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神と聖女と神界と  作者: しあわせや!
神と聖女と箱舟の世界と
34/47

第三十四の神話

 貴族というのは、とにかくパーティが好きな生き物である。

彼等の持つ独特の世界に『社交界』というものがあり、社会に対して権威の誇示の為、そして国内外の同じ貴族同士の牽制の為に度々開かれていた。

権力という他者を服従させる、見えない虚構の力。それを持つ者だけ単独では、実際には腕力でも戦闘力でも他者と変わらない。だが、それでも他者を屈服させる為には、その見えない力が如何にも存在するものであるように示し続けなければならない。

それを可能とするのが、他者を物理的に傷つける腕力や戦闘力ではない。財力なのだ。

だからこそ、貴族はこうやって派手に金をつぎ込んで権力を見せつけ、その権力の下にまた金が集まって来る。

その1つが、このエリジウム国境防衛祝賀会という舞踏会なのだ。

華やかな王宮、華やかな大ホール、華やかなオーケストラの生演奏、華やかな食事や酒の数々、華やかなドレスや貴族らしいダブレットと呼ばれる衣服姿の男性達。

スラッシュ装飾と呼ばれる斬り裂いたようなデザインの者もいれば、珠雲が住んでいる日本という世界のコントという喜劇で登場するようなベチコートブリーチズというカボチャの様な半ズボン、正確にはキュロットだが……それに真っ白なタイツを履いた男性もいる。

この中世的な世界において、これは別に笑いを取るような姿ではない。これこそが、貴族としての正装なのだ。

コウや珠雲がよく知る背広のスーツは、この様な世界から4~6世紀分後の時代背景の世界から普及している。

そして、この社交界という世界において最も特徴的なのが、これらの華やかさの裏に隠された貴族同士の牽制、打算、謀略の数々にある。

この貴族という存在は、どこまでも貪欲に権力を求める。だからこそ、表では煌びやかなパーティで仲良しこよしで談笑しながら和やかな雰囲気を醸し出しながら、言葉の裏では次に擁立されるであろうヴォレイに如何に恩を売るか、はたまた如何にして自分の娘や孫娘を結婚させて王族との血縁を創るかで血眼になっているのだ。

このエリジウムは、ヴォレイ・エリジウムの名から示す通り、統治は王族の世襲制にある。

それだけに、貴族はクーデターでも起こさない限り王にはなれない。それに近い存在になるには、ヴォレイの様な世継ぎと娘や孫娘を結婚させる他に道はない。

  だからこそ、貴族はこぞってこの舞踏会で必死に売り込むのだ。

「……お嬢様が次から次にまぁ~、王子様に御挨拶か。ケッ、イケメン爆ぜろ」

 バルコニーで円形のテーブルいっぱいに持ち込んだ料理をがっつきながら、コウが独り憎々しいと言わんばかりの独り言を吐き捨てる。

 その姿は、いつものシャツにジーンズ姿のそれではない。この世界の正装に合わせた灰色のスラッシュ装飾のダブレットに、同じく灰色の長いキュロット。足下は白いタイツ姿だ。

 流石にあのカボチャ半ズボンを履く勇気はなかったのか、比較的落ち着いた格好だ。

 この祝賀会という名の舞踏会に、本来貴族以外の者は足を踏み入れる事は許されていない。

しかし、コウ達は今回、この舞踏会への参加が特別に許された。

「っぷはあ! こ、ここにおったとね」

 疲労困憊といった表情で、大ホールから抜け出してくる2人の小さな淑女。

 クリスと珠雲だ。

 それぞれ女中達によって、ドレスアップされており、クリスは胸元に薔薇の装飾がされた真っ白なドレス。髪は緩いシニヨンで、毛先はまとめられずに下がった髪型。

 ドレスにはあちこちにフリルがあしらわれており、ペチコートの裾にも、贅沢にフリルがついていた。

 対して珠雲は、クリスの(うすぎぬ)のそれと違って亜麻(あま)で作られているからか、亜麻色のドレスだ。胸元からペチコートまで、黒いラインが入っており、腕やペチコートの裾にも黒いラインが入ったそれだ。

 髪はアップにしてアメジストの装飾がついたバレッタでまとめられている。

 共に上半身はピッタリとしており、下半身のペチコートはふんわりと広がったようなドレスだ。

「なんだ、もう逃げてきたのか?」

「それはコウ兄じゃなかね……一体なんね、知らんおっさんやじーちゃんが次々話しかけて来ては、養子にとか息子と結婚ばとか……! もう! ただでさえこぎゃんコルセットとか苦しくて仕方んなかとに!」

 ふてくされた様な表情で、テラスに設けられた椅子に淑やかさの欠片もなくドスンと座る珠雲。

 普段から着慣れないドレスとコルセットがよほど苦しいのか、先程から眉間にしわが寄りっぱなしだ。

「そりゃそうなるのは分かり切った話だじぇ。今回俺達まで舞踏会に呼ばれたのは、半ば貴族様の俺達を品定め……あるいは、あわよくば自分の手駒にしようって魂胆だからな」

 ローストチキンを口に運び、飲み込んではフォークを振ってみせる。

「えと……どういう事……?」

「つまり、ここにいる貴族達は、騎士団のスポンサーもいれば、息子が騎士団にいるなんて連中もいるんだろ。で、そうやって国に恩を売れば更に名声が上がる。そこで、俺達みたいな未知の力を持った連中が現れたなら、それを手に入ずにはいられないんだよ。もし自分の手駒に俺達みたいなのがいて、戦争で活躍したら、それだけで手に入る名声はかなりのもんだしな。それに……例えば、クーデターでも企んでる連中からしたら、喉から手が出る程俺達が欲しいだろうさ」

 窓の向こうの華やかな、それでいて泥沼のような権力争いが渦巻く舞踏会を見つめたまま、淡々と話す。

「クーデターって……」

「だから、おま〜らや俺に、あれやこれやと画策をしてくるって訳さ。

まぁクーデターは行き過ぎた推察にしても、強力な武力はどの貴族様も欲しいもんだからな。で、まだ12歳と11歳のおま〜らなら、養子や許嫁にしたら話は早いってわけだじぇ」

 貴族にとって、名声は地位の確立に権力の増大にも繋がる、命よりも大切なものだ。

 だからこそ、こうして舞踏会で己が名声を誇示し、更なる力を求めて暗躍する。

「そぎゃんとウチには理解出来ん……」

「それが、貴族の世界なんだじぇ」

 コウが確保したパスタを口に含みながら呆れた様子の珠雲に、コウが肩を竦める。

「ばってん、ウチにはもうコウ兄って決めた人がおるとだんけん、誰とも結婚なんてしたくなかもん、ねーコウ兄、今日のウチば見てムラムラしたりせんね?」

 そう言って、ドレスのペチコートをヒラヒラと回せながら一回転して見せる珠雲。

「どっちかっていうと、子豚に真珠を与えた気分だじぇ」

 ケラケラと笑うコウの右頬に、『必殺! 珠雲ちゃん美少女フリッカー・ジャブ』が多段ヒットする中、月夜で生まれたテラスの影から現れる一人の人物。

「君達か。此度の戦で大きな勲功を挙げたのは」

「えと……あの時の……」

 シャンパングラスを片手にテラスに現れた人物。

 コウ達は知っていた。細身の長身に白髪混じりの黒髪。やや垂れ目の胡散臭い雰囲気を纏ったその人物こそが……。

「自己紹介が遅れたな。私はジーグ・マン。このエリジウムの政務と近隣随一の魔法力を誇る、魔法兵団を任されている大臣だ」

「こりゃどうも、俺はコウ・ザ・ストーンズ。こっちはクリスティーナ・ローズマリー・ドラグマン。で、こっちはタマモ・ヤナギだじぇ」

 コウの紹介に、クリスと珠雲がペチコートの裾を摘まんで挨拶する。

「君達の活躍は部下から聞いている。なんでも、見た事もない魔法技術を持っているそうだな」

「そりゃどうも。で、単刀直入に聞くじぇ? 何が目的だい?」

 大臣という国を束ねる上で最重要ポジションに座する者が、一般市民(と、言う事になっている)コウ達の下に興味本位で近づくわけがない。

それも、先の戦いにおいて活躍したとなれば、何かしらの目的があるとしか思えない。

そう推察したコウがジーグ大臣に、剥き出しのナイフで構える様な鋭い雰囲気を醸し出す。

 そんなコウの雰囲気に気付いているのだろう、ジーグ大臣は高らかに笑いを上げ、コウを見据える。

「はっはっはっはっはっ! 流石だな、コウ・ザ・ストーンズ。やはりお前はその辺のごますりの貴族とは違うようだ。この国のナンバー2である大臣にも臆する事がないどころか、牙すらむけようとはな。……では、言葉に甘えよう。……どうだ? お前は我が国の騎士団を束ねるつもりはないか?」

「えっ!? そ、それって……!」

「えと……コウ兄が……騎士団長にって事……?」

 ジーグ大臣の言葉に、聖女達が驚く。

 だが、気になるのは、何故この国にとって得体の知れないコウにこんな大役を、それもいきなり与えようとしたか。そして、現在騎士団長へと就任しているマリィへの処遇だ。

「えと……それじゃ……マリィさんは……降格……!?」

「彼奴は放逐だ。」

「なるほど……おたく、よっぽどマリィが嫌いみたいだな……。だけど、マリィはマリィで騎士団長の名に恥じない、立派な騎士だじぇ?」

「理由は簡単だ。魔法に関しては我が国は有数の力を持つにも関わらず、魔無しが騎士を束ねる事に不満を持つ者がいると言うだけだ」

「……それだけじゃないだろう? 俺に騎士団を預けようって言うなら、それなりに納得のいく真実を聞かせて欲しいじぇ?」

 コウが牽制する。

 ジーグ大臣に、その誘いを受ける意欲を見せながら、事実を引き出そうとする。

 相手にとって、目的はコウの登用ではなくマリィの失脚であると読み、その目的を達するには真実を話すしかない状況を作ろうとしたのだ。

「中々に切れるようだな、コウ・ザ・ストーンズ……。今はまだ話せん、が、いずれは貴様にも話さねばなるまいな。騎士団長に就任したら……な」

 だが、彼もまた国の政務を、国民全ての生活を守る立場にいる老獪な人物。

 コウの狙いを即座に見抜いては、それをのらりくらりとかわして見せる。

「なるほど。では現騎士団長の私にも是非お聞かせ頂きたいものですね、ジーグ・マン大臣」

「マリィ姉!」

 コウとジーグ大臣の一騎打ちに割って入るのは、現騎士団長マリィ・アーラン。

 優雅な舞踏会には似つかわしくない、物々しい鎧と愛用の大盾剣を装備したまま、テラスへと歩み寄って来たのだ。

「フン、魔無しめ……コウ・ザ・ストーンズ。私はお前を高く評価している。気が向いたらいつでも私の下へとやって来るがいい」

 マリィの登場に流石に分が悪いと感じたのか、胡散臭い老獪な人物はシャンパングラスの中身を飲み干すと、テラスから立ち去っていく。

 それを睨むような視線でマリィが追い続け、姿が見えなくなると一つ大きく息を吐き出す。

「狸め……。さて、コウ。お前はこの私を蹴落とすつもりか?」

「これから勲章をもらおうって騎士団長様にとって代わるってのは、世論的には難しいと思うじぇ? ……気味が悪いのは、そこまで分かってて、どうしておま~を蹴落とそうとしたのか……だな」

 そう、この祝賀会は、言わば国を見事に護ったマリィへの勲章授与がメインイベントなのだ。そんな中にマリィの失脚を狙った大臣。

 一体どんな目論見を腹の中に潜ませているか……検証しようにも、情報が少なすぎる。

「ジーグ・マン大臣は、以前より何かしら暗躍をしているとの噂が絶えない人物だ……特に、私への風当たりは強い」

「なるほどね。 ま、とにかく俺はおたくらの権力争いには興味がなくてね。興味があるのは怪物の殲滅と、この城の女中さん達のおっぱいの大きさランキングくらいだじぇ」

 なんとも剣呑な態度を崩さぬコウに、マリィは小さく笑う。

 この男には、出世欲や権力が全く通じない。この世界において、感性があまりにも違いすぎる。

 それが、マリィにはどことなく羨ましくも感じられた。

「お前はどこまでも不思議な奴だな」

「よく言われるじぇ」

「マリィ殿、こちらにおられたか。さあ、間もなく勲章授与が始まる。こちらへ」

 会話に割り込むようにやって来たのは、でっぷりと太って禿げ上がった中年貴族。

 そろそろ王がこのホールにやって来るらしい。

「分かった。ではコウ、のちほどに」

「へいへい、じゃあ先にお湯を浴びて待ってるじぇ」

 コウの悪態に、ガントレットを装着した拳で軽く頭を叩いてからその場を立ち去るマリィ。

 舞踏会は、最高の瞬間へと、近づいていくのだった。


★★★★★


「マリィ・アーラン、(おもて)を上げよ」

「はっ!」

 王の言葉に、跪くマリィが、顔を上げる。

 優雅な雰囲気から一変、厳かな空気が辺りに漂う。

 先日の戦いにおける勲章授与。それを、王より直々に賜るとなれば、この世界において、これ以上ない誉れだった。

 王は、壮年に差し掛かるくらいの年齢だった。

 口周りにたっぷりと伸ばしたヒゲに、やや細くシワに囲まれた瞳は、王子であるヴォレイとよく似ていた。違いがあるとすれば、温厚が現れているヴォレイとは逆、威厳と風格が見て取れ、王として君臨する力強さを宿している。

 背もヴォレイと変わらぬ長身にやや細身。

 王子は、かなり父親の血を濃く受け継いでいるようだ。

 王の証たる黄金にダイヤを散りばめた冠に、血よりも紅い重厚なマント。

 ダブレットもベチコートブリーチズも、他の貴族より豪奢で、あちこち宝石で飾られていた。

 王の傍らには、王子たるヴォレイもまた、佇んでいた。

「此度の戦、大義であった。貴君の働きにより、忌まわしき怪物から我等エリジウムの民は救われた」

「勿体無き御言葉……!」

 王はマリィの言葉に一つ頷くと、更に続ける。

「よって此処に、騎士の名誉を讃え、守護者(ガーディアン)の勲章を与える。以後、益々の忠勤を期待する」

「ははっ! この命に代えましても、国の為に戦い抜いて御覧にいれます!」

 女中より勲章を受け取り、王が壇上より降りて、直々にマリィに証たる白銀のメダルを首にかける。

 そこに刻まれるはマリィの代名詞とも言える大きな盾。

 まさに、彼女の為にあるかのような勲章だった。

「うむ、よくぞ申した! ならばその忠義、早速見せてもらおう。皆も知っての通り、大陸の6割を世界は失った。だからこそ! 怪物を駆逐し、我が国の領土を広げる絶好の機会にある!」

 王の発言に、貴族達の中にざわめきが広がる。

 いつ現れるか分からないディストーションの大軍。

 それに対応するには後手に回らざるを得ないのが現状だ。

 しかも、王国の主力たる騎士団を領土拡大の遠征に出したならば、本丸への守備は丸裸だ。

 あまりにも危険(リスク)が大き過ぎる。

 穏健派の王にしては、大博打に見えるが、王は更に言葉を続ける。

「諸君等が今口にしている肉はどれだけ希少か分かるか? 諸君等が今口にしているワインはどれだけ高騰しているか分かるか? 我が愛する国民は、我等がこうしてのうのうと貪る中、寒さと飢えに耐えているのを知っているか? 今こそ我が愛する国民の為に領土を広げ、生産性を向上させ、皆が飢える事のない国にせねばならないのではないか?」

 この世界は既に貿易が崩壊し、物価の高騰と食糧事情が負のスパイラルに陥っていた。

 それを打破する為に、生産性を向上させて地産地消を推し進めようと言うのが、王の考えだった。

 1人、また1人と王に賛同する様に拍手をし、遂には会場内は地鳴りの様な拍手に包まれていた。

 「マリィ・アーラン。そなたにはその重役を任せる。イベリウムから来た強力な戦士も加わった騎士団になら、それが実現出来ると信じておる」

「ははっ! この命が燃え尽きようとも!」

 再び湧き上がる拍手。領土が広がれば、貴族たる彼等にも恩恵が更に高まる。

 それを見越しての、打算と目論見を孕んだ拍手の中、会場のテラスから訝しげな視線を向けるのはコウだ。

「……このタイミングで遠征?」

 王の言いたい事は分かるが、いくらなんでもそれは無茶に等しいというのが、コウの考えだ。

「おや、貴方は王のお考えに賛同していないので?」

 コウに話しかけてくるのは、先程マリィを呼んだ禿げ上がった貴族。

 拍手をしながら、コウの元にすり寄って来る。

「そりゃそうだじぇ。敵は人間じゃない。何が起きるかも分からない中での遠征は成功するとは思えないじぇ」

「はっはっは、そうか、あなたがイベリウムから来た戦士ですね? では我が国に伝わる伝説を知らないのでしょう」

「伝説?」

 コウが問いかけると同時に、王が口を開く。

「我がエリジウムの伝説、『楽園へと導く箱舟は、哀れなる魂を大地から解き放つ。救いを求める者には箱舟を与えん』

この伝説の箱舟を生み出す究極の光魔法『フラーテル』の使い手たる我が息子、ヴォレイ・エリジウムがいる限り、この怪物を生み出した最悪の闇魔法『ソロル』には負けん! さあ行くがよい、マリィよ!」

「ははっ!」

 王の檄に応える様に、颯爽と立ち上がって踵を返して歩き始めるマリィ。

 これで、勲章授与は終わりなのだろう。

 だが、気になるのは王が言い放った伝説と光魔法、闇魔法の存在だ。

「光魔法『フラーテル』と闇魔法『ソロル』……」

「ええ、誰もまだ実態を見た事はないのですが、光魔法『フラーテル』は箱舟を生み出して私達を楽園へと導き、闇魔法『ソロル』は人々を地獄へと導くと言われています。この化け物だらけの世界になってしまったのは、専ら『ソロル』の使い手によるものだと言われています。そして、『ソロル』を打ち破れるのは光のみ。つまり、『フラーテル』の使い手たる殿下だけなのです」

 元々親切な人物なのだろう。コウの呟いた疑問に、詳しい解説まで入れてくれた禿げ上がった貴族。

「こりゃ……ちょいと調べてみる価値があるな……」

 勲章授与も終わり、貴族の娘達が将来の夫を求めて舞い踊る時間が始まる。

 そんな中、コウは顎に手を添えて、ただじっと考え込んでいるのであった……。


★★★★★


 それから、一週間が過ぎた。

 遠征、行軍の中、領土拡張は順調とは言えなかった。

 遠征とは、想像以上に様々な危険やトラブルに見舞われる。

 磨耗した装備や人員の補充や、補給線の確保。野営地の設定や食糧等の消耗品の計算。

 単純に遠征と言っても、様々な要因が複雑に絡み合ってくる。

 これが人対人であれば、互いに戦略を読み合ったりと出来るのだが、何せ相手は人ではない。

 国境を超えてからはいきなり大軍に襲われたり、やっと駆逐して土地を確保したと思ったら、翌日には元通りに野営地の周りを怪物で溢れていたり、突如予想もしていなかった場所からの襲撃で補給線を潰された事も一度や二度ではない。

 とにかく怪物には秩序も常識も、何もかもが通用しなかった。

 おかげで出発時には6000はいた兵力も、度重なる連戦によって今や1000人にも満たない程に倒されていた。

 それでなくとも、野営地にはもう戦闘が出来なくなった負傷兵であふれており、逆に彼等というお荷物を抱えての戦闘は、遠征軍をより苦戦へと陥れていた。

 最近では、残された兵が発狂して負傷兵を殺そうとした事案まで発生する等、隊の雰囲気も悪化の一途を辿っていた。

「クソッ! 何故だ!」

 今夜の野営地、周囲を見渡せる小高い丘に陣取った、作戦会議も行える10人用の簡素な布のテント内で、木製のテーブルを叩きつけるマリィ。

「だからずっと言ってたじぇ……この遠征には無理があるって」

 彼女の脇でテントに寄りかかるコウが言う。

 コウは、この遠征は時期尚早と考えていた。

 色々と調査を内密に行っていたが、エリジウム自体もディストーションについての情報は皆無と言ってもいい程に知らなかった。

 むしろ、ディストーションについて分かっているコウの方が教えたいくらいだった。

 何処が発生源か、本当にこれは『ソロル』の使い手によるものか。

 あまりにも敵を知らないままに無闇に突っ込んだ今回の作戦は、悪手の中でも悪手だ。

「そんな事は分かっている! だが我々には大義がある! 国を守り、王の為に戦う大義が!」

 この世界において、大義や誇りは命よりも重い。

 国の為に命を投げ出すのが当たり前の思考が一般的だ。

 だからこそ、こんな自殺同然の遠征も、誰も疑問に思わなかった。

 大義があって正義である我々には、神の思し召しがあると空想の奇跡が起きると信じてだ。

「やれやれ……とにかく、もうこれ以上人が死ぬのを俺は見たくないからね。ここいらで俺達は抜けさせてもらうじぇ」

「貴様! 敵前逃亡か!?」

 これ以上この騎士団にいても、ディストーションに効果的な情報も、戦力も得る事が出来ないと判断したコウ。

 新たに判明した『ソロル』の使い手を探すには、行動に制限がある騎士団に留まるのは得策ではないと判断したのだ。

 テントから立ち去ろうとするコウの背に、立てかけていた大型の盾剣を向けるマリィ。

 本来ならば、遠征2日で全滅してもおかしくなかった軍がここまで生き延びたのは、コウ達による活躍が大部分を占めていた。

 無論、マリィの的確な作戦指揮も大きな貢献を果たしてはいるが、何せ相手は人間の力を超越したディス・モンスターの大群だ。

 全く予想だにしない能力や武器を持っている者も多く、毎回の苦戦が繰り返されて、今のこの結果となっている。

 更にここでコウ達が抜けるならば、戦力ダウンどころか本当に全滅も考えられる。

 兵達の中でも、コウ達の力に対する信頼は大きく、ここまで生き延びられたのは、コウのおかげだと皆知っているからだ。

 もし、コウの離脱が兵達に知れたら、いよいよ騎士団が内部からも崩壊をしてしまう。

 そういう意味でも、コウを手放す事は絶対に出来ないのだ。

「安心しなよ。おま〜らが今からエリジウムに帰還するなら、その道は作る。それまでは責任を持たせてもらうつもりだじぇ」

 コウの背から放たれる、冷たく暗い、数え切れない命を奪った殺戮者の様な気。

 普段の女中を口説いては胸に飛び込もうとする、あのだらしない様子からは想像も出来ない凄まじい殺気に、これまで多くの戦場を駆けてきたマリィですら畏怖の念を覚えて、数歩後退する。

「このまま…何も成し遂げられずに、おめおめと国に帰れと……騎士としての誇りを捨てろと……そう言うのか……!」

 盾剣を下ろし、悔しさに震えるマリィ。

 だが、これ以上の進軍は難しいと言うのは、誰よりも彼女自身がよく分かっていた。

「……国よりも命だじぇ。命がなくなったら、そこでお終いなんだ」

「だが、陛下の期待に……!」

 カンカンカンカンカン!!

 議論の最中に響くは、緊急の警鐘。

 コウとマリィはこの一週間、嫌という程にこの音を聞いて過ごしてきた。

 今日だけでも、既に3回目の襲撃だ。

「コウ兄! また出たばい!」

「えと……北に……200……西に……300……」

 司令官用のテントに飛び込むクリスと珠雲。

 まだ子供である彼女達が、肌が荒れて目の下にはっきりとクマを生み出した姿なのは、寝る魔も惜しんで負傷した兵士の世話や治療の手伝いを買って出ていた為だ。

「……とにかく、この襲撃が落ち着いたら、城におま~らを送る。いいな?」

「……くっ!」

 悔しさが滲み出る。握りしめた拳からは革の手袋が擦れる音が響く。

「クリス、珠雲、おま~らは負傷者達の退避を済ませ次第、北に当たれ。俺は西を先に殲滅する。その隙に、東に進路をとり兵士は全員エリジウムへの撤退命令をマリィ名義で発令。頼んだじぇ」

「よ、よかとね……?」

「えと……うん……」

 俯き棒立ちのマリィを横目に見るも、コウの勝手な指示に何も言わない。

 コウはそのまま彼女の横を通り過ぎると、テントの出入り口に差し掛かる。

「マリィ、気持ちは分かるじぇ。でもな、おま~らを失うという事は、エリジウムの守りは誰がやるんだ? おま~らはここで死ぬべきじゃない。それをよく頭に叩き込むんだ」

 バサリとテントからコウが出ていく音だけが残される。

「マリィ姉、死んだ人達が無駄死にならんごつ、今は逃げて生き延びなんたい……」

「えと……私達……守ります……」

 続けて、コウの指示を行動に移すべく、テントを後にするクリスと珠雲。

 ただ1人残されたマリィは、傷ついた自尊心と共にただそこに突っ立っている事しか、出来ないのだった。


★★★★★


「して……何も成果を得る事なく、おめおめと逃げ帰ったというわけか。しかも、あの不思議な力を持った者達の出奔も許して……」

「はっ……申し訳ありません……」

 更に数日後、エリジウム城内、王の間にて。

 あの挟撃戦で、コウ達に助けられて離脱を果たしたマリィ。

 そこでも更に兵を失い、幾度となくやってきた襲撃で最終的に200に満たない兵と1000を超える負傷兵と共に帰還した。

 完全なる失敗。そして敗北。

 報告の為にこうして王の間に訪れたが、入口から王が座する玉座に続く赤絨の左右に、毯幾重にも並ぶ近衛兵達が睨むように彼女に視線を向けていた。

 石造りの壁のそこは広々とした空間で、天井も天に届くのではと思えるほどに高い。

 その王の間全体の空気が張り詰める。

「恐れ多くも陛下。この様な大失態、全てはこの魔無しの小娘にあるかと」

 玉座へ続く階段に立つ大臣、ジーグ・マンが言う。

 元々から彼女の失脚を目論んでいた彼にとっては、格好のネタを提供したようなものだった。

「それは、マリィに任を託した余に対する発言か?」

 ギロリとまなこがジーグ・マン大臣に向けられる。

「滅相もない。陛下の期待を裏切った事に言及しているのですよ」

 王と大臣が議論する中、チラリと王の横に立つ次期国王の人物を見やるマリィ。

 この国で最もマリィの無事と帰りを待ちわび続けていた最愛の人、ヴォレイ。

 国王にも大臣にも内密で愛を育んできた彼は、ただじっと跪くマリィを見つめ続けていた。

【あぁ、ヴォレイ……貴方の下に帰って来れたのは嬉しい。でも、私は陛下の、この国の、貴方の期待に応えられなかった……どうか許して欲しい】

 心の中で謝罪を続ける。

 きっと優しい彼の事だ。自尊心が傷ついたマリィを庇うだろう。

 だが、彼女の中に眠るそんな淡い希望は、意外な形で砕かれる事になる。

「父上、恐れながら今回の失態の責は、大きなものです。そこで、私は騎士団長マリィ・アーランの更迭と、エリジウムからの追放を進言します」

「な……っ!? で、殿下……?」

 マリィの心に走る衝撃と、心臓を握り潰されたような圧迫感が責め立てる。

 最愛の人の口から出た『追放』の二文字が、彼女の心に重くのしかかる。

「悪戯に兵の命を失った罪は大きいにも関わらず、騎士としての誇りを捨ててまで生きて戻ったとなれば、それは騎士団長としての器ではありません。即刻、この国から放逐すべきです」

 優しい性格で、将来の王としての器に疑問符を打たれていたヴォレイから放たれた言葉の数々に、王も大臣も目を見開く。

 だが、ジーグ大臣にとって、この流れを利用しない手はないと踏んだか、杖をマリィに向けて振りかざす。

「殿下の仰る通りだ。よって、マリィ・アーラン。貴様をこの国からの追放処分とする! お前達、連れて行けぃ!」

『ははっ!』

 並び立つ騎士達が一斉にマリィに群がり、腕を、そして身体を押さえつける。

「は、離せ! で、殿下! 何故です!? 何故!?」

 群がる大柄な男達を、人間を超えた様な腕力で無理矢理振りほどきながら玉座へと向かおうとするマリィを、更に大人数で足を掴み、腕を5人がかりで押さえ、引きずっていく。

 ヴォレイは、そんなマリィの姿を見たくないのだろう。視線を外し、マリィの言葉にも沈黙を貫いていた。

「何故!? 私が……私が騎士として戦を全う出来なかったから!? 私があなたに何をしたと言うのか!? 殿下! 殿下あぁぁぁぁぁぁぁ………………っ!!」

 強制的に王の間から引きずり出されるマリィの断末魔の様な叫びを、重厚で巨大なドアが遮る。

 ……残されたのは、王と王子。そして大臣のみ。

「……ジーグ大臣よ」

「はっ……」

 王が、静かに口を開く。

「彼奴を始末する様に計らえ。遂にあの遠征でも生きて帰ったのだ。最早手段は選ばぬ」

「御意に」

 王の暗く、重々しい言葉に頷き、与えられた使命を全うするべく、ジーグ大臣が王の間を後にする。

「ヴォレイよ……」

「父上……」

「『知った』のだな。真実を」

「……はい」

 躊躇いながらも、父の言葉に頷くヴォレイ。

 彼がそれに辿り着いた事を知ると、王は瞳を閉じ、大空に近い高さを持つ天井を仰ぐ。

「……そうか。よくぞ真実を知りながら、決断をした。ならば、お前も行くがよい。『ソロルが目覚めたならば、滅ぼす事が出来るのはフラーテルだけ』だ……」

「……はい」

 マントを翻し、王の間から歩み出すヴォレイ。

 王は見えなかった。気づかなかった。

 ヴォレイの決意は、哀しみの瞳に彩られていた事を……。


★★★★★


 城の外は、厚い雲に覆われていた。

 そして、雲はやがて雨となって降り注ぐ。

 まるで自分の心を移しているようだと、ヴォレイは思った。

 城下町を抜けた街道へと馬を走らせ、そこにいた人物の元に辿り着く。

 彼女には、国外まで複数の兵士によって拘束されながら移送される算段となっていた。

 ……なっていたはずだった。だが、ヴォレイと遭遇した彼女の周囲には、兵は1人もいなかった。

 答えは、彼女……マリィの紫の衣服にあった。

 顔や足先にまでかかる、(おびただ)しい血の痕。

 右手に持たれた、紅が滴るナイフ。

 身体の何処かに隠し持っていたのだろう、フラフラと生気を失った虚ろな瞳で、馬から降りたヴォレイと対峙する。

「……ヴォレイ……ヴォレイ………どうして……? もう私が嫌いになってしまったの……?」

 張りのない、抑揚もない声を漏らしながら、彼へと近づくマリィ。

 騎士としての自尊心を失い、愛する人からも捨てられた。

 その事実が、彼女と言う人格を、人としての何かを破壊した。

「マリィ……違うんだ……」

 歩み寄る彼女と対する様に、彼もまた、数歩後退する。

 何度も首を横に振り、悲哀に満ちた瞳で、彼女を見据える。

「何が違うんだ……? 私は今でも愛しているのに……」

「そうじゃ……ないんだ……!」

 マリィの瞳に流れる涙を、雨が拭い去っていく。

 ヴォレイは意を決し、初めて狂った彼女の瞳と向き合い、口を開いていく。

「君は……君こそが……最悪の闇魔法『ソロル』の使い手なんだ……!

そして……君と僕は……………血の繋がった……実の兄妹だったんだ……!」

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