第三十三の神話
国の境となるそこは、のどかな田園風景に包まれた村だった。
農村がすぐ近くにあり、昼は農作業に勤しむ人々や、他国からの行商人が行き交い、賑やかな姿、田舎独特の柔らかな空気が流れる場所だった。
だが、今は宵闇に包まれた時間帯。辺りには人どころか、野良犬すらいない静寂だった。
……理由はそれだけではない。世界を侵食する怪物の大群による行軍。
それがこの田園をも飲み込んで迫り来るのだ。
既に村は退避が完了しており、今この街道にいるのはエリジウムの守護神達のみ。
偵察の魔法兵達が、照明魔法で暗闇を照らし、望遠魔法で辺りを見渡す。闇に紛れた侵略者を、今か今かと待ち伏せていた。
「さて……とりあえず、俺達はおたくらの戦術を知らない。だから、俺達は俺達でやるってのはどうだい?」
馬に跨り、偵察兵からの報告を待つマリィに、コウが提案する。
この戦いにおいて、戦術は非常に重要な位置にある。
互いに力を把握し切れていない今の状況でマリィ達騎士団、魔法兵団とコウ達3人が中途半端に連携を取ろうとすれば、恐らく互いに邪魔をしてしまうだろう。
そうなっては、受ける被害をいたずらに拡大するだけだ。
ならば、マリィ達はマリィ達、コウ達はコウ達だけで各個撃破の作戦の方が望ましい。
「……そうだな。だが、そのまま逃亡したりはしまいだろうな?」
前方の闇を見つめたまま、右に立つコウに牽制を送る。
正直なところ、マリィの中でコウはまだ信頼には値していない。
入団の経緯が経緯だけに、胡散臭さはジーグ・マン大臣と同じレベルにある。
「んな事しないじぇ。一応俺達の目的も、あの化物殲滅だしね」
「……それは、祖国の為の復讐か?」
コウは、彼女に嘘を吐いている。まだマリィはそれを信じているわけではないが、一応尋ねてみる。
「ま、そんなとこだじぇ……っと、ウチの偵察も帰ってきたな」
暗闇から飛翔する、1羽の鷹。コウの神獣、ホークだ。
くるりとコウ達の周りを旋回し、翼をはためかせて彼の差し出した腕に留まる。
《来ましたわ、マスター。前方約3キロ、数はおよそ2万。こちらの5000を遥かに上回っていますわ》
脳に直接響く絶望的な数値に、マリィの眉が眉間にしわを寄せる。
「4倍程か……。中々に厳しい状況だな……」
いかに魔法を駆使しようと、相手もまた異形。劣勢である事に変わりはないだろう。
しかし、彼等に撤退も敗北も許されない。
負ければ背後に広がる故郷が蹂躙され、喰われ、身体を這い回る病のようにじわりじわりと貪られるのだ。
例え劣勢であっても、勝つしかないのだ。
「来ました! 魔法攻撃射程圏内!!」
肉眼で分かるほどに異様な土煙がもうもうと立ち込める。
怪物の津波が、いよいよやって来たのだ。
遠くからでも分かるほどの巨体を持つ巨人や、空を支配する鳥の化物、中には人間にコウモリの翼が生えたようなものまでいる。
「……来たか。珠雲、レンジは?」
「上々たい。いつでんイケるばい」
既に1人先にキュウビと合身した珠雲が、まるでいたずらでも企むような笑みを見せると、コウもまた、同様の笑みを漏らす。
「よし、そんじゃあマリィ、俺達が奇襲を仕掛けるから、その後に続いてくれ。ドラゴン! 珠雲とクリスを乗せて突撃! ホークは俺と合身! いくじぇ!」
『神獣! 合身ッ!!』
コウとクリスの声が重なり、空を駆ける騎士と、茨の乙女が姿を現す。
同時に、ノアの方舟から飛び出すは幻想の最強獣、火竜のドラゴン。
《よっしゃあ! 嬢ちゃん達乗れ!》
竜の背中に飛び乗り、巨大な翼で風を起こしながら浮遊するドラゴンと、背中に生えた鷹の翼をはためかせるコウ。
無論、この世界でも浮遊魔法が存在する為、さして珍しい光景ではないが、その速度はやはりホークメイルが上手だ。一気に加速し、コウが先行して飛び立つと、まずは眼前の飛翔体。ガーゴイルやコウモリ人間、巨大鳥の化物の間を目では追えない程の超スピードですり抜ける!
「ぎゃあぎゃあ!! ……ぎゃ?」
けたたましいガーゴイル達の集団の鳴き声がぴたりと止まる。
それもそのはずだ。
コウがすり抜けた周辺の、ガーゴイルを含む怪物達は皆、既に頭部を置き忘れてそのまま飛んでいたのだから。
「……疾風怒濤・刹那……っ!」
右手に持つ長剣、『ホーク・キャリバー』による音速を超える超高速斬撃、疾風怒濤・刹那。
受けた者は、自分が斬られた事にも気付く事なく、その命を次々に散らし、我が物顔で駆けていた大空から、無様にも地に落ちていく……!
「いっくばい!!」
『夢現!!』
竜の背に乗った九尾の巫女に、どこからともなく声が重なる。
鉄扇から放たれた甘い香りが竜からだけでなく、周辺の森や玉蜀黍畑から、次々と風に乗って軍団を包み込む。
「があぁぁぁんっ!!」
「ぎゃぅおおぉぉぉぉんっ!!」
西方向から、東方向から、そして空中から、香しい誘惑に脳を支配された者達が味方に手をかけはじめる!
「コウ兄! ウチの分身達にはそのまま夢幻でたたみかけさせるけん!」
「了解! クリス! 出番だじぇ!」
実はこの戦いが始まる前から、夢心地によって自らの分身を3体生み出していた珠雲。
森や玉蜀黍畑に先行、潜めさせ、敵軍が射程圏内に進んだと同時に夢現をかける事による、多方面からの同士討ちを狙っていたのだ!
味方同士、それも多方面からの殺し合いともなれば、進軍は大幅に滞るどころか、数で圧倒していたはずのそれを、自ら減らしてしまう。
突然の味方からの凶行により、元々隊列等存在しない群衆は更に混沌の様相を示していく。
味方が襲いかかり、進軍が停滞した軍勢は後続の波に飲み込まれてしまい、小さな怪物は後方から進軍する大きな怪物に踏み潰されてしまう。
まさに阿鼻叫喚と呼べる事態の中、今度は薔薇の乙女が竜の背から飛び降り、指先をワルツのリズムに乗せて振るう!
「えと……! お願い……! バスティーユ・ローズ……!」
着地と同時に指先から伸びる地中を茨が這い回り、飛び出したそれが絡まって薔薇の監獄に異形を捕らえていく!
「まだ……! えと……ローゼス・アブソーバー……!」
茨の監獄から伸びた鉄の処女の如き無数の棘の針に四方八方から串刺しにされた者達の生命エネルギーをドンドン吸い上げる。
得た生命エネルギーを養分に、監獄はさらに肥大。真っ赤な蕾を生み出し、血に塗れた戦場を表すかの様な真っ赤な薔薇が監獄から咲き誇る!
「これが……えと……ローズ最大奥義……!」
美しくも冷酷さを物語るような緋色の薔薇の花びらが風に乗り、ひらり、またひらりと散っていく。
空を舞う花弁がはらりと地に落ちる。
同時に、花弁を中心に周囲が闇夜を照らすように輝く。その次に巻き起こるは、爆発。ただの爆発ではない。空に舞う花びら達が、爆発の火の粉に誘爆されてさらに爆発!
雪の様に無数に降り注ぐそれらが、次から次に誘爆、連続爆発を繰り返しているのだ!
空中も、地上もない、ただただ鳴り止まない爆発が周囲の全てを破壊し尽くす!
軍勢のど真ん中で発生したそれが敵ごと街道を吹き飛ばし、辺りには深いクレーターがいくつも出来上がり、敵軍勢は500は降らない数を一気に失っていく!
「えと……ラ・ビ・アン・ローズ……!!」
咲き誇る薔薇の花びらが孕んだ生命エネルギー。それが無数に風に乗って、空を、大地を、全てを奪った命の煌めきを持って凄まじい破壊力で誘爆に次ぐ誘爆で灰塵へと帰すローズ最大攻撃、ラ・ビ・アン・ローズ。
小さな花びら全てが爆弾となって飛んでくるのだから、回避も容易ではない。
それらが敵陣の中心部で発生した事により、軍勢に大きな穴が生まれる。
そして軍勢を包み込む白い霧。どうやら分身珠雲達の『夢幻』が発動したようだ。
敵陣の中にクリスが紛れ、まるで姿のない暗殺者の様に茨が這い回り、次々と敵を締め上げ倒していく。
奇襲は成功、クリスが地上で各個撃破する中、今度は空中で敵対するコウの出番だ。
「だりゃああああああああっ!!」
制空権の奪取は戦いにおいて重要な部分を占める。
空というアドバンテージは戦いにおいて地上からの攻撃方法の制限という非常に強力な防御の面と、空から地上に対して一方的な攻撃をも可能とする。
それだけでなく、空からの視界の広さは情報伝達や敵情把握等、直接的な攻撃以外においても有利に働く。
コウもまた、神として多くの戦いを経験している事から、その重要性は嫌という程に知っている。
だからこそ、今回は空を飛べるホークを選択したのだ。
翼の生えた蛇の怪物を長剣で横薙ぎ、3枚におろすように斬り裂くと、自らに迫り来る翼竜型の口から吐き出されたエネルギー弾を飛翔して回避。
ホーク・キャリバーを投擲し、翼竜の脳天を突き刺すと、急降下して突き刺さったホーク・キャリバーを掴み、そのまま加速の乗った蹴りで剣を引き抜きながら霧に包まれた地上へと叩き落す!
5メートルはあろう巨体が落ちてくるとなれば、地上の怪物をそれが潰してしまうだろう。地上で単独で戦うクリスへのささやかな援護攻撃だ。
「いくじぇっ! 鷹撃疾風嘴!!」
コウがホーク・キャリバーを突きの形で構え、しならせた弓の様に剣を持つ右手を引き、放たれた矢の如く一気に剣を突き出す。
剣より解き放たれたのは、刃よりも鋭い一陣の風。それが剣の突きとなって前方に群がる鳥の化け物やコウモリ人間達異形の者共を一直線に突き抉る!
「出し惜しみはせんばい! 夢心地!」
自らの分身が効果を失って霧散したのを感じると、今度はコウの幻の分身を3体生み出す。
ただでさえ縦横無尽に暴れまわるコウが4人に増えたとなれば、最早空の戦いは決着がつくのも時間の問題だろう。
4方に散った鷹の騎士が、そのデタラメな軌跡と共に空を駆け巡る中、
遥か後方から爆発音が響き渡る。
「魔法兵団第一魔法砲撃隊次弾詠唱! 魔法兵団第二魔法砲撃隊! 一斉火炎魔法! ってぇー!!」
コウが前方で敵を抑えていたおかげか、後方の空にはほとんど敵がおらず、魔法兵団の面々が空からの砲撃を可能とし、次々と魔法で生まれた火球を降り注ぐ。
そして、地上ではマリィを始めとした騎士や兵士達が剣や槍を手に戦っていた。
「おおおおおおおおおおおっ!!」
その中で圧巻は、やはりマリィだった。彼女の両腕には巨大な長方形の大盾。それも、先端には左右に2つの刃が伸びた不可思議なそれだ。
女性らしい細い腕で、どうやってその巨大な剣と盾一体型の武具を振るっているのかは謎だが、味方を盾の部分で庇いながら刃で敵を斬り伏せる姿は、さながらジャンヌ・ダルクだ。
「やるねぇ、ひんぬーねーちゃんも……! よっと!」
遅い来る翼の生えたピラニアのようなディス・モンスターを振り向きもせずに横薙ぎに斬り裂きながら、その様子を眺めるコウ。
既にマリィ達騎士団や魔法兵団の活躍により、コウ達が取りこぼしも殲滅されつつある。
このままいけば、恐らくこの戦いはマリィ達の勝利に終わるだろう。
だが、そんな簡単に殲滅が出来るのならば、世界は浸食される事はなかった。
ギュオオオオオオオオオオオオオッ!!
強烈な、強烈過ぎる程の風。無論、風の属性を持つコウのホークメイルのそれではない。
一点へと誘うような風が吹き荒れ、珠雲の放った幻術の霧ごと大量のディス・モンスターや騎士や魔法使いを飲み込んでいく。
「な……っ!? なんだあれは!?」
マリィの驚愕がこの事態を物語る。
「なるほど……中ボスのお出ましってわけか……」
コウもまた、上空からその風を引き起こした主を肉眼で確認する。
彼等が最初に視界で捉えたのは、10メートルはあろう巨大な口だった。
ぎっしりと並んだ牙は、味方であるはずのディス・モンスターもろとも騎士達を噛み砕いて咀嚼し、コウ達にまで聞こえる様な大きな嚥下の音を響かせている。
そしてまた開かれると、粘り気のある唾液がだらだらと流れていた。
顔というものは存在しない。胴体そのものが口になっているのだ。
そこから生えるは、タコかイカのような触手と、まるでダックスフントのような長い胴体。そのまま胴体からも触手が嫌という程に生えそろっており、それが足を兼ねてぐねぐねと進軍していた。
先程の風も、その巨大な口から味方もろとも吸い込んだものだったらしい。
ニタリと笑みを浮かべる様に口角が上がると、口をすぼめて再び吸い込む体制に入る!
≪やべぇっ! あれを近くでやられたら俺でも耐え切れねぇっ!≫
≪本当、図体ばかりですわね。いいですわ、風の勝負なら受けてたちますわ!≫
珠雲を乗せた竜を守る様に立ちふさがるコウとホーク。
「えと……マリィさん……こちらに……!」
地上ではクリスが茨の蔓で壁を生み出し、防御姿勢を整えていた。
そこへ、騎士達の中でも突出していたマリィに手招きして促す。
「皆! あの吸い込みがまた来る! 近くのものにしがみつけ!!」
マリィの指示が飛んだと同時に、周囲に吹き荒れる風。吸い込み攻撃がまた始まったのだ。
大きな岩が、地中深くまで根を張っていたはずの木々が、畑に実りを与えていた玉蜀黍や麦等の農作物が、その巨大なブラックホールと化した口へと吸い込まれていく……!
「させるか! 飛翔旋風陣!!」
身体をのけ反らせ、大きな溜めを作ってからのはためかせた一対の翼から生み出されるは、竜巻の衝撃波。
吸引による風には風とばかりに放つ渾身の一撃、それ自体を吸い込みよって更に加速を与えてしまい、口内をズタズタに引き裂かれた巨大口の怪物。
辺り一面に鮮血をまき散らしながら倒れたそれを好機と見るや、茨の壁を抜け出したマリィが一気に間合いを詰める!
「はああああああっ!!」
盾と一体型の刃を振りかざし、うなだれた触手を両断する。
ドパァと音を立てて噴き出す緑の体液。それがかかろうとも気にする事なく、次々と斬撃を与えていく。
「……! 離脱しろ!」
コウもまた、追撃の為に加速をしていたが、異変に気づいて声を荒げる。
「はぁっはぁっ……きゃあああああああっ!!」
だが、コウの声を空しく、敵の触手の方が早くマリィを捕えてしまう。
ぬめり気のある触手がぐるぐると彼女の肢体に絡みつき、万力のような力で締め上げていく。
「ああああああああああああっ!!」
女騎士の叫びが辺り一帯に轟く。
「団長!! 火炎魔法・円舞!!」
魔法兵団によって生み出された炎の輪が幾重にも飛び交い、騎士団長を捕えた触手へと着弾するが、いくらかの焦げ目が生まれただけで大きな効果が生まれない。
それを両断するマリィの膂力の高さを称賛するべきであるが、そのマリィの身体からみしみしと骨が軋むような音が漏れ始める。
「おま~らは退避しろっ! だりゃあああああああああっ!! 疾風怒濤・鷹墜断!!」
翼をはためかせて加速を乗せた超高速の連続斬り。
目にも止まらぬ速さで、風を纏わせて更なる切れ味を得た斬撃を繰り返し、最後には空中で一回転して重量を乗せた振り下ろしの一撃を放つ。
「あうっ! がはっがはっ……はぁ、はぁ、な、なんて力だ……!」
コウの連続攻撃によって、ようやく触手が切断、地面に触手もろとも倒れ込んだマリィ。
鎧と巨大盾、そして神獣鎧を纏ったコウ以上の腕力がなかったならば、とっくに潰されていただろう。
「どうやら……っ、今夜のディナーにされずに……たあっ!! 済んだようだな……!」
「……あぁ……! ぐっ……だが……まだ私達は……奴の皿の上のようだ……!」
起き上がりながらまた別の触手でコウ達を捕えようとする巨大口の化け物のそれを、コウは左手のホーク・シールドと長剣で、マリィは左右の盾を使っていなし、斬撃を放って防ぐ。
「ウチらば忘れんで欲しかね! 夢心地!!」
『えと……! お願い……! ローゼス・バイト……!!』
珠雲によって3体の分身が生み出されたクリスによる中距離からの杭の様に肥大化した棘の鞭が触手に絡まる。
「えと……今のうちに……!」
「よくやった! クリスティーナよ!」
互いに絡みついて離れぬ触手を、その高い腕力によって次々と切断していくマリィ。
同時にコウは本体へと突撃する!
「食べてすぐ寝ると、メタボになるんだじぇっ! だりゃああああああああああっ!!」
本体、そう、コウは自ら巨大な口の中へと突撃。そのまま食道を駆けて強力な酸が渦巻く胃の中へと到達する!
「狙い通り……! こんだけ強力な胃酸なら、自分で受けたらどうなるか……!」
飲み込んだディス・モンスターも、騎士達の鎧も、既に溶けて無くなっているのだろう。
鋼鉄の鎧すらも、ものの数分で溶かしきってしまう程に強力なそれがこぽこぽと気泡を生んでは破裂するその様子と、鼻が曲がりそうな程の異臭。
それを体内に破裂させようと、長剣を振るい、胃の内壁へ、鷹の神獣最大攻撃を解き放つ!
「これで、終わりだじぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!! 疾風怒濤・永久っ!!」
風を纏った長剣で斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る!
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る!!
まさに永久の名に相応しい無限とも言える斬撃。斬れば斬る程に衰えるどころか益々斬撃へのスピードが、纏った風の威力が、跳ね上がっていく!!
ギャアオオオオオオオオオオオオオオッ!!
体内で繰り返される永遠の斬撃によって身もだえる巨大口の怪物。
自らの口の中に触手を伸ばすも、嗚咽と共に吐き出されてしまって最早防ぎようがない!
「ごぷぁっ!!」
胃から食道にかけて、斬撃を繰り返しながら大空に舞い戻るコウ。
「おま〜ら退避!! 強力な胃酸が噴火するじぇっ!!」
竜の背に乗る珠雲と共に、コウが両手を伸ばしてマリィとクリスの腕を掴んで飛翔する。
その数秒後に巨大な口の怪物から噴射される胃酸。
それが自らの身体を、辺りに残る異形共を、周辺の木々や岩、街道そのものを溶かしながら崩れ落ちる。
辺りに立ち込められる吐瀉の悪臭と共に、自らが溶かされていく巨大な口の異形を、3人の少女と1人の神が見下ろす。
「邪悪から生まれし偽りの魂よ……せめて、風の翼に抱かれて……眠れ……!」
こうして、この国境防衛戦は、コウ達の活躍によって、収縮へと向かうのであった……。
★★★★★
ぬるいまどろみの中、ごろりと寝返りを打つ。
素肌に絡みつく上等な絹の感触が、心地良さと更なるまどろみへと誘っていく。
結局、あれから残党を狩り尽くすまでに一昼夜を要する事になり、この自室のベッドに潜り込んだのは日も高い位置にまで昇ってからだった。
女性らしいものが何もない、6畳程の部屋に木製のタンスと事務用の机だけの簡素な部屋。
だが、彼女はこれで十分だった。
何故なら……。
「おはよう、疲れていたみたいだね。もう夕刻に近いよ」
「ぁ……殿下……」
「ほら、また『殿下』って……2人だけの時は、ヴォレイって呼ぶ約束だろう……?」
彼女の横で、同じ様に生まれたままの一糸纏わぬ姿で、ベッドから上半身だけを起こした細身の男性……。
この王国の未来の指導者たる存在、ヴォレイ・エリジウムだった。
「申し訳ありません……ヴォレイ」
「うん、後は敬語も抜けたらいいんだけどな……マリィ」
あれから、戦いの中で滾った情熱を、王子と共に燃やし尽くしていたマリィ。
……彼等は、互いに互いを愛し合っていた。
だが、身分の違いが彼等の前に立ちはだかっており、こうして隠れるように逢瀬を繰り返していた。
「もうすぐ……祝賀会の時間ですね……」
ヴォレイが解き放った愛の印が渦巻く、自らの下腹部をさする。
もう何度もこうして愛し合ってきた2人。
マリィにとって、それは何ものにも代え難い幸せの時間だった。
「うん、僕も長い間抜け出したままだからね。そろそろ戻らないと」
そう言って、ヴォレイがベッドから降りて衣服を着始める。
「はい……あの、ヴォレイ」
「うん? なんだい?」
露わになった胸を隠す事なく、起き上がるマリィ。
「こんな……女らしくない、傷だらけの身体で……満足出来ましたでしょうか……?」
マリィの身体は、上半身だけを見ても酷い傷痕だらけだった。
それは、騎士として彼女が戦場を駆け巡り、孕んだ傷の数々だった。
左肩から袈裟斬りを受けた痕が、胸をも通って右脇腹まで届いているものもある。
「……何を言い出すのかと思ったら……。これは、エリジウムに命を捧げた証、僕の為に戦ってくれた証じゃないか。これ以上に愛おしいものはないよ」
王族の衣服を身に纏ったヴォレイが、マリィをそっと抱き締める。
彼の温もりが、マリィを包み込んでいく。
それだけで、マリィの中で彼への愛が何倍にも膨れ上がる様な気がした。
「ヴォレイ……ありがとう……ございます……」
「ふふ、どう致しまして。さあ、祝賀会まで時間がない、僕は先に王の間に戻るよ」
そっと、名残惜しいかのように離れていくヴォレイとマリィ。
そこには、確かな本物の愛があった……。




