界から、珠雲の存在が消えたのだ。
火縄銃の眼球が辺りを見渡す。隠れられそうな場所は、何処にもない。
彼を中心に、辺りは物音ひとつない……。
彼岸花を踏み潰しながら、兵十が崩れた墓場へと歩み寄る。
瓦礫と化した大きな墓石を、軽々左腕だけで持ち上げる……が、そこにもいない。
残された墓石も撃ち抜く……そこにも隠れてはない。出てきたのは供え物を狙ってやって来たのだろう、茶色の長い毛を持つ野良猫くらいのものだった。
その猫も、銃撃に驚いたのかそそくさとどこかへと走り去って行った。
逃げたのか? 兵十だった存在がそう思考を生んだその時だった。
《残念でしたわね! そこではなくってよ! ……のぢゃ!》
誰かの口調を真似た化け狐の声。それは、脳に直接響くものであったが、何処にいるか兵十は即座に理解した。
上空を見上げると、丸みを帯びた肩アーマー。前腕保護の腕当て、ヴァンプレイスと手首のガントレット。左腕には翼を広げた鷹の姿が紋章として描かれた二等辺三角形状の盾。胸元には鷹の頭部が立体的に備わった鎧。足は脛当てと鉄靴。頭部には鷹の横顔が紋章となったサークレットが装着された、珠雲の姿があった。
しかも、空間を捻じ曲げて生まれた七色に輝く幾何学的な紋様渦巻くそこから、地上の獲物を捕らえるかの様に急降下。
そう、珠雲は亜空間へと隠れ、そこで舞を踊る時間を稼いでいたのだ。
「いっくばぁぁぁいっ!! 見様見真似ぇっ! 疾風怒濤!!」
彼女が身に纏うは、コウに従う神獣、ホークの鎧。
クリスマスのサンタ狩り戦争で編み出した『夢想』の応用。珠雲とキュウビが『夢変化』と名付けた、キュウビメイルの変身能力だ。
降り注ぐ疾風の如き斬撃の雨。もう先程までの様な火力不足はない。
火縄銃を向けても反撃の暇は与えないとばかりに斬りまくる。
「これで……終わりたいっ!」
最後の斬撃を兵十の右肩に袈裟斬りで浴びせて飛翔する。空と言う舞台を初めて手にした珠雲はそのまま、今度は盾を大きく振りかぶって盾状態から鋏の形態へと展開。無数の斬撃によってごんを取り込んで形成された鎧が破損し、所々から血を流してよろめく兵十を捕えようと吶喊する。
これで彼が戦闘不能に追い込む事が出来れば、珠雲達の勝ちだ。
が、兵十もまた殺戮人形と化した存在。痛みによって行動が鈍る事なく右腕の火縄銃を向けると、炸裂音と共に弾丸に封入された散開弾を飛び込む珠雲に浴びせる。
貫通力こそ弱いが、散弾は一撃で広範囲に大きな裂傷を生む。それをまともに受けた聖女が地に落ちる。
「あぁっ!!」
短い断末魔と共に崩れた墓石の上に倒れる珠雲。しかし、それは珠雲であって、珠雲ではない。
ボンッと音を立てながら存在が煙となって消えていく。直後、兵十の背後から忍び寄るは、蛇の様に大地を這う何か。
≪こんな時だからこそ言いたい事がある。今のは我等の幻影だ。……のぢゃ!≫
キュウビの言葉と共に背後から兵十の四肢に絡みついて捕えるのは、聖女が1人が自在に操るあの茨の蔓の数々。
「頼むけんね! ローゼス・ウィップ!! ……いっぺん着てみたかったとたいねー」
そう、先程のホーク・メイルを纏った珠雲は夢心地で生まれた分身の珠雲。
新たに出現した珠雲は親友のクリスが使役する、ゴシックアンドロリータたるローズ・メイルを纏い、左手の指から伸びたローゼス・ウィップで兵十の自由を奪っていたのだ。
「クリス、技ば借りるけんね。ローゼス・アブソーバー!」
茨の棘が鋭く兵十の鎧の継ぎ目から肉へと突き立てられ、血液を、体液を、生命エネルギーを、根こそぎ奪い取っていく。
珠雲とキュウビの狙いはあくまでも兵十とごんを行動不能にする事だ。だが、彼女達の目論見とは裏腹に兵十は力任せに無理矢理右腕に絡みつく茨を引き千切り、尚も火縄銃を向ける。
右腕から繋がる管が脈動すると共に、銃口がぐにゃりと生物的な動きを見せて先端に膨らみを持たせたそれへと変貌する。
あらゆる銃火器へ化ける事が出来るのが、兵十とごんの能力なのだろう。
変貌したそれから放たれたのは銃弾ではない、紅と高熱の暴君。
自らを縛り上げる茨の鞭を、周囲の空気をも焼き尽くすかの勢いと共に灼熱が焼き尽くしていく。
≪くっ! まずいぞぇ!≫
ローズ・メイルを始めとしたプラントタイプは総じて炎に弱い。その弱点は、化けたキュウビにも能力と共に完全に模写されている。
火炎が吹き荒れ、ローズ・メイルに化けたキュウビを、珠雲をも巻き込んで焼き尽くしていく。
「っ!!」
叫びを上げる暇すら与えられず、紅蓮の炎に包まれる聖女の最期を見届ける。
ようやく茨の束縛から解放されたのであるが、兵十の膝が崩れる。
無理もない。本来神獣士たる精神力もないただの人間である兵十と、神獣ですらないただの子ギツネだ。それがディストーションという異形によって無理矢理存在を捻じ曲げられ、存在そのものが不安定な中でここまで精神力を消費してきたのだ。兵十とごんへの負担は、最早限界に近かった。
それでも尚、兵十は銃を構えて警戒を解く事はしない。彼等はあのローズ・メイルの珠雲が偽者だと睨んでいた。
理由は簡単だ。あれだけ泥臭くも抵抗して来た彼女達が、こんなに呆気なく倒れるとは思えない。それに、最大の理由が臭いだ。
人間は髪や人肉の脂が焼かれる事で、燃焼時に異臭を放つ。兵十の鼻腔は、それを全く感じなかったのだ。
焼かれる時間があまりにも短いのが決定的だった。
次はどこから現れるか。既に体液は出血とローゼス・アブソーバーによってかなりの量が体外へと放出している事から、恐らく次が最後となるだろう。
……辺りに珠雲の姿はない。
ふと、ひょこりと離れた墓場の出入り口に現れるのは、1匹の猫。どうやら、先程の供え物にありつこうとした野良猫だろう。にゃあと鳴き声を上げるそれから視線を外す。
それが、この戦いの分水嶺だった。
野良猫は尖った小さな八重歯の様な牙を見せ、まるで笑ったように口角を上げると、途端その身体が輝く。
≪ヘイヘイヘーイ! 逸らした目線♪ それしたら危険♪ そしたら聞けよ♪ これで終わりにしようぜヤーマン! ……のぢゃ!≫
胴回りに黄色の分厚い鎧。耳と口周り、ヒゲだけがピョンと飛び出した顔面上半分を包んだ仮面。黄色の脛当てが四肢に装着され、前足に装備された専用武器の大きな爪……ねこぱんち。
珠雲が変化したのはコウやクリス達だけではない。一度出会った神獣士の姿や能力も模写が出来る。
そう、本物の彼女達はあの化け猫の世界で出会った野良猫の神獣士、茶々丸に化けていたのだ。
一瞬の隙を突いて、茶々丸に化けた珠雲が走り出す。猫の身体での加速は人間のそれとは比べ物にならない程に速く、更に胴体が真っ二つに割れ、重厚な鎧が左右の主翼が広がり、先端の加速装置が火を噴く。尻尾付近にも垂直尾翼が展開され、ねこぱんちが2周り巨大化。
プラントタイプの能力を模写したように茶々丸の神獣、フリーのビートルタイプ能力も模写を果たしたキュウビ。
一気に防御特化のクリサリス・フォームから攻撃特化のアサルト・フォームへと変換。
徐々に走る足が浮かび、凄まじい轟音と共に驚異的な速度で兵十へと向かって突進する。
「いくばぁぁぁぁいっ!! ごろにゃーご!!」
兵十があらゆる銃火器の弾丸を放つ事が出来るならば、茶々丸珠雲は自らが黒い弾丸となって彼等を蝕む異世界の歪みを打ち砕くのみ。
≪珠雲! 狙いはあの火縄銃ぢゃ!≫
彼女の頭部の毛をかき分けて飛び出すノミとなったキュウビ。
これまでの戦いで彼女達は気付いた。いつも珠雲にまず最初に向いていたのは火縄銃であった事を。ギョロリと向けられた銃の眼球の向く視線の通りに銃弾が向かっていた事を。だからこそ、彼等を救うにはあの銃を破壊する事だと。
ならばこの悲哀に満ちた戦いを終わらせるべく、風を切り空間を切り異形の火縄銃に終焉を与えんと、救済の弾丸が撃ち抜く。
「アァァァァ!!」
火縄銃の眼球が爪によって抉られ、銃身の肉を貫かれ、ぐちゅりと生々しい音を残して音速の一撃によって粉砕され消滅。
兵十であって兵十ではない存在が断末魔を残してその場に崩れ落ちる。
≪ごん! ごんや!≫
肉球をブレーキにして着陸し、光に包まれると共に元の姿へと戻る珠雲。合身も解け、ぬいぐるみ形態で分離したキュウビが宙を飛んで倒れた兵十の下へと駆けつける。
そこには、元のツギハギだらけの着物姿の兵十と、小さな子ギツネが横たわっていた。
≪ごん! 妾ぢゃ! ほれ! 目を開けんか! 開けてたもれ!!≫
ぬいぐるみのキツネが子ギツネの上半身を抱え上げ、何度も揺らす。だが、彼はピクリとも動かない。瞳を開けない。
「キュウビ……」
懸命に呼びかけるキュウビを見つめ続ける珠雲。だが、彼女は分かった。
彼等の命の灯火は……。
「もう……その人達は……」
俯き、首を左右に振り諭すような口調の珠雲。だが、キュウビはやめない。
彼女にとって、最早ごんは可愛い息子も同然となっていた。だからそう簡単にその事実を受け入れることは出来なかった。
≪いやぢゃ! いやなんぢゃ!!≫
「キュウビ!!」
駄々をこねて未だにごんを揺すり続けるキュウビを一喝する。
「……良く見らんね……。この子も、この人も……穏やかじゃなかね……」
ごんと兵十。すれ違い続けた1匹と1人の心。だが、ディストーションによってその身を1つにされた事によって、精神も1つになったのだろう。
長い雨がやがて止み、厚く暗い雲の隙間から光が差し込んで晴れ上がったか青空のように……彼等の表情も、満たされていたかのようだった。
≪…………珠雲や……もう一度合身してたもれ≫
「え……?」
そっと……愛しい我が子の頭を降ろす相棒の言葉に、珠雲が聞き返す。
≪舞を……ごんと兵十の為に……舞を踊ってたもれ……≫
「うん……わかった」
こうして、すれ違いの子ギツネと人間の物語は終わりを迎えた。
巫女は舞う。彼等の魂の安寧を願って。巫女は舞う。彼等の絆が永遠となる事を願って。巫女は舞う。……彼岸花、別名『キツネ花』の花びらと共に……。
★★★★★
拍手が巻き起こる。兵十の葬式で伽藍堂になった村。その中でも小高い丘の上にある新兵衛の家の屋根で。
昨日の素晴らしい舞台を鑑賞し、得た感動は1日と言う時間が過ぎてもまだ湧き上がる。
たった1人の観客は、だからこそ拍手を送った。
時代背景に削ぐわぬ真っ白な白衣の下に真っ白なスーツ。
ステッキを虚空に振りかざし、円を描く。
刻まれた軌跡に沿って空間が捻じ曲がると、現れたのは9つの尾を持つ少女と歪な火縄銃を撃つ男が互いの命を賭けた昨日の演目。
男はその映像を、恍惚な表情で見つめていた。
「excellent……! 大変excellentな結果だった……! やはりあの動物はただの動物ではない……! まるで神が創造したかのようなものだ……!」
姿形が変わり、次々と分身が現れる少女を、虚空からなぞる。
男はその獣に夢中になっていた。獣が武具となり、人間に常軌を逸した力を与える。
自我を持ち人語を解す存在。
それを解明し、自らも創り上げたい。
男は、自分が興味を持ったものは徹底的に調べなければ気が済まない性質だった。
「そこらの動物と人間では、アレは創れないならば……ふむ。あの世界であれば、excellentな結果を生むだろう。ひぇっへっへっへっへっ!!」
男は歪む。脳裏に浮かぶ、新たな実験に。
ならばこの世界には最早用はない。
再びステッキをかざす。映像が流れる空間に。
そこを一突きすると、まるでガラスの様に映像が割れて、中に七色の輝きを放つ幾何学的な紋様が渦巻く空間が現れる。
「仮想世界……excellent……! 次なる世界へ……! ひぇっへっへっへっへっ!!」
その言葉を残して亜空間の中へと消え行く謎の紳士然とした男。
新たな災厄は、もうすぐそこまで迫っていた……。




